第12話:謎の影

だが、レインはしきりに首を傾げて唸っている。


「ジズの言う通り、魔法陣は完璧なのにあんまりいいインク使ってないな…」


これじゃろくな奴呼び出せないのに…。


アルトはレインの呟きに、そうなのか?と訊ねた。レインは静かに顎を引く。


「ジズの依頼人を呪った奴と同一人物の可能性がありそうだな」


「うん、それはあり得る。…とりあえず、消すよ。もうひとつ反応あるし、ここで手間取るわけにはいかないから」


レインはそう言うと、左手の親指を噛みきり滴る血で空中に魔法陣を書き出す。血は不思議な力で浮き上がり赤い光を発していた。


「≪招かれざりし地の民よ、お帰りませ、潜りませ。蓋閉じるその前に、お帰りませ、潜りませ、地の国へとお帰りませ…≫」


レインの詠唱と共に魔法陣が橋全体を覆い尽くす。青白く光る魔法陣はその魔法陣にまるで飲み込まれるように色を赤に変えていく。


詠唱が完成する頃には橋の魔法陣はすっかりレインの魔法陣に同化していた。それはすなわち、レインの魔法がこの騒動を作り上げている魔導師の魔法を制したということ。


「うん、おしまい!さて次はあっちだね」


「…そう簡単にはいかなさそうだぞ、レイン」


橋の向こうにはさらに多くのスケルトンがいた。レインはそれを見て好戦的な笑みを浮かべると、その手に身の丈ほどの大鎌を召喚してクルクルと楽しそうに回し始める。


「スケルトンしかいないと見るに、相手は不死族とつながりのあると見て間違いなさそうだね」


誰だろなぁー、強いのかなぁー。


楽しそうに呟くレイン。アルトは息をつくと、指を喉に触れて魔法を一度といた。≪ソル・サウト(音速)≫は魔力を大量に使う。あまり多用できるものではないのである。


「…レイン、お前はあいつらを蹴散らしてから魔法陣を潰しに行け」


「オーケィ♪アルトは?」


「俺は、あれを斬ってから行く」


言うや否やアルトはとある貴族邸の屋根に飛び乗った。なぜならそこに如何にも怪しげなローブの人影が見えたから。


レインが一振りでスケルトンを吹き飛ばし、貴族街の奥に向かっていくのを見届けてからアルトは人影に向き直る。フードをかぶっていて顔は定かではないが、漏れだしているねっとりと絡み付くような魔力がこの影が善人ではないことを物語っていた。


「この異変の原因は、お前か?」


「…」


何も答えない。が、フードから覗く唇がほんのわずかに歪むのが見えた。それだけで十分だった。


「まあいい、あとでゆっくり吐かせてやろう。―≪ヴィブラ・サウト(音振)≫」


アルトはサーベルの刃に再び魔力を流し、刃を視認できないほどの細かさに振動させる。すると、目の前の影がその魔力にピクリと反応を示した。


「あ、…あぅ…ぁ、…ま、魔力…、危険、ま、まっ、抹殺、する…っ!」


たどたどしい声でしゃべるのを耳にし、アルトは眉を潜めた。その不自然なしゃべり方の原因を考える前に影が突然ローブに隠れた右手を振り上げてきた。


その腕はまるで獣のようだった。アルトは自分の眉間にそれが迫った瞬間、地を蹴って真上に飛んだ。ゴバッと音を立てて屋根に穴が空くが、気にしたら此方が狩られる。


アルトはそのまま影の背後に降り立つと、振り向き様にサーベルを振り抜いた。ローブが切り裂かれ、現れたのは青白い肌の血色悪い人間。


「…死霊か」


「あ、…ぅあ、ま、マスターの、邪魔、させな、い」


「ほう、お前の主のことか?ちょうどいい、吐いてもらうぞ」


アルトの言を最後まで聞かず、死霊が異形の腕を振り上げる。が、それをアルトのサーベルが一刀のもとに断ち切った。細かな振動によって刃の斬撃は威力を上乗せされており、骨ごと断ち切られま腕はざらりと灰のように霧散した。


それでも悲鳴をあげない死霊にアルトは≪レイ・アロウ(光の矢)≫を放った。屋根に釘付けにされた死霊は、それでも笑っていた。


「し、失敗、失敗だヨ、マスター…、あぁ、ぅあ、すみ、ませ…」


刹那、突然死霊の体が爆発した。







「失敗、か…」


目の前に置いていた木製の人形が音を立てて割れるのを見ていた人影が少し高めの声で呟いた。


「あいつら、やっぱり邪魔だな」


双子の魔導師の存在は人影も知っていた。裏社会ではかなり高名な魔導師で、主に荒事専門に活動していると聞いたが、なぜこの町に来たのだろう…。


「うーん、撒いてた≪種≫は全部使っちゃったし、これは明日までお預けか。ちぇ…」


仕方ないな、と呟きながらその人影はなに食わぬ顔で部屋を出た。






「まったく、いきなり爆発するなんて危ない仕掛けをする奴だな」


アルトはとっさに≪ソル・サウト(音速)≫を発動して爆発地点から後方へ下がって難を逃れていた。


深く息をついて辺りを見回すが、魔物の姿はない。どうやらレインがきちんと仕事をしたようだ。アルトは報告のために魔法具を取り出した。


「ヤカク、此方は処理終了した。念のため隠密を派遣して確認を頼む」


≪おー、いつもすまないなアルト。被害は?≫


「レベル1、貴族邸の屋根を壊した」


≪ははは、相変わらず派手だなー。レインもスケルトンを吹き飛ばすついでにアーケードを破壊したって言うしなー。お前ら一体どんだけ壊せば気が済むんだ?≫


魔物倒した追加料金は入れとくぜ。まあ、そいつをこれからしかるべき筋に回すから結果的にはチャラだけどな。


楽しそうに笑うヤカクにアルトは、もう好きにしてくれ、と頭を抱える。


「…それよりなぜ出現ポイントでもないナーズに魔物が?」


≪…気になるよな。まあ、こいつぁ俺の推測だが、その町に死霊魔導師がいるんじゃないか?レインが赤黒い魔力を見たんだろ?≫


「死霊魔導師か。厄介だな」


死霊魔導師とは文字通り死霊を操る者。高位の者になれば意思を持つ不死族をも操れるという厄介な魔法の使い手だ。


ヤカクは続けた。


≪調査にはジズとロコを向かわせる。お前らは引き続きオークションを探れ。違法の実態を掴めたら…≫


「掴めたら?」


≪「なにもするな」、お前らの報告を元に俺たち評議員が協議のうえ、しかるべき方法をとる≫


「了解した」


アルトはそう言って屋根から飛び降りた。

もちろん地面がむき出しになった、アーケードに、である。






その時は誰も気がついていなかった。

死霊が自爆して破壊した屋根の屋敷、そこが此度のオークションの開催者のものだと…。


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