第9話:情報交換③

ジズはこれでも相方がつくまではずっとギルドの隠密をしていた。このギルドにおいて隠密は非常に厳しい立場である。扱う情報の管理、集め方、広め方、静め方、あらゆる方法を身に付けなければならない。


彼は医者と患者という特別な関係を構築できることが強みで、おまけに口も上手い。扱える情報も多いので、今でも隠密として動くことも少なくない。そのため、たびたびヤカクにこき使われているのだ。


今回もヤカクに使われていた口かと思っていたら少し違うらしい。


≪そりゃあ、俺も試験だし頑張ったのさ。―話がそれたね、続けるよ。 最後は一人ずつ200万ニケルからスタート。とびっきりの奴等らしいね。魔力が強いとか、超美人とか、珍しい種族とか、そういう連中≫


試験ねぇ、大変だよねぇ、とレインが相槌を打っているうちに話は進んでいく。最後の五人の奴隷の値段がはね上がったことにはアルトもレインも無関心だったが…。


≪でね、でね!アルト!聞いておくれよ!!すごいのはね!なんと、ワイトキングとエルフとの混血の娘が競売にかけられてるのさっ!!≫


突然、ジズの声色が興奮したように早口になった。アルトは突然の変化に驚きつつも、彼の気持ちを興奮させた単語を復唱する。


「ワイトキング、不死族か。混血とはいえ珍しいな」


≪そう!!!不死族は地の国の蓋が閉じて以来、地上になかなか現れないからねぇ!いやぁ、俺も行きたかったな…っ、医の道を行く者ならば、一度は夢見る不死だからねぇ!!≫


「あ、あぁ、そうなのか…」


嫌な予感がした。


≪なぁ、アルト!お願いだ、金は払うから買ってくれないか?≫


やはり、そうきたか。


「不死の男ならお前の相方がそうだろう、なぜわざわざ…」


涼しい顔で見た目はいかにも不健康児のような男。恐らくギルド一の年寄りであろうジズの相棒を想像しながらアルトは言った。すると、ジズはさらに声を張り上げた。


≪わかってないなぁ、ロコは後天性不死、いわば条件付きで生きてる「人」なんだよ!ワイトキングは先天性不死、条件はあろうが「人」ではない。どこが違うのか興味ない!?俺はある!≫


どうやら火に油を注いでしまったようだ。


「はいはい、よくわかったから、いくらまでなら出せるか教えろ。それから、情報の続き。レインの問いにはまだ答えてないだろ?」


≪あぁ、悪い悪い…。2000なら出すからよろしく。んで、レインの質問だけど…≫


うひゃあ、金持ちー、とレインがおどけた口調で言う。アルトは何も言わずにいると、ジズが続けてくる。


≪実際に見てもらった方が早いと思うんだけど、今回の呪いは魔力吸収タイプだった。媒介は魔法陣。この手の呪いはそれこそ高位の不死族の使いそうなものなんだけど、なんか、中途半端なんだよねぇ…≫


「うーん、その形、知りたいなぁ。それに中途半端って?」


レインは少しだけ呪いの魔法に対して知識がある。その彼が何か引っかかることがありそうなので、ひとまずアルトは任せることにした。


≪この魔法具、画像は送れないからね。なんて説明したらいいのかな、魔法陣の形はきちんとしてたんだけど、書き方が利に叶ってないって言えばいいのかな?…例えば、レインだったら人を呪殺するとき何を使う?≫


「えー、程度によるけど、本気で殺したいときは一番強力な真円の魔法陣の回りに五つぐらい補助魔法陣を刻むかなぁ。一瞬でやるなら、毒入りのインク使って…」


≪そこだよ、レイン≫


ジズの声が凛と響く。


≪一番強力な魔法陣を刻むくせにインクは安価なものだった。不純物が多すぎて魔法には向かないインクで書かれていたんだよ≫


「うわぁ、もったいないね。…ってことは、魔法が未熟な奴?」


≪もしくは魔法は使えるけど、良質のインクを手に入れることが困難な人物かもね。…あの患者は夢の中でそれを刻まれた、って言ってた。夢への干渉ができるなら相当高位の魔導師だと思うけど≫


それの何が気になるの?


ジズがレインに聞いてくる。


「実は赤黒い妄執系な魔力を放つ子を見かけてさ。使う魔法がきっとそっち系だろうから聞いてみた、ありがとジズ」


≪なにお安い御用さ。礼はその混血の奴隷を競り落とすことでいいよー。楽しみに待ってるから≫


じゃあね、とジズは通信を切った。魔法具も光を失う。


一気に情報が入ってきて少し混乱しそうだが、とにかく二日後までに準備を整える必要がある。基本は潜入捜査だが、何か不測の事態があればその対応も仕事だ。


「あいつが仕掛けてこないといいな」


アルトもレイン同様、工場区画で出会ったあの白い少年を思い描いていた。


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