第6話:白い少年


「あ、お店に入ったよ、アルト」


お目当ての食堂とおぼしきところにその一団は入っていく。


「少しタイミングをずらして入るぞ」


「はーい」


二人は二分程経ったところで店に入り、入口近くの席に陣取った。例の一団はカウンター近くの席を陣取って談笑をしている。昼時のため他の客のざわめきも大きく会話までは聞き取れない。


「≪インティハーブ・サウト(音ノ選択)≫」


アルトは再び喉に触れて短い詠唱をする。これは自分が聞きたい音を選別し、選択した音だけを拾い上げる魔法である。その間、かなりの集中力を有するため、他の音声はほとんど聞こえなくなってしまう。約一名除いて。


「あ、おねーさん!注文していい?んーと、チーズリゾット一つと、きのこのキッシュ一つ、それから温かい紅茶二つくださいな♪」


向こうの雑談内容を聞き始めたところでレインの声がする。リゾットあったのか、良かったな。


さて、それはさておき。彼らの会話はこうだ。


「やっぱ仕事終わりの酒はうめぇなあっ!」


「まだ終わってねーだろ、仕上げの工程があるんだからよ」


「わあーってるって!でも、もうすぐ全部終わるしよ!金入ったらまたパーッとやろうぜパーッと!」


「それにしても、すっげー大口の注文が入ったもんだよな、奴隷の足枷を百個なんてよ。また、なんかいけねー取引でもするつもりなのかね、あの貴族様たちは」


「さあなあ…。でも、奴隷商の旦那たちが足枷の注文してこないんだから、きっと裏だろうな」


「しっ!あんまデケー声で言うんじゃねぇよ。憲兵に聞かれたらどうすんだ。裏のことゲロっちまったら、俺たち消されるぞ」


…なるほど。まだ続いているが、ひとまず注文していた紅茶が来ていたので一息つくことにした。キッシュはアルトの好物だと知っているレインがメニューにあれば必ず頼んでくれる。ありがたい限りだ。そのレインと言えばリゾットを嬉しそうに食べていた。


とー。


「ねぇ、それって前話してたオークションのこと?」


男たちの中にいた肌も髪も白い少年がそう男たちに聞いた。


「おい、ラバン。デケー声出すなよ」


「あ、ごめんなさい…。でも、そんな悪さに使われるようなものを俺たちが作ってるって思うとさ…」


ラバンと呼ばれた少年が悲しそうな口調で言う。すると、周りの少年少女たにも少し浮かない顔をした。


「…あー、まあ、悪事の片棒担いでるみてぇでやだってことだろ?仕方ねぇじゃん」


その少年のうちの一人がそう言った。すると、周りの少年少女たちもその少年に同意をするように頷く。気持ちはわかるけどな、と口にしながら。


「そうさ、奴隷は国の認めた制度だからな。非人道的だろうがなんだろうが、俺らにはどうすることもできねぇよ」


「俺たちだって本当はやりたかねぇよ、でもな、俺たち貧民街の人間からこの仕事取ったら何が残る?なんだかんだで給金もいいし、潰れるまではやるしか道はねぇのさ」


「そうよ。それがいやならやめちゃえば。幸いラバンは来たばかりだし、見た目もいいし、ちゃんとしてれば貴族様の召使とかもできるかもしれないわよ」


「……俺は、別に」


すると、急にラバンは席を立ちあがり店を飛び出してしまった。少年少女も男たちも浮かない顔をしてはいるもののラバンを追いかけようとする者はいなかった。


「なんかしけちまったな」


「そうだな、仕事すっか?」


「だな、納品は明日厳守だし」


そう言って男たちも金を払って店を出ていった。


アルトはその場に残り、いつのまにか空席になっていた向かいの席を見てため息をつきながらキッシュをナイフで切り始めた。







ラバンは食堂を出て裏通りを進み、町外れの川のほとりに来ていた。


「……誰です?」


「あー、バレちゃった?」


「初めから隠すつもりなかったくせに…」


そんな彼を追ってきたのは、先程食堂から姿を消したレインだった。


「…ふふ♪勘がいいねぇ。それはその魔力のおかげかな?」


レインが楽しそうに弾んだ声で言うと、ラバンはピクリと肩を震わせた。そして突然警戒するように噴き出されたのはあの赤黒い異質な魔力。


「貴方、何者ですか?」


「さあーて、何者ですかねぇ…」


レインはゾクゾクしながらも自身の気持ちが高ぶるのを感じた。三日月形に歪んだ唇を無意識になめる。


「ねぇねぇ、君さ。どうしてあんなとこで働いてるの?その魔力だと使える魔法も何となく想像できちゃうんだけど、なにする気?」


「さあ?」


今度はラバンの方がはぐらかす。レインはそうだよねぇ、とますます楽しそうに笑った。


「君、僕と同じにおいがするなぁ…♪大切な誰かのため、邪魔するものは全て壊す、そんな目をしてる…」


「わかっているなら、邪魔しないでください。貴方も狩りますよ?」


「やれば?出来ないと思うけど…」


レインの挑発にラバンが目に見えて殺気を放つ。なかなか凄い気を放つ、一般人なら間違いなく腰を抜かすだろう。だが、生憎レインは一般人ではない。


「おー、これは期待できるかな?んじゃちょっとだけ遊んでもらっちゃおうか……っ」


「ほう、誰と、何をして遊ぶつもりだ?」


低い声。同時にレインの頭に少し強めの拳骨が落ちる。もちろん拳の持ち主はアルトである。


「弟がご無礼しました。申し訳ありません」


アルトがラバンに謝る。ラバンはそれを受けて、別に、と短く返すと、アルトの脇をすり抜けて裏通りの方へと去っていった。その際にぴりりとした殺気を感じたのは気のせいではない。


邪魔をすれば殺す。その意思表示なのだろう。随分厄介な奴が出てきたものだ。


アルトは隣でいったぁーと騒ぐレインを尻目にそんなことを考えていた。



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