第4章 塵よ積もれよ山となれ⑴

当たり前の話だが、俺にとっては衝撃的な出会いがあってもまわりは全く変わらない。俺の心境に多少の変化があろうとも、俺の香澄としての日々は平穏を極めていた。幸せである。何しろ華の大学生だからね。

ただ、暎という名で生きてきた俺が香澄になっている意味がないなとは感じてきていた。回りくどく言っているが、要するに何か自分として成し遂げたいのである。どうやら俺は自己承認欲求が強いらしい。

今まで半分諦めて生きてきた俺に何かできることはあるのだろうか。ただ、不毛な一年を過ごすなんてもったいない。あいつだって俺を認めてくれていた。そんな思いを抱えつつも、今までの習慣で考えはなかなか前向きな方向に行かない。自分なんてとうじうじとしてしまう。


昔、友人にこんなことを言ったことがある。

「おまえはハマれるものがあっていいよな。」

友人は「そんなことないよ、金がとぶだけだ。あまりハマらないのが賢明だよ。」と笑ったが、金をつぎ込むまでハマれるものがあるのが羨ましかった。彼がハマっていたのは某アイドルで国民的人気を誇るグループだった。握手会、コンサート、CD、DVD。彼の家に遊びに行くと、ドン引きしてしまうほどの量のグッズが陳列されていた。壁一面がアイドルのポスターだったことは言うまでもない。


そんなことをつらつらと考えていたからだろうか、暇つぶしに入った古本屋で本を10冊も購入してしまっていた。考え事をしながら買い物をすると散財するらしいという話はどうやら本当のようだ。

家に帰って買ってきた本を開く。ミステリ、歴史物、恋愛、ビジネス書。様々なジャンルの本がある。俺は本に関しては雑食だ。余程文体が苦手なものでなければ何でも読む。この日も夢中になってやることもせずに、いや食事さえ取らずに本を読み続けた。気がついたら外は真っ暗になっていた。


…ん?待てよ。俺にも好きなものがあるじゃないか。声を大にして言いたい。俺は本が好きだ、好きだ、好きだ!!


今まで無趣味なつまらない人間だと思っていたが、読書という立派な趣味があるじゃないか。気がついていなかった。不覚。


そんな俺は残された時間で本に関する何かを成し遂げようと思った。自分にしかできないこと、それを本の世界を通してこの世に残す。一年(もない)時間の中で成し遂げるには難しい。しかし、やれるだけやってみようと思った。それが、この世に未練のないつまらない自分を、何か変えてくれるのではないか。ただ、それだけを信じて。

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