第3章 噂の彼との邂逅⑶

街を歩く。辺りには人、人、人。誰も俺のことなんか目に映さない。ただただ、街の風景としてのグレーな存在としての俺がいるだけだ。別に俺じゃなくたって構やしない。

生前の俺はよく人間の存在価値について考えていた。俺がここに、この場所にある意味はあるのだろうか、それとも無駄な存在なのだろうかと。そして決まって一つの結論に辿り着いた。…俺は、無価値な存在だと。

俺は別に頭が悪いわけではなかった。友達もいた。容姿も悪くなかった。理不尽なことを要求されることもなかった。だけど、だからこそかもしれないが、どうしても自分は替えのきく存在であるとしか思えなかった。

もし自分がいなくなっても別にまわりは何も変わらないのだろう。困りもしない。ただただ時は流れるだろう。…そして、俺はいなくなった。

生きていた頃に勤めていた会社、住んでいた家、よく行った店はどうなっているのだろう。平然とした顔をして、俺のいない世界で時計の針を進めているのだろう。それがひどく虚しく感じられる。生きていた頃によく行った少し古びた定食屋に行きたいのに、行けない。

俺は何か特別なことができたわけじゃない。特別人格が優れていたわけでもない。何かを生み出せるとも思えない。

俺に取り憑いた虚無主義的な考え方はゆっくりと、しかし確実に俺の精神を蝕んでいった。人を完全に信頼することさえもできなくなっていた。どこか冷めた目で見ている自分がいた。

香澄という1人の女性に取り憑いてこうやって時を過ごしているが、香澄は求められる存在だ。替えのきく存在なんかじゃない。俺がかわりになっていてはいけない。

そんな存在に取り憑いてしまった俺は、そのことに気がついてしまった俺は、この後どうやって生きていけばいいのだろう。全てを投げ出してしまいたくなった。


そうやって歩き歩き歩き続けた俺は、クタクタに疲れてしまった。喉はカラカラに渇き、お腹も空いた。どこまでも自分は人間なんだなと思う。

そんなふらふらの状態で歩いていたからだろう。俺は誰かにぶつかられて転んでしまった。コンクリートに滲む血の色が妙に生々しくみえた。赤色だけやけにはっきりと目に映った。

とりあえず、端に寄ろう。道の真ん中で座ってしまうのはよくない。そう思ってヒリヒリとする膝を見ながら立ち上がろうとした時だった。

「大丈夫?」

懐かしい声が聞こえた。

びくりとして顔をあげると優しげな表情を浮かべた男性がいた。その顔には見覚えがあった。

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