第3章 噂の彼との邂逅⑵

黒神君はそのまま俺の隣の席で課題をやりはじめた。そして、ふと思いついたように

「香澄の課題が終わったら、少し話でもしない?」

と声をかけてきた。俺はそれを了承した。そしてすぐに今後を憂いてしまった。しかし、そこまで量の多くない課題はすぐに終わってしまった。


課題が終わると、2人で近くのファミレスに移動した。運がいいのか悪いのか次の時間の講義は休講になり、俺は暇を持て余してしまったので、帰るわけにもいかない。黒神君も今日の講義は終わっていたらしく、「今日はゆっくり話せるな。」と言っていた。

それに、俺は黒神君について香澄としてではなく暎として知っておくべきだと思った。だから、これは良い機会だったのだろう。

2人でドリンクバーと軽いモノを頼み、改めて「お疲れ様です。」と顔を見合わせて笑った。このような時間が尊いんだろうなと感じる。


結論から言おう。俺と黒神君は気がよくあった。俺の生前に会いたかったと思った。彼の持つ考えはよく理解できたし、俺の考えも手に取るように彼には伝わったようだった。時々意見の相違はあったけれど、お互いがお互いの考えを否定せず、素直に違う考えを受け入れられた。自分の考えを理解してくれる人物はいないと生前に思っていた節があったから驚いた。理解されたのが嬉しいような悲しいような気分だ。

俺の次の講義の時間がくると、黒神君とはさよならした。俺は黒神君のことを知れて本当に良かったと思った。

…ただ、1つ。黒神君は別れる直前に「 何かあった?」と聞いてきた。なんでもないよと答えながら俺は少し焦った。彼は思っていたよりもずっと香澄が好きなのだと実感した。そして、罪悪感で胸が疼いた。

その後の講義は上の空だった。こんなのいけないと自分でわかってはいる。でも、どうしても集中できなかったのだ。


家に帰ると黒神君からメッセージが届いていた。

「今日も楽しかった。ありがとう。香澄はそろそろ家に着く頃かな?」

その温かい言葉に俺は羨ましさを感じた。…俺にはそんな言葉をくれる人がいたんだろうか。


香澄になってから、俺はこの世に未練を感じてしまっているのだと思う。死んでしまった時はそうでもなかった。べつにこのまま成仏してもいいのではないかと思っていた。でも香澄になって、友達と話す楽しさも自分を磨く面白さも旅行の素晴らしさも…そして、自分を理解してくれる人の大切さについてもわかり始めている。それが、どうしようもなく悔しい。


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