序章 成仏失敗⑵

「実を言うとね、これは生きている人間への罰も兼ねてるんだ。」

男は丁寧に噛み砕いて教えてくれた。


これはあまり知られていないことなのだが、生きている人間でも、人間として欠陥があまりにも大きいと罰が与えられる。ここでいう欠陥とは、泥棒をしたとか人を殺したとかそういうことではないらしい。生きていることに意味を見出せないこと、それが致命的な欠陥だとされる。そしてそのような人には罰が与えられるようだ。どんな内容の罰かというと、時間を奪われるらしい。


「それでね、その罰則の対象者は何日間か自我を失うことになるの。今回の対象者は1年間だね。」

男はにこにことしている。…気味が悪い。

「自我を失うってどういうことですか?」

俺は恐る恐るたずねた。

「そこで、君の出番だ。」

男は俺にわからないのかい?とでも言うように視線を向けた。嫌な予感がする。

「もしかして…!」

「そう、そのもしかして。」

どうやら悪い予感は当たるようだ。

「暎くんには、その罰則対象者に憑依してもらいます。」


俺が憑依する相手は女子大生だった。生きているのに意味が見出せないというからどれだけやばい人かと思えば、ごくごく普通の女の子だった。まわりの環境としても申し分ない。金持ちではないが不自由のない家だし、大学もわりと良いところに通っているようだ。友達も彼氏もいるらしい。ちょっと見た目は磨きようがありそうだが…なんでこの子が罰則対象者になってしまったんだろう。

「つまり、人生の価値というのは主観的なものだということだよ。」

男は言った。

「人によって物事の捉え方は様々だろう?…彼女はね、良い環境で生きているのにもかかわらず、思考がマイナスに傾きやすいんだ。」

「マイナスに傾きやすい?」

「そう。彼女は他人と自分を比べちゃうんだよね。それに極端な負けず嫌いだからさ。嫉妬心とか不安にとらわれやすいの。原因としては自己肯定感の欠如だと思うんだけど。」

「…そうですか。」

俺にはわからないなと思った。自己肯定感の欠如とはどういうことなのだろう。彼女には何かコンプレックスでもあるのか?彼女のまわりにはそんなことを感じさせる原因があるのだろうか?そう考え始めてしまうと、この1年間で彼女を救いたいと思ってしまった。その思考をよんだのだろうか、「ちゃんと自分の未練、なくしてきてよ。」と男に念を押されてしまった。…わかってるって。ただ、自分の未練がどこにあるのかがわからないだけで。きっと、1年間やりたいことをやっていたら未練はなくなるさ。俺の表情をみた男は、それでも「まあ、いいや。」と言ってくれた。諦められている気もするが。

「それじゃあ、憑依させるよ。はい、魔法発動!」

そんなゆるい言葉で憑依させられるのかと思ったのが最後、俺は意識を失った。


こうして、俺の新たな1年がスタートすることになった。冬の風が強く吹く音が聞こえた。

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