スマホと身体の乗っ取りにはご用心

春野ハル

序章 成仏失敗⑴

目がさめると、白い天井が目に入った。体を起こすと途端に頭が痛み小さくうめく。辺りを見回してみると、壁までもが真っ白だった。何メートルか先にある椅子にひとりの男が腰掛けている。その男に見覚えはない。俺はいったいどこにいるのだろうか。

「おはよう。気分はどうだい?」

俺が起きたことに男は気がついたようだった。

「助けて頂いたようでありがとうございます。」

「いや、とんでもない。気にしないで。」

そう言うと、男は微かに微笑みを浮かべてみせた。その表情に少しほっとする。悪い人ではなさそうだ。と言うよりも、助けてくれるくらいなのだから良い人なのだろう。だから、俺はその男にすぐにたずねることができた。俺はどうしてここにいるのか、と。

「うーん、そうだなぁ。」

その質問に男はすぐには答えてくれなかった。

「少し長くなりそうだから、君の頭痛が治まってから話すよ。」

そう言って、男は俺に「はい、これ。」と薬と水を渡してくれた。俺の頭が痛むことなんてとっくのとうにばれていたらしい。申し訳なさと観察眼の鋭さに俺は思わず萎縮してしまった。


「それじゃあ、君の状況を説明しようか。」

俺の頭痛が治まったとみると、男は話を切り出した。俺としても状況がわからないのは恐ろしかったので、急かすような目で男を見る。その視線を捉えて男は微かに辛そうな目をして、次の言葉を紡ぎ出す。

「…君は成仏し損ねた幽霊なんだよ。」

「は?」

思わず素っ頓狂な声が出た。

「だから、成仏し損ねた幽霊なんだよ。」

聞こえてないと思ったのか、男はもう一度繰り返した。

「どういうことですか?」

俺の声は少し震えていた。いつもならそんなことを言われても信じなかっただろうが、この男の言葉には信じさせてしまうような何かがあった。その正体はつかめない。

「つまりだね。」

そうして、男は俺にこれまでの経緯を説明してくれた。


男の話を聞くとこうだった。俺はすでに死んでしまっているらしい。死因は事故。仕事の帰り道に歩道にトラックが突っ込んできたらしい。即死だったという。

しかし、問題はここからだった。通常、人間の魂というのは死んでから49日の間に天界へと送られるらしい。人が成仏した、と一般的に言われるのはこの状態のことらしい。だが、ごく稀に例外が存在する。死後49日を過ぎても成仏することが出来ず、この世にとどまってしまう魂があるという。それが、俺のような存在だ。その大きな原因はこの世への未練や後悔である。

「そこでなんだよ、暎くん。」

暎というのは俺の名前だ。どうして知っているのだろう。

「君には特別措置が与えられたんだ。」

「特別措置?」

男はにこにこしながら頷く。

「君はまだこの世で生きることができることになった。1年間の猶予が与えられたんだ。」

「何のために?」

「何のためってそれはこの世への未練をなくすためだよ。…でもね、ひとつ問題があって。」

「問題?」

「そう。」

男は少しの間、黙っていた。そして、言葉を選ぶように言った。

「暎くんとしては生きることができないんだ。つまり、別の人として1年間過ごしてもらうことになる。」


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