マイルド牛鍋

「半年ぶりかしら?」


「多分、半年ぶりだと思う。」


妻の奏恵が料理をすると言い出したのが、多分それぐらいだと思われる。


自分の作った料理を"不味い"と自分で評価する人間も珍しいと義彦は思う。半年前に奏恵が適当に作った料理が"物体X(談:奏恵)"となってからは義彦が料理を作り続けていたが、半年が経って突然"今日は私がご飯の用意する"と言いだしたのは、そろそろ"物体X"の威力を奏恵が忘れてしまっているのだろう。



警察官の知人がいるが、"事件よりも妻の料理が怖い"と言っていたのを思い出す。その警察官は警察学校で柔道をやっていたのだが、その経験あってか190㎝相当の大男を大外刈りで制圧したそうだ。


"事件よりも妻の料理が怖い"と言ったのはその時である。


…逃げたい事ではあるが、義彦も腹を括るべき時が来たと思う事にした。



「最近、豆乳ブームなのよね。」

いつからのブームだ、と義彦はツッコミを入れたくなる。


胸のサイズや健康の事で何かがあるという話は聞いていないが、奏恵も30代に突入して色々と思う事があるのだろう。


いつも飲んでいるパックの豆乳を取り出すと、用意していた鍋に豆乳を豪快に注いだ奏恵であった。



"物体X"が食卓に出ない事を、義彦はひたすら祈るばかりである。


__________


*マイルド牛鍋


材料(2人分):

牛もも肉…200g

キャベツ…150g

たけのこ…100g

豆腐…1/2丁

スナップえんどう…100g

豆乳…240㏄

追いがつお…大さじ6杯

醤油…大さじ2杯


道具:

包丁&まな板

__________



(鍋か、豆乳鍋とかいうのはあったが…。)


(半年ぶりに何とか期待できそうなのが食べられると思うと涙が…)



__________


作り方:


①鍋に豆乳、追いがつお、醤油を入れ沸騰させる。

②豆腐、たけのこ、キャベツ、スナップえんどうを数分間隔で重ねるように入れていき、灰汁を取りながら煮込んでいく。

③牛肉を入れ、色が変わったら完成。


※しめはうどんがお勧めです。明太子を入れてお召し上がりください。

__________



「美味しい、"物体X"じゃなくてよかった。」


不覚にも心の声をお漏らししてしまった義彦である。


「豆乳のまろやかさって結構癖があるように思えるんだけど、醤油も元々が大豆だし、やりようによってはカレーの隠し味に使えたりするのよねー」


しめのうどんに明太子を入れたものをすすりながら、義彦は感心している。


だしの少し効いたまろやかな豆乳ベースの出汁に、明太子の塩気が良いアクセントとなっており、そこに茹でた後にざるにかけて冷ましたうどんのしっかりした食感が良く合う。



(………)


食べた後の鍋を眺めながら考え事をしていた義彦。


半年ぶりに制圧されたのは義彦の胃袋であった。


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