第百九十三話 心の傷は深く

「ここまで来るとはな。しかも、仲間を見捨てて」


「てめぇ!!」


「九十九!」


 静居は、柚月達に残酷な言葉を吐き捨てる。

 柚月達は、仲間を見捨てたと。

 九十九は、怒りに駆られ、静居に斬りかかろうとするが、朧が、制止した。


「一つ、お前たちに聞きたいことがある。なぜ、和ノ国を滅ぼそうとする」


 柚月は、静居と夜深に問いかける。

 理解できないからだ。

 葵の過去を知っても、なぜ、静居と夜深は、和ノ国を滅ぼそうとしているのか。

 決戦の前に、知りたいと願ったのだろう。


『そうね、最後だから、教えてあげましょうよ。静居』


「よかろう」


 柚月達は、もうすぐ、死ぬと確信を得ているようだ。

 夜深は、上機嫌で、静居に真実を語るよう促す。

 どうせ、これが、最後。

 ならば、真実を聞かせてやろうと思っているのだろう。

 柚月達は、自分達の心情など理解できないと推測しているが。

 静居も、承諾し、前に出た。


「私達は、傷を負ったのだ。心の傷を。その傷は、深く、癒せない。お前たちには、わかるまいな。私達が、どれほど、苦しみ、傷ついたかを」


『本当よ。貴方は、知らないでしょうね、光黎。人間が、どれほど、愚かなのか』


 静居は、自分と夜深は、心の傷を負ったのだと語る。

 夜深も、続けて語った。

 黄泉から和ノ国を見てきた夜深は、人間の醜い部分を見過ぎてしまったのだろう。

 式神が、妖に変化してしまったのも、人間のせい。

 だからこそ、理解できないのだ。

 人間を理解し、共闘する光黎の事を。


『違う』


『いいえ、愚かよ。だって、人間は、私達、神がいるとは信じなかったんですもの。しかも、無能だと罵ったのよ?』


『……』


 光黎は、夜深の言葉を否定するが、夜深は、人間は、愚かだと告げる。 

 かつて、人間は、神々がいると信じていなかったのだ。

 それどころか、助けようとしない神のことを無能だと罵った人間もいるらしい。

 夜深は、悔しかった。

 神々は、いつも、人間を見守り、助けてきたというのに。

 光黎も、知らなかったようで、言葉を失った。


『許せるはずがないわ。だから、滅ぼそうとしたのよ』


 人間の醜さを知って、静居と共感して、和ノ国を滅ぼすことを決意したのだ。

 そうすれば、妖達を救う手立てになるかもしれないと察して。


『でも、静居は、信じてくれた。私を理解してくれたわ』


「私が、ここまで、来れたのは、夜深のおかげだ。夜深が、私を励ましてくれたから」


 静居と夜深は、お互い、心の傷を理解し、お互いを信じた。

 この時、柚月達は、二人の心の傷は、とてつもなく、深かったのだと察したのであった。


「さて、話でもしようか」


 静居は、静かに語り始めた。

 千年前、静居は、葵と共に双子の兄として生まれた。

 だが、祝福してくれる者は、皇城家の人間のみだ。

 なぜなら、皇城家は位が低かったからだ。

 そのため、いつも一族から冷ややかな目で見られていた。

 かつて、皇城家やそのほかの一族は、神の一族と呼ばれ、神と対話ができる一族であり、あがめられていた。

 しかし、神が消えた後、一族は衰退していった。

 特に皇城家の位は低くなってしまった。

 静居は、それがたまらなく悔しかった。

 それでも、静居には男として育っていた妹の葵が、静居の味方となり、支えてくれた。

 女でありながらも、強く、勇ましく。


「私は、生まれた時から、声が聞こえていたのだ。夜深の声が」


『私も、驚いたわ。私の声を聞くものが、現れたんだもの。千年もの間、孤独に耐えたかいがあったわ』


 静居には、葵の他に、もう一人心強い存在がいた。

 姿は、見えず、声だけが聞こえるのであった。

 母親のように優しい夜深の声が。

 静居にとっては、心強い味方だ。

 そして、夜深にとっても、静居は、孤独から、解放してくれる存在であった。

 だが、夜深声を聞くことができるのは静居だけであり、幽霊も見えるのも静居だけであったため、周囲から、恐れられていた。

 それでも、葵が味方になってくれたため、くじけることはなかった。

 しかし……。


「それでも、私は、耐えられなかった。なぜ、私達は、このような扱いを受けなければならないと。その時だ。事件が起きたのは」


 静居曰く、事件が起きたのは、静居が、十歳の時の事だ。

 葵が他の一族に怪我を負わされた。

 そして、葵が悪いと責められたのだ。

 なぜ、こんなことが起こってしまったのかと、静居は、疑問を抱いた。

 すると、葵が、教えてくれたのだ。

 葵が、怪我を負った理由は静居のことを悪く言われ、葵はその一族のこと喧嘩になったという。


「私は、許せなかった。許せるはずがなかった。人間は、愚かな存在だと知ったのだ。自分さえ良ければ、それでいいのだと。周りなど、どうでもいいんだと」


 静居は、葵が自分のせいでけがをしてしまったこと、そして、一族のことに怒りを覚えた。

 その時だ。

 静居は、力を求めたのは。

 力が欲しいと。力があれば、一族を見返すことができるのにと嘆いて。


『だから、私は、提案したの。静居が、一族の頂点になればいいと。彼なら、和ノ国を、全てを変えてくれると思ったのよ』


 夜深は、静居と会話を交わすうちに、感じ取ったようだ。

 自分の声が聞こえるほどの力があるのならば、和ノ国を変えてくれるのではないかと。

 腐りきった世を変えられるのは静居ではないかと、確信を得たようだ。

 だからこそ、夜深はある提案をした。

 静居が一族の頂点になればいいと。


「最初は、驚いた。一族の頂点になれるはずがないと思っていたのだから。だが、夜深は、教えてくれた。神になれる方法を」


 だが、その時の静居は、理解できなかった。

 どうやって、神になれるというのであろうか。

 神の一族と言えど、自分は、人間だ。

 神になれるはずがないと。

 ゆえに、静居はどうやって神になるのだと、夜深に問いかけたのだ。

 夜深は、答えた。

 深淵の門を開くがいいと提案した。

 だが、静居はそれは、妖が封じられていると聞いている。

 けっして開いてはいけないと。

 それでも、夜深は、説明した。

 妖は必要な存在であり、神になるには敵が必要なのだと。

 敵を倒す存在になれば、頂点に立てると。

 そして、人も妖もいずれば掌握することができると。

 夜深は、妖達を殺す事で、解放しようと願ったのだ。


「いい提案だった。力ある者が、頂点に立つことは。だが、私が、望んだのは、一族の頂点ではない。神だったのだ」


「神?」


「そうだ。理解できないだろうな。貴様には」


 静居が求めたのは、一族の頂点ではない。

 神だったというのだ。

 もちろん、柚月達には、到底理解できない。

 静居も、それを察しているようであった。

 夜深の話を聞いた静居であったが、自分が、本当に、求めていたのは、頂点ではないと察したのだ。

 神となる存在になることだったのだ。世を変えるには全ての人間を滅ぼして生まれ変わらせる必要があると考えた。

 理想の人間に生まれ変わらせるために。


『本当に、素敵な考えだったわ。だから、私は、静居についていこうとしたのよ。彼なら、神になると思ったから』


 それを聞いた夜深は興味深いと考えた。

 そして、夜深は、赤い月の現象と創造主の力のことについて教えたのだ。

 自分が、創造主の力を奪って、赤い月を生み出す。

 その赤い月を利用して人間を滅ぼせばいいと。

 赤い月と災厄の話を聞いた静居は、夜深の話を受け入れ、実行に移すことにした。


「だが、深淵の門を開けるには、深淵の門の力が、弱まっていないといけなかった。だから、私は、待った。六年もな」


 夜深は、静居に、まずは、深淵の門の力が弱まった時に、深淵の門を開けと命じた。

 深淵の門の封印の維持は、長く持つはずがないと悟っていたからだ。

 静居は、六年待った。

 深淵の門が弱まる時を。

 そして、静居は、夜深から、神刀・深淵を受け取り、深淵の門を破壊した。

 当然、深淵の界は、混乱に陥り、夜深は、混乱の際に創造主の力を奪ったのだ。


『計画は、うまくいったわ。思った以上にね』


 夜深は、嬉しそうに語る。

 予想外にうまくいったことが嬉しいのであろう。

 深淵の門が開かれた事により、妖たちがあふれかえり、世は乱れた。 

 その直後、静居は、夜深から、聖印を、神懸かりの力を得て、妖を退治していった。

 当然、人々は静居をあがめた。

 自分達を蔑んできた一族達でさえも。

 だが、葵だけは静居が無理をしていないか心配していた。


「本当は、葵を巻き込みたくなかったが、そうもいなかくなったんだ。なぁ?夜深」


『あら、仕方がないじゃない。あの子が、欲しがっていたんだもの。でも、あげてよかったでしょ?邪魔者を殺せたんだから』


「……」


 柚月は、二人をにらむ。

 憤りを感じたからだ。 

 母親である葵を邪魔者扱いされたのだから。

 葵の様子を見た夜深は、葵にも力を与えた。

 聖印の力を。

 夜深は、葵を排除するために、与えたのだが。

 だが、葵が、静居と共に戦ったことにより、瀬戸や他の一族達が、力を欲した。

 夜深は笠斎から奪った力を一族に与え、聖印の力を覚醒させた。

 静居はこれが目的であったのだ。

 妖に飲みこまれぬよう力を一族は力を欲するであろうと。

 夜深に力を与えるよう頼めば、静居は一族の頂点にも立て、あがめられる存在になれると考えた。

 そして、聖印の力で妖を殺し、妖の負の感情を集めて、赤い月を出現させようとしていた。


「私は、一族の頂点に立ち、私達を馬鹿にした奴らの位を下げてやった。特に鳳城家はな」


 静居は、それぞれの一族に聖印を与えたが、聖印の能力により、位が逆転したのであった。

 いや、逆転させたのだ。

 自分を馬鹿にしていた鳳城家は、一番下の位となった。

 そして、皇城家は、一族の頂点に立った。

 彼らは聖印の力により、ほんろうされる運命となるとは気付きもせずに……。

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