第百九十二話 千草を解放する為に

 突如、綾姫達の前に現れた創造主・笠斎。

 これには、さすがの村正も、驚きを隠せないようだ。

 消滅したはずの笠斎は、なぜ、姿を現せたのだろうか。


「笠斎……なぜ……」


――そいつの中に、意識を忍ばせておいたからな。間に合ってよかった。


 笠斎は、村正の問いに答える。

 答えは、創造主の力を奪われた時、意識を村正の中に忍ばせておいたのだ。

 わずかな力を使って。

 その力を構築して、魂となって現れたのだろう。


「貴様!!まだ、抗うか!!まだ、邪魔をするか!!笠斎!!」


「笠斎!!」


 まだ、自分の前に立っている事に対して、苛立ち、怒りを露わにする村正。

 笠斎を妖刀で、真っ二つにするが、笠斎は、これで、消滅したわけではない。

 光の粒となって収束し始めたのだ。

 その光の粒は、やがて、解放の矛へと姿を変えた。


「これは、解放の……矛?」


 綾姫達の前に現れた解放の矛。

 笠斎は、解放の矛へと姿を変えたようだ。

 解放の矛は、綾姫の元へと迫り、綾姫は、その解放の矛を手に取った。

 すると、解放の矛は、光を発動し、綾姫達は、痛みを感じなくなったのだ。

 笠斎の加護が、綾姫達を包みこんでいる。

 傷を癒す力までは残されていないのだろう。 

 だが、力を与える事はできるようだ。

 解放の矛を手にした綾姫は、立ち上がった。


「力が、みなぎってくる……」


――その力で、村正を討て。千草を解放するんだ。


 笠斎は、綾姫に告げる。

 解放の矛で、村正を討てと。

 おそらく、千草を解放することができるのであろう。

 綾姫は、解放の矛を構えた。


「させるかあああああっ!!」


「綾姫!!」


 綾姫を食い止めようと、村正は、感情任せに、妖刀を綾姫に向かって振り下ろす。

 だが、瑠璃は、解放の矛を手にし、綾姫と共に、妖刀を防ぎきった。

 すると、村正は、吹き飛ばされてしまった。

 どうやら、解放の矛は、村正に対抗できる力があるようだ。

 いや、村正に対抗できるように生み出されたのだろう。


「す、すごい……。あの村正を……」


 綾姫達は、驚いているようだ。

 解放の矛を手にした瞬間、村正に対抗できるようになった。

 これも、笠斎のおかげなのだろう。

 笠斎が、綾姫達を守ってくれているのだ。


――わしの意識が、とどまっていられるのも、残りわずかだ。さあ、早く。


 笠斎は、綾姫達に、急ぐよう告げる。

 意識を保てるのは、残り僅かな時間のようだ。

 もし、意識が、消滅すれば、解放の矛も、消滅してしまうのだろう。

 ゆえに、迷ってなどいられない。

 村正は、起き上がり、綾姫達へと向かっていく。

 形相の顔で。

 村正も、余裕がなくなったようだ。

 今度こそ、綾姫達を殺すつもりなのだろう。


「瑠璃」


「一緒に、やろう」


「ええ」


 綾姫と瑠璃は、解放の矛を握りしめ、波長を合わせる。

 波長を合わせる事で、聖印を融合させ、村正を貫こうとしているのだろう。

 綾姫達は、知ったのだ。

 かつて、葵と瀬戸が、無意識に波長を合わせた事により、静居を貫いたことを。

 一人では、不可能でも、二人なら可能になるかもしれない。

 綾姫と瑠璃は、解放の矛に、力を込めた。

 その時だ。

 柘榴達と空巴、泉那、李桜が、綾姫達に力を送ったのは。


「俺達も、協力するよ」


『私達も、な』


「ありがとう」


 柘榴達も、空巴達も、綾姫と瑠璃に協力してくれるようだ。

 聖印の波長を合わせてくれている。 

 そのおかげで、力が、あふれ出てくるようだ。

 村正は、綾姫と瑠璃に向かって、突進し、妖刀を振り上げ始めた。


「瑠璃、行くわよ!!」


「うん!!」


 綾姫と瑠璃は、同時に、地面を蹴り、向かっていく。

 村正の妖刀と解放の矛が激しくぶつかり合った。 

 力と力が、ぶつかり、嵐が巻き起こる。

 綾姫と瑠璃は、押しつぶされそうになりながらも、力を込め、踏ん張った。

 柘榴達も、吹き飛ばされそうになりながらも、綾姫達に力を送っている。

 村正は、歯を食いしばり、力を込めるが、綾姫達は、耐えた。


「「はああああああっ!!!」」


 綾姫と瑠璃は、叫びながら、力を込め、解放の矛を押す。

 すると、妖刀にひびが入り始め、ついに、真っ二つに折れた。

 綾姫と瑠璃は、そのまま、村正の心臓を貫いた。


「ぎゃああああああっ!!!」


 村正は、絶叫を上げながら、消滅していく。

 跡形もなく。

 綾姫達は、からくも、村正に勝利した。


「村正を、倒した……」


 瑠璃は、荒い呼吸を繰り返しながら、呟く。

 綾姫達も同様に、荒い呼吸を繰り返していた。

 すると、解放の矛が、創造主・笠斎へと姿を変えた。


――ありがとう。これで、千草は、解放されるであろう。


『笠斎……』

 

 笠斎は、綾姫達にお礼を言い、光の粒となって消滅する。

 空巴達は、消えゆく笠斎を見届けた。

 その直後、千草の魂が、綾姫達の前に現れたのだ。

 千草は、穏やかな表情を浮かべていた。


「千草!!」


――ありがとう……。これで、私は、救われた……。


 千草は、綾姫達に感謝の言葉を述べる。

 本当に、解放されたようだ。

 今まで、怒りや憎しみと言った負の感情から、そして、村正から。


――すまなかったな……。私のせいで、葵は……。


「葵様は、きっと、貴方が、解放されることを願ったでしょう。だから、葵様も、救われたと思います」


――そうか。


 千草は、自分を責めているようだ。

 葵を傷つけてしまったと嘆いているのだろう。

 自分が、怒りに駆られ、憎しみの言葉を葵にぶつけてしまったから。

 どれほど、葵が、傷ついたかと。

 だが、綾姫は、葵は、傷ついたとしても、千草が、解放された事を喜んでいるだろうと告げた。

 葵は、強く、優しいから。

 綾姫の言葉を聞いた千草は、うなずいた。

 綾姫達に感謝しながら。


――後は、頼んだぞ……。どうか、私の息子を、静居を止めてくれ……。


 千草は、綾姫達に託した。

 静居を止めてほしいと。

 父親である自分が止められないのは、悔しい事だ。

 だが、信じているのだろう。

 彼らなら、静居を止められると。

 千草は、光の粒となって、消滅し、その直後、綾姫達は、倒れてしまった。

 笠斎の加護が、消滅したからであろう。

 その時だ。

 たまもひめと龍神王が、綾姫達の元へ駆け付けたのは。


「大丈夫か!!」


「しっかりしてください!!」


 たまもひめと龍神王は、綾姫達の元へ駆け寄り、呼びかける。

 綾姫達は、意識が朦朧としながらも、二人を見上げた。


「たまもひめ、龍神王……」


「来てくれたの?」


 綾姫と瑠璃は、たまもひめと龍神王に問いかける。

 まさか、二人が、来てくれるとは、思いもよらなかったようだ。

 二人は、同胞と共に、地上を守っていると思っていたのだから。


「我が同胞が、戦っておるからな」


「私達も、協力しようと決めたのです」


 たまもひめと龍神王は、地上で、静居が生み出した妖達と戦いを繰り広げていたのだ。

 同胞達と共に。

 だが、九十九と千里の身を案じていた。

 ゆえに、駆け付けに来たのだ。

 同胞である彼らを助けようと。


「ひどい怪我だ。治さねば」


「そうですね」


 たまもひめと龍神王は、力を発動し、綾姫達の傷を癒し始めた。

 綾姫達は、二人に感謝していた。

 もう、声が出せないほど、意識が、薄れていたのだが。

 本当は、柚月達の元へ向かいたいはずなのに。

 二人は、綾姫達の為に、とどまってくれたのだ。

 彼女達を救う為に。


――柚月、後は、頼むわよ……。絶対、勝ってね……。


 綾姫は、柚月に託し、意識を手放した。

 柚月達なら、静居に勝ってくれると、信じて。



 柚月達は、とうとう、月へとたどり着いた。

 綾姫達が重傷を負い、意識を失ったとは、知らずに。


「ようやく、ここまで来たな」


「うん」


 柚月達は、あたりを見回す。

 だが、静居と夜深の姿は、見当たらない。

 どこにもだ。

 気配は、感じるのだが。


「あいつら、どこにいやがんだ?」


「わからない。だが、気をつけた方がよさそうだ」


『そうだな』


 柚月達は、鞘から刀を抜き、警戒し始める。

 静居と夜深が、どこから、襲ってくるか、わからないからだ。

 もしかしたら、自分達の背後に回るかもしれない。

 ゆえに、あたりを見回した。 

 その時であった。


「ようやく、たどり着いたか」


『待ちくたびれたわ。もしかしたら、千草と村正に殺されたのかとも思ったけど。そうでもなかったみたいね』


 静居と夜深の声が聞こえる。

 やはり、どこかにいるようだ。

 だが、姿は、見当たらなかった。


「静居!!夜深!!」


「どこにいる!!」


 柚月と朧が、構えながら、叫ぶ。

 すると、静居と夜深が、柚月達の前に姿を現した。


「ようやく、出てきやがったか」


 九十九は、紅椿を肩に担ぎ、にらみつける。 

 柚月達も、構え、静居と夜深をにらんだ。

 だが、二人は、構えようとしない。 

 まるで、余裕を見せているようだ。


「ようこそ、月へ。いいや、自分達の墓場へ」


 静居と夜深は、不敵な笑みを浮かべていた。

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