第百九十話 全ての聖印を持つ者

 千草は、聖印能力を発動し始める。

 一気に、力が、膨れ上がっていく。

 それは、もう、聖印とは呼べない力だ。

 その力を肌で感じ取った綾姫達は、一層、気を引き締めた。


「とうとう、来たかって感じだね」


「油断は、禁物じゃぞ。わしらは、この力に負けたのだからの」


 綾姫達は、千草の聖印能力に圧倒され、敗北した。

 ゆえに、油断は、禁物だ。

 なんの聖印を発動するか、見極めなければならない。

 綾姫達は、構え、千草を警戒し始めた。


「いっけぇ、千草!!」


 千草は、一気に、綾姫達と間合いを詰め、大剣で斬りかかる。

 しかも、その大剣からは、衝撃波が放たれ、綾姫達は、苦悶の表情を浮かべながらも、千草から距離をとった。

 千草が、発動した技の名は、らん

 大剣から衝撃波を放つ技だ。

 それにより、一瞬にして敵を斬る。

 最初に、鳳城家の聖印能力を発動したようだ。

 体から、衝撃波を放つ技を。

 しかし、綾姫達が、ここで、劣勢を強いられていたわけではなかった。

 すぐさま、透馬が、岩壁を発動し、壁を作り、続けて、聖生・岩玄雨を生み出す。

 千草は、それでも、乱を発動するが、要が、千草に向かって突進し、海竜之爪で、乱を相殺した。


「そうは、行くかよ!!」


「拙者の皮膚は、刀よりも、固いでござるよ」


「これなら、どうだ!!」


 透馬と要の連携により、乱が封じられてしまった千草。

 村正は、苛立ったようで、千草に命じ、千草は、今度こそ、聖印能力を発動した。

 最初に発動した聖印は、天城家の聖印だ。

 千草は、天から妖刀・村正を生成し、雨のように降り注がせた。

 その技の名は、聖生・雨村正せいせい・あめむらまさ

 妖刀・村正が、綾姫達を切り刻む。

 だが、村正が、予想したほど、傷を受けていない。

 これには、さすがの村正も驚きを隠せないようだ。

 なぜなら、綾姫が、結界・水錬の舞を発動して、結界を張り、さらには、高清が、陸虎ノ盾を発動して、壁を生み出したのだ。

 これにより、綾姫達への攻撃は、軽減された。


「そう、くると、思ったでごぜぇやすよ」


「二度と、同じ手には、乗らないわよ!」


「ちっ。腹立たしい。じゃあ、これは?」


 またしても、攻撃を防がれてしまい、村正は、舌打ちをする。

 ここで、千草は、万城家の聖印を発動したのだ。

 綾姫達の時が止まっている間に、村正は、綾姫達に襲い掛かる。

 技の名は、時限・時村正じげん・ときむらまさ

 時を止め、村正が、襲い掛かる連携技と言ったところであろう。

 これで、綾姫達の命を奪える。

 村正は、そう確信していた。

 だが、その時であった。

 空巴、泉那、李桜が、村正の前に立ったのは。


「なっ!!」


 空巴達に行く手を阻まれ、村正は、思わず、立ち止まってしまう。

 思いもよらなかったのだろう。

 まさか、空巴達が、動けるとは。

 時を止めたはずだというのに。


『神を前にして、時を止めようとは』


『私達に通用すると思ってるの?』


『詰めが甘いですよ』


 空巴達に通用するわけがなかった。

 相手は、神だ。

 神が時を止められて、動けないはずがない。

 村正も、考えが甘かったようだ。

 苛立ち、聖印能力を解除させる。

 これにより、綾姫達は、救われた。


「だったら、ボクが相手だ!!」


 とうとう、村正が、変化し始め、妖刀へ姿を変えた。

 それも、長刀に。

 千草は、蓮城家の聖印能力を発動したようだ。

 その名は、契約・刀村正けいやく・とうむらまさ

 村正は、妖気を千草に送り、千草は、暴れまわるかのように、綾姫達に斬りかかった。


「皆、下がって!!」


 ここで、柘榴を筆頭に、綾姫達が、千草に向かっていく。

 だが、千草の能力は、驚異的だ。

 村正が、妖気を送っているのも相まって、厄介な相手になっている。

 たとえ、綾姫達に、傷を負わされても痛みを感じないようだ。

 それどころか、綾姫達は、斬られ、傷を負い始めている。

 これは、確実に、劣勢を強いられている状態だ。

 村正は、そう、確信を得ていた。

 しかし、一本の風の矢が、千草ではなく、村正を捕らえた。


――がっ!!


 風の矢で、村正にひびが入る。

 どうやら、聞いているようだ。

 村正は、うめき声を上げた。

 景時が、天次に天狗嵐を発動して、風矢を強化したことで、妖刀・村正にひびが入ったのだ。

 だが、連携は、これだけではない。

 春日が、空鳥乃天で、空間移動し、空鳥乃羽を発動。

 これにより、村正も、傷を負った。


「この時を待ってたんだよねぇ」


「お主が、刀に変化すれば、攻撃を仕掛けられると思ったのじゃ」


――なめるな!!


 傷を負わされた村正は、ついに怒りを露わにする。

 余裕がなくなってきたのだろう。 

 千草が、村正の怒りに反応したのか、妖刀・村正を振り下ろす。

 だが、綾姫達の前に結界が張られたのだ。

 村正が、傷を負っている間に、初瀬姫が、結界・凛界楽章を発動した。

 これには、さすがの村正も、予期しなかったようであり、驚きを隠せなかった。


「結界を張らないわけがありませんわ。油断しましたわね?」


「じゃあ、これは?」


 ここまで苦戦するとは、村正も、思いもよらなかったのであろう。

 前の戦いでは、綾姫を圧倒していたというのに。

 なぜ、彼らを殺せないのか、理解できない村正。

 村正は、少年の姿に戻り、千草は、体を鎧と化した。

 これは、真城家の聖印を発動したからだ。

 その名は、変化・帝村正へんげ・ていむらまさ

 鎧を纏った帝の姿となり、防御力を上げることができる。

 これで、もう、千草が傷を負う事はないだろう。

 綾姫達は、一斉に、千草達に向かっていくが、千草は、再び、暴れまわり、綾姫達を吹き飛ばす。

 今度こそ、綾姫達を殺せる。

 そう、確信を得た村正は、千草に、命令し、綾姫達の命を奪おうとした。

 だが、村正は、突然、動かなくなる。 

 なんと、足元が凍り始めたのだ。

 実は、夏乃が、雪化粧を発動し、千草の足元を凍らせていた。

 村正は、動揺し始める。

 その隙を逃すはずがなく、和巳が、聖生・色彩器で、千草の鎧を破壊し、千草は再び、傷を負った。


「甘いです!!」


「本当にね!!」


――どうなってる……。なんで……。


 村正は、理解できなかった。

 綾姫達も、傷を負っている。

 つまり、劣勢を強いられたも同然だ。

 なのに、なぜ、綾姫達の方が、優勢になっているのか。

 村正は、動揺していた。


「こうなったら!!」


 村正は、千草に憑依した。

 千草は、安城家の聖印能力を発動したのだ。

 その名も、憑依・鬼村正へんげ・おにむらまさ

 聖印能力により、千草は、頭から二本の角が生え、鬼のような姿となった。


「とうとう、憑依させた」


――そのようですね。


――油断は、禁物っすね。


 綾姫達は、構える。

 安城家の聖印能力は、厄介であり、驚異的だからだ。

 鬼を一掃しながら、綾姫達を守っていた空巴達も、警戒し始めた。


――ここまで来れば、もう、後は、無いよね?さあ、死ね!!


「そうは、させないよ」


「おとなしく、死ねるかよ!!」


 千草は、妖刀を手にし、斬りかかる。

 暴れまわっている様子は見られない。

 おそらく、村正が、操っている状態なのだろう。

 綾姫達は、押されかけてしまう。

 やはり、今の状態は、一筋縄ではいかないようだ。

 だが、ここで、和泉が麗糸を、時雨が、葉碌を使って、千草の動きを止める。

 千草は、暴れまわるが、二人は、決して離そうとしなかった。

 その時だ。

 柘榴が、背後に回り、千草を槍で貫いたのは。


「甘いよ、本当に」


 柘榴は、槍を抜き、すぐさま、綾姫達の元へと後退する。

 千草は、膝をつき、体を震わせていた。


――なんで、なんで、あの時と違うの?どうして……。


 村正は、理解できないようだ。

 なぜ、綾姫達を殺せないのか。

 安城家の聖印を使っても、追い詰められないのか。

 何も、理解できず、困惑していた。


「一度、その身に味わったのよ?それが、二度も通用すると思ってるの?」


「それに、千草は、聖印を同時に発動できない。人工的に聖印を取りこんだから。朧達とは違って」


「ま、大戦の時にわかったから。攻略は、簡単だったって事。残念だったね」


 綾姫と瑠璃は、説明する。

 綾姫達は、一度、千草、村正と刃を交えているのだ。

 その際、千草の聖印に圧倒され、一度は、敗北した。

 だからこそ、知ったのだ。

 千草の能力と弱点を。

 千草は、全ての聖印をその身に宿している。

 だが、一度に二つの聖印は、発動できないのだ。

 生まれながらにして、聖印を宿した朧や餡里とは違って。

 ゆえに、どうすれば、千草の猛攻を止めることができるか、すでに、わかっていた。

 柘榴は、綾姫達の前に出て、構える。

 千草の息の根を止めるためであろう。


――このやろう!!!


「ユルサナイ!!ゼッタイニ!!」


 千草と村正は、怒りを露わにし、妖気を発動する。

 だが、綾姫が、結界・水錬の舞を発動し、妖気を阻む。 

 そして、瑠璃が前に出た。

 鬼に対抗するには、鬼を憑依させている自分が、いいと、判断したのだろう。


「これで……」


「終わりよ!!」


 瑠璃が、構えるが、千草は、千城家の聖印能力を発動し、盾を生み出したのだ。

 その名は、村正の盾むらまさのたて

 強力な結界のようだ。

 だが、綾姫達には通用しない。

 なぜなら、空巴達がいるからだ。

 空巴が天空海闊、泉那が背水之陣、李桜が百花繚乱を発動し、盾を破壊。

 瑠璃は、すぐさま、美鬼桜乱狩を発動し、柘榴が、槍で、千草の心臓を貫いた。


「があああああああっ!!!」


 千草は、絶叫を上げ、仰向けになって倒れる。

 村正も、強制的に、千草から出て、倒れてしまった。

 彼も心臓を貫かれたのだろう。

 瑠璃と柘榴は、憑依を解除し、綾姫達は、荒い息を繰り返しながらも、立っていた。


「倒せたわね」


「なんとか、ね……」


 柘榴が、千草の心臓を貫いたことにより、千草は、命を落としたであろう。

 葵達には、申し訳ないと思っている。

 だが、そうするしか、千草を解放することはできないからだ。

 千草の魂が安らかに眠るようにと、綾姫達は、祈った。

 しかし……。


『いや、まだだ』


「え?」


 突然、空巴が、警戒し始める。

 何かに気付いたようだ。

 綾姫達は、困惑しながらも、後退する。

 すると、村正が、起き上がったのだ。

 槍で心臓を貫かれたというのに、消滅もせず、生きている。

 これは、どういう事なのだろうか。

 綾姫達は、困惑していた。


「本当、腹立つよね。倒せたとか、思ってるんだから。仕方がない。ボクの本当の姿を教えてあげるよ」


 村正は、死んでいなかったようだ。

 何がどうなっているのか、綾姫達にも理解できない。 

 しかも、本当の姿を見せると言い始めた。

 村正は、突如、まがまがしい気を放ち、本来の姿を現し始めた。


「え?」


「うそ……」


――なぜ、貴方が……。


 村正の本来の姿を目にし、綾姫、瑠璃、美鬼は、動揺を隠せない。

 特に、美鬼は、見覚えがあるようだ。


『これが、私の本来の姿だ』


 村正は、金髪に、黄金の瞳を持ち、さらには、頭上に二本の角を生やしている。 

 その姿は、かつて、柚月、九十九と死闘を繰り広げた天鬼と酷似していた。

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