第百八十七話 ずっと、後悔していた

「静居……」


 柚月は、怒りを露わにし、こぶしを握りしめる。

 神さえも、捨て駒にし、笠斎を傷つけたことを許せないのだ。

 そして、無力な自分の事も。

 その時であった。


『柚月……朧……』


「笠斎!!」


 創造主・笠斎が、柚月と朧に呼びかける。

 柚月、朧は、聖印能力を解除し、創造主・笠斎の元へ歩み寄る。

 綾姫達は、創造主・笠斎に治癒術をかけるが、効果がない。

 村正が、何かをしたのだろうか。

 このままでは、創造主・笠斎が、消滅してしまう。 

 柚月達は、それだけは、避けたかった。

 なぜなら、瀬戸が魂をささげ、笠斎を創造主へと戻したのだから。

 しかし……。


『お前達に、話したいことがある……。私は、光の神と黄泉の神を生んだ。人々の心を照らし、魂を導くために……』


 創造主・笠斎は、柚月達に、語りかけるが、息が弱弱しい。

 それでも、力を振り絞っているようだ。

 柚月達に、伝えるためであろう。

 夜深の事を。

 創造主・笠斎は、光の神・光黎と黄泉の神・夜深を生み、各々に、役目を与えたようだ。

 光黎は、人々を見守る役目を、夜深は、魂を黄泉へと送る役目を。


『だが、夜深は、孤独だったようだ……。私は、孤独に気付けず……式神達の異変にも気付けなかった……』


『それは、私も、同じだ。夜深の心情など知っていなかった』


『お前のせいではないぞ、光黎……』


 たった一人で、黄泉にいた夜深は、孤独だったのだ。

 永遠に続く長い時を、一人で過ごしていたのだ。

 それは、夜深の心の闇を増幅させていたのだろう。

 だが、笠斎も、光黎も、気付けなかったようだ。

 二人は、自分を責めた。

 もし、夜深の孤独に気付いていればと……。


『私は、式神が妖になってしまった後、妖達と神々と共に深淵の界に、引きこもった。だが、夜深だけは、黄泉に残したのだ。任務を続けさせるために……。それが、夜深をますます、孤独にさせてしまったのだろう……』


 創造主・笠斎は妖達を守るために、神々と共に深淵の界に引きこもった。

 だが、夜深だけは、任務を与え続けた。 

 ゆえに、夜深は、孤独に感じていたのだ。

 妖にした人間達を導かなければならない事に対しても、不満に感じていたのだろう。

 だが、反論もせず、役目を務めたのだ。

 それが、夜深の心の闇は、さらに、膨れ上がってしまったのだ。


『夜深は、恨んでいたのかもしれん。私達の事を。人間達の事を。だから、静居の言葉に耳を傾け、和ノ国を滅ぼすために、私の力を奪ったんだろうな……』


 夜深も、負の感情を抑えきれなくなってしまったのだ。

 自分を孤独にした笠斎を恨み、式神を妖達に変えた人間達を恨んだ。

 だからこそ、静居の言葉に共感してしまい、滅亡を望んだのかもしれない。

 そして、和ノ国を滅ぼすために、創造主・笠斎の力を奪ってしまったのだろう。


『私が、夜深の運命を狂わせてしまった。だが、それにも、気付かなかった……。それどころか、式神を妖にした人間を恨んでしまったのだ……』


 創造主・笠斎は、自分が、夜深の運命を狂わせた事さえも、気付かなかった。

 それどころか、人間を恨んだのだ。

 全ては、人間のせいでこうなったと。

 だからこそ、静居に従い、深淵の鍵を渡し、柚月達を殺そうとしたのであろう。


『私が、静居達に従ったのは、妖達が、式神に戻るのではないかと考えたからだ。だが、それすらも、甘かった……。騙されていたとはな……』


 創造主・笠斎は、嘆いた。

 静居に従った理由は、式神達のためだったのだ。

 だが、静居は、笠斎の想いすらも、利用したのだろう。

 創造主・笠斎は、自分を責めた。


『すまなかった……。私が、夜深の孤独に気付いていれば……』


 創造主・笠斎は、後悔していた。

 もし、夜深の孤独に気付いていれば、このような事には、ならなかったのではないかと……。


『柚月、すまなかった……。瀬戸の事……』


「父上は、最後まで、俺を守ろうとしてくれた。貴方と共に、守ろうとした。だから……」


『優しいな、お前達は……』


 創造主・笠斎は、柚月に謝罪した。

 瀬戸の事を悔やんでいるのだ。 

 瀬戸を犠牲にしなければならなかったことを。

 だが、柚月は、創造主・笠斎を咎めるつもりなどなかった。

 瀬戸の想いを受け入れたのだ。

 それは、柚月だけでなく、朧達も出会った。

 創造主・笠斎は、柚月の優しさを感じ取り、涙を流した。 

 人間とは、こんなにも、暖かい心を持っていたのだと、気付いて。


『光黎、三種の神器を使え、そうすれば、災厄を止められるかもしれぬ』


『わかった……』


 創造主・笠斎は、光黎に告げる。

 災厄を止める方法を。

 光黎は、静かに、うなずいた。


『すまなかったな……』


『私が、貴方を意思を継ごう。光焔と共に』


『頼んだぞ……』


 創造主・笠斎は、光黎に謝罪するが、光黎は、穏やかな表情で、首を横に振る。

 そして、創造主・笠斎に告げたのだ。

 自分が、意思を継ぎ、静居と夜深を止めると。

 それを聞いた創造主・笠斎は、安堵したのか、穏やかな表情を浮かべ、光の粒となって、消滅する。

 その際、一瞬だけ、瀬戸が、現れ、柚月に微笑みかけ、そのまま、笠斎と共に消滅していった。


「笠斎……父上……」


 柚月は、涙を流した。

 彼らとの別れを惜しんでいるのだろう。

 そう思うと、朧達は、心が痛んだ。

 それでも、柚月を支えたいと願い、朧は、柚月の隣へと歩み寄った。


「兄さん、静居を止めよう。笠斎や瀬戸様の為に」


「そうだな」


 柚月達は、決意する。

 必ず、静居達を止めると。

 そして、必ず、皆、生きて帰ると。


『月への道は、夜、月が現れた時に、道を作れる。それまで、休むといい』


「ああ……」


 光黎は、柚月達に告げる。

 月に行くには、月が出現している事が条件のようだ。


「明日の夜、静居と夜深を討つ」


 柚月は、宣言した。

 明日の夜が、決戦だと。 

 それまでは、体を心を休められるだろう。

 朧達は、うなずき、柚月に従うことにした。



 その日の夜。

 柚月達は、聖印京に戻り、月読、虎徹に、深淵の界で起きた事を話し、明日の夜、静居達を討つことを報告した。

 月読と虎徹は、柚月達を止めようとはしなかった。

 本当は、止めたいところなのだが。

 月読と虎徹は、平皇京の撫子、牡丹と連携を取り、和ノ国を守る事を柚月達に告げた。

 彼らを支えるつもりなのだ。

 柚月達と和ノ国を守るために。

 柚月達は、二人に感謝し、決戦まで体を休めることにした。


 柚月達は、鳳城家の離れに集まっている。

 それぞれの屋敷に戻ることも、考えたが、明日、家族と過ごそうと決めたようだ。

 今は、仲間達と語りあい、ゆっくりと、過ごしていた。

 高清、春日、要、和泉、時雨は、和泉の部屋で、酒を酌み交わしていた。


「和泉。の、飲み過ぎですよ」


「いいんだよ。最後かもしれないしねぇ」


 和泉は、もう、何本も、酒を飲んでいる。

 時雨も、和泉がざるである事は知っているが、さすがに飲み過ぎだと察しているようだ。

 和泉から、酒を取り上げるが、和泉は、奪い返す。

 もう、最後かもしれないと、不安に駆られながら。


「最後だなんて、言わないでください」


「そうじゃ、縁起でもない事を言いおって」


「悪いね。時雨、姉さん」


 時雨と春日は、和泉を咎める。

 決戦は、静居と夜深を止めて、全員で生きて帰らなければ、意味がない。

 ゆえに、これが、最後だなんて思ってほしくなかったのだ。

 和泉は、時雨と春日に謝り、二人は、微笑んでいた。


「いよいよでござるな」


「そうでごぜぇやすな」


「ここまで、来たら、やってやるでごぜぇやすよ。餡里の為にも」


「……そうでござるな」


「た、戦いが、終わったら、餡里さんに報告しないと、ですね」


「へい」


 高清は、餡里の為に、この戦いに勝利したいと思っているようだ。

 いつしか、彼は、生まれ変わるはず。

 高清は、餡里と再会できる日を待ち望んでいるのだろう。

 だからこそ、和ノ国を滅亡させてはならないのだ。

 戦いが、終わったら、餡里に話したい。

 高清は、涙ぐみながらも、お酒を飲んでうなずいた。



 夏乃、景時、透馬、初瀬姫、和巳、柘榴は、別の部屋に集まって、体を休めているようだ。

 と言っても、たわいのない会話をしているだけなのだが。


「なつなつ、今日は、あーやと一緒じゃなくていいの?」


「ええ、お邪魔してはいけませんから。と言うか、なつなつと呼ぶのはおやめください」


「えー、いいじゃん。ね、初瀬ちゃん」


「気安く、呼ばないでくださいまし」


 柘榴は、夏乃が、綾姫の所ではなく、ここへ来た事が、気になったようだ。

 綾姫は、今、柚月と一緒にいる。

 夏乃は、二人を気遣ったのだろう。

 だが、柘榴は、相変わらず、変な呼び方をする為、柘榴をやめるよう告げるのだが、柘榴は、やめるつもりはないらしい。

 初瀬姫にも、ちゃんづけで、呼ぶが、初瀬姫にも、そっぽを向かれてしまった。


「二人とも、固いんだからぁ」


「そうそう、もう少し、肩の力を抜いたほうがいいよ?」


「お前らが、抜きすぎなんじゃないのか?」


 柘榴の言葉を聞いて、和巳が、乗ってくる。

 だが、透馬が、さらりと、指摘した。


「それ、とーま君が、いうの?」


「本当ですわ」


 指摘した透馬であったが、透馬も、人のことは言えない。

 景時は、のほほんとしながら、尋ね、初瀬姫は、あきれながら呟く。

 そんなやり取りを見ていた柘榴達は、ふと、笑みをこぼした。

 何気ない会話だが、それが、いかに、大事なのかを知っているからであろう。


「で、瑠璃は、どうしたよ」


「そういう事は、聞かないで」


「なんで?」


 透馬は、柘榴に、瑠璃はどうしたのかを尋ねるが、柘榴が、突然、不機嫌になってしまう。

 なぜなのか、わからず、透馬は、きょとんとしていた。


「あいつと、一緒なんだよ」


「なるほどな」


 和巳が、さらりと、透馬に教える。

 瑠璃は、朧と一緒なのだ。

 朧にとられた気がして、腹が立っているのだろう。

 と言っても、柘榴は、朧と瑠璃の恋を邪魔するつもりはないらしいが、それでも、腹が立つらしい。

 なぜかは、わからないが。

 柘榴の様子を伺い、ふと、笑みをこぼす夏乃達であった。

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