第百八十話 妖の正体

 静居に対抗できるのは、柚月だけではない。

 朧も、彼に対抗できると光黎と笠斎は、思っているようだ。

 当の本人は、動揺を隠せない。 

 柚月の力になれて、うれしいはずなのに。


「そうだ。お前は、神懸かりと同等の力を得ることができる唯一の人間だ」


「で、でも、どうやって……そんな事、できるのか?」


 朧は、まだ、動揺しているようだ。

 見当もつかないのであろう。

 神懸りの同等の力を得るには、どういった方法があるというのだろうかと。


『できる。九十九と千里がいるのだからな』


「どういう事だ?」


 光黎は、言いきる。

 しかも、九十九と千里が、いれば、できるらしい。

 だが、やはり、どうするのかは、わからない。

 柚月も、状況が把握できず、困惑した。

 綾姫達も、思考を巡らせる。

 どのような方法があるのかと。


「もしかして、二人を同時に憑依させるとか言うんじゃないよね?」


「え?」


 柘榴は、光黎に問いかける。

 いや、問い詰めたといった方が正しいのかもしれない。

 柘榴は、気付いてしまったようだ。

 朧が、神懸かりの同等の力を得る方法を。

 それは、九十九と千里を同時に憑依させることではないかと。

 朧は、驚き、困惑する。

 そんな事が、自分にできるのかと、不安に駆られて。


『その通りだ。二人を同時に憑依させることができれば、静居に打ち勝てるかもしれん』


「駄目!!それだけは、させられない!!」


「瑠璃……」

 

 光黎は、その通りだと答える。

 朧が、二人を同時に憑依させることで、神懸かりと同等の力を得ることができるのではないかと推測しているようだ。

 確かに、神懸かりの力を持つ者が、二人いたとしたら、静居に打ち勝つことはできるであろう。

 しかし、瑠璃は、感情を露わにさせ、反対した。

 朧の身を案じているのであろう。

 朧は、それが、痛いほど伝わっていた。


「そ、そんな事、無理っすよ!!」


「体に負担がかかってしまいます」


 真登と美鬼も、猛反対する。

 わかっているからだ。

 二人を同時に憑依させるという事は、どういう事なのか。

 強い力を得られるかもしれない。

 だが、負担がかかってしまうのだ。

 憑依は、強力な力と言っても、過言ではない。

 だが、ゆえに、体に負担がかかり、長時間、発動はできない。

 朧は、長時間、憑依を発動させ、血を吐いたことがある。

 それほど、危険だという事だ。

 ゆえに、柚月達は、賛同できなかった。


「確かに、朧君が、二人を憑依させれば、より強くなれる。でも、それは、諸刃の剣にもなってしまうわ」


 綾姫も、賛同は、できなかった。

 強い力を得るという事は、反動がその身に降りかかる事を意味している。

 綾姫も、体験しているからだ。

 かつて、赤い月が、浮かび上がった時、聖水の雨を降らせた。

 その雨は、強力だが、術者に負担をかけてしまう。

 綾姫は、二度も、発動し、眠っていたのだ。

 九十九の父親・八雲のおかげで、こうして、今、生きることができている。

 綾姫は、強い力は、時に、諸刃の剣になる事を知っているからこそ、賛成できないのであろう。


『確かに、負担はかかるであろう。だが、波長を合わせる事により、負担は軽減されるはずだ』


「波長を合わせるって、綾姫と瑠璃が、したようにですかい?」


『そうだ』


 光黎も、わかっている。

 二人を同時に憑依させるという事は、どれほどの負担をかけてしまうかを。

 だが、綾姫と瑠璃の時のように、葵と瀬戸の時のように、波長を合わせれば、負担は、軽減される可能性がある。

 つまり、聖印と妖気を融合させるという事だ。

 憑依は、妖気を聖印の力で取り込むことによって、発動される。

 ゆえに、負担がかかってしまう。

 だが、波長を合わせれば、聖印の力で取り込む必要はないだろう。

 高清は、不安に駆られているようだ。

 本当に、負担は、軽減されるのかと、心配なのだろう。


「それに、朧も、神聖な力を授かってる。だから、朧しかいねぇんだよ」


「俺も?まさか、黄泉の乙女……葵様が、俺の魂を癒した時にか?」


「うむ」


 笠斎は、説明を付け加える。

 なんと、朧も、柚月と同様、神聖な力を授かっているようだ。

 朧は、驚き、思い返す。

 いつ、授かったのだろうかと。

 すると、朧は、思いだした。

 葵が、魂を癒した時にだと。

 その時にも、葵は、朧に神聖な力を授けたのだ。

 だからこそ、光黎も、笠斎も、朧なら、神懸かりと同等の力を得られると考えたのかもしれない。


「……もし、二人を憑依させれれば、兄さんの負担は、軽減されるってことだよな?」


『そうだ』


 朧は、光黎と笠斎に問いかける。

 自分が、神懸かりと同等の力を得られれば、柚月の負担を軽減させることができるのではないかと。

 光黎は、冷静に答えた。


「兄さんを支えられるってことなんだよな?」


「そうだな」


 朧は、もう一度、問いかける。

 柚月を支え、守る事ができるのではないかと推測して。

 笠斎も、冷静に答えた。

 二人答えを聞いた朧。

 とるべき選択は、たった一つしかなかった。

 いや、自分が、神懸かりと同等の力を得られると聞いた時から、もう、選んでいたのだ。


「だったら、俺、やるよ」


「朧!」


 朧は、宣言した。

 神懸りと同等の力を得ると。

 柚月は、朧の名を呼び、反対した。

 彼も、朧の身を案じているのだ。

 危険な事は、させたくない。

 何より、失うのが怖いのだ。

 葵と瀬戸のように。

 九十九達も、賛同はできない。

 危険が及ぶのは、目に見えて分かるからだ。


「朧君、それは……」


「止めないでください、先生。俺、うれしいんです。兄さんの力になれるってわかって」


「しかし……」


 景時は、朧の身を案じ、反対しようとする。

 朧の主治医だったのだ。

 朧の体調を知っているからこそであろう。

 もちろん、朧が、強くなった事は、わかってはいるが。

 それでも、朧は、景時を説得する。

 心の底から嬉しいのだ。

 柚月を支え、守る事ができると知って。

 だが、やはり、賛同することができない柚月達。

 他に方法はないのかと模索して。


『柚月、案ずるな。確かに、今は、体に負担がかかってしまうかもしれない。だが、妖達が、元の姿に戻れば、朧の負担は、さらに、軽減されるはずだ。妖気が、体から、取り除かれるのだからな』


「え?」


「い、今、なんて?」


 ここで、光黎が、衝撃的な言葉を口にする。

 なんと、今の妖達は、本来の姿ではないという事らしい。

 これには、さすがの柚月達も、驚きを隠せない。

 衝撃を受けているようだ。

 元の姿とは、一体、どういう事なのだろうか。


――光黎、貴方は、何を知ってるんだ?


『そうか、まだ、お前達は、知らなかったのだな』


「すまんな。話す機会がなくてな」


『いや、いい』


 瀬戸も、さすがに、戸惑っているようだ。

 彼も、妖達の真実について、知らされていないのだ。

 そして、葵さえも。

 彼らの様子を見た光黎は、まだ、柚月達が、真実にたどり着けていない事を悟る。

 笠斎も、話すつもりでいたようだが、機会を得られなかったようだ。

 もちろん、光黎は、彼を咎めたつもりはない。


『真実を話そう』


 戸惑う柚月達に対して、光黎は、妖達の真実を語ることにした。


『妖達は、元々は、人間の命を奪う存在ではない。人間達を守り、支える存在・式神だったのだ』


 光黎は、妖達について語る。 

 なんと、妖達は、人間の命を奪う存在ではなく、守る存在だったというのだ。

 それも、式神と言う名で呼ばれていたらしい。

 これには、柚月達も、驚いている。

 式神のことについて、柚月達も、聞いたことがあった。

 式神は、神から生まれた存在であり、人間を守ってきたと。

 だが、いつしか、姿を消してしまったという説がある。 

 それが、真実なのかは、定かではなかったのだが。


「し、式神?てことは……」


 朧は、驚き、動揺している。

 妖達が、式神と言う事は、九十九達も、式神だという事だ。


「俺達は、元々は……」


「妖じゃ、なかったのか……」


『そうだ』


 九十九も、千里も、驚いているようだ。

 まさか、自分達が、式神と言う存在だったとは、思ってもみなかったのであろう。

 人間に害をなす存在だと思っていたのかもしれない。


「そうか、だから、貴方は、妖達を救おうとしたんだな」


『そういうことだ。妖達は、変えられてしまったからな』


「誰に、なんだ?」


 妖達が、元は式神だと聞かされた柚月は、ある事を思い出す。

 それは、光黎が、なぜ、妖達を救おうとしていたかだ。 

 妖達の正体を知っていたがゆえに、救おうとしていたのだと柚月は、気付いた。

 光黎も、答える。

 式神は、何者かに、妖に変えられてしまったらしい。

 朧は、光黎に尋ねる。

 妖を式神に変える方法が、あるのではないかと悟って。

 しかし……。


「……人間達にだ」


「え?」


 光黎は、言いにくそうに答える。

 なんと、式神は、人間に姿を変えられてしまったというのだ。

 光黎が、人間を嫌っていたのは、式神が、人間によって運命を狂わされたと感じたからなのだろう。

 だが、いったい何があったというのだろうか。

 人々は、なぜ、式神を妖に変えてしまったのだろうか。


――光黎、詳しく聞かせてもらえるか?


『わかった。全てを話そう』


 瀬戸は、真実を聞かせてほしいと、懇願する。 

 光黎は、承諾し、語り始めた。

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