第百八十一話 式神の悲しき過去

「式神は、人々を守る存在だったんだ」


『神の一族が、人々に伝えてくれたのだ。創造主が、神が、式神を与えてくれたのだと』


 まず、初めに、笠斎が語り始めた。

 もう、二千年前の話だ。

 まだ、妖が存在していない頃、創造主は、式神を生み出した。

 人々を守る存在として。

 式神は、人々の前に姿を現し、神の一族が、式神の存在を人々に教えたのだ。

 ゆえに、人々は、式神の存在をありがたく感じ、式神と共に暮らしていたのだ。

 そして、式神を与えてくれた神にも感謝して。


「つまり、元々は、妖……いや、式神は、人間と共存していたという事か?」


『その通りだ』


 柚月は、光黎に尋ねる。

 元をたどれば、式神は人間と共存していたことになる。

 それは、柚月達が、願っていたことだ。

 人と妖の共存を。

 過去では、実現していたという事であった。


「そうだったのか、知らなかったぜ」


「無理もない。妖の本来の姿が式神であった事は、皆知らなかったであろう。静居も、知らんかったからな」


 話を聞いた透馬は、呟く。

 式神の存在は知っていても、本当に、存在していたかは、知らなかった故、共存していた事も知らなかったのだ。

 笠斎曰く、この事は、静居でさえも、知らなかったらしい。


「そういうことでござったか。てっきり、静居が、知られないように、歴史を消してしまったのかと思っていたが……」


「夜深が、話さなかったんだろうね。都合が悪くなるだろうし」


 要は、静居が、自分にとって都合の悪いことは、語らなかったのではないかと思っていたが、そうではないようだ。

 夜深が、静居に話さなかったのだろうと笠斎は、推測する。

 妖が、式神だったと知られたら、和ノ国を滅ぼすことさえも、困難を極めたかもしれない。

 妖は、人間の敵だと認識させておいたほうが都合がよかったのだろう。

 だからこそ、静居にさえも、話さなかったのだ。


「じゃ、じゃあ、なんで、妖になってしまったんですか?」


 時雨は、恐る恐る尋ねる。

 なぜ、式神達は、妖に転じてしまったのだろうかと。

 人々は、式神に何をしたのだろうか。

 本当は、知るのが怖い。

 だが、知らなくてはならない。

 柚月達は、光黎と笠斎の言葉を待ち、息を飲んだ。


『負の感情だ』


「え?」


『負の感情を抑えきれなくなったからだ』


「何があったのだ?」


 光黎は、負の感情のせいで、式神が妖に転じてしまったのだと、答える。

 怒りや憎しみが、彼らの運命を狂わせたというのだろうか。

 つまり、人々が、それほどの仕打ちをしたがために、感情を抑えきれなくなったのではないだろうか。

 そう感じた柚月達。

 光焔は、光黎に尋ねた。 

 共に暮らしていた彼らの身に何があったというのか。


「利用されたんだ」


「利用?まさか、俺達、人間が、式神を利用したってことか?」


「そういうこった」


 笠斎は、式神は、人間に利用されたから、妖に転じたのだと答える。

 和巳は、信じられないようだ。

 まさか、自分達、人間が、式神を利用するなどと。

 だが、和巳の問いに対して、笠斎は、返答したという事は、間違いではないのであろう。


『人は、欲望に駆られ、式神たちを利用した。力を欲し、身を守るために。人間同士の争いも、起きてしまったくらいだ』


「式神達は、人間を止めようとしたが、止められなかった。逆に、利用されちまったのさ」


「だから、式神達は、許せなかったんですね」


 式神が生まれた当初、和ノ国は、穏やかだった。

 平和に暮らしていたのだ。

 だが、その平和は、いつの間にか、崩れ去った。

 人々は、力を求めたのだ。

 式神の力を手に入れようと、式神を利用した。

 強い式神を求めて、争いまで起きてしまったのだ。

 神の一族も、式神達も、人々を止めようとした。

 だが、争いも、欲望も、止められず、逆に式神達は争いごとに巻き込まれてしまった。

 式神同士の戦いを強いられたこともあり、命を奪われた式神達もいる。

 ゆえに、式神達は、人間を激しく憎み、悲しみ始めたのだ。

 負の感情を抑えられなくなってしまったのだろう。


『そうだ。そして、負の感情を抑える事はできず、破壊衝動に駆られ、妖となってしまった』


「その時からだな。赤い月が、出現したのは」


 人を最後まで信じ続けよとした。

 だが、砕かれてしまったのだろう。

 信じる心さえも、裏切られ、利用されたのだから。

 ゆえに、負の感情が増幅し、抑えきれなくなり、やがて、式神は、妖へと変わってしまった。

 笠斎曰く、赤い月が現れたのも、その時らしい。

 柚月達は、納得した。

 聖印の力で、浄化して、救済しても、妖達の負の感情が地にとどまってしまったのは、人間に対する憎しみが強かったから。

 利用された事が、許せなかったのだろう。

 ゆえに、負の感情までは、浄化しきれなかったのかもしれない。


「じゃあ、天鬼も、自分が、元式神であるとは知らないで、人間の命を奪ったという事でしょうか」


「おそらく、な」


 美鬼は、質問する。

 妖王であり、自分の兄であった天鬼は、自分が、式神であった事は、知らないで、人の命を奪い続けたのだと。

 だが、それは、天鬼だけに言えることではない。

 九十九達も、自分達が、式神であり、人々を守る存在だったとは知らずに、生き続けたという事だ。

 時に、人の命を奪って。


『だから、創造主は、式神達を憐れみ、深淵の界へと集め、深淵の門を閉ざしたのだ』


「けど、静居が、門を開けてしまった。何も知らずに……」


 創造主は、そんな式神達を憐れんだのだ。

 全ては、人間のせいだというのに。

 光黎も、同じことを思ったのだろう。

 だからこそ、創造主は、妖達を深淵の界へと集め、門を閉ざしたのだ。

 と言っても、深淵の門から、抜け出してしまった妖達もいるらしいが。

 そうとも知らない静居は、門を開けてしまったのだ。

 妖達を利用するために。

 これが、妖達、いや、式神達の真実であった。

 柚月達は、自分達、人間が、どれほど、醜かったのか、思い知らされた。

 しかし……。


「なぁ、俺達が、式神に戻れば、朧の負担は、軽減されるんだよな?」


「そうだ」


「だったら、どうすればいい?どうすれば、俺達は、式神に戻れるんだ?」


 九十九と千里は、光黎と笠斎に問いかける。

 人間のせいで、妖に転じても、彼らを咎めようとはせず、彼らの助けになろうとしていたのだ。

 式神に戻ることで、朧を助けようとしている。

 九十九達は、真実を知ったところで、柚月達を拒絶するわけがなかった。

 真実を受け入れた上で、彼らと共に戦おうとしているのだ。

 和ノ国を救う為に。

 柚月達は、九十九達に心から感謝した。

 九十九達が、いてくれてよかったと。

 

『柚月が、神懸かりを発動させ、神の光と神聖なる力を発動する。そうすれば、妖達は、式神に戻れるだろう』


「妖の源になってる妖気の核は、光焔が、取り除いてくれたからな。今なら、式神に戻せるはずだ」


「わらわが……」


 光黎は、式神に戻る方法を九十九達に教える。

 神の光と神聖なる力が、発動されれば、元に戻れるようだ。

 すでに、光焔が、妖気の核を取り除いてくれた。

 いや、取り除けるようになったのだ。

 もう、妖達は、人間を憎んでなどいない。

 共に生きたいと心から願っている。

 ゆえに、負の感情から生まれた妖気の核を取り除けたのであろう。

 そのため、今なら、彼らは、式神に戻れるようだ。


「だったら、神懸かりを発動させて、俺達を式神に戻してくれよ。そしたら……」


『駄目だ』


「なんでだよ」


 九十九は、自分達を式神に戻すよう懇願する。

 だが、それは、まだ、できないようだ。

 なぜなのだろうか。

 もし、式神に戻れれば、朧の負担を取り除けるかもしれないというのに。


「まずは、朧と九十九と千里が、波長を合わせなければならねぇ。でないと、お前らが、式神に戻ったところで、負担を軽減することはできないんだよ」


 笠斎が、説明する。

 式神に戻ったところで、負担を軽減できるわけではない。

 まずは、波長を合わせなければならないのだ。

 波長が合わなければ、聖印の力で、式神の力を取り込むことになる。

 式神の力は、神の力と性質が近い。

 ゆえに、二人を憑依させるとなると、余計に、負担がかかってしまうのだ。

 そのため、波長を合わせる必要があった。


「だったら、やるしかないな」


「仕方がないな。お前は、一度、決めた事は、変えようとしないしな」


「ありがとう」


 朧は、決意する。

 もう、やるしかないのだと。

 自分が、九十九達と波長を合わせ、二人を憑依させなければならない。

 柚月は、止めようとしたが、朧の決意は固い。

 誰にも止められないのだ。

 そう感じた柚月は、ついに、観念し、朧に託すことにした。


「九十九、千里、協力してくれるか?」


「おうよ」


「もちろんだ」


「ありがとう」


 朧は、九十九と千里に協力を依頼する。

 もちろん、九十九も千里も、断るはずがない。

 もう、止められないと悟っているからだ。

 ここまで来たら、とことん、やるしかない。

 二人は、朧の依頼を受け入れ、朧は、満面の笑みを見せた。

 太陽のように明るい笑顔を。


「やろう!!」


 こうして、朧の挑戦が、始まった。

 柚月を支えるために。

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