第百七十七話 意思を引き継いで

「そうか、君は、私の過去を見たんだね。奏」


「ああ」


 葵の事を「母上」と呼んだ柚月。

 葵は、柚月が、自分の過去を見たのだと、察し、柚月の事を奏でと呼んだ。

 柚月を支える妖、黄泉の乙女としてではなく、奏の母親として。


「なぜ、俺を……」


「ごめんね。君に託すしかなかったんだ。本当は、戦いに巻き込みたくなかったんだけど」


 柚月は、葵に尋ねる。

 知りたいと願ったからだ。

 なぜ、葵は、自分を犠牲にしてまで、自分達を、守ろうとしたのか。

 なぜ、妖に転生したのか。

 葵は、柚月に謝罪する。

 本当は、巻き込みたくなかったのだ。

 できれば、普通の青年として、過ごしてほしかった。

 だが、柚月に託すしかなかった。

 なぜなら……。


「未来を見たんだな。俺が、和ノ国を救う未来を」


「そうだよ」


 葵は、未来を見たのだ。

 柚月が、静居と夜深を止め、和ノ国を救う場面を。

 ゆえに、葵は、柚月に託した。

 柚月なら、自分が見た未来を実現してくれると信じて。


「私たちでは、敵わなかった。静居に一矢報いることさえできなかった」


 葵は、千年前、静居と死闘を繰り広げた事を思い返す。

 唯一の肉親である兄と刃を交えたのだ。

 和ノ国の存亡をかけて。

 和ノ国を守る事はできたが、静居を殺す事は、できなかった。

 一矢報いることさえ、不可能だったのだ。


「でも、君は、静居を聖印京から追いだした。聖印京を取り戻せた。やっぱり、君に託してよかったよ」


「本当に、俺は、取り戻せたんだろうか。母上が、助言してくれなければ、ここまで、これなかった。それに……」


 柚月は、仲間達と協力し、戦魔、幻帥を消滅させ、静居から聖印京を取り戻す事に成功した。

 これは、葵では、決してできなかったことだ。

 柚月達の活躍を見守ってきた葵は、柚月に託してよかったと心から思っているようだ。

 だが、柚月は、難しい顔をし始める。

 自分の力だけで取り戻したわけではない。

 葵の助言があったからこそ、聖印京を取り戻すことができたのだ。


「俺は、守られてばかりだ……」


 柚月は、うつむき、こぶしを握りしめる。

 葵と瀬戸が命を賭して、守った事により、柚月は、千年後に目覚めることができた。

 勝吏が、命がけで守ってくれたことにより、柚月は、静居に殺されることなく、今を生きている。

 そう思うと、柚月は、自分が無力だと感じているのだろう。

 守られてばかりで。


「それは、当然の事だよ、奏」


「え?」


「親が子を守る事は、当たり前の事なんだ。だから、鳳城勝吏も、君を守った。君は、愛されて育ったんだね」


 葵は、子を守るのは、当たり前だと柚月に優しく諭す。

 母親のように。

 親だからこそ、子を守りたいのだ。

 勝吏も、そう思ったのだろう。

 たとえ、血がつながっていなくとも、柚月を実の子のように愛し、守ったのだ。

 葵は、家族に愛されて育ったのだと、感じ、微笑んでいた。


「母上と父上が、俺を守ってくれたおかげだ。ありがとう」


 柚月が、今を生きられるのは、葵と瀬戸のおかげなのだ。

 二人が、命がけで、守ってくれたから。

 柚月は、葵に感謝の言葉を述べて、微笑む。

 その時であった。

 葵が、光の粒となって消えかけていたのは。


「母上!?」


「もう、これで、私は、完全に消える。君と夢で会うことはないだろう」


「そんな……」


 柚月の心に宿った葵であったが、もう、繋ぎとめる事ができなくなってしまったのだろう。

 葵は、完全に消滅してしまうようだ。

 柚月は、愕然とした。

 やっと、葵と、自分の母親と再会を果たせたというのに。

 まだ、話したいことがあったというのに。


「悲しい顔しないで。私は、君に会えてよかった。奏の母親として、話せてよかったよ」


 葵は、後悔していなかった。

 柚月に、いや、最後に、奏に会えてうれしかったからだ。

 親子として、会話ができた。

 これほど、うれしいことはないだろう。

 今までで、一番幸せだ。

 葵は、そう感じていた。


「奏、愛してるよ。これからも。だから、前を向いて、生きて……」


「ああ、俺は、生きる。母上と父上の分まで。必ず……」


 葵は、奏に自分の想いを告げる。

 消滅してしまったとしても、柚月を愛していると。

 葵の想いを受け取った柚月は、力強くうなずく。

 葵と瀬戸の分まで、生きると、決意して。

 葵は、一筋の涙を流して、微笑み、完全に消滅した。



 翌朝、柚月は、目を覚まし、ゆっくりと開ける。

 一筋の涙を流しながら。

 ふと、右隣を見ると、光焔が、ぐっすりと眠っている。

 休めれたようだ。

 左隣は、九十九だ。

 久々に、狐の姿で、眠っている。

 柚月は、起き上がると、瀬戸と目が合う。 

 柚月達を見守っていてくれたのだろう。


――おはよう、奏。


「おはよう、父上。……夢で、母上に会った」


――そうか。


 柚月は、夢の中で葵と会ったことを瀬戸に話す。

 葵が、息子と会えたことを知り、安堵しているようだ。

 親子の会話ができてよかったと。


「良かった」


――ん?


「母上に、会えてよかった」


――そうか。


 柚月は、最後に葵に会えてよかったと心の底から思っているようだ。

 真実を語らず、支えてくれた葵に感謝しながら。

 瀬戸も、心の底から嬉しいと感じているようだ。

 ようやく、親子として再会を果たせたのだ。

 こんなにうれしいことはないだろう。


「ありがとう、父上」


――ああ。


 柚月は、瀬戸に感謝の言葉を述べた。

 瀬戸のおかげで、葵達の過去を知り、葵と会話が交わせたのだから。

 柚月と瀬戸は、空を見上げる。

 雲一つない青空が広がっている。

 まるで、希望に満ちているかのようだ。

 今もどこかで、葵が、見守っていてくれている。

 柚月は、そんな気がしてならなかった。


――さあ、行こう。


 瀬戸は、柚月に微笑む。

 まるで、背中を押すかのようだ。

 柚月も、微笑み、うなずいた。

 仲間達に支えられ、両親の愛情を感じながら。



 柚月達は、笠斎がいる光城へと向かった。

 笠斎は、もう、体力が回復したらしい。

 柚月達を出迎えてくれたのだ。

 柚月達は、葵の過去を笠斎に話した。


「そうか。光黎の事知ったのか」


「ああ、光黎は、どこにいる?」


「あいつは、深淵の界で、眠ってる」


「深淵の界で?」


「おうよ。地獄の門が破壊された後、わしが、光黎を呼び寄せたんだ」


 なんと、光黎は、獄央山ではなく、深淵の界にいるらしい。

 天鬼が、地獄の門を破壊した後、笠斎が、光黎を深淵の界へと引き込んだようだ。

 夜深からかくまうためであろう。

 笠斎曰く、本当は、夜深を捕らえるつもりであったが、夜深は、すぐさま、逃げてしまったらしい。

 ゆえに、笠斎は、夜深の行方がわからなかったようだ。


「笠斎、連れてってくれ」


「おう」


 柚月は、笠斎に光黎の元まで案内してほしいと懇願する。

 もちろん、笠斎が、断るわけもなく、うなずき、承諾した。



 光焔が、光城を操作し、獄央山にたどり着き、柚月は、光城から出ようとする。

 朧達は、彼の背中を心配そうに見ていた。


「兄さん、体の方は、大丈夫なのか?」


「ああ、もう、大丈夫だ。ありがとうな」


「うん」


 朧は、柚月に問いかける。

 無理をしていないか、心配なのだろう。

 柚月は、振り向き、うなずいた。

 彼の様子をうかがっていた朧は、安堵する。

 本当に、柚月は、大丈夫だと確信を得たからであろう。


「俺は、これから、光黎に会いに行く。一緒に来てくれるか?」


 柚月は、改まって、朧達に問いかける。

 光黎に会いに行くという事は、戦いが激しくなる事を意味しているからだ。

 勝吏のように命を落とす可能性だって高い。

 だからこそ、問いかけたのだろう。

 朧達の身を案じて。


「もちろんだっつうの」


「どこまでも、ついていくぞ」


 九十九と千里は、柚月の問いに答える。

 断るはずがない。

 否定するはずがない。

 どこまでだって、ついていくつもりだ。


「わらわもだ」


「全員、そのつもりだよ」


「ありがとう」


 朧も光焔も、答える。

 ここにいる全員が、決意したのだ。

 柚月を支え、守ると。

 そして、静居と夜深を食い止め、和ノ国を救うと。

 自分の身に何があっても。

 柚月は、朧達に感謝した。

 仲間がいてくれるのであれば、前に進めると確信して。


「皆、行くのだ!!」


 柚月達は、光城から降りて、獄央山の裏にたどり着く。

 そして、深淵の門を開けて、深淵の界へと入っていった。


――必ず、皆を守る。何があってもだ。父上と母上が、俺を命がけで守ってくれたように。


 柚月は、心の中で、決意を固めた。

 葵と瀬戸が、自分を守ってくれたように、自分も、仲間を守ると。

 前に進もうと決めたのだ。


――だから、俺は、和ノ国を救う!


 柚月は、葵と瀬戸の意思を引き継いで、和ノ国を救うことを決意した。

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