第百七十五話 未来を君に託す

「え?」


「こ、殺せって……」


 瀬戸は、成平に残酷な言葉を告げる。

 自分を殺すようにと。

 だが、成平にできるわけがない。

 亜卦達も、賛同できるはずがなかった。

 瀬戸を救えるかもしれないというのに、殺せるはずがない。

 自分達は、瀬戸を守るために、探していたのだから。


「死して、魂だけの存在となれば、力と同化し、時を止める続ける事は、可能なんだ」

 

 瀬戸は、魂だけの存在となり、聖印の力と同化する事で、封印の核となり、奏の時を止めるつもりのようだ。

 おそらく、光黎から、教えてもらったのだろう。


「それに、私を殺せば、お前は、英雄となれる。私が、裏切り者となっている事は知っている。このままでは、鳳城家が、滅んでしまうかもしれない。だから……」


「だからって!!できるわけないでしょう!!」


 瀬戸は、成平が、自分を殺せば、鳳城家を救えると考えているようだ。

 静居を殺した裏切り者となったとしたら、鳳城家にも、影響が出てしまうと考えたようだ。

 ゆえに、瀬戸は、懇願した。

 だが、成平は、声を荒げて、反対する。

 愛する兄を殺せるはずがない。

 奏のことだって、まだ、別の方法があるはずだと、推測していた。

 しかし……。


「頼む……。成平。自分では、もう……」


 瀬戸は、成平に、懇願する。

 瀬戸の意思は、固いようだ。

 瀬戸は、自害を試みたが、それすらも、叶わぬほど、命が尽きかけている。 

 亜卦が、治癒術を発動しても、傷口が、ふさがらないほどに。

 瀬戸は、死を悟っていたのだ。

 成平は、目をきつく閉じ、涙を流す。

 体を震わせながら。

 亜卦達も、心配そうに成平を見ている。

 自分達では、どうすることもできないと悟っているからだ。

 成平は、かっと目を開け、宝刀を鞘から引き抜き、瀬戸を切り裂いた。



 瀬戸の首を斬り落とした成平は、術で、瀬戸を燃やす。

 血に染まった瀬戸の扇を握りしめながら。

 これも、瀬戸を守るためだ。

 もし、瀬戸の遺体が、見つかれば、静居は、何をするかわからない。

 無残な状態になる事もあり得る。

 ゆえに、成平は、瀬戸の遺体を燃やしたのだ。

 血に染まった自分の宝刀と扇があれば、静居に悟られずに済むであろうと推測して。

 魂だけの存在となった瀬戸は、最深部の中心で、眠りについている奏の様子を伺い、成平達へと視線を向けた。


――ありがとう。成平。最後に頼みたいことがある。


「なんですか?」


――光焔を連れて、神聖山に向かってほしい。三種の神器もそこへ、持って行ってほしんだ。


「わかりました……」


 瀬戸は、成平達に懇願した。

 光焔を連れて、そして、三種の神器を持って、神聖山に向かってほしいと。

 成平は、承諾した。

 きっと、何か、意味があるのだと、悟って。



 そして、角の聖印で、奏の時は、止められた。

 魂だけの存在となった瀬戸を核として。

 成平達は、術で、壁を生み出す。

 これで、奏の存在が知られることはないだろう。

 壁が完成した時、成平は、瀬戸に背を向けた。


「さようなら、瀬戸……」


 成平は、涙を流し、瀬戸に別れを告げて、歩き始めた。

 これから、静居の元に行くためだ。

 裏切り者である瀬戸を殺したと報告するために。



 静居に報告した後、成平は、亜卦達を連れてすぐさま、神聖山に向かった。

 神聖山の山頂にたどり着くと、葵が、成平達を出迎えた。


――皆、来てくれたんだね……。


「葵様、本当に……」


――うん、私は、死んだよ。


 葵と再会を果たした成平達であったが、実体がない事に気付く。

 やはり、葵は、死んでしまったのだ。

 成平達は、そう、悟った。 

 葵が、死んだとは、信じられなかったのだ。

 だが、葵を目にして、気付いてしまった。

 成平達は、涙を流した。

 なぜ、葵や瀬戸が、死ななければならなかったのかと、嘆いて。

 

――奏は?


「無事に、封印されました。瀬戸が、核になって」


――そう。……本当は、私が、なろうとしていたんだけどね。瀬戸は、どこまでも、強引なんだから……。


 奏の事を尋ねる葵。

 心配していたのだろう。

 成平は、奏が、封印された事を報告した。

 すると、葵は、悲しそうな表情を浮かべる。

 実の所、葵が、封印の核になろうとしたのだ。

 だが、瀬戸が、自分がなると言い張り、決して、意思を曲げなかった。

 どこまでも、強引だ。

 瀬戸には、生きてほしかったのに。 

 葵の心情が痛いほどわかる成平達。

 葵も、苦渋の決断だったのだと、悟った。


「瀬戸から聞きました。貴方は、未来を見たと」


――うん。夜深の神が復活する時、奏も、目覚め、和ノ国を救う未来を見たんだ。だから、それまで、私は、やるべきことがあるんだ。協力してくれるかな?


「……はい」


 実は、成平達は、奏を封印する前に瀬戸から聞いていたのだ。

 葵が、未来を見たのだと。

 ゆえに、奏を封印することを決めたのだと。

 葵曰く、奏は、静居と夜深の野望を食い止め、和ノ国を救うらしい。

 葵の代わりに瀬戸が、封印の核となった今、葵は、奏を守るために、やらなければならないことがあり、成平達に協力を願い出る。

 成平達は、戸惑いながらも、うなずいた。


――光焔は?


「今、起きました」


 葵は、光焔の様子をうかがう。

 どうやら、光焔も、何か、関係があるようだ。

 偶然なのか、光焔は、今、目覚めた。


「葵?なのか?」


――うん。私だよ。


 光焔は、目を瞬きさせ、葵を見つめる。

 信じられないのかもしれない。

 葵が、魂だけの存在となった事を。

 葵は、母親のように、優しく微笑んだ。


――光焔、お願いがあるんだ。私を妖に転生してほしい。


「な、なぜ……」


 葵は、光焔に懇願する。

 なんと、自分を妖に転生してほしいと告げたのだ。

 これには、さすがの成平達も、驚きを隠せない。

 妖は、人間の敵だというのに、なぜ、妖に転生しようとしているのだろうか。

 成平達は、葵の心情が理解できなかった。


――奏が目覚めるのは、遠い未来だ。何百年も後になる。だから、妖となって、見守りたい。それに、魂を黄泉へ送る者も必要だ。そうでなければ、魂は、さまよってしまうから。


 葵は、長い時を生きようとしているのだ。

 奏の封印が解けるのは、遠い未来。

 ゆえに、妖となって見守るしかない。

 それに、夜深が、黄泉の神としての務めを放棄してしまった。

 遠い未来で、封印が解けたと言えど、もう、彼女が、務めを果たす事はないだろう。

 今は、魂を送りだす者が、いないのだ。

 葵は、その務めを果たすために、そして、奏を守り、支えるために、妖になる事を決めた。


――光焔、君は、光黎から、神聖な力を授かったはず。やってくれるかな?


「うむ、やってみるのだ」


――ありがとう。


 葵曰く、光焔は、光黎から、神聖な力を受け取ったらしい。

 おそらく、光黎が、神の光を発動したと同時に、神聖な力を光焔に送ったのだろう。 

 ゆえに、今の光焔なら、葵を妖に転生することさえも、可能としたようだ。 

 光焔は、うなずき、力を発動する。

 そして、葵は、見る見るうちに、実体を取り戻していった。

 葵からは、妖気が感じられる。

 葵が、妖に転生した瞬間であった。


「葵様……」


「悲しい顔しないで。奏を守るためなら、私は、妖にだってなれるよ」


 成平達は、悲しそうな表情を見せる。

 今にも、泣きそうだ。

 嘆いているのであろう。

 葵が、あの憎き妖に転生してしまったのだから。

 だが、葵は、後悔していなかった。

 妖になっても、守りたいものがあるのだから。

 葵の心情を読み取った成平達は、うなずく。

 葵の想いを受け入れようと決意して。


「三種の神器は、持っているかな?」


「はい」


 葵に問いかけられた成平は、三種の神器を葵に差し出す。

 葵は、自分が封印の核となる前に、八咫鏡と八尺瓊勾玉を瀬戸に託していたのだ。

 来るべき時の為に。


「これを眠りについている空巴達に送ってほしい。彼らの所へ封印すれば、静居に悪用されることはないはずだ」


「わかったのだ」


 葵は、光焔に、封印するように告げる。 

 眠りについた空巴達の元へと。

 光焔は、強く、うなずいた。


「空巴達は、眠っているのですか?」


「うん。夜深に付き従う神々と死闘を繰り広げ、傷つき、眠っているんだ」


 赤い月の日、空巴達は、和ノ国を救うべく、夜深に付き従う神々・死掩達と死闘を繰り広げた。

 傷を負い、追い詰められた空巴達であったが、光黎が、神聖な力を使って、神の光を発動したがために、死掩達は、消滅する寸前、自らを封印したのだ。

 夜深も、封印された事を悟り、このままでは、消滅してしまうと勘付いたのだろう。 

 それにより、空巴達も、消滅を免れた。

 だが、傷は、深く空巴達は、眠りについたのだ。

 空巴は神聖山に、泉那は千城家にある泉に、李桜は千年桜に宿って。

 たとえ、赤い月が、出現しても、和ノ国を守れるようにと。

 光焔は、神聖な力を発動し、三種の神器を空巴達へと送った。


「これで、良いのか?」


「うん、後は……」


 光焔は、葵に尋ねる。

 葵は、微笑むと、今度は、術を発動した。

 その術は、光焔にまとわりつき、光焔は、眠りについた。


「光焔!!」


 成平は、光焔を抱きかかえ、葵を見上げる。

 何をしたのか、理解できないからだ。

 なぜ、光焔を眠らせたのだろうか。


「大丈夫。眠らせただけだよ」


「眠らせたって……どうやって……」


「私も、神聖な力を授かったんだ。光黎から」


 葵も、光黎から、神聖な力を授かり、魂に宿らせたのだ。

 ゆえに、魂を黄泉へと送る力を持った妖に転生することもできた。

 光焔を眠らせる事も。

 これもまた、奏を、和ノ国を守るためなのかもしれない。

 成平達は、そう、察した。


「次は、神聖山を封印する。君にも協力してほしいんだ。いいかな?」


「はい」


「ありがとう」


 光焔の存在を悟られないように神聖山を封印するようだ。

 静居には、凶悪な妖を封印したと偽って。

 そうするしか、光焔を守る事ができないのであろう。

 成平達は、承諾し、葵は、お礼の言葉を述べた。


「これから、どうするつもりなのですか?」


「私は、樹海で、魂を黄泉へと送る者として、生き続ける。奏が目覚めるのを待つよ」


「葵様……」


 成平は、葵に尋ねる。

 妖に転生した葵は、これから、どこへ行き、どう生きるつもりなのか。

 葵は、樹海に行くようだ。

 それは、長い時を、永遠の時を、孤独に生きるという事なのだろう。

 そう思うと、成平達は、心が痛んだ。


「大丈夫。あの子の為なら、いくらだって待つよ」


「葵様、私達も、和ノ国を守ります。必ず」


「ありがとう。皆、大好きだよ」


 葵は、いつまでも、待ち続けるつもりだ。

 何十年、何百年、何千年の時を。 

 奏に会えるのならば、待つことさえも、苦ではないのだろう。

 成平達も、決意した。

 和ノ国を守り続けると。

 葵は、微笑み、成平達に自分の想いを告げた。

 成平達は、微笑み、一筋の涙を流した。



 その後、光焔を祠に封印し、神聖山も、封印した成平達は、葵と別れ、聖印京へ戻った。

 裏切り者と呼ばれた瀬戸を処刑したことで、成平は、武官に昇格。

 静居につき従うふりをして、和ノ国を守り続けた。

 命尽きるまで。


――私は、異空間へと身をひそめ、あの子が目覚めるまで、待ち続けた。何十年、何百年と……。


 成平達と別れた葵は、樹海へ赴き、異空間を生み出し、そこで、生き続けた。

 奏が、目覚めるまで、数多の魂を黄泉へと送り続けて。


――千年がたって、あの子は、目覚めた。強くて、優しい子に。


 千年の時が立ち、奏は目覚め、成長した。

 家族や仲間達から柚月と呼ばれた奏は、強さを手に入れ、彼らを守り続けた。

 葵は、いつまでも、奏を見守り続けた。


――私は、信じているよ。君なら、静居を止められると。和ノ国を救ってくれると。だから、強く生きて、奏……。


 そして、静居との死闘で、傷つき、眠りについた奏を救う為に、葵は、力を送り、消滅した。

 奏が、和ノ国を救ってくれると信じながら……。

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