第百七十一話 静居の野望
「深淵の門を、静居が……?」
葵は、信じられなかった。
静居が、深淵の門を開いたなどと。
妖達は、どうやら、深淵の界にいたらしい。
五年前までは。
つまり、静居が、元凶を生み出したと言っても過言ではない。
しかも、妖を出現させたところで、何の得があるというのだろうか。
葵には、理解できなかった。
「そうだ。赤い月を出現させるために、必要だった。と言っても、深淵の門は、固く閉ざされていたがな」
『だから、待っていたのよ。深淵の門の力が弱まる時を』
「五年前、深淵の門の力が弱まったと、夜深から、聞かされ、私は、神刀・深淵で、深淵の門を破壊した」
赤い月の出現には、妖達が、必要だったのだ。
負の連鎖を生み出すための材料として。
だが、深淵の門は、固く閉ざされている。
笠斎が、深淵の鍵を持っている為、内側からしか開けられないのだ。
ゆえに、強引に開けるしかなかった。
深淵の門は、長い間、閉じられている。
つまり、封印されていたのだ。
そのため、夜深は、深淵の門の力は、時がたつにつれ、弱まるであろうと推測した。
そして、五年前、夜深が、深淵の門の力が、弱まり始めたことを知り、静居は、夜深と共に、深淵の門にたどり着き、夜深から、授かった神刀・深淵で、深淵の門を切り裂き、開けた。
それが、突如、妖達が、出現した理由であった。
「なるほど、その時に、創造主の力を奪ったのか」
『そうよ。和ノ国を滅ぼすためには、必要だったからね。貴方は、私を疑っていたのね』
「そうだ。創造主の力を取り戻すために、私は、お前に近づいた」
『でも、残念だったわね』
深淵の門の事を聞かされた光黎は、気付く。
深淵の門を開けた時に、夜深は、深淵の界にいた創造主から、力を奪ったのだと。
光黎が、葵達の元へ来たのは、創造主の力を奪った夜深の居場所を探り、夜深から創造主の力を奪い返すためであった。
だが、方法は見つからず、夜深は、隙を見せることなく、この時を迎えてしまったのだ。
「なら、なんで、聖印を与えたの?」
「聖印は、妖を殺す道具だ。お前も知っているだろう」
「違う!!聖印は、妖を救済するためにある!!」
「なら、なぜ、赤い月は、出現した!!」
葵には、理解できない事があった。
なぜ、自分達に聖印を授ける事を許可したのか。
静居は、葵の問いに答えた。
それは、妖を殺すためだと。
聖印の力で、妖を殺せば、妖達の血と負の感情は、地にとどまり、やがて、月へと吸い取られていく。
聖印は、静居にとって道具でしかなかったのだ。
だが、葵は、否定する。
聖印は、妖を救うためにあるのだと。
すると、静居は、葵に問いただした。
なぜ、赤い月は、出現したのかと。
静居の問いに葵は、答えられなかった。
救済できていなかったのだと、思い知らされた気がして。
「聖印を与えれば、人も妖も掌握する事は簡単なんだよ。聖印京に住んでいる者達は、皆、私を支持したじゃないか」
聖印を一族に与えたもう一つの理由は、今まで、自分達をののしってきた一族が、自分をあがめるからだ。
冷ややかな目で見てきた人々が、自分を支持するからだ。
静居は、一族も、人も、妖も掌握しようとしていたのだ。
聖印一族の頂点に立つことで。
「だが、赤い月が出現したからと言って、和ノ国をどうやって滅ぼすつもりだ!!」
瀬戸は、静居に問いただす。
静居は、どのようにして、和ノ国を滅ぼそうとしているのか、見当もつかないからだ。
赤い月と和ノ国の滅亡は、どのような関係なのか。
葵にも、理解できなかった。
「災厄を起こす」
「災厄?」
静居は、静かに答えた。
赤い月を使って、災厄を引き起こすのだと。
だが、それでも、理解できるはずがない。
赤い月が、災厄を引き起こすとは、到底思えないからだ。
いや、災厄とは、どのようなものなのかさえ、不明であった。
「まさか、月を無理やり満月にさせようというのか?」
『そうよ。ここは、創造主がいたからね。神聖な力が残っているのよ。この力を使って、満月へと変えてやるわ!』
災厄と聞いて光黎は、気付く。
ここで、半月であるはずの月を、無理やり、満月へと変えるというのだ。
獄央山には、神聖な力が残っている為、その力を使えば、雨を降らす事も、晴れにすることも、風を起こす事もできる。
そして、月を満月へと変える事も。
だが、なぜ、満月へと変わる事で、災厄が起きるのかは、葵達には、わからなかった。
「かつて、妖が出現した際、すぐに、赤い月が出現した。そして、満月の日と重なった時、災厄が起こったそうだ。大地が割れ、海が荒れ、風が巻き起こった。和ノ国は、滅びを迎えようとしたのだ」
葵達が抱いている疑問に気付いたのか、静居が、赤い月の事について、語り始める。
さかのぼる事、千年前の事だ。
当時は、妖という存在はなかった。
だが、突然変異により、妖が現れ、人々は、殺されてしまう。
一気に、命が奪われ、血は流れ、負の感情が生まれ、すぐさま、赤い月が誕生してしまったのだ。
その時は、偶然にも、満月の日だった。
ゆえに、災厄が起こってしまったのだ。
災厄のせいで、和ノ国は、滅びかけたという。
しかし……。
「だが、私達の先祖。神の一族が力をすべて使い、赤い月を鎮めた。ゆえに、神の一族は、力を失ってしまったのだ」
和ノ国が、滅びかけた時、葵達の先祖である神の一族が、力をすべて使い、赤い月を浄化。
それにより、災厄を食い止めたのだ。
おかげで、和ノ国は、滅ぶことはなかった。
だが、神の一族は、力を失った。
使えなくなってしまったのだ。
それは、聖印を失ってしまったという事なのだろう。
「夜深から聞いた時、私は、思ったよ。赤い月と満月の日が、重なれば、和ノ国は、滅びを迎えると!!」
この事は、夜深から聞かされたらしい。
話を聞いた静居は、思いついたのだ。
もう一度、赤い月を出現させ、満月の日が重なれば、和ノ国は、滅ぶと。
そのために、静居は、暗躍していたのだ。
葵達に気付かれることなく、今日まで。
「何の為に、滅ぼすつもりなの?」
「醜い人間を殺し、生まれ変わらせるためにだ。私を神としてあがめる人間へとな」
葵は、声を震わせながら、静居に問いかける。
なぜ、そうまでして、和ノ国を滅ぼしたいのか。
静居の答えは、ひどく、狂っていた。
自分にとって都合のいい人間へと生まれ変わらせるためだ。
そんな身勝手な理由で、和ノ国を滅ぼそうとする静居に対して、葵は、ついに、怒りを露わにし、こぶしを握り、体を震わせた。
「狂ってる……」
「狂っているのは、人間の方だ。人間が醜いから、このようなことになったのだ」
葵は、静居は、狂っていると主張するが、静居は、狂っているのは、人間の方だと主張する。
人間のせいで、こうなったのだと言いたいのであろう。
だが、葵にも、瀬戸にも、光黎にも、理解できない。
静居の心情など、理解したくもなかった。
「静居、お前が、何をしたのか、わかっているのか?お前が、深淵の門を開けたせいで、母様が、死んだ……」
「礎となったのだ。仕方あるまい!!」
「そんな風に思えるわけがない!!」
葵は、静居を責める。
静居が、門を開けたせいで、舞耶は死んでしまったのだ。
深淵の界から出てきてしまった妖に殺されて。
舞耶は、静居に殺されたと言っても過言ではなかった。
だが、静居は、舞耶は、自分の野望の為に、礎となったのだと主張。
これに対し、葵は、静居に怒りをぶつけた。
「父様だって、妖人になってしまった……。私達を守るためだって。きっと、母様の事、責任感じてたんだ……」
「そうだな。だからこそ、方法を教えた。全ての聖印を取り込めば、力を手に入れられると」
「何だって……」
葵は、千草が妖人になったのも、静居のせいだと責める。
千草が、言っていた事を思い出したのだ。
千草は、自分や静居を守るために、力を欲し、妖人へと変わってしまった。
舞耶を守れなかったことを、人一倍、悔いていたのだと理解した。
だが、静居は、信じられない言葉を口にする。
なんと、千草が、妖人になってしまったのは、静居が、千草に告げたからだ。
力を手に入れる方法を。
葵は、目を見開き、体を硬直させた。
千草も、舞耶と同様に、巻き込まれてしまったのだ。
「だが、失敗した。だから、お前に殺させようとしたのだが、それも、できなかったようだな」
「お前……」
静居は、信じられない言葉を吐き捨てる。
千草は、妖人になってしまったのは、失敗だというのだ。
おそらく、千草を歴史の闇に葬るために、葵に殺させようとしたのであろう。
自分の野望を悟られないようにするために。
瀬戸は、怒りを露わにし、静居をにらむ。
葵が、どれだけ、自分を責めたか知っているからだ。
静居のせいだと思うと、許せるはずもなかった。
「許さない……」
葵は、涙を流す。
優しくて、強くて、完璧だった兄・静居は、もういない。
消えてしまったのだ。
今目の前にいるのは、野望の為に、非道な行いをする冷酷な男。
元凶だ。
「お前を絶対に許さないぞ!!静居!!」
葵は、草薙の剣を鞘から引き抜き構える。
静居の野望を止めるには、静居を殺すしかない。
ついに、覚悟を決めたのだ。
静居も、深淵を鞘から引き抜き構える。
お互い、兄弟として育ち、愛し合っていた双子が、殺し合いを始めた瞬間であった。
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