第百七十話 血に染まった和ノ国

 葵達は、赤い月を目にして、愕然とする。

 血のように赤い月は、満月のように丸かった。

 この日の月は、半月。

 満月ではない。

 なのになぜ、満月のように見え、赤く染まっているのだろうか。


「どうして、どうして、こんなことが……」


 葵は、体を震わせる。

 神の目で見た未来が現実となってしまったのだ。

 それも、思っていた以上に早く。

 葵は、まだ、赤い月は、出現しないと思っていたのだ。

 満月の日に赤く染まると予想して。

 ゆえに、瀬戸を不安にさせないよう、話さなかったし、静居が帰ってきた時でも、十分に間に合うと思ったのだ。


「な、何なんだ……」


「赤い月だ……赤い月の現象が起こってしまったのだ」


「赤い月?」


 瀬戸は、目を見開き、呆然と立ち尽くしている。

 気味悪く感じたのだろう。

 真っ赤に染まった月が。

 光黎は、瀬戸に教える。 

 あの月は、赤い月だと。

 だが、瀬戸は、見当もつかなかった。

 赤い月の現象とは、一体どういうものなのか。


「人や妖の血を吸い、真っ赤に染まる。月は、負の感情を浄化する力があるが、あの赤い月では、浄化できない」


「できなかったらどうなるんだ?」


 光黎曰く、月は、負の感情を浄化する力が備わっているが、赤い月へと変貌してしまうと、浄化が不可能となってしまうようだ。

 瀬戸は、不安に駆られ、尋ねる。

 もし、赤い月が、出現し、浄化できなかったらどうなるのかと……。


「……妖達が、暴走する!!」


 光黎は、歯を食いしばりながら、答える。

 浄化ができないという事は、妖達の妖気は、増してしまう。

 そして、妖達は、理性を失い、凶暴化してしまうのだ。

 妖達が暴走すると知った葵と瀬戸は、体を硬直させる。

 聖印京が、滅んでしまうのではないかと、悟って。

 その時であった。


「きゃああああっ!!」


 女性の叫び声が聞こえる。

 葵達は、血相を変えて、部屋を出て、本堂を飛び出した。

 すると、信じられない光景が目に映ったのだ。

 結界で侵入できなかった妖達が、聖印京へと入ってきている。

 それも、光黎の言った通り、凶暴化して。

 理性を失った妖達は、暴れまわり、人々を襲う。

 聖印隊士や一般隊士が、妖達と対峙するが、妖達を討伐することもできず、次々と命が、無残に奪われていった。


「うそ……なんで……こんなに早く……」


「まさか、葵、こうなる事を知ってたのか?」


 葵は、涙を浮かべて、体を震わせる。

 葵の様子を見た瀬戸は、察してしまったのだ。

 葵は、こうなる事を知っていたのではないかと。

 ゆえに、瀬戸は、葵に問いかけた。

 光黎は、妖達の侵入を防ぐために、神の光を発動し、妖達を浄化した。

 だが、妖達は、次々と侵入してくる。

 光黎は、神の光を発動し続けるしかなかった。

 

「……未来で、見たから。だから、静居に、相談しようって」


 葵は、声を震わせながら、語る。

 未来が、自分が予想していたよりも、早く、実現してしまった。

 自分が、もっと、早く、静居や瀬戸に相談していたら、こんなことにはならなかったのではないかと責任を感じて。

 だが、その時であった。


「っ!!」


「葵!?」


 葵は、かっと、目を見開く。

 再び、神の目が発動されたのだ。

 葵の意思とは、無関係に。


「え?」


「どうした?」


「何か、見えたのか!?」


 葵は、未来を見て、困惑し、体を震わせた。

 瀬戸は、葵に駆け寄り、光黎は、神の光を発動し続けながら、葵に問いかける。

 未来を見たのではないかと。

 葵は、涙を流し始めた。

 信じられないと言わんばかりに。


「静居が……そんな、まさか……和ノ国を、滅ぼそうとしてたなんて!!」


 葵は、衝撃的な言葉を口にする。

 なんと、静居は、和ノ国を滅ぼそうとしているというのだ。

 葵は、見てしまったのだろう。

 静居が、和ノ国を滅ぼそうとしているところを。

 ずっと、信頼していた兄が、そのような事をするはずがないと、葵は、否定したかった。

 だが、神の目で見た未来は、真実であり、起こりうる事。

 否定は、絶対にできないのだ。


「静居が、どうして……」


「奴らの居場所を探る!!」


 瀬戸も、信じられないようだ。

 静居は、常に、和ノ国を守ろうと働いていた。

 聖印一族を取りまとめる大将として。

 だからこそ、否定したかった。

 光黎は、葵、瀬戸、自分の周囲に、結界を張り、すぐさま、目を閉じる。

 静居達の居場所を探るためだ。

 夜深の気配をたどろうとしているのだろう。

 二人の居場所が探れたのか、静居は、目を見開いた。


「見えたぞ!!」


「どこに!?」


「獄央山だ!!」


 光黎は、静居と夜深が獄央山にいると知る。

 葵は、意を決した。

 静居に会いに行くと。

 真実を知るために。


「葵!!」


「うん!!」


 葵は、神懸かりの力を発動する。 

 すぐさま、獄央山に向かうためだ。

 瀬戸も、葵と共に行くつもりだ。

 だが、葵は、なぜか、瀬戸に背を向けた。


「瀬戸、ごめん。私……」


 葵は、瀬戸に謝罪する。

 瀬戸を巻き込みたくないからだ。

 静居と戦うことになるかもしれない。

 そうなれば、無事では済まないだろう。

 葵は、自分と光黎のみで行こうとする。

 だが、瀬戸は、葵が、何をしようとしているのか、察知し、すぐさま、葵の腕をつかみ、葵は、思わず、振り向いてしまった。


「瀬戸?」


「絶対に、離さない!どこまでだって、ついていくぞ。私は、葵の夫で、奏の父親だからな!」


「うん。ありがとう」


 こんな時でさえも、瀬戸は、強引だ。

 葵の為なら、どこまでも、ついていくと宣言する。

 葵を守るために。

 奏の未来を守るために。

 葵は、思わず、涙ぐみそうになる。

 瀬戸の優しさを感じ取って。

 葵は、決意した。

 瀬戸、光黎と共に、静居と夜深に会いに行くことを。

 葵は、瀬戸を抱きかかえ、獄央山へと飛び去った。



 静居は、夜深と獄央山の洞窟にいた。

 遠い未来で、地獄と化してしまう場所に。


「神聖な力を感じるな」


『ええ。かつて、創造主がいた場所だから。この力を全部吸い取れば……』


「災厄を、起こせるのだな」


 獄央山は、かつて、創造主がいた場所であり、あがめられていた場所だ。

 だが、それも、今は、遠い昔。

 誰も、いなくなり、神聖な力だけが、ここに留まったのだ。

 静居と夜深は、この力を吸い取ろうとしている。

 和ノ国を滅ぼすために。

 だが、その時であった。


「静居!!」


「葵……」

 

 葵達が、静居の元へたどり着いたのだ。

 静居を目にした葵は、神懸かりを解除し、静居をにらむ。

 瀬戸も、光黎も、葵を守るために、葵の前に立って、静居と夜深をにらんだ。


『あら、知られてしまったわね』


「……何しに来た」


 居場所が探られたというのに、夜深は、妖艶な笑みを浮かべている。

 まるで、この状況を楽しんでいるかのようだ。

 静居が、愛していた妹が、今、静居に牙を向けるのだと思うと、うれしくてたまらないのだろう。

 静居は、あきれた様子で、ため息をつき、葵に問いかけた。


「未来を見た。静居が、和ノ国を滅ぼそうとしてるのが見えた……」


「そうか」


 葵は、正直に、答えた。

 静居が、和ノ国を滅ぼそうとしているのを見たのだと。

 葵が、目にした未来は、何もかもなくなった大地に降り立ち、静居が、不敵な笑みを浮かべている場面だ。

 これを見た葵は、悟った。

 静居は、和ノ国を滅ぼそうとしているのだと。

 葵の答えを聞いた静居は、動揺することなく、冷静に、呟いた。

 まるで、知られてしまっても、仕方がないと言っているかのようだ。


「うそ、だよね?静居は、そんな事、する人じゃない」


 葵は、声を震わせながら、静居に問いかける。

 静居が、和ノ国を滅ぼそうとしていることが、信じられないのだ。

 強くて、優しくて、完璧な兄が、そのような事をするはずがない。 

 何かの間違いだ。

 妖に操られているのだと、思い込みたかった。

 しかし……。


「馬鹿な妹だ」


「え?」


「お前は、私の何を知っている」


 ついに、静居が、本性を露わにする。

 静居の表情は、冷酷であり、かつて、見た鬼よりも、恐ろしい顔をしている。

 これで、葵は、はっきりした。

 今まで、目にした静居は、偽りだったのだと。

 操られていたわけではないのだと。


「私は、和ノ国を滅ぼす。そのためだけに生きてきた」


「でも、静居は、妖達と戦ってきたじゃない!!皆を守るために!!」


 静居は、堂々と告げる。

 和ノ国を滅ぼすと。

 それでも、葵は、信じられないことがあった。

 ならば、なぜ、聖印を授かり、妖達と戦ってきたのか。

 和ノ国を守るためではなかったのかと。


「そうだな。それは、知られないようにするためだ。そもそも、なぜ、妖達が、突如、現れたか知っているか?」


「え?」


 静居が、妖達と戦ってきたのは、人々を欺けるためにだ。

 自分が聖印一族の頂点となり、自分は、人々の味方だと信じ込ませるために。

 静居は、突如、葵に問いかける。

 なぜ、妖が、現れたのか。 

 葵は、答えられるはずもなく、困惑した。


「開けたんだよ。私が、深淵の門を」


 静居は、衝撃的な言葉を口にする。

 なんと、深淵の門は、静居が開けたというのだ。

 自分が、深淵の門を開けたから、妖が現れた。

 そう、葵に、告げたのであった。

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