第百六十七話 妖人の正体

 葵達は、妖人と戦いを始める。

 だが、妖人の力は、葵達が想像していた以上に強い。

 神懸りを発動した葵でも、追い詰められていたのだ。

 まるで、神懸かりの力を手に入れたかのようだ。


「まずいですよ、瀬戸!!」


「強すぎる。あの鬼以上だ!」


 瀬戸も、成平も舌を巻く。

 力は、半年前に戦った鬼以上だ。

 いや、比べ物にならないと言っても過言ではない。

 葵が、神の光を発動しても、妖人の目がくらむことはないからだ。

 まるで、神の光を防いでいるかのようであった。

 妖人は、妖気を発動する。

 葵は、八咫鏡で防ぐが、威力があり、吹き飛ばされてしまう。

 なんとか、体勢を整え、地面に降り立つ葵であった。


――葵、大丈夫か!?


「う、うん。でも……」


 葵は、妖人を見る。

 妖人は、叫び、暴れまわっているように見える。

 それゆえに、瀬戸達も、ほんろうされてしまっているのだ。

 深淵の番人である笠斎でさえも。


「何だろう、叫んでるの?何を言おうとしてるの?」


 葵は、妖人が、何かを伝えようとしているのではないかと推測する。

 瀬戸達からしてみれば、馬鹿げているかもしれない。

 だが、葵には、そう思えてならないのだ。

 それでも、妖人は、容赦なく、襲ってくる。

 まるで、感情任せに暴れているようだ。

 葵は、八咫鏡で妖人の攻撃を防ぎ、草薙の剣を振るう。

 腕を斬られた妖人は、雄たけびを上げる。

 葵達は、後退し、妖人と距離をとった。


「こやつ、何者だ!!」


「わからない。正体さえ、つかめれば……」


 笠斎でさえも、妖人の正体がつかめないらしい。

 彼は、一体何者なのだろうか。

 葵も、妖人の正体をつかもうとしている。

 正体さえ、わかれば、対策を講じることができるかもしれない。

 そう考えているのであろう。


――正体か……。


 光黎は、正体と聞いて何か思いついたようだ。


――葵、八咫鏡を使え!そうすれば、正体を暴くことができる!


「わかった!」


 光黎は、八咫鏡の力を発動するよう葵に命じる。

 葵は、すぐさま、八咫鏡を発動した。

 八咫鏡は、光り始め、妖人を覆い尽くす。

 すると、葵は、八咫鏡の力が、流れ込み、妖人の正体を目で見抜くことができた。

 しかし……。


「え?」


「どうした、葵?」


「葵様?」


 正体を見抜いた葵は、動揺する。

 恐怖で体が震えているかのようだ。

 葵の様子に気付いた瀬戸と成平は、葵に問いかける。

 葵は、何を見たというのであろうか。


「こんなことって……」


――まさか、このような事が……。


 体の震えが止まらない。

 葵は、現実を受けいれられずにいたのだ。

 なぜなら、彼女にとって残酷な真実を目にしてしまったのだから。

 信じられるはずもなかった。

 光黎も、葵と共に妖人の正体を見抜いており、葵同様、困惑していた。

 光黎ですらも、受け入れられないようだ。


「どうして?父様……」


「え?」


「葵様の、父上?」


 なんと、妖人の正体は、葵の父親・千草だというのだ。

 これには、さすがの瀬戸達も、動揺を隠せない。

 こんな残酷な事が、あろうか。

 誰もが、動揺し、妖人である千草に視線を向けた。

 葵は、さらに、千草の異変に気付く。

 千草の聖印が異質に見えていたのだ。


「あ、あれは……聖印、なの?」


 千草の聖印は、皇城家の聖印だったはず。

 つまり、その身に刻まれた紋は、龍と太陽のみだ。

 だが、今の千草の聖印は、皇城家だけでなく、鳳城家、千城家、万城家、天城家、蓮城家、安城家、真城家、全ての紋が、その身に刻まれているのだ。

 それは、あまりにも異質で、異様。

 千草は、全ての聖印を手に入れたことになる。

 だが、全ての聖印をどうやって手に入れたのだろうか。

 葵達には、見当もつかなかった。


「そういう事だったのか?」


「これは、きついですね……」


 瀬戸も成平も、舌を巻いている。

 相手が、千草だと知り、討伐できないと判断したようだ。

 葵も、千草を殺すことなどできるはずがない。

 だが、千草は、容赦なく、葵達に襲い掛かろうとする。 

 葵は、呆然と立ち尽くしてしまい、瀬戸と成平が、葵を守るために、前に出た。

 だが、その時だ。

 千草の動きが、突如、止まったのは。

 葵は、目を見開き、千草を見る。

 千草は、体を震え上がらせていた。


「アオイ……」


「え?」


「アオイ……タスケテ……」


「父様……」


 千草は、一時的に正気に戻ったようだ。

 葵の名を呼び、葵に助けを求めている。

 葵も、千草の事を救いたい。

 元に戻したい。

 そう、願っているのだが、元に戻す方法が見当たらない。

 そもそも、なぜ、千草が、全ての聖印を手に入れ、妖人と化してしまったのか、不明だからだ。

 葵は、どうすることもできず、呆然と立ち尽くしていた。

 その時だ。


「ぐああああああっ!!」

 

 瀬戸が、雄たけびを上げ始める。

 再び、意識を奪われてしまったのだ。

 聖印が暴走しているようにも見える。

 これでは、千草を救うこともできなくなる。 

 葵は、千草を助ける方法を模索しようとするが、千草は、暴れまわるかのように、爪で、葵を切り裂こうとした。


「葵!」


 瀬戸は、葵を抱きかかえ、回避しようとする。

 だが、千草の速度は、思っていた以上に早く、瀬戸は、背中を斬られてしまった。

 亜卦が、瀬戸の元へ駆け付け、成平達は、千草と死闘を繰り広げ始める。

 葵は、愕然とし、戦う気力すら失ってしまった。


――どうすれば……。


 光黎でさえも、千草を元に戻す事はできないらしい。

 聖印を取り除けば、元に戻るが、聖印は、魂に宿っている。

 無事では済まないだろう。

 そう考えると、光黎は、迷っていた。

 魂を傷つけてでも、聖印を引きはがすか、あるいは、殺すか。

 もう、他の選択は、残されていなかった。


「光黎!こうなったら、封印するぞ!」


「え?」


 千草と戦いを繰り広げていた笠斎は、光黎に告げる。

 千草を封印すると。

 葵は、驚き、困惑した。


「あいつを元に戻す事は、無理だ!!かといって、殺す事もできやしねぇ!!もう、封印するしかねぇんだよ!!」


「待って!!まだ、方法はあるはず!!父様を、封印しないで!!」


 笠斎も、千草を元に戻す方法を模索していたようだ。

 だが、無事に戻す方法はない。

 殺すしかないと考えてはいたが、千草は、強すぎる。

 神懸りを発動している葵ならば、千草を殺す事はできるであろう。

 だが、葵に千草を殺せるはずがない。

 ならば、千草をこの深淵の界に封印するしかないのだ。

 永遠に。

 葵は、千草を元に戻したいと願っており、封印しないでほしいと笠斎に懇願した。

 しかし……。


「ぐっ!!」


「成平!!」


 成平が、千草に吹き飛ばされ、壁に激突する。

 その時、葵は、目にしたのだ。

 成平は、傷を負っているのを。

 成平だけではない。

 亜卦も、角も、美柑も、摩芭喜も、多々も、古河助も、傷を負っている。

 相手が、千草だと知り、本気を出せなくなったのだ。

 このままでは、全滅してしまう。

 誰もが、そう悟っていた。


「光黎!!」


――……葵、すまない。


「え?」


 笠斎も焦り始める。

 もう、決断しなければならないのであろう。

 そう、察した光黎は、葵に、謝罪した。

 葵は、動揺し、困惑する。

 だが、その時だ。

 葵の意思とは、無関係に、体が動き始めたのは。

 葵は、神の光を発動し、千草を引き付ける。

 まるで、自分がおとりとして動き始めたかのようだ。


「なんで?体が、勝手に!!」


 葵には、理解できなかった。

 なぜ、体が、勝手に動き始めたのは。 

 その答えにたどり着けないほど、混乱し、冷静さを失っているのであろう。

 光黎が、強引に葵の体を動かしていると気付いていなかったのだ。

 光黎は、千草と死闘を繰り広げている間、笠斎が、応戦し、光黎の元へと歩み寄った。

 

「今、妖達に、命じた。術を発動するのに、ちと、時間がかかる」


――了解した。


「待って……待って、光黎!!」


 笠斎は、光黎に告げる。

 念じて、妖達に告げたのだ。

 封印の術を発動するようにと。

 もう、それしか、方法は、残されていない。

 ゆえに、光黎は、時間を稼ぐため、千草を引き付けた。 

 葵は、必死に、叫び、光黎を止めようとするが、光黎は、ためらいなく、千草を斬り、追い詰めようとする。 

 だが、千草は、草薙の剣をはじき、光黎に切り裂こうとした。

 その時だ。 

 怪我を負っていた瀬戸が、復帰し、宝刀で千草の腕を斬り、一瞬、ひるませたのは。


「瀬戸!!」


「ごめん、葵……」


 葵は、目を見開く。

 まさか、瀬戸まで、応戦するとは、思いもよらなかったのであろう。

 瀬戸は、葵に謝罪し、光黎と共に、千草と死闘を繰り広げた。

 もう、封じるしかないと瀬戸も判断したのだろう。

 苦渋の決断だった。


「今じゃ!!」


 笠斎が、叫ぶと、すぐさま、妖達が、術を発動し、千草の足元に術印が現れる。

 すると、光黎が、光の鎖を発動し、千草を捕らえ、千草は、身動きが取れなくなった。

 もがき、叫ぶ千草。

 葵は、どうすることもできず、ただ、見ていることしかできなかった。


「イヤダ……イヤダ!!アオイ、タスケテ!!アオイ!!」


 千草が、葵に助けを求める。

 一時的に、正気に戻ったようだ。

 だが、光黎が、強引に葵の体を動かしている為、葵は、千草を助けることもできない。

 ただ、涙を浮かべて、千草が、封印されるのを見ていた。

 すると、千草の足元が、結晶で覆われ始める。

 とうとう、千草は、封印されてしまうのであった。


「ナゼダ……。ワタシハ、オマエト、シズイヲ、マモリタカッタノニ……」


「っ!!」


 千草は、自身の想いを吐露する。

 葵と静居を守りたかったのだ。

 舞耶を守れなかったから。

 せめて、二人だけでも、守ろうと、力を求めた。

 その結果、妖人となり、封印されることになってしまったのだ。

 葵は、愕然とする。

 まるで、絶望に突き落とされた感覚であろう。


「アオイ……ユルサナイ……」


 千草は、封印される直前、葵をにらみ、恨み節をぶつけた。

 結晶が千草を覆い、千草は、完全に、封印される。

 葵は、呆然と、封印された千草を見ているばかりであった。

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