第百六十八話 告白
静居は、瀬戸から、妖人の正体が千草であった事、そして、千草を討伐する事は不可能として、深淵の界と呼ばれる場所に封じたと報告を受けた。
瀬戸が、光城に帰還した後、静居は、夜深と酒を飲む。
父親が封印されたというのに。
いつものように。
「失敗したか」
「みたいね」
「まさか、村正の坊やも、封じられちゃうなんて」
「失敗作を殺させるつもりだったのだがな」
なんと、静居は、千草を葵に殺させる計画だったようだ。
静居は、千草が、妖人になった事を知っていた。
そして、自分の駒として動かすつもりであったが、妖人となってしまったが為に、失敗作だと呟いたのだろう。
葵は、千草を殺させることで、罰を与えようとしたのだ。
信頼を得た葵の精神を崩壊させたかったのだろうか。
愛しい妹であったはずなのに……。
「あの子は、貴方とは違うんじゃない?双子でもね」
「そのようだ」
夜深は、皮肉ってみせる。
双子であっても、葵には、静居と違う。
冷酷さも、野望もない。
ゆえに、千草を殺せるわけがなかった。
「聖印渡しの術。どうするの?」
「これは、使える。私の邪魔となる者がいれば、これを使用させれば、追放できる」
「残酷ね。貴方は」
夜深は、聖印渡しの術に関する書物を静居に渡す。
千草の部屋からとってきたものだ。
これを周囲に知られてはならないと判断したのであろう。
静居は、自分で保管することにした。
これを悪用するつもりのようだ。
邪魔者と判断した者に、この術を発動させ、罪を犯したとして、追放するつもりだ。
どこまでも、冷酷で、残忍なのだろうか。
夜深は、そんな静居を愛おしく思っていた。
狂おしいほどに。
「でも、千草の方はどうするの?封印が解かれたら、どうなるか……」
「……そうだな。だが、使えるかもしれない」
「え?」
封印された千草は、どうするか、静居に問う夜深。
もし、千草の封印が解かれてしまったら、千草は、また、暴れまわり、人々の命を奪うであろう。
だが、殺す事も不可能なほど、驚異的だ。
静居も、そう推測しているらしい。
と思っていたのだが、予想外の言葉を口にする。
静居は、千草を使役しようとしているようだ。
これには、さすがの夜深も驚いている。
どうするつもりなのだろうかと。
「私が、力を蓄え、使役すればの話だが」
「父親さえも、捨て駒にしようとするのね」
静居は、自分が力を蓄えれば、千草を使役できると思っているようだ。
それも、捨て駒として。
家族であっても、葵の事も、千草の事も道具としか思っていないのかもしれない。
夜深は、笑みを浮かべ、静居を後ろから抱きしめた。
「そういう貴方、私は、好きよ」
夜深は、静居に自分の気持ちを伝える。
静居を心から愛しているのだ。
今日の彼女は、上機嫌のようであった。
なぜなら、葵を絶望の底に陥れることができたと確信しているのだから。
光城に帰還した瀬戸達は、それぞれ、自分の部屋に戻っている。
皆、葵の事を心配しているのだが、どう声をかけたらいいのか、わからないのであろう。
葵は、光城に戻った直後、自分の部屋に閉じこもった。
一人にしてほしいと。
瀬戸は、どうするべきか、迷い、自分の部屋で一人、悩んでいたが、突然、立ち上がり、部屋から出る。
葵が、心配になったのであろう。
瀬戸は、葵の部屋にたどり着くと、葵の部屋の前で立っている光黎と出会った。
「瀬戸……」
「葵は、大丈夫か?」
「わからない。私は会わないほうがいいと思ってな」
瀬戸は、光黎に問いかける。
葵のことが気になったのだろう。
だが、光黎は、葵の部屋に入ったわけではないらしい。
会わせる顔がないのだ。
強引に、葵の体を操り、千草を封印したのだから。
光黎は、責任を感じていたのだ。
「瀬戸、葵の事、頼めるか?」
「私が?」
「そうだ」
光黎は、瀬戸に葵の事を託す。
瀬戸なら、葵の傷ついた心を癒してくれる。
そう、確信を得たのであろう。
葵の事を理解し、支えになってきた瀬戸なら、と。
「わかった」
「ありがとう」
瀬戸は、うなずいた。
葵と話す事を決意したようだ。
光黎は、お礼を言い、その場から去っていく。
そして、瀬戸は、葵の部屋の前に立ち、息を吐き、心を落ち着かせた。
「葵、入るぞ」
瀬戸は、葵に声をかけ、御簾を上げる。
葵は、呆然としており、生気を失っているかのようであった。
目は、赤く腫れている。
ずっと、泣いていたのであろう。
瀬戸は、しゃがみ込み、葵の目をじっと見つめた。
「大丈夫か?」
「……」
瀬戸は、葵に尋ねる。
だが、葵は、返事をしようとしない。
生きる気力を失ってしまったのかもしれない。
それほど、堪えたのだろう。
「すまない。私は、君の父親を……」
「瀬戸のせいじゃない」
「え?」
瀬戸は、葵に謝罪しようとする。
彼も、責任を感じていたのだ。
千草を封印することは、苦渋の決断だった。
だが、結果、葵を傷つけてしまった。
葵の訴えを無視したのだから。
葵は、瀬戸のせいではないと告げる。
瀬戸は、驚き、目を見開いた。
「私が、悪いんだよ。私が、未熟だったから……。だから、光黎にも辛い思いをさせてしまった」
「葵……」
葵も、責任を感じていたのだ。
父親である千草を救えなかったことを。
もし、力があれば、千草を救えたかもしれない。
未熟であったがゆえに、千草を封印するしかなかったと思っているようだ。
光黎の事も、責めているわけではなく、むしろ、申し訳なく感じていた。
瀬戸は、心が痛んだ。
「私は、皆を救いたかった。人も、妖も……でも、できなかった。救えなかったんだ……。ごめんなさい、父様……」
聖印を授かり、光黎と契約を交わしてから、葵は、全て、救うと誓って、今まで、妖達と戦いを繰り広げてきた。
討伐する事で、妖達を救えると信じて。
だが、それも、思い込みだったのかもしれない。
誰も救えず、父親でさえも、救えていなかった。
そう思うと、葵は、自分が、未熟だったと思い込んでいたのだ。
葵は、涙を流し、千草に謝罪した。
しかし……。
「救ってくれたよ」
「え?」
「葵は、救ってくれた。葵が、光黎と契約してくれたから、私は、今も、こうして、生きている。皆だってそうだ」
「瀬戸……」
瀬戸は、葵に語りかける。
神聖山で光黎に始めて会った時、瀬戸は、救われたのだ。
葵が、光黎と契約し、神懸かりで、妖達を討伐してくれたおかげで。
屋敷に襲撃した時も、葵は、聖印一族を守るために、静居と共に戦った。
だからこそ、自分は、聖印の力を授かろうと決意できたし、聖印一族は、守られたのだ。
葵が、皆を守った。
瀬戸は、そう言いたいのだ。
瀬戸の優しさを感じて、葵は、涙を流した。
「今は、封印するしかなかったかもしれない。だが、元に戻せる方法が見つかるかもしれない。そう、思わないか?」
「そうかな、見つかるかな?」
「見つけるんだ。私達で」
「うん……」
今後、千草を元に戻せる方法が見つけられるかもしれないと瀬戸は、葵に告げる。
つまり、希望はまだ残っていると予想しているのだ。
確信はない。
だが、千草を元に戻す機会は、いくらだってある。
瀬戸は、方法を見つけようと葵に告げ、葵は、うなずき、手で涙をぬぐった。
「葵、もう、泣かなくていい。一人で背負わなくていいんだ。私が、君の支えになる」
瀬戸は、葵に告げる。
自分が、葵をさせるからと。
そして、瀬戸は、葵を抱きしめた。
葵は、驚き、体を硬直させた。
予想もできなかったからだ。
「君が好きだ」
瀬戸は、自身が抱いてきた想いを葵に告げた。
葵は、目を見開き、驚いていた。
予想もできなかったのだろう。
まさか、瀬戸が自分を好いてくれていたとは。
「葵の気持ち、聞かせてくれるか?」
「ま、まだ、早いよ……」
瀬戸は、葵に尋ねる。
返事が聞きたいようだ。
だが、まだ、告白されたばかりで、葵は、戸惑っていた。
「じゃあ、聞かせてくれるまで、離さない」
「本当、強引だな、君は……」
瀬戸は、葵の返事が聞けるまで、離さないというのだ。
本当に、強引だ。
そう思っているのに、嫌ではなく、居心地がいいと葵は、思えた。
「瀬戸は、ちゃんと、私を見てくれた。皇城家の者じゃなくて、一人の人間として」
「うん」
「すごく居心地が良くて、どうしてかなって、わからなかったけど。今は、わかる気がする……」
葵は、今まで、自分が抱いてきた感情を瀬戸に告げる。
瀬戸は、たまに、強引だけど、優しくて、いつも、自分の事を気にかけてくれる。
瀬戸といると居心地が良かった。
なぜ、そう思えるのか。
自分は、どういった感情を抱いているのか、葵には、わからなかった。
だが、瀬戸に告白され、葵は、気付いたのだ。
自分の気持ちに。
「私も、好きなんだって」
「良かった!!」
葵は、自分の想いを瀬戸に告げる。
この感情は、愛だったのだ。
瀬戸を愛していたのだ。
瀬戸は、子供のように嬉しそうにはしゃぐ。
想いが通じ合って嬉しいのであろう。
瀬戸は、葵から離れるが、本当にうれしそうだ。
そんな瀬戸を見た葵は、心が穏やかになり、微笑んだ。
「葵、これからは、大丈夫だ。私がいる。側にいるから」
「うん。ありがとう。瀬戸」
葵は、瀬戸と口づけを交わした。
瀬戸といれば、どんな困難も立ち向かえる。
葵は、そう、確信したのだ。
だが、この時、葵は、知らなかった。
一年半後、静居の野望を知り、静居と戦うことになるとは。
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