第百六十五話 不可解な事件と失踪

 千草は、ある術の研究に取り掛かっていた。

 葵が、武官に就任してからずっとだ。

 彼は、毎日のように研究に没頭している。

 葵が、千草の異変に気付いたと知らずに。

 静居に相談したが、様子を見ようと言われただけだ。

 ゆえに、彼女は、何も知らなかった。

 実のところ、千草にも、武官の話が持ち上がっていたのだが、千草は、断ったのだ。

 ある研究をしなければならないと。

 真城家が、調べてきた聖印や妖気の事、そして、術の構造が記された書物を読み漁り、研究を続けた。

 そして……。


「これで、完成した」


「本当?千草」


「ああ。あとは、協力者を集めるだけ」


 千草は、その術を完成させることに成功したようだ。 

 じっと、待っていた村正は、嬉しそうに、千草に抱き付く。

 まるで、本当の親子のように。

 千草曰く、協力者を集めれば、術は、唱えられるようだ。


「力を手に入れられる。私は、強くなれる」


「ふうん、良かったね」


 千草は、嬉しそうに呟いている。

 力を求めていたようだ。

 村正は、無邪気な笑みを浮かべている。

 知っているようだ。

 千草が、どのような研究を続けていたのか。


「これで、あの子達を守れるぞ。見ていていてくれるか?舞耶……」


 千草が、研究を続けていたのは、静居や葵を守るためだ。

 千草は、舞耶を守れなかった。

 その事をずっと、後悔していたのだ。

 だからこそ、力を求めて、研究を続けた。

 その研究が、後に、災いを呼ぶほど恐ろしい力を秘めていたとは知らずに……。



 鬼の討伐から半年の月日がたった。

 鬼を討伐した後、葵は、静居にある提案を告げた。

 それは、特殊部隊を発足させることだ。

 光城を拠点とし、各地を襲撃する妖達を討伐する事を主な任務としている。

 人の足では、地方へすぐにはいけない。

 だが、光城なら、すぐに到達し、地方の街や平皇京を守る事ができる。

 そう推測した葵は、静居に提案したのだ。

 静居は、反対したが、葵の説得により、観念し、特殊部隊が、設立された。

 特殊部隊に入った隊士は、葵、瀬戸、光黎と葵達と共に鬼を討伐した亜卦、角、美柑、摩芭喜、多々、古河助だ。

 葵の秘密を知っており、良き理解者である彼らならば、共に任務を遂行することができるだろうと考え、葵は、さっそく、彼らに懇願した。

 瀬戸達は、快く引き受け、特殊部隊に入った。

 それ以来、葵達は、光城で過ごしてきたのだ。

 葵は、今日も、自分の部屋で仕事をしている。

 と言っても、地方は、今の所、安全の為、書類整理をしていただけなのだが。

 葵が、仕事をしていると、亜卦がひょっこり、葵の部屋に入ってきた。


「葵ちゃーん。次の任務は、まだだよね?」


「うん、まだだよ」


「じゃあ、角と一緒に、聖印京戻るねぇ」


「わかった。任務が入ったら、また、呼ぶよ」


「あんがと」


 亜卦は、角と共に、聖印京に戻りたいようだ。

 こう見えても一応、姫だ。

 親から、戻るように言われているのかもしれない。

 今日は、任務はなさそうだ。

 光黎も、様子を見てくれているが、どこも穏やからしい。

 葵から、許可をもらった亜卦は、お礼を言い、すぐ、部屋を出る。

 その直後、摩芭喜が、すっと、部屋に入ってきた。


「葵」


「どうしたのかな?摩芭喜」


「美柑、どこいったか、わかるか?」


「美柑なら、自分の部屋に戻ったよ」


「わかった」


 摩芭喜は、美柑を探していたらしい。

 何か、用でもあったのだろうか。

 葵は、美柑が自分の部屋に戻った事を告げると、摩芭喜は、頭を下げ、部屋を出た。

 大事にされているようだ。

 葵は、そう感じていた。

 そして、すぐさま、多々が慌てた様子で、部屋に入ってきた。


「あ、葵様!!」


「どうしたの?多々」


「私の宝器、しりませんか?なくしてしまったようで……」


「さっき、部屋に大広間に置いてなかった?食事の時に持ってきてたけど」


「そうでした。前の時も、古河助も同じこと言っていたような……」


「多々は、よく、そこに忘れるからね」


「ありがとうございます」


 多々は、どうやら、宝器をどこに置いたのか、忘れてしまったらしい。

 そそっかしいところがあるようだ。

 葵は、大広間で、皆と食事をした時に、多々が宝器を大事そうに持っていたのを知っていた為、大広間にあるのではないかと教えた。

 ちなみに、前回も同じことがあったようで、古河助が、同じことを言っていたらしい。

 古河助も、苦労しているようだと葵は、推測した。

 多々は、嬉しそうに頭を下げ、部屋を出た。

 そんな彼らの様子を瀬戸と成平は、見ていた。


「皆、葵を頼ってるんだな」


「まぁ、葵様は、特殊部隊の隊長ですからね」


 自分達も、その場にいたというのに、皆、葵を頼っている。

 特殊部隊の隊長だからと言う理由もあるだろう。

 だが、葵は、頼りがいがあるのだ。

 女性でありながら、優しくて、強い。

 だからこそ、皆、葵を頼るのであろう。

 瀬戸は、そう思っていた。


「葵」


「光黎、どうしたの?」


 光黎が、葵の部屋に入ってくる。

 何かあったようだ。

 地方で妖が襲撃したのだろうか。

 葵は、冷静さを保ちながらも、光黎に問いかけた。


「夜深からの伝言だ。本堂に来てほしいと」


「わかった。すぐに行くと伝えて」


「御意」


 なんと、夜深から伝言を授かったようだ。 

 つまり、静居が葵を呼んでいるのだろう。

 葵は、そう察し、光黎に伝言を頼んだ。



 その後、葵は、瀬戸と成平に隊の事を任せて、葵は、光黎と共に、本堂へ到達し、静居の部屋に入った。

 部屋で静居と夜深が葵達を待っていた。


「すまないな。呼びだしてしまって」


「ううん、大丈夫。何かあった?」


「ああ」


「実は、不可解な事件が起こってな」


「不可解な?」


 静居が葵を呼びだしたのは、ある事件を解決してほしいからだ。 

 それは、あまりにも、不可解であり、警護隊や討伐隊には頼めないことらしい。

 不可解な事件とはいったい何だろうか。


「人でも、妖ですらもない者が、徘徊し、命を奪っているというんだ」


「え?」


 静居は、意外な言葉を口にする。

 なんと、事件を起こしているのは、人でも妖ですらもないという。

 しかも、命を奪っているらしい。

 一体どういう事なのだろうか。

 葵には、理解できず、困惑した。


「半妖というわけではないのか?」


「半妖だったら、妖か人間の姿をしてるでしょ?今回は、どちらでもないのよ」


 光黎は、半妖の可能性があるのではないかと疑いをかけるが、夜深がそれを否定する。

 半妖であるならば、妖か、人間の姿をしており、半妖と判別がしにくい。

 だが、今回は、はっきりとわかるのだ。

 目撃情報からして、半妖ではなく、妖でも、人間でもない者が事件を起こしているのだと。


「安城家のように、憑依した状態の姿で徘徊しているらしい。だが、安城家ではないようだ」


「どうして、わかるの?」


「聖印一族が、人の命を奪うと思っているのか?」


「そうだね……」


 その者は、安城家が妖を憑依させた時のような姿をしており、体に刺青が入っているらしい。

 だが、安城家ではないようだ。

 理由は、聖印一族が、人の命を奪うわけがない。

 それに、安城家が、当時、どこで何をしていたかは、密偵隊が調査し、安城家が、犯人でない事は、立証されていた。


「私達は、これを妖人と呼んでいる。お前達に、この妖人の討伐を頼みたい」


「わかった。皆に伝えるよ」


 妖でも、人間でも、半妖でもない者の事を妖人と、静居達は、呼んでいるようだ。

 静居は、その妖人の討伐を任務として遂行してほしいらしい。

 もちろん、葵は、断るはずもなく、任務を遂行することを決めた。


「ありがとう。それと、もう一つ頼みたいことがある」


「何かな?」


 静居は、葵に、もう一つ頼みたいことがあるらしい。

 葵は、静居に尋ねるが、静居は、深刻な表情を浮かべる。

 妖人の事件の他に何かあったのだろうか。

 これ以上に深刻な問題が起こったのかもしれない。

 葵は、息を飲んだ。

 

「……父上が、行方不明になった」


「え!?」


 静居は、重い口を開ける。

 なんと、千草は、行方不明になったというのだ。

 これには、葵も、驚いており、動揺を隠せない。

 千草に何があったのだろうか。


「い、いつから?」


「一週間前からだ」


 千草が、行方不明になったのは、一週間も前になるらしい。 

 捜索は、続けていたようだが、見つかっていない。

 今回の事件の事もあり、静居は、千草の事を心配しているようだ。

 葵も、事件に巻き込まれたのではないかと推測し、不安に駆られた。


「時間がある時でいい、父上の捜索を頼みたい」


「わかった」


 静居は、葵に千草の捜索を依頼したいようだ。

 もちろん、葵も断るはずがない。

 千草は、葵や静居にとって大事な父親だ。

 これ以上、家族を失いたくない。

 葵は、なんとしても、千草を見つけると決意した。


「すまないな」


「ううん。我がままを言ったのは、私だから」


「ありがとう。頼んだぞ」


「うん。それじゃあ」


 静居は、葵に謝罪する。

 不可解な事件と千草の捜索。

 どちらも、困難な任務だからだ。

 葵に託すしかない事を悔やんでいるのだろう。

 だが、葵は、静居に自分の我がままを聞き入れてもらった。

 だからこそ、静居に恩返しをしたいと思っているのであろう。

 静居にとっては、ありがたい事だ。

 静居は、事件と捜索の事を葵に託し、葵は、光黎と共に部屋から出た。

 しかし……。


「あらあら、残酷なことさせるのね」


「あの子は、少し、余計な事をし過ぎた。だから、罰を与える」


「怖い顔するわね。愛しい妹に対しても」


「愛しい妹、だからだ」


 葵と光黎が、出た後、夜深は妖艶な笑みで、静居と語りあう。

 残酷な事とはいったい何なのだろうか。

 しかも、静居は、罰を与える為に、残酷な事をさせようとしているらしい。

 実は、静居は、葵に嫉妬していたのだ。

 鬼の討伐依頼、帝に認められ、しかも、特殊部隊を発足させた。

 これにより、聖印京の人々だけでなく、地方の人々に認められ始めた。

 静居にとっては、気に入らないのだ。

 葵が、認められることが。

 自分を影ながら支えてくれるだけでよかったというのに。

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