聖印×妖の共闘戦記―神話乃書―

第百六十四話 良き理解者

　葵達は、鬼と戦いを繰り広げた。

　鬼一匹を相手に、こちらは、九名の隊士と一柱の神。　

　本来なら、こちらの方が卑劣なやり方と罵られても仕方がないだろう。

　だが、相手は、凶悪な鬼。

　すでに、隊士が、何名も殺害されているという。

　全力を尽くさなければならない相手だ。

　自分達なら、鬼を討伐できる。

　誰もがそう思っていた。

　しかし……。

「そらよっ！！」

「ちっ！！」

　鬼は、豪快に刀を振り回す。

　神懸りを発動した葵、瀬戸、成平が、鬼の相手をしていたが、劣勢を強いられている。

　他の隊士達は、鬼が生み出した妖の相手をしている為、葵達を援護する事も、できなくなってしまったのだ。

　これにより、戦力が削減され、鬼が暴れまわり、葵達は、劣勢を強いられていた。

「強いですね」

「ああ。これほど強かったとは、それに……」

　瀬戸も、成平を舌を巻く。

　予想以上に鬼が強いからだ。

　鬼が妖を生み出せるとも、知ってはおらず、これほどまでに、強敵であった事も想定外であった。

「神懸りしたというのに、押されるとは……」

――妖の数が多すぎる。だからこそ、ほんろうされてしまうのだ。

「どうすれば……」

　神懸りした葵でならば、確実に鬼を仕留められる誰もが、そう思っていた。

　だが、鬼は、葵と互角に渡り歩いている。

　それどころか、葵は、劣勢を強いられているのだ。

　これには、さすがの光黎も、驚いているようである。

　何者かが、鬼に力を与えているのではないかと思うほどに。

　葵は、再び、鬼に向かっていこうとする。

　だが、その前に鬼が、葵の背後に回った。

「葵！！」

　瀬戸と成平が、葵を助ける為に、葵の元へと急ぐ。

　だが、鬼は、彼らが、到達する前に、葵に斬りかかり、葵は、刀で防ぐが、鬼が妖気を発動して、葵を吹き飛ばした。

「ああっ！！」

　吹き飛ばされた葵は、地面にたたきつけられる。

　だが、鬼は、一瞬にして、葵の元へ迫り、葵の首をつかみ、持ち上げた。

「うぐっ！！」

「葵！！」

　首を絞められ、息ができない葵。

　光黎は、力を強引に発動しようとするが、それすらも、できない。

　おそらく、鬼が、妖気を葵に当てているからだ。

　だが、それは、おかしい。

　いくら、強力な妖と言えど、こちらの動きが、封じられるほど強力な妖気を持っているとは到底思えない。

　神懸りを発動した葵でさえも、追い込まれたことに関しても違和感を覚えた光黎。

　何者かが、裏でこの鬼を操っている。

　そうとしか考えられなかった。

　瀬戸と成平は、葵を助けようと、鬼に斬りかかる。

　しかし……。

「動くんじゃねぇ！！」

「くっ！！」

　鬼は、刀を葵に向ける。

　動けは、葵を殺すと脅してきたのだ。

　これにより、瀬戸と成平は、動くことができず、歯噛みした。

　その時だ。

　鬼が、葵を見て、不敵な笑みを浮かべたのは。

「へぇ、おもしれねぇな」

「何がだ？」

「お前、女なんだな」

「っ！！」

「なっ！！」

　なんと、鬼は、葵が女である事を見抜いてしまった。

　これには、葵も、驚きを隠せない。

　瀬戸と成平は、動揺し始めている。

　二人とも、気付いていなかったのだ。

　葵が、女だとは。

「俺には、わかるぜ？匂いでな。人間じゃなかったら、俺の女にしてたんだけどな」

「……」

　鬼は、匂いで、葵が女だと見抜いてしまったようだ。

　瀬戸も、成平も、呆然と立ち尽くしている。

　衝撃を受けたのだろう。

　葵は、それ以上、何も言えなくなってしまった。

　反論する気も、失せるほどに。

　しかし、鬼は、刀を握りしめ、切っ先を葵の心臓に向けた。

「残念だ。お前は、厄介だから、殺すぜ」

　鬼は、葵を殺しにかかる。

　刀で、葵の心臓を突き刺そうとしていたのだ。

　刀が、葵に迫っていく。

　このままでは、光黎も、巻き添えにしてしまう。

　葵は、どうすることもできず、きつく目を閉じた。

　肉が刺さる嫌な音が、響き渡る。

　だが、葵は、痛みを感じない。

　どういう事なのだろうか。

　恐る恐る目を開ける葵。

　すると、瀬戸が、刀を握りしめ、寸前の所で、止めていた。

「なっ！！」

「瀬戸！！」

「葵に……手を出すな！！」

　瀬戸は、聖印能力・異能・空羅を発動して、鬼を切り刻む。

　鬼は、手を離し、葵は、咳き込んだ。

　瀬戸は、刀を離し、鬼は、後退する。

　傷をつけられたことに驚いているようだ。

「この、人間風情が！！」

　鬼は、瀬戸に襲い掛かる。

　成平は、瀬戸の前に立ち、瀬戸を守ろうとした。

　だが、その時だ。

　まばゆい光が、放たれたのは。

　光に耐え切れず、鬼は、思わず、目をそらしてしまう。

　なんと、光黎が、神の光を発動したのだ。

　鬼が隙を見せなかったため、発動できずにいたが、ようやく、鬼が、隙を見せたからであろう。

「光黎！！」

――葵、瀬戸達と連携をとれ！！そうすれば、勝てるぞ！

「わかった！！」

　葵は、立ち上がり、構える。

　瀬戸と成平も、構えた。

　鬼は、怒りを露わにし、葵達に襲い掛かるが、瀬戸と成平が、前に出て、鬼と対峙する。

　鬼は、暴れまわるように、刀を振り回すため、うかつに近づけない。

　だが、先ほどとは、決定的な違いがあった。

　それは、冷静さを失っているのだ。

　傷をつけられ、感情任せに、刀を振り回している。

　ゆえに、鬼の動きを崩すのはたやすかった。

　瀬戸と成平の連携ならば。

　あっという間に、鬼は、追い詰められてしまった。

「葵！！」

「うん！！」

　瀬戸と成平が、鬼を追い詰めたところで、葵が、再び、神の光を発動する。

　鬼は、目がくらみ、動きが鈍くなった。

　さらに、葵は、一瞬にして、鬼の元へ迫り、刀で鬼を貫き、神の光を発動する。

　これにより、鬼は浄化され、消滅した。

　鬼から生まれた妖も、一気に消滅し、葵達は、鬼を討伐する事に成功したのであった。

「すごい。一撃で」

　神の光を目の当たりにした成平は、驚きを隠せない。

　凶悪な鬼を一気に浄化したのだ。

　神懸りのすごさを肌で感じた成平であった。

　葵は、神の光で瀬戸の傷を癒す。

　すると、傷口が見る見るうちにふさぎ、瀬戸は傷が癒えたのであった。

「何とか、倒せたみたいだな」

「うん……」

　鬼を討伐し、安堵した瀬戸。

　葵も、喜びたいところではあるが、うつむいてしまう。

　知られてしまったからだ。

　自身が女であると。

　ゆえに、葵は、瀬戸から目を背けてしまった。

　軽蔑されたと思い込んで。

「葵？」

「ごめんなさい。私……」

「私は、怒っていないよ」

「え？」

　葵は、声を震わせながら、瀬戸に謝罪する。

　嫌われることを覚悟して。

　だが、瀬戸の口から意外な言葉が出てきた。

　どうやら、瀬戸は、軽蔑しておらず、嫌ってもいないらしい。

　葵は、驚き、瀬戸の顔を見上げる。

　瀬戸は、微笑んでいた。

「驚いたけど。納得はした。女性っぽいところはあったし、それに……」

「それに？」

　葵は、言動が、所々、女性っぽさがあったようで、瀬戸は、納得したようだ。

　葵が、女だとわかった時は、心底驚いたようだが。

　それに、葵が、男のふりをしていたのは、理由があっての事だと見抜いたからなのであろう。

　だからこそ、瀬戸は、葵を咎めるつもりはなかったようだ。

　葵が、女だと聞いて、納得したことが、もう一件あったらしい。

　だが、瀬戸は、なぜか、顔を赤らめている。　

　葵は、その理由がわからず、顔を覗き込んだ。

「笑顔が、可愛かったから……」

「何それ？」

　瀬戸は、照れながら告げる。

　意外な言葉だ。

　面白可笑しくて、葵は、つい、吹いてしまった。

　瀬戸も、笑みをこぼした。

「あとで、聞かせてくれるか？どうして、男のふりしてたのか」

「うん」

　葵は、瀬戸に正直に話す事を約束し、平皇京に戻った。

　帝に報告すると、帝は、葵達に平皇京に泊まるよう告げた。

　最高のもてなしをすると。

　当然、葵は、断ろうとしたが、瀬戸は、帝のご厚意を断ってはいけないと助言し、葵達は、平皇京に泊まる事にした。

　豪華な食事や舞を見せてもらい、葵達は、心の底から癒され、楽しんだ。

　こんな時でも、穏やかに過ごせるんだと改めて感じながら。

　夜になると葵は、外に出る。

　瀬戸に話すためだ。

　なぜ、自分が、男のふりをしていたのかを。

　瀬戸が、葵の元へ歩み寄り、葵は、全て話した。

　皇城家では、男性しか、官職に就けないという習わしがあり、全ては、静居を支えるためだったと。

「そっか。そういう事だったんだ」

「うん。ごめんね」

「いや、謝らなくていい。大変だったな」

「え？」

　葵は、謝罪するが、瀬戸は、咎めるどころか、葵の苦労を知ったようだ。

　きょっとんとする葵。

　瀬戸は、穏やかな表情を葵に向けた。

「上に立つ方も大変だが、支えるのも大変だっただろう？それに、正体を隠して生きるのは、辛い事もあるし」

「ありがとう。瀬戸」

「うん」

　苦労したのは、静居だけではない。

　男のふりをして、偽って、影ながら静居を支えてきた葵も、苦労したんだと瀬戸は、理解してくれたのだ。

　そう思うと、葵は、涙ぐんでしまう。

　ずっと、葵は、耐えてきたのだ。

　瀬戸は、葵の頭を撫でた。

　二人の様子を遠くから光黎は、見守っていた。

――良かったな。葵。お前を見てくれる者がいて。しかし……。

　瀬戸が、本当の意味で葵の良き理解者となってくれたことを嬉しく思う光黎。

　しかし、気になる事も、できたようだ。

　それは、葵達と戦った鬼の事だ。

　妖の中で最強と言えど、神懸かりを発動した葵が、苦戦するとは到底思えない。

　違和感でしかなかったのだ。

　まるで、誰かが、鬼に力を与えていたかのように思えてならない。

　それも、神の力を。

　一方、静居は、部屋で酒を飲んでいた。

　夜深は、晩酌をしていた。

「まったく、とんだ事、してくれるじゃない。あの子」

「そのようだな」

　鬼が討伐された事は、葵から聞かされている。

　葵が、天城家が作った道具で、文を静居に送り、報告したのだ。

　だが、静居は、喜ぶどころか、苛立っているように見える。　

　実は、夜深が鬼に力を与えていたのだ。

　帝を殺すために。

　そのため、静居は、あえて、平皇京に隊士達を送り込まなかった。

　それを、葵が、邪魔をしたという事だ。

「いらぬことを」

「そうよね」

　静居は、苛立っている。

　愛しい妹が、自分の心情を知らずに、計画の邪魔をしたことに腹を立てて。

　だが、夜深は、静居の視界に入らないよう笑みを浮かべていた。

　これで、静居を独占できると確信を得たから。

　千草は、部屋で書物を読み漁っている。

　呼んでいる書物は、術に関しての事や真城家が三年間、調べ、書き記した聖印に関する記録書ばかりだ。

　千草は、何をしようとしているのだろうか。

　彼の様子を一人の少年が見ていた。

　その少年こそ、村正であった。

「うーん。うまく、いかなかったなぁ。ねぇ、千草」

「そうだな。あの鬼は、最強だと思っていたのだが」

「まぁ、神懸かりしたあの子を追い込んだから、もう少し、うまくやれば、勝てたと思うけど」

　村正は、自分の目を通して、葵達の戦いを見ていたようだ。

　彼は、一体、何をしたというのだろうか。

　千草も、鬼の襲撃に関して、加担しているのだろうか。

「まぁ、いいけどね。鬼の一族は、まだまだいるし。いつか、最強は生まれる」

「そっちはどう？」

「もう少しだ。もう少しで、完成する」

「楽しみにしてるね。千草」

　あの鬼が、葵達に討伐されても、平然としている村正。

　それどころか、いつか、最強の鬼は、生まれると予想しているようだ。

　村正は、千草に尋ねる。

　千草は、何をしようとしているのだろうか。

　術なのか、それとも……。

　村正は、無邪気な笑みを浮かべた。

　この時、葵は、知らなかった。

　千草は、人の道から外れようとしている事を。