第百五十九話 聖印一族の誕生

「葵、私は、どうすれば……どうすれば、君を助けられる……」


 瀬戸は、葵を助ける方法を模索し始める。

 どうすれば、葵を助けられるのか。

 ここは、静居に懇願したほうがいいのではないかと考えるが、もし、葵と同じ能力を身に着けたとしても、神と契約しない限り、意味がない。

 そう思うと、瀬戸は、躊躇していた。

 しかし……。


「貴方は、力が欲しいのか?」


「え?」


 静居は、瀬戸に問いかける。

 瀬戸は、驚き、戸惑いを隠せなかった。


「妖と戦う力が欲しいのかと聞いているんだ」


 静居は、改めて、瀬戸に問いかける。

 確かめているのだろう。

 瀬戸が、戦う力を欲しているのかどうか。

 もちろん、静居も、瀬戸の心情を察している。

 だが、彼の言葉を聞きたい。

 そう、願っていたのであった。


「はい。葵を、助けたいんです」


「ならば、私の代わりに頼めるか?」


「それは、どういう意味ですか?」


 瀬戸は、自身の想いを静居に告げる。

 葵を助ける為に、力が欲しいと。

 静居は、瀬戸に葵の事を託した。

 だが、瀬戸は、どういう意味なのか、分かっていないようだ。

 混乱しているのであろう。 

 静居の代わりと言うのは、一体、どういう意味なのか。


「聖印を授けるという事だ」


「いいのですか?」


 静居は、瀬戸に聖印を授けようとしているのだ。

 今、彼は、体を動かせても、戦う力は、残っていない。 

 だが、このままでは、葵の命が危うい。

 瀬戸なら、葵を助けてくれるであろう。

 愛しい妹の為に、静居は、瀬戸に聖印を授ける事を決意したのだ。

 瀬戸は、驚きながらも、静居に尋ねる。

 本当に、聖印を授かってもよいのか、迷っているのだろう。


「もちろんだ。瀬戸、頼んでもよいか?」


「はい!もちろんです!!」


 静居は、改めて、瀬戸に懇願した。

 葵を助けてほしいと。

 もちろん、瀬戸は、断るはずがない。

 葵を守るために、力を欲していたのだから。

 ついに、瀬戸も、決意を固めたのだ。

 妖達との戦いに身を投じる事を。


「夜深」


「ええ」


 静居は、夜深に指示する。

 瀬戸に聖印を与えるようにと。

 夜深は、うなずき、瀬戸に迫った。

 そして、瀬戸に力を与えたのだ。


「っ!!」


 瀬戸も、葵と同様、体に衝撃が走ったのか、目を見開く。

 苦しそうに、呼吸を繰り返しながら。

 だが、体が、神の力に馴染んできたらしい。

 瀬戸は、ゆっくりと、呼吸を整えると、首筋に違和感を覚えた。

 まるで、力が、込められているような感覚があったのだ。

 瀬戸は、首筋に触れると、力を感じ取っていた。


「こ、これは……」


「それが、貴方の聖印。鳳城家の聖印よ。鳳城家の能力は、異能。異なる能力を持つわ」


「異能……」


 夜深曰く、瀬戸の聖印、鳳城家の聖印は、異能らしい。

 静居や葵のように同じ能力ではなく、異なる能力を持っているようだ。

 確かに、瀬戸は、鳳城家は、異なる自然を纏う力があったと聞いたことがある。

 それも、昔話であり、その力を発現で来た者はいなかったため、信じてなどいなかったのだが、夜深の話を聞いた時、確信を得た。

 鳳城家も、微弱ながら、神の一族の力を授かっていたのだと。


「さあ、あの子を助けてあげて」


「わかった」


 夜深は、瀬戸に頼む。

 葵を助けてほしいと。

 もちろん、それは、うわべだけの言葉だ。

 夜深は、葵を助けようとは、微塵も思っていない。

 瀬戸に聖印を授けたくもなかったのだ。

 だが、静居の前で、静居の頼みを拒絶することもできず、指示通りに、瀬戸に聖印を託した。

 そうとも知らない瀬戸は、刀を鞘から抜いて、すぐさま、聖印能力を発動する。

 彼の聖印能力は、異能・空羅いのう・くうら

 空を飛ぶ事が、可能となったのだ。

 だが、それだけではない。

 それと同時に、空気の刃を身に纏い、妖達を切り刻むことができる。

 ゆえに、瀬戸は、葵の前に、出現し、妖達を切り裂いた。


「瀬戸!!」


「さあ、やろう。葵!!」


「うん!!」


 瀬戸が駆け付けた事に対して、葵は、驚いているようだ。

 だが、すぐさま、気付いた。

 瀬戸も、聖印能力を授かったのだと。

 瀬戸は、葵に、共に戦おうと背中を押す。

 葵は、うなずき、瀬戸と共に、妖と戦闘を繰り広げた。

 瀬戸には、まだ、伝えていない。

 葵が、妖達の事をどう思っているのか。

 だからこそ、瀬戸が、妖を討伐してしまった事に、心が痛んだ。

 だが、静居が、ひそかに、葵に教える。

 瀬戸も、浄化の力を手に入れたのだと。

 聖印は、妖を浄化する力が備わっているのだからと。

 つまり、瀬戸が、聖印能力を発動する事により、妖達は、浄化され、救われているというのだ。

 それを聞いた葵は、安堵し、神の光を発動して、妖達を浄化した。


「すごい」


「あの力を私達も、授かれば……」


 葵達の戦いを見ていた城家の者は、驚いてはいるものの、気付いたようだ。

 瀬戸が、聖印を授かったという事は、自分達も、聖印を授かることができるのではないかと。

 つまり、自分達も、妖と戦う力を身に着けられるというのだ。

 彼らは、その力を授かりたいと心から願っていた。

 葵と瀬戸は、戦い続け、ようやく、妖達は、出現しなくなる。

 彼らを恐れたのかもしれない。

 そして、ついに、戦いは、終わった。

 全ての妖達を浄化する事に成功したのだ。


「なんとか、倒せたみたいだな」


「うん、でも……」


 妖達を討伐できたと感じ、安堵する瀬戸。

 正直、命を奪われてもおかしくない状況であった。

 だが、葵が、いたから、勝てた。

 瀬戸は、そう、感じているようだ。

 葵も、素直に喜びたいところではあるが、内心は、複雑だ。

 妖達を浄化する事でしか、救えないのだから。


「気にすることではない。お前のおかげで、彼らは、救われた。感謝する」


「光黎。ありがとう」


 葵の心情を察したのか、光黎は、葵に告げる。

 葵達のおかげで、妖達は、救われたのだと。

 葵も、光黎の言葉で救われた。

 そして、妖達の事を知りたいと願うようになったのだ。

 どうすれば、浄化しなくとも、妖達を救えるのか、知りたいと。

 葵と瀬戸は、ゆっくりと、地に降り立ち、葵は、神懸かりを解除し、光黎が、葵から出る。

 すると、静居と夜深が、葵達へと歩み寄った。


「ありがとう、二人とも。おかげで、助かった」


「こちらこそ、ありがとう。この力のおかげで、葵を助けられた」


 静居は、葵と瀬戸に感謝の言葉を述べる。

 二人が、力を授からなければ、静居も、城家の者も、命を落とし、全滅していたかもしれないからだ。

 瀬戸も、静居が、力を授けるように夜深に指示してくれたからこそ、葵を助けられたと感じていた。

 その時であった。


「素晴らしい力だ!!」


「父上……」


 突如、瀬戸の父親が、前に出る。

 しかも、今までとは、打って変わって、静居が授かった力をほめたたえているのだ。

 あれほど、恐れ、罵ってきたというのに。

 彼の代わり様には、葵も、瀬戸も、驚いている。 

 だが、静居と夜深は、冷静さを保っているようだ。

 彼が、豹変した所で、何の疑問も抱いていないのだろう。


「聖印と言ったな。その力、我々にも、授けてくれないだろうか……。そ、それと、今までの事を謝罪したい」


 瀬戸の父親は、聖印を授かりたいと申し出た。

 力を欲しているようだ。

 妖達から、身を守るには、家族を守るには、聖印の力が、必要であると感じ取ったのだろう。

 懇願した直後、恐れを抱きながら、瀬戸の父親は、頭を下げる。

 今までの仕打ちに対して、後悔しているのだろう。

 葵は、静居が、どうするのか、心配になりながらも、視線を向けた。

 瀬戸の父親を許すのだろうか。

 それとも……。


「いいでしょう」


 静居は、あっさりと、瀬戸の父親にも、聖印を授ける事を承諾した。

 罵られていたとしても、静居は、何も、感じなかったのだろうか。

 いや、もしかしたら、戦力が必要だと考えたのかもしれない。

 蔑まれてきたとしても。

 静居は、前に出て、城家の者達へと視線を向ける。

 城家の者達は、息を飲んだ。

 静居は、何をするつもりなのだろうかと、不安に駆られて。


「城家の者達よ。聞いてほしい。私達は、かつて、神の一族と呼ばれていた。その力は、薄れていったと言われているが、まだ、眠っているだけなのだ」


 静居は、城家の者達に語りかける。

 神の一族と呼ばれていた自分達には、特別な力をその身に宿していたのだ。

 だが、時がたつにつれ、力が弱まってしまったかと思っていたのだが、どうやら、そうではないらしい。

 自分達の中で眠っていただけだというのだ。


「夜深が、力を与える事により、潜在能力が開花され、聖印が、浮かび上がる。我々は、生まれながらにして、聖印の力を内に秘めているのだ!」


 静居曰く、自分達の身に宿る妖を追い返す力と言うのは、聖印の元らしい。

 元々は、聖印を授かっていたというのだ。

 夜深が、力を与える事により、聖印は、目覚め、開花される。

 つまり、城家の者達ならば、皆、聖印を授かっており、その力を呼び覚ますことができるのだ。


「聖印が浮かび上がれば、聖印を持つ者から生まれた子は、生まれながらにして、聖印を持つことができる。つまり、そなたたちが、聖印を授かれば、親から子へと、聖印が、受け継がれることにもなる!!」


 今後、聖印を持つもの同士の子が生まれた場合は、夜深が、力を与えなくとも、聖印が体に浮かびあがった状態で、生まれてくるというのだ。

 そうなれば、聖印は、受け継がれていくことになるだろう。

 戦力は、拡大するという事だ。


「す、素晴らしい!!」


「聖印が、あれば、私達は、妖に対抗できる!!」


 城家の者は、希望に満ちた表情で、口々に叫ぶ。

 忌み嫌われていた力が、妖に対抗できる力だったのだ。

 もう、恐れるものは、何もない。

 聖印さえあれば、命を奪われる可能性も、低くなるのだから。

 妖を討伐し、戦いに終止符を打つこともできるのではないかと、推測した者もいるようだ。


「さあ、共に戦おう。和ノ国を守ろう。今日から、我々、城家は、聖印一族となるのだ!!」


 こうして、聖印一族が誕生し、城家の者は、喜び合った。

 葵も、瀬戸も、嬉しそうに微笑んでいた。

 皆を守れることが、うれしいのであろう。

 だが、まだ、この時、葵達は、何も知らなかった。

 聖印一族と妖の戦いが、長く続くことも、静居が、和ノ国を滅ぼすという野望を抱いていた事を。

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