第百六十話 移ろいゆく景色と
聖印一族が、誕生してから、三年の月日がたった。
城家が住んでいた屋敷の周りには、建物が立ち始め、街が、都へと変化した。
人々は、その地を聖印京と呼んだ。
だが、変わったのは、それだけではない。
静居は、聖印寮と言う名の組織を設立。
聖印寮の長、大将となり、聖印一族を取りまとめた。
静居や葵をののしっていた一族は、静居と葵をあがめるようになり、ついていくようになった。
だが、妖達との戦いは、続いている。
激しく気が遠くなるほどだ。
それでも、葵は、懸命に生き続けた。
静居や瀬戸、光黎が側にいてくれる。
これほど、心強いことはないのだから。
葵は、皇城家の屋敷から出て、都内を歩き始める。
様変わりした聖印京を眺めながら。
「聖印京も、だいぶ、変わったね」
「そうだな。我が、同胞も協力してくれたからな」
妖達との戦いは、激しさを増している。
命を奪われる者もいれば、重傷を負う者だっていた。
それでも、人々が生き延びることができたのは、光黎のおかげだと言っても過言ではない。
光黎は、自身が生み出した神々、空巴、泉那、李桜を呼び寄せ、聖印京を守るよう命じたのだから。
泉那は、千城家の姫君と心を通わせることで、結界を張り、李桜は安城家と心を通わせることで結界を強化し、空巴は、鳳城家、天城家、万城家、連城家、真城家の者達と心を通わせることにより、妖がどこにいるかを感知できるようになった。
それに、静居と葵、二人の神懸りによって、妖達は、討伐され、聖印京は、絶対安全だと、人々は、考えるようになり、聖印京に移り住む者も増えてきたのだ。
今では、聖印京は賑やかになっている。
三年前とは、比べ物にならないほどだ。
今でも、多くの建物を建設している最中だ。
聖印京は、さらに様変わりしていくことだろう。
もちろん、妖の事を知り、救いたいという葵の心情を知る者はいないのだが。
「光黎も、馴染んできたよね」
「当初は、私を恐れていたようだがな」
「人間の姿だと、落ち着くのかもね」
「かもしれないな」
光黎は、神の姿で過ごしてきたが、今では、人の姿に変え、葵と共に暮らしているようだ。
差異はないのだが、聖印一族は、神聖なる力を感じ取る力が備わっていた為、光黎から神々しさを感じていたようだ。
そのため、光黎の事をあがめる者もいれば、恐れる者もいたらしい。
光黎は、人間の事を知る為、人間と共に生きたいと願っていたのだが、うまくいかず、葵に相談した所、夜深のように、人の姿で、過ごしたらどうだと提案した。
人の姿であれば、神々しさは、抑えられるようだ。
当初は、躊躇していたものの、いざ、人の姿に変えると、落ち着くのか、話しかけられるようになったという。
人と共に生きる。
これは、妖達を救う手掛かりにもなるかもしれない。
光黎は、そのように考えてたからこそ、人と共に生きたいと願い、実現したのだ。
人を理解したいという光黎の想いを聞いた時、葵は、心から、喜んだ。
「どうだ?警護隊の武官の任務は、慣れたのか?」
「全然。私は、人に指示するよりも、体を動かしたほうが落ち着くんだ。静居にも何度も、頼んでるけど、取り入ってくれないよ」
「それほど、静居は、お前を信頼しているのだろう」
聖印寮を設立した当初は、十の隊を結成しただけであり、人数も少なかった。
聖印一族のみで結成されたのだから、当然であろう。
だが、天城家は、聖生の力を引きだし、妖に対抗しうる武器・宝刀と宝器を生み出した。
それは、天城家が、術と聖印能力で生み出し、妖を討伐する力が備わっており、聖印一族ではない一般人でも、扱える武器であるがゆえに、一般人も、聖印寮に入りたいと志願したのだ。
静居は、一般人をも受け入れ、人数が増加。
ゆえに、静居は、一年前に、四つの部隊を設立した。
一つ目の部隊は、妖を討伐する専門の隊士が集う討伐隊。
二つ目の部隊は、陰陽術を得意とする隊士が集う陰陽隊。
三つ目の部隊は、悪事に手を染めた隊士達を取り締まる隊士が集う密偵隊。
四つ目の部隊は、聖印京を警護する隊士達が集う警護隊だ。
葵は、この警護隊の長、武官を務めている。
それも、静居の推薦によるものだ。
だが、葵は、人の上に立つよりも、体を動かし、妖達を救済したいと願っているようだ。
だが、光黎は、静居が、葵の事を信頼しているからではないかと諭した。
彼は、葵と静居のやり取りを側で見てきたのだ。
ゆえに、感じていたのだろう。
静居が、葵を信頼し、大事にしていると。
「うん、でも……」
「どうした?葵」
葵は、うつむき、暗い表情を見せる。
何かあったようだ。
そう察した光黎は、葵に尋ねた。
「実は、父様に、武官になってほしいって頼んだんだ。私より、父様の方が適任だと思って。でも……」
「何かあったのか?」
葵は、千草に、頼もうとしたのだ。
警護隊の武官になってほしいと。
現在、千草は、官職に就いていない。
警護隊の隊士として、任務についているのだ。
だが、葵は、自分よりも、千草の方が適任だと考えていたようで、静居に相談したいところであったが、静居が、多忙であったため、まず、千草に相談することにしたようだ。
だが、何かあったようで、葵は、口ごもってしまう。
光黎は、千草の身に何かあったのではないかと、悟り、尋ねた。
「うん。父様、ずっと、部屋に閉じこもってばかりで、話を聞いてくれないんだよ。何か、ぶつぶつ言って書物を読んでいたけど……」
「心配だな」
「うん」
千草は、自室で閉じこもっているようだ。
葵が、話しかけても、返事をしない。
それどころか、ぶつぶつと呟いているのだ。
読んだこともない書物を手にして。
それに、葵は、千草の事で気になっていたことがあった。
千草は、どの神と契約したかだ。
皇城家の聖印能力は、神懸かり。
つまり、神と契約する事で、その力を発揮できる。
皇城家の者達は、皆、神と契約しているが、千草は、どの神と契約したのかは、判明していない。
娘の葵でさえも、知らないのだ。
それゆえに、葵は、余計に心配していた。
千草は、何か、隠しているのではないかと悟って。
「静居は、知っているのか?」
「ううん。でも、今から、相談しに行こうと思って」
「そうか。私も行こう」
「ありがとう」
静居は、千草のことに関しては知らないだろうと葵は、推測しているようだ。
なぜなら、静居は、多忙だ。
聖印寮の隊士を取りまとめる事で、忙しい。
妖達との戦いの事もある。
ゆえに、千草の事は、知らないはずだ。
だからこそ、葵は、自分の事は、後回しにして、静居に千草の事を相談しに行こうとしていたようだ。
葵の話を聞いた光黎は、葵と共に来てくれるらしい。
葵にとっては、ありがたい事だ。
だが、光黎にしては、珍しい。
光黎は、静居や夜深と、あまり、会おうとしなかったのだから。
なぜかは、わからない。
ゆえに、葵は、ある疑問を抱いた。
「ねぇ、光黎」
「なんだ?」
「夜深と話した所、あまり、見たことないんだけど、仲悪いの?」
葵が疑問を抱いたのは、光黎と夜深の事だ。
神同士であるにも関わらず、会う機会が少なかった。
いや、光黎が、夜深と会おうとしていなかったのだ。
それどころか、会ったとしても、彼らが話している場面を見た事がない葵。
ゆえに、気になったのだろう。
光黎と夜深は、仲が悪いのではないかと。
「……仲が悪いわけではない。だが、奴とは、千年もの間、会っていなかった。だからかもしれないな」
「そうなの?」
「そうだ。奴は、黄泉にいたからな」
「そっか」
光黎は、困惑しながらも、淡々と説明する。
夜深と会うのは、千年ぶりらしい。
ゆえに、何を話せばいいのかわからないと言いたいのであろう。
だが、葵は、はぐらかされたように思えてならない。
と言っても、これ以上、光黎が話すとは思えず、質問はせず、無理やり納得することにした。
「そう言えば、瀬戸とは、あまり、会っていないな」
「うん、忙しいみたいなんだ」
「任務についているという事か」
「そうみたい」
今度は、光黎が、葵に問いかける。
光黎も気になっていたことがあるようだ。
実は、葵は、瀬戸と会えていない。
瀬戸は、忙しいようだ。
もちろん、葵も、忙しいため、瀬戸と会う機会が、減ってしまったのだが。
「確か、討伐隊に所属していたんだったな」
「うん。私が、武官となってからは、会えなくなったんだ」
葵が、武官の職に就く前は、瀬戸と同じ部隊に所属していた。
だが、部隊が結成されてから、一年、葵と瀬戸は、会えなくなっていたのだ。
「戦いが、激しくなったからかもしれないんだけど」
「寂しいか?」
「そうだね」
妖との戦いが激しさを増してしまった事も、理由の一つだ。
そう語る葵は、どこか、寂しそうだ。
瀬戸は、戦友ではあるが、それ以上の感情を抱いている。
葵は、その感情が、何なのかは、未だに判明できていないようだ。
「さあ、静居のところに行こう。急がないと」
「そうであったな」
葵は、静居の元へと急ぐ。
静居は、今、本堂で、仕事をしているはずだ。
葵は、光黎と共に本堂へ向かった。
その時であった。
「あれは……」
「どうしたの?光黎」
光黎は、本堂から誰かが出てきたのを見たらしい。
それも、光黎が、知っている人物のようだ。
葵は、目を凝らして見ると、彼女の目に映ったのは、なんと、瀬戸であった。
「瀬戸……」
一年ぶりに、瀬戸の姿を見た葵は、鼓動が高鳴った。
なぜ、鼓動が高鳴るのかは、わからない。
だが、今は、そのような事を言っている場合ではないかもしれない。
瀬戸は、ひどく落ち込んでいるように見える。
何かあったようだ。
葵は、思わず、瀬戸の元へと駆け寄った。
「瀬戸?」
「葵?」
葵に声をかけられた瀬戸は、振り向く。
二人は、一年ぶりに、再会を果たした。
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