第百三十七話 愛しい家族だからこそ
あばらを折られた朧は、起き上がることもできない。
息をするのが精一杯であった。
虎徹は、ゆっくりと、朧の元へ歩み寄る。
朧の息の根を止めるために。
静居と夜深は、笑みを浮かべていた。
これで、朧は死ぬと確信して。
「おぼ……ろ……」
未だ、電撃を受けながらも、必死に、耐えている柚月は、体を震わせながらも、朧へと視線を移す。
雷の輪をかき消そうとしている千里も、柚月達を守るために、勝吏と対峙している九十九も、驚愕し、動揺してしまった。
「朧が……」
光焔は、目を見開き、体を硬直させている。
九十九も、千里も、どうすればいいのか、ためらってしまう。
柚月と朧。
どちらも、助けたい。
だが、九十九と千里のどちらかが柚月から離れれば、柚月は、確実に殺されてしまう。
その事がわかっているため、二人は、動けなかった。
その間に、虎徹は、朧の元へと到達してしまった。
「終わりだな。朧」
「くそっ!!」
虎徹は、生里を振り上げる。
朧を殺すつもりだ。
千里は、朧の元へと向かった。
朧が、殺されると察した為。
――動けない……。終わりか……。ごめん、皆……。
朧は、意識が朦朧としながらも、虎徹を見る。
生里が自分を捕らえようとしているのが目に見えた。
だが、体が、動かない。
力が、入らないのだ。
朧は、あきらめてしまい、意識を手放しかけ、虎徹の生里が、朧に向かって振り下ろされた。
しかし……。
――待って、虎徹!!
「っ!!」
女性の声が聞こえる。
それと同時に、朧の前に光が発動された。
虎徹は、とっさに、目を背け、よろめいてしまう。
その光が、あまりにも眩しすぎて。
だが、その光は、光焔が発動したわけではない。
ならば、なぜ、光が、出現したのであろうか。
光が止み、虎徹は、目を開く。
すると、虎徹は、衝撃を受けたのか、目を見開いたまま、体を硬直させた。
なぜなら、虎徹の前に、一人の女性が立っていたからだ。
魂だけの存在となって。
朧を守るように。
しかし、柚月達は、その女性が、誰なのか、見当もつかなかった。
「つぐ……な……?」
虎徹は、声を震わせ、呟く。
静居も、夜深も、動揺を隠せないようだ。
なんと、その女性は、虎徹の元婚約者であり、朧の母親である次那だった。
――次那?俺の母さんの名前……。じゃあ、今、目の前にいる人が……。
朧は、弱弱しい息を吐きながらも、思考を巡らせる。
今、前の前にいる女性は、自分の生みの母親なのだと。
虎徹は、首を横に振り、後退する。
動揺しているようだ。
「なぜ、お前さんが……」
――朧を助けに来たのよ。虎徹……。
「どうやって……」
虎徹は、次那に尋ねる。
次那は、なぜ、ここにいるのかと。
あり得ないからだ。
いくら、魂だけの存在になったとはいえ、姿を現すなど。
魂は、黄泉へと送られる。
それに、とどまっていたとしても、今まで、姿を現さなかったのも、理解できない。
ゆえに、虎徹は、信じられなかった。
たとえ、次那が、朧を助ける為に、ここへ来たのだと言っても、どうやってなのか、見当もつかないからだ。
――黄泉の乙女達が、私をここへ送ってくれたの。
「黄泉の乙女達……まさか……」
「茜と……藍……」
次那曰く、黄泉の乙女達が、ここへ送ってくれたらしい。
それを聞いた朧と千里は、誰が、次那をここへ送ったのか、悟った。
それは、黄泉の乙女の役目を引き継いだ双子の姉妹・茜と藍なのだと。
茜と藍は、妖の樹海で、術を発動している。
次那を聖印京へ送ったからであろう。
実は、次那は、黄泉に行くことなく、樹海にとどまり続けたのだ。
朧を助けなければいけない時が来ると黄泉の乙女から聞かされていたから。
ゆえに、次那は、その時が来るまで、魂だけの存在となって、樹海にとどまり続けていたのであった。
「間に合ったみたいだね。藍」
「ええ……。お願い……無事でいて……」
茜と藍は、無事に、間に合ったことを悟り、祈った。
どうか、朧達が、無事であってほしいと。
次那は、両手を広げ、朧の前に立つ。
愛する息子を守るためだ。
虎徹は、未だ、体を震わせ、動揺していた。
――虎徹、お願い。この子を殺さないで!!正気に戻って!!
「あ、ああ……」
次那は、虎徹に懇願する。
虎徹は、生里を畳の上に落とし、頭を抱え始めた。
混乱しているのかもしれない。
あるいは、静居の呪縛から逃れようと戦っている可能性がある。
すると、次那が、虎徹の手に触れ、虎徹は、目を見開いたまま、次那を凝視する。
次那は、微笑み、虎徹の頬に振れた。
――ありがとう。虎徹。朧を、守ってくれて……。
次那は、涙を流した。
虎徹が、遠くから、朧を見守ってくれていたことを知っていたからだ。
虎徹は、力が抜けたように、手を下げ、下を向く。
朧や次那を殺す気はないようだ。
そう悟った次那は、勝吏の方へと体を向けた。
――勝吏様も、お願いします!!彼らは、和ノ国を、あなた達を守ろうとしてるんです!!あなた達を愛しているから!!
「黙れ!!」
「母さん!!」
次那は、勝吏に歩みより、懇願する。
柚月達は、なぜ、今まで戦ってきたのかを知っているからだ。
愛しい家族を守るために。
だが、勝吏は、感情を露わにして、次那に襲い掛かった。
混乱しているのだ。
次那が、現れた事により、柚月と朧の事を思い出しかけて。
雷の刃が、次那に襲い掛かろうとしている。
だが、その時であった。
虎徹が、異能・重鉄を発動し、雷の刃を防ぎきったのは。
――っ!!
「師匠……」
虎徹は、次那を守ったのだ。
腕は、火傷を負いながらも。
かつて、愛した女性を。
今、虎徹が、どういう状態なのか、朧は、気付いた。
「すまんかったなぁ。お前達を傷つけて……」
「師匠……戻ったんですか……」
虎徹は、振り向き、謝罪する。
その瞳は、温かさを感じる。
ついに、虎徹が、正気に戻ったのだ。
朧は、そう確信し、安堵していた。
そして、次那も……。
これには、静居と夜深も驚きだ。
まさか、自力で、自分達の呪縛を解くとは思ってもみなかったであろう。
驚きのあまり、身を硬直させていた。
「虎徹、貴様、裏切ったのか!!」
虎徹が、正気に戻った事を悟り、勝吏が、感情任せに、雷渦を振り下ろす。
だが、虎徹は、素手で雷渦を握りしめた。
手からは、血が流れる。
勝吏は、目を見開き、体を硬直させた。
素手で雷渦を握りしめたのは、隙を作るためだ。
虎徹は、隙を逃すわけもなく、聖印能力を解除して、勝吏の鳩尾を殴りつけた。
「ぐはっ!!」
「柚月!!」
勝吏は、呼吸ができなくなり、激痛が、体に襲い掛かり、うずくまった。
それと同時に、聖印能力・異能・雷輪が、消滅し、柚月は、雷撃から解放され、その場で、倒れる。
光焔、九十九は、柚月の元へ駆け付け、千里は、朧を抱きかかえた。
「虎徹……」
「勝吏、良く見ろ……。これは、お前さんが、やりたかったことか?」
「何?」
虎徹に殴られた勝吏は、形相の顔で、虎徹をにらみつける。
虎徹は、動じることなく、勝吏に、周りを見るよう促した。
自分がやりたかったことなのかと訴えて。
虎徹は、勝吏の心情を理解していたからだ。
常に、息子達を守りたいと願っていた。
激闘に身を投じ、傷つく息子達の身を案じ、父親として、支えたいと心に決めていたのだ。
だが、今は、どうだろうか。
勝吏は、自分の息子である柚月を傷つけてしまっている。
自分が、やりたかった事ではないはずだ。
勝吏は、困惑しているようで、体を震わせる。
傷ついた柚月を見て、我に返ったように。
柚月は、九十九に支えられながらも、起き上がった。
「父上……。どうか、刀をお納めください……。お願いです。俺は、貴方と戦いたくない!!」
「だ、黙れぇえええええっ!!」
「柚月ぃいいいいいいっ!!」
柚月は、勝吏に懇願する。
本当は、父親と戦いたくなどない。
だが、感情を押し殺して、勝吏と死闘を繰り広げていたのだ。
息子の心情を聞かされた勝吏は、体が震えあがる。
なぜ、体が震えるのかは、自分でも、わかっていない。
それゆえに、混乱し、感情をむき出しにして、柚月に襲い掛かった。
だが、その時だ。
光焔が、神の光を柚月に向けて放ったのは。
柚月を守りたかったのだろう。
柚月は、激痛をこらえて、草薙の剣を握りしめ、勝吏の雷渦を弾き飛ばし、勝吏の首に刃を向けた。
勝吏は、身を硬直させるが、柚月は、斬ろうとはしなかった。
「なぜ、殺さない……」
「殺せません……。貴方は、俺の父上ですから……」
「兄さん……」
勝吏は、柚月に問いかける。
なぜ、自分を斬ろうとしないのか、理解できないようだ。
だが、それは、簡単な事。
勝吏は、柚月の父親だ。
子が、親を斬るわけがない。
それは、朧も、同じ気持ちだ。
朧は、千里に支えられながら、次那と共に、柚月の元へと歩み寄る。
勝吏は、ますます、混乱した。
まるで、静居の呪縛と戦っているようだ。
静居は、力を与え、勝吏と虎徹を縛ろうとする。
光焔が、神の光を発動して、防ぎきろうとしたその時であった。
「勝吏様!!」
「母上……」
「元に……戻ったんだ……」
月読、矢代、撫子、牡丹が、部屋に入る。
柚月達は、振り返り気付いた。
月読と矢代が、正気に戻ったのだと。
静居達の呪縛から解かれたのだと。
「元にお戻りください。この子達は、貴方の大切な息子達でしょう!!」
「つく……よみ……」
「お願いです。父さん……」
「朧……」
月読は、涙を流して、勝吏に懇願する。
父親と息子が殺し合う場面など見たくないのだ。
朧も、勝吏に懇願する。
あばらが折れているせいで、思うように声が出ない。
それでも、伝えたかったのだ。
勝吏に戻ってほしいと。
「父上。戻ってください。俺は、貴方と共に生きたいんです!」
「柚月……」
柚月も、涙を流して、勝吏に懇願した。
殺し合いなどしたくない。
共に生きたいと。
柚月の涙を目にした勝吏は、涙を流し始めた。
「何をしている!この者たちを殺せ!!勝吏!!」
静居は、苛立ち、前に出て、力を送り込む。
柚月達を殺せと命じて。
だが、その時であった。
勝吏は、雷渦を拾い上げ、静居に突き刺した。
正気を取り戻し、静居に反旗を翻した瞬間であった。
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