第百三十八話 一矢報いる

 勝吏は、雷渦を決して手放そうとしなかった。

 静居をこのまま、殺すつもりなのだろう。

 だが、静居は、強引に、雷渦を引き抜かせる。

 勝吏を押して。


「ぐっ!かはっ!」


「静居!!」


 静居は、血を吐き、うずくまる。

 夜深が、慌てて、静居の元へ駆け寄った。

 まさか、勝吏が自力で正気に戻るとは、思いもよらなかったのであろう。

 未だに、信じられないようだ。

 静居は、形相の顔で、勝吏をにらみつけた。


「もう、お前の操り人形ではない。聖印京を返してもらうぞ!!」


 勝吏は、静居に刃を向ける。

 二度と操られるものかと、誓ったからだ。

 絶対に、柚月達を傷つけさせない。

 聖印京は、自分が、守ると。

 静居は、荒い息を繰り返し、顔を上げた。


「こ、これで勝ったと思うなよ!!」


 静居は、感情任せに、叫んだ。

 すると、静居の傷が見る見るうちにふさがれていく。

 まるで、神のように。

 柚月達は、目を見開いて、凝視する。

 夜深が、静居に術をかけて、治療したわけではない。

 柚月は、静居が何をしたのか、悟ってしまった。


「深淵の力か!!」


 静居は、その手に持つ神刀・深淵の力を発動したのだ。

 深淵・楽園を。

 深淵がある限り、静居を殺すことはできない。

 深淵を破壊しなければ。

 柚月は、そう悟っていたが、力が入らない。

 雷輪をその身に受けたのだ。

 重傷と言っても過言ではない。

 立っていられるのもやっとなのであろう。


「聖印京は、いや、和ノ国は私のものだ!!」


 静居は、高らかに宣言する。

 聖印京も、和ノ国も、自分のものだと。

 柚月達に返すつもりなどない。

 いや、ずっと、和ノ国は、自分の物だと思い込んできたのであろう。

 ゆえに、奪還しようとする柚月達に憤りを感じていたのだ。


「夜深!!」


「わかってるわ」


 静居は、夜深に命じる。

 夜深は、何も言わなくとも、静居が何を望んでいるのか、理解しているらしい。

 すぐさま、神の姿に戻り、柚月達の前に出る。

 彼女の顔は、冷酷な表情をしていた。

 まるで、柚月達に対して、憎悪を宿しているかのようだ。


『私の力で、全員、操り人形にしてあげる。覚悟なさい』


 夜深は、両手を広げ、創造主の力を発動する。

 天衣無縫を発動しようとしているのだ。

 勝吏達を操ろうとしているのだ。

 だが、勝吏達だけではない。

 柚月達をも、操ろうとしているのであろう。

 柚月達を操り、自害させるつもりだ。

 夜深は、怒りを抑えられなかった。

 静居を傷つけたのだから。

 だが、その時だ。

 突如、夜深の力が、分散してしまう。

 まるで、爆発したかのように。


『え?』


「どうした?夜深?」


 夜深は、戸惑いを隠せない。

 静居も、夜深の様子に気付き、問いかける。

 夜深の身に何かあったのではないかと察して。

 夜深は、手を震わせながら、自分の手を目にした。

 信じられないと言わんばかりの表情で。


「私の力が……天衣無縫が消えていく?」


「何!?」


 夜深は衝撃的な言葉を口にする。

 なんと、天衣無縫が消滅しているようなのだ。

 使えないというわけではなく。

 つまり、二度と使用できないという事なのだろう。

 だが、なぜ、突如、天衣無縫が消滅したというのであろうか。

 静居も、夜深自身も、見当もつかない。

 すると、撫子と牡丹が、柚月達の前に立った。

 彼女達は、何かを知っているかのようだ。


「あれは、あんさんの力やないやろ?」


「創造主の力、と聞いておりましたけど?」


『な、なぜ、あなた達がそれを!!』


 撫子と牡丹は、夜深に問いただす。

 なんと、天衣無縫は、夜深の技ではなく、創造主の力だというのだ。

 これには、柚月達も、驚きを隠せない。

 天衣無縫は、夜深の技と思っていたのだから。

 夜深は、二人に問いただす。

 平皇京の帝であり、皇族であっても、そのような事をなぜ、知っているのか。

 静居も、信じられないようだ。


「笠斎はんに頼まれましたからなぁ。聖印京に置かれてある石を破壊せよと」


「なっ!!」


 撫子と牡丹が、天衣無縫について知っていたのは、笠斎から聞かされていたからだ。

 おそらく、柚月に送るように頼んだ手紙に記されていたのであろう。

 笠斎は、静居達に知られないように、密かに命じていたのだ。

 聖印京に置かれてある石を破壊するようにと。

 だが、その石は、一体どのようなものなのだろうか。


「もしかして、神石かみいしの事ですか?」


「そうどす」


 柚月は、撫子に問いかける。

 神石とは、聖印京に設置されている石の事だ。

 北聖地区と南聖地区にそれぞれ一つずつ設置されてある。

 だが、いつ、誰が、設置したのか。

 なぜ、神石と呼ばれ、どのような力があるのかは、柚月も、勝吏も、知らなかった。

 おそらく、これを知っているのは、静居だけなのであろう。

 それも、誰にも知られたくなかったがために、教えてこなかったのだ。

 柚月達は、今なら、そう思えた。


「あれは、この女が天衣無縫を発動させるためやったんや!!」


 牡丹は、夜深に向かって指を指して、叫ぶ。

 しかも、夜深の事を「この女」と呼んで。

 夜深の事を神と、思っていないのだろう。

 牡丹曰く、あの神石は、夜深が天衣無縫を発動するためだという。

 神石は、かつて、創造主が、生み出したもの。

 それは、人々を守るためのものであった。

 ゆえに、あの神石には、創造主の力が宿っていたのだ。

 夜深は、それを利用したのであろう。

 神石を媒介にして、天衣無縫を発動していたのだ。


「創造主の力は、簡単に扱える代物じゃありまへん。せやから、この女は、創造主が生み出した、神石を通じて、天衣無縫を発動してたんや」


「そうか、だから、聖印京の人々や妖達だけが、操られてたんだ」


「だが、光焔の神の光で、一時的に弱まった。あれは、どうしてだ?」


 創造主の力を奪ったところで、夜深は、容易に扱う事は、できなかったのだ。

 ゆえに、夜深は、神石を媒介にした。

 神石の領域であったが為に、聖印京の人々は、操られ続けていたのであろう。 

 夜深の力が復活していなくとも。

 夜深から創造主の力が、減少しても。

 千里は、ある疑問が浮かんだようだ。

 それは、先ほど、綾姫と瑠璃が、解放の矛で、結界を打ち破った時の事だ。

 一時的ではあるが、人々は、天衣無縫から解放された。

 神の光で解放されるとは到底思えない。

 何か理由があるのではないかと思っているようだ。


「さあ、あても、わかりまへんけど……。おそらく、神の光を浴びたからやと思います」


「ん?どういう意味だ?」


「つまり、神の光が、一時的に神石に宿った天衣無縫をかき消したってことだ」


「なるほどな」


 撫子は、自分の仮説を九十九達に説明する。

 九十九は、よく、わかっていないようだが、千里が、理解していたようで、九十九に説明した。

 神の光が、人々に触れ、天衣無縫をかき消したのだろう。

 神の光を打ち消せないほどに、創造主の力は、減少したという事だ。 

 一柱の神が、消滅しただけだというのに。 

 ゆえに、今回、幻帥も、死掩も、消滅を恐れて、表舞台に現れなかったのだ。


「本当は、あてらが、壊してもよかったんやけど、静居に見つかる可能性もあったから、あねさんの部下に頼んだんや」


『そ、そんな……』


 さらに、牡丹は、説明を付け加える。

 静居達が、ある疑問を抱えていた。

 それは、いつ、彼女達が、神石を破壊したかだ。

 撫子も、牡丹も、月読達と戦いを繰り広げていた。

 それは、月読達も、知っている。

 月読達が、静居達の呪縛から解放された時、共に本堂に向かっていた。

 ゆえに、神石を破壊する時間は、無かったはずだ。 

 だが、神石を破壊したのは、撫子達ではない。

 撫子の部下だというのだ。

 これも、静居達を欺けるためであろう。

 まさか、撫子の部下が神石を破壊しているとは思いもよらず、静居も、夜深も愕然としていた。


「これで、もう、操る事はできなくなりもうしたなぁ。静居」


「どうするんや?」


 撫子と牡丹は、静居を問い詰める。

 これは、もう、形勢逆転だ。

 静居達は、人々と妖達を操る事は不可能になったのだ。

 ゆえに、静居達は、追い詰められたも同然であった。

 待っているのは、死か、永遠に牢獄行か、どちらかであろう。

 夜深に関しては、消滅もありうる。


「……お前達は、どこまでも、私を」


 静居は、こぶしを握り体を震わせる。

 屈辱的なのだろう。

 ここまで、追い詰められたのは、初めてだ。

 常に、聖印一族の、聖印京の、和ノ国の頂点に立っていたというのに。

 突き落とされた感覚に陥っているのだろう。

 そう思うと、静居は、怒りを鎮められなかった。


「私をなめるなぁあああああっ!!!」


「くっ!!」


 静居は、感情を爆発させ、同時に、力を解放する。

 風が吹き荒れ、柚月達は、風圧に押されつつあった。 

 どこから、発動したというのであろうか

 夜深の力だというのであろうか。

 柚月達は、思考を巡らせるが、見当もつかなかった。


「貴様だけは、殺す!!柚月!!」


 静居は、深淵を握りしめ、鬼のような形相の顔を浮かべて、身動きが取れない柚月に襲い掛かった。

 この手で、柚月を殺すと決意したのだ。

 柚月は、激痛により、風圧に耐えるのが、やっとだ。

 いや、九十九達でさえも、この風圧から、逃れる事はできない。

 静居は、一瞬にして柚月に迫り、突きを放った。


「兄さん!!」


 朧は、柚月を助けようと、体を動かすが、やはり、激痛と風圧により、耐えられず、うずくまってしまう。

 そして、刀が肉を貫く嫌な音が響いた。

 だが、柚月は、痛みを感じない。

 その理由は、なぜか、柚月は、知ってしまった。

 勝吏が、柚月をかばい、静居に刺されてしまったからであった。

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