第百三十一話 お互い意識しすぎて

 柚月から説明を受けた綾姫と瑠璃、そして、美鬼は、さっそく、波長を合わせる為に、大広間で訓練を開始した。

 瑠璃が、美鬼を憑依させ、綾姫が聖印能力を発動する。

 そして、二人は、解放の矛を手に持ち、矛を天井に向けた状態で、目を閉じ、集中し始めた。

 綾姫の聖印の力と瑠璃の聖印の力が、矛へと向かっていく。

 二人の聖印の力が、矛の先端へと到達した時、聖印が混ざり合い始め、光を纏い始めた。 

 波長を合わせようとしているのであろう。


「瑠璃……」


 大広間には、柚月、朧、光焔、夏乃が見守っている。

 九十九達も、見守りたいところであったが、全員が大広間にいては、綾姫も瑠璃も、気になってしまい、集中できないであろう。

 二人のことを考慮した為、九十九達は、廊下で待機しているのだ。 

 二人なら、うまくいくと、信じて。

 朧と夏乃、光焔は、心配そうに綾姫達を見ている。

 無理をしていないかと不安に駆られているのだろう。

 柚月は、内心、心配はしているものの、二人なら、大丈夫だと信じて見守っていた。

 だが、その時であった。


「っ!!」


 光を纏い始めた矛先が、突然、爆発する。 

 その反動で、綾姫と瑠璃は、矛から手を放し、床に、尻餅をついた。

 矛は、からんと音を立てて倒れた。


「綾姫様!」


「瑠璃!」


 柚月達は、慌てて、二人の元へ駆け寄る。

 瑠璃が、とっさに、憑依を解除した為、美鬼は、瑠璃から出て、瑠璃を支えた。

 二人とも、息を切らしている。

 相当、負担がかかっているのだろう。

 柚月達は、不安に駆られた。

 どうやら、波長を合わせるのは、至難の業らしい。

 融合できないと、二つの聖印が反発し合い、先ほどのように、爆発を引き起こしてしまうのだ。


「だ、大丈夫よ」


「うん、平気……」


「ですが……」


 綾姫は、大丈夫だとうなずき、瑠璃も、解放の矛を手に持つ。

 二人は、また、波長を合わせるつもりなのだろう。

 だが、これで、何度目だろうか。

 綾姫も、瑠璃も、疲労しているはずだ。

 特に、瑠璃は、美鬼を憑依させた状態で訓練に挑んでいる。

 長時間の憑依化は、体に悪影響を及ぼしてしまう。

 ゆえに、夏乃は、心配した。

 少し、休んだほうがいいのではないかと。


「一度、休んだほうがいいだろう」


「うん、その方がいいよ」


 柚月と朧は、綾姫と瑠璃に休むよう促す。

 このまま、続けていては危険だと判断したのだろう。

 夏乃と美鬼も、同意見のようで、うなずいている。

 光焔も、心配そうに、綾姫と瑠璃を見ていた。


「そうね」


「了解した」


 綾姫と瑠璃は、うなずく。

 焦っていては、余計に、波長を合わせられなくなるだろうと悟って。

 そのため、綾姫と瑠璃は、休むことにした。



 千里達は、廊下で、待機している。

 部屋で待つようにと言われていたが、居てもたっても居られなくなったのだろう。

 今は、待つしかない。

 それでも、何かあった時のために、少しで、役に立てればと廊下にいたのだ。

 九十九が、廊下で千里達と合流した。


「つくもん、二人は、どうなの?」


「柚月が言うには、もう少しらしいんだ」


 柘榴が、九十九に尋ねる。

 綾姫と瑠璃が、休んでいる間、柚月は、九十九に報告したようだ。

 柚月曰く、もう少しで、波長が合うとのこと。

 だが、そのもう少しが、遠い。

 あともう少しだというのに、中々、うまくいかないようだ。


「心配ですわね……。無理してないといいんですけど……」


「へぇ、初瀬姫ちゃん、二人のことが心配なんだ」


「あ、当たり前ですわ!!二人は、仲間ですのよ!!」


 初瀬姫は、綾姫と瑠璃を心配するが、和巳が、面白がってからかう。

 以前は、初瀬姫が、瑠璃の事を敵視していたからだ。

 朧を巡って。

 だが、それは、過去の話。

 今は、瑠璃の事も、仲間だと思っているのだ。

 初瀬姫は、顔を赤らめて、反論し、和巳は、詫びる様子もなかった。


「それにしても、波長を合わせるってどうやるんだい?あたしには、さっぱりだったんだけど」


「俺も。よくわからなかったぞ?」


 和泉は、和巳の事は、放っておいて、話題を変える。

 波長を合わせるというのが、どのようにやるのか、いまいちピンと来ないのだろう。

 透馬も、理解できないようで首をかしげていた。


「柚月君も、言ってたけど、聖印を発動して、聖印の力を矛の先に集めるんだ。そうすることで、波長を合わせてるんだよ」


「やっぱり、わかんないな……」


「それほど、難しいって事でごぜぇやす」


「な、なるほど……」


 景時は、言葉をかみ砕いて、分かりやすく説明する。

 と言っても、説明するのは、難しい。

 聖印をどうやって融合させるかが、わからないのだ。

 高清は、それほど難しい事をしているのだと説明する。

 透馬は、納得したようで、うなずいていた。


「ふ、二人とも大丈夫でしょうか……」


「心配っすよね……」


「無理してないといいんでござるが……」


 時雨、真登、要が、不安に駆られる。 

 綾姫と瑠璃の事だ。

 無理をしてでも、波長を合わせようとしているのだろう。

 だが、余計に心配だ。

 自分達にできることはないかと模索したが、今の所、見つかっていない。

 それゆえに、見守る事しかできず、歯がゆく感じた。


「今は、見守るしかないだろうな」


「そうじゃろうな。二人を信じるしかあるまい」


 千里も、春日も、何もできない事に対して、歯がゆく感じている。

 だが、今は、見守るしかないのだ。

 綾姫と瑠璃を信じて。

 九十九達も、うなずき、二人を信じて待つことにした。



 綾姫と瑠璃は、訓練を再開する。

 だが、何度やっても、うまくいかない。

 あともう少しの所で、爆発が起こってしまうのだ。

 綾姫と瑠璃は、肩で息をし、柚月達は、彼女達の元へ駆け寄った。


「二人とも大丈夫なのか?」


「ええ、大丈夫よ」


「うん、ありがとう、光焔」


 光焔は、二人に問いかける。 

 心配でたまらないのだ。

 これ以上、続けていいのかと。

 だが、綾姫と瑠璃は、大丈夫だと答える。

 本当は、休んでいる暇などないのだ。

 満月の日は、まだ、先だ。

 と言えど、静居達が、どのような手を使ってくるかわからない。

 満月が出現する前に、静居達を止めなくてはならない。

 そのため、綾姫と瑠璃は、訓練を続けた。

 体に鞭を打って。


「兄さん……」


「今は、見守ろう。二人を信じてな。それが、俺たちにできることだ」


「そうだよな」


 朧が、不安に駆られた様子で、柚月を呼ぶ。

 自分達に何かできることはないかと模索して。

 だが、柚月は、冷静に答えた。

 二人を信じることこそ、今、自分達にできることなのだと諭して。

 朧は、うなずき、綾姫と瑠璃へと視線を移した。


「やっぱり、兄さんには、敵わないな」


 朧は、ぼそりと小声でつぶやく。

 柚月にも聞こえないように。

 自分は、不安に駆られてしまった。

 それは、柚月も同じであろう。

 だが、柚月は、自分達に悟られないようにしている。

 いや、二人を信じようとしているのだ。

 そう思うと、自分は、なんて、浅はかなのだろうと、思い知らされ、朧は、二人を絶対に、信じようと心に決めた。



 何度も、繰り返し訓練を行う綾姫と瑠璃。

 だが、成果は、一向に得られない。

 二人の疲労がたまり、柚月達は、再び、休みをとらせた。

 夏乃も、美鬼も、二人を見守っている。

 そうするしかできないからだ。

 綾姫は、呼吸を整え、心を落ち着かせようといている。

 今度こそ、成功させるつもりだ。

 だが、反対に、瑠璃は、どこか浮かない顔をしていた。


「綾姫……」


「どうしたの?瑠璃」


「どうしたらいいのかな?」


「え?」


 瑠璃は、綾姫に問いかけるが、暗い表情を浮かべている。

 綾姫は、どうしたのだろうと、瑠璃を心配した。

 側にいた夏乃と美鬼も。

 瑠璃は、何を悩んでいるのかと……。


「どうしたら、綾姫みたいに、うまくできるのかなって」


「瑠璃……」


 瑠璃は、思うようにいかないのは、自分が足を引っ張っているからだと思い込んでいるようだ。

 綾姫は、うまくやっている。

 それなのに、なぜ、自分は、うまくできないのだろうかと。

 初めて、自分の心情を吐露した瑠璃。

 夏乃と美鬼は、ますます、瑠璃の事を心配していたが、綾姫は、なぜか、穏やかな表情を浮かべていた。


「なんだ。同じこと、考えてたのね」


「え?」


「私も、悩んでたのよ。どうしたら、瑠璃みたいにうまくできるのかしらって。私、足を引っ張ってるって思ったの」


「全然、そんなことない。綾姫は、うまくやってる」


 綾姫も、自分の心情を吐露し始める。

 瑠璃と同じように、悩んでいたのだ。

 自分は、足を引っ張ってしまっていると思い込んで。

 瑠璃のように、うまくできれば、成功するだろうにと焦燥に駆られながら。

 だが、瑠璃は、綾姫は、うまくやっていると首を横に振った。

 そう感じていたのだろう。


「それは、貴方にも言えることよ。貴方も、うまくやってる。ただ、お互い、意識しすぎたのかもしれないわね」


「意識?」


「ええ」


 綾姫は、瑠璃に諭す。

 瑠璃も、うまくやっていたのだと。

 意識しすぎてしまったからだと綾姫は、答えを導きだす。

 だが、意識しすぎたというのは、どういう意味なのだろうか。

 瑠璃は、思考を巡らせる。

 すると、瑠璃も、答えが浮かんできたようで、顔を上げた。


「そっか。必死になり過ぎてたってことなんだ」


「ええ」


 綾姫と瑠璃の力は、強い。

 だからこそ、結界を破壊できると笠斎は、踏んでいたのだ。

 綾姫も、瑠璃も、二人でならば、できるのではないかと淡い期待を抱いていた。

 だが、お互い、能力が高い事を気にしてしまい、劣等感を生んでしまったのだろう。

 ゆえに、波長が合わなかったのだ。

 波長が合わなかった理由を知った二人は、顔を見合わせる。

 その表情は、明るくなっていた。


「もう一度、やってみよう」


「そうね」


 綾姫と瑠璃は、立ち上がり、解放の矛を手にする。

 今度こそ、うまくいく。

 そう、確信を得たようだ。

 二人の様子を遠くからうかがっていた柚月と朧も、気付き始めた。

 次は、波長が合うのではないかと。 

 その理由は、綾姫と瑠璃の表情が明るかったからだ。

 綾姫と瑠璃は、聖印能力を発動した。

 そして、見事、二人は、波長を合わせる事に成功したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る