第百二十九話 奪還に向けて

 意識を取り戻した柚月は、ゆっくりと起き上がり、あたりを見回し、自分は、光城に運ばれた事を察する。

 九十九達は、心配していたが、柚月が、意識を取り戻したとわかり、安堵した様子を見せていた。


「気がついたんだな」


「なんとか、な……。心配かけたみたいだな」


 千里が、胸をなでおろす。

 どうやら、柚月は、体に影響が及んでいるわけではないようだ。

 その様子を見た柚月は、心配をさせてしまったのだと悟った。


「柚月が、目覚めてくれて、うれしいのだ」


「そうか……」


 光焔は、嬉しそうに、柚月に抱き付く。

 柚月は、微笑みながら、光焔の頭を優しくなでた。

 まるで、兄弟のようなやり取りだ。

 九十九も、千里も、ほほえましく感じた。


「あれから、どうなったんだ?大戦は、どっちが……」


 柚月は、九十九達に問いかける。 

 覚えていないのだろう。

 戦魔の猛攻を受けた後の事を。

 つまり、自分の身に何が起こったのか。

 そして、その後の大戦がどうなったのかも。

 九十九と千里は、互いの顔を見合わせる。

 躊躇しているようだ。

 柚月に真実を話すべきなのかと。

 だが、ここで、迷っていても仕方がない。

 いずれは、柚月も知ることになるのだから。

 ならば、ここで話したほうがいいのだろう。


「なぁ、柚月、落ち着いてきてくれよ」


「あ、ああ……」


 九十九は、真剣なまなざしで柚月に語りかける。

 柚月は、悟ったようだ。

 自分の身に何かあり、大戦の勝敗に影響を及ぼしたのだと。

 九十九は、心を落ち着かせるように、息を吐き、柚月に説明した。

 柚月の聖印が暴走し、光焔を取り込んだこと。

 そして、その力で、戦魔を消滅させ、光焔が神の光で人々や妖達を解放したことにより、大戦に打ち勝ったのだと。


「俺が光焔を……?」


「お、おう……」


 柚月は、衝撃を受けているようだ。

 それもそうであろう。

 まさか、自分が、聖印を暴走させたなど、考えられるはずがない。 

 柚月は、完璧なまでに、聖印を制御していたのだから。

 それに、自分が、光焔を取り込んだという事は、朧と同じ憑依させたのではないかと思考を巡らせる。

 だが、柚月は、安城家の者ではない。

 ましてや、光焔は、妖ではない。

 となれば、自分は、光焔に何をしたのだろうか。

 柚月は、考えても、考えても、答えは出ず、困惑した。


「けど、そのおかげで、戦魔は、消滅したのだ。皆、救われたのだ」


「そ、そうだな……」


 柚月の心情を察したのか、光焔は、柚月のおかげで大戦に勝ったのだと告げる。

 柚月が救ったのだと。

 そう思いたい柚月。

 だが、現実を受け入れられない部分がある。

 不明な部分が、多すぎるからだ。

 光焔のことに関しても、自分のことに関しても。

 その時、柚月は、ある事に気付いた。

 光焔を取り込んだという事は、光焔も危険な目に合ってしまったのではないかと。


「光焔、お前は、大丈夫なのか?」


「うむ。問題ないぞ」


「そうか。良かった……」


 柚月は、光焔に問いかける。

 彼の身を案じているからだ。

 もし、自分のせいで、体に負担がかかったのではないかと不安に駆られて。

 光焔は、強くうなずく。

 柚月を心配させないためだ。

 神の光を発動した後、気を失ってしまったが、今は、普段と変わらず、体を動かせる。

 むしろ、体が軽くなったと感じるくらいだ。

 光焔の様子をうかがった柚月は、光焔が、無理をしていない事を悟り、安堵していた。

 彼らのやり取りを見守っていた千里は、ふと、立ち上がり、九十九は、千里の行動に気付いた。


「千里、どこに行くんだ?」


「朧に、知らせてくる。あいつ、心配してるだろうからな」


「おう。頼んだぜ」


 千里が立ち上がった理由は、朧に知らせるためだ。

 朧は、柚月の身を案じていた。

 誰よりも。

 千里は、それを知っているからこそ、朧に伝えに行こうとしたのだ。

 九十九は、千里に任せ。

 千里は、部屋を後にする。

 その直後、柚月は、ふと、裾をまくり、自分の腕に刻まれた聖印を見つめていた。

 自分の聖印は、鳳凰と月。

 つまり、鳳城家の聖印のみであった。


――鳳城家の聖印だけか。二重刻印かと思ったんだが……。


 九十九から話を聞いた柚月は、ふと、考えたようだ。

 自分も、朧や餡里と同じ二重刻印をその身に宿しているのではないかと。 

 だが、自分の聖印は、鳳城家の聖印のみ。

 何も、変化は、無かったようだ。

 と思いたい柚月であったが、ふとある事を思い出す。

 それは、朧の聖印の事だ。

 朧は、烙印一族である安城家の聖印をその身に宿している。

 彼の出生がばれないように、月読は、聖印を封印し、隠したのだ。

 柚月は、その事を朧自身から聞かされていた。


――それとも、俺も、朧と同じで、封印されてるのか?


 柚月は、思考を巡らせる。

 自分も、朧と同じで、聖印を封印されているのではないかと。

 可能性は無きにしも非ずと言ったところであろう。

 だが、もし、そうだとしたら、自分は、どのような聖印をその身に宿しているのだろうか。

 いや、自分は、何者なのだろうか。

 自分自身のことがわからなくなった柚月は、眉をひそめていた。

 柚月の様子に気付いた九十九は、困惑した。


「あ、あのさ。柚月」


「ん?どうした?」


「あまり、気にすんじゃねぇぞ」


「何がだ?」


「だから、聖印の事だ。今は、わかんねぇかもしれねぇけど、いつか、わかるはずだ。その時は、来るだろ」


「そうだな。ありがとう、九十九」


 九十九は、柚月に語りかける。

 それも、ぶっきらぼうに。

 柚月が、何を考えているのか、わかってしまったのだろう。

 九十九も、気になっていたからだ。

 だが、今は、誰にも分らない。

 知らなければならないかもしれないが、自分達では、どうすることもできない。

 そのうち、わかる時が来る。

 九十九は、そう言いたいのであろう。

 柚月は、うなずき、感謝の言葉を述べた。

 気が楽になったようだ。

 九十九も、光焔も、微笑んでいた。

 だが、その時だ。

 急に、御簾が上がり、綾姫が、部屋に入ってきたのは。


「あっ」


「綾姫」


 柚月と綾姫は目が合う。

 おそらく、綾姫は、柚月の様子を見に来たのであろう。

 九十九と光焔も、気付いたようで振り返る。

 注目を浴びた綾姫は、たじろいでしまうが、ゆっくりと、柚月に歩み寄った。

 安堵しているのだ。

 柚月が、無事に目覚めたとわかって。


「目覚めたのね」


「ああ」


「良かった」


 綾姫は、安堵した様子を見せる。

 彼女の様子を見ていた柚月は、思い知らされた。

 自分が、どれほど、心配をかけてしまったかを。


「心配かけたみたいだな」


「本当よ」


 柚月は、申し訳なく感じたようで、綾姫に語りかける。

 綾姫は、わざと、ふくれっ面でそっぽ向いてみせた。

 こういったやり取りは、久しぶりな気がする。

 柚月達は、思わず、吹きだしてしまい、笑みを浮かべていた。


「綾姫、そう言えば、笠斎は、まだ、眠っているのか?すごく、気になるのだ」


「ええ。その事なんだけどね……。目覚めたの」


「え?」


 光焔は、綾姫に笠斎の事を問いかける。

 笠斎の事も心配しているのであろう。

 たった一人で、静居達と戦ったのだ。

 正直、命を落としても、おかしくはない。

 重傷だが、生き延びた事は、奇跡に近いのだろう。

 綾姫は、笠斎の事について語りだす。

 なんと、笠斎が目覚めたようだ。

 綾姫は、その事についても、知らせようとしてくれていたらしい。



 柚月達は、すぐさま、笠斎がいる部屋に入る。

 笠斎は、寝たきりの状態で、柚月達を出迎えてくれた。


「おお。お前ら、無事だったか」


「うん。笠斎のおかげでね」


 柚月達が、無事だとわかり、安堵する笠斎。

 それも、全て笠斎のおかげだ。

 彼の作戦がなければ、大戦に勝つことは、不可能であっただろう。

 笠斎が、静居達の相手をしてくれたからこそである。


「笠斎……その……」


「悪いな。ちとばかし、怪我しちまってな。今は、休ませてもらうぞ」


「うむ!ゆっくり、休むのだ!」


「おうよ」


 光焔は、恐る恐る笠斎に話しかける。

 気になっているのだ。

 笠斎の状態を。

 笠斎曰く、怪我をしたと言うが、どう見ても、重傷だ。

 体中、包帯が巻かれ、痛々しい。

 おそらく、起き上がれないほどなのであろう。

 それでも、笠斎が、無事である事を光焔は、うれしく感じていた。

 今は、ゆっくり、休んでほしいと願うほどに。


「残すは、聖印京のみだな」


「ああ。だが、聖印京の様子は、うかがえない」


「空巴達も、静居の動向を見ているけど。中には、入れないものね。夜深が、結界を張ってしまったみたい」


 大戦に勝利した結果、聖印京以外に住んでいる人々や妖達は、解放できた。

 だが、聖印京の人々や妖達は、未だ、操られている。

 あそこは、夜深の領域と言っても過言ではない。

 幻帥も、死掩も、まだ、生きている。

 ゆえに、油断は、できないのだ。

 聖印京さえ、取り戻すことができたなら、静居達の野望を少しでも、止める事はできるであろう。

 赤い月の現象も、収まるかもしれない。

 だが、聖印京には、黒い靄がかかっている。

 空巴達さえも、聖印京にはいる事はできないようだ。 

 なぜなら、夜深が結界を張っているから。


「そうか。だったら……」

 

 笠斎は、突然、黙ってしまう。

 何か、考え事をしているようだ。

 光焔は、心配になり、笠斎の顔を覗き込んだ。


「笠斎?」


「あ、ああ。すまねぇな。ちと、考えことしてたんだ」


「考え事?」


「聖印京の事だがな、結界をぶち壊せるかもしれねぇぞ」


「え?」


 笠斎は、予想外の言葉を口にする。

 なんと、結界を壊せるかもしれないというのだ。 

 柚月達は、あっけにとられ、口を開けていた。

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