第十一章 聖印京奪還作戦

第百二十八話 柚月の聖印と光焔の謎

 大戦は、終結した。

 柚月達の活躍により、戦の神・戦魔が、消滅したのだ。

 それゆえに、夜深は、創造主の力を失った。

 戦魔は、消滅しないと高を括っていたがために。

 戦魔が、消滅した直後、光焔は、神の光を発動したために、その場にいた者達も、深淵の界に吸い込まれた者達も、解放されたのだ。

 静居達は、撤退し、柚月達は、助かった。

 撫子と牡丹は、人々が解放されたと知り、獄央山に降り立つ。

 深淵の界にいた人々は、妖達に解放され、撫子から状況を聞いた。

 人々と妖は、恐怖を感じた。

 静居と夜深に操られていた事もそうだが、自分達は、大戦に身を投じてしまったのだと。

 強制的に。

 それでも、撫子達は、説得する。

 静居から聖印京を奪還するために、力を貸してほしいと。

 人々と妖達は、うなずき、撫子達についていくことを決めた。

 その後、彼らは、撫子と共に平皇京に帰還する。

 久々の帰還だ。

 懐かしく思えてくる。

 撫子は、涙ぐみ始めた。

 だが、戦いは、まだ終わっていない。

 静居と夜深を食い止めるまでは。

 朧達も、柚月と光焔を抱え、光城に帰還する。

 重傷を負った笠斎も連れて。

 朧達は、瑠璃達から柚月の事を聞かされた。

 光の柱の事も、柚月が、聖印を暴走させ、光焔が柚月の中に吸い込まれた事も。

 朧達は、信じられないようだ。

 だが、それは、事実。

 状況を受け入れるしかないのだろう。

 柚月、光焔、笠斎は、未だ、眠りについたままだ。

 だが、傷は癒えている。

 そのうち、目覚めるであろう。

 空巴達は、引き続き、静居の動向を探ってくれるらしい。

 朧達は、柚月達が、目覚めるまで、体を休めることにした。

 


 しばらくして、朧は、部屋を出て、廊下で九十九と出会った。

 九十九は、柚月と光焔、笠斎の様子を見に行っていたらしい。

 朧は、彼らの様子を尋ねると九十九が、教えてくれた。


「そっか、兄さんは、まだ、目覚めないんだな」


「おう」


 九十九曰く、柚月は、まだ、眠りについているようだ。

 だが、その表情は穏やかだ。

 ぐっすり、眠っているだけと言う事であろう。

 笠斎も、眠っているようだが、心配はないだろうという。

 それを聞いた朧は、胸をなでおろしていた。


「光焔の方は、どうだ?」


「今、さっき、目覚めた。千里が、側にいてくれてる」


「そっか」


 光焔の事を尋ねる朧。

 光焔は、先ほど目覚めたようだ。

 体も休まったらしく、いつものように元気だという。

 今は、千里が見ていてくれている。

 千里が、ついていてくれるなら大丈夫だろうと、朧は、安堵していた。


「九十九、兄さんの事、頼んだぞ」


「おう。って、お前は、どこに行くんだよ」


「瑠璃と陸丸のところに行く。話を聞きたいんだ」


 朧は、柚月の事を九十九に託す。

 九十九は、一度は、うなずいたが、朧は、様子を見に行かないのだとさっとったらしく、尋ねた。

 朧は、瑠璃と高清の元へ行くようだ。

 おそらく、柚月の事を聞くためであろう。

 今回、二人は、柚月と共に戦っていた。

 ゆえに、詳しい事を知っている。

 だからこそ、尋ねようとしたのだ。

 柚月の事を九十九に託して。



 朧は、瑠璃と高清に、話がしたいと声をかけ、自分の部屋へ二人を招き入れ、朧達は、座った。


「それで、話って、柚月の事?」


「うん」


 瑠璃は、朧に尋ねる。

 察したようだ。

 朧が、何を聞きたいのか。

 当然であろう。

 柚月は、朧の大事な兄だ。

 朧は、静かにうなずく。


「二人は、兄さんと一緒に戦っただろ?だから、話が聞きたくて……」


「うん」


「兄さん、光焔を憑依させたんだろ?」


「そう、だと思う」


「思うって?」


 瑠璃は、朧の問いに答えるが、曖昧だ。

 はっきりと言えないらしい。

 朧は、憑依させたとばかり思っていたのだが、そうではないようだ。

 確かに、瑠璃達は、柚月が光焔を憑依させたとは言っていない。

 光焔が吸い込まれたと表現したのだ。

 つまりは、憑依ではないと言えるのだろう。


「私と美鬼は、柚月が、光焔を憑依させたと思った。でも……」


「李桜が、言っていたでごぜぇやす。あれは、憑依じゃないって」


「どういう意味だ?」


 高清が言うには、李桜は、柚月は、光焔を憑依させたのではないと語っていたらしい。

 だが、それは、どういう意味なのか、朧には、見当もつかない。

 憑依ではないなら、なぜ、光焔は、柚月の中に吸い込まれてしまったのか。


「わからねぇでごぜぇやす。けど、光焔は、妖じゃねぇってんなら……」


「違う聖印能力ってことか……」


 高清は、首を横に振るが、推測していることはある。

 かつて、黄泉の乙女は、柚月に光焔が妖ではない事を話したことがあったのだ。

 つまり、柚月が発動した聖印能力は「憑依」ではない。

 だが、光焔の正体は、不明だ。

 ゆえに、柚月は、どのような聖印能力を発動したのかも、不明であった。


「でも、光焔が、兄さんの中に入ったってことは、兄さんは、俺と同じなんだな」


「そういう事でごぜぇやすな」


「二重刻印を持ってたってことか……」


 それでも、はっきりとわかったことはある。

 柚月は、朧や餡里と同じ、二重刻印をその身に宿しているという事だ。

 そうでなければ、説明がつかない。

 異能・光刀で、光焔が、柚月の中に吸い込まれたとは、到底思えないのだから。


「でも、柚月は、暴走してないって、美鬼が言ってた」


「俺の時とは違うってことだな」


「うん。でも、柚月は、自分の意思で戦っていなかったと思う」


 瑠璃は、美鬼が言っていた事を朧に伝える。

 柚月は、暴走していないと。

 つまりは、朧とは違うという事だ。

 だが、柚月は、制御していたとは、考えにくい。

 瑠璃は、そう、推測しているようだ。


「じゃあ、どうやって……」


「もしかしたら、光焔が制御したのかもしれねぇでごぜぇやすよ」


「光焔が?」


「へい」


 朧は、どうやって、柚月は、戦っていたのだろうかと思考を巡らせるが、見当もつかない。

 すると、高清が、ある仮説を立てる。

 それは、光焔が、柚月の聖印を制御していたのではないかと。

 だが、なぜ、そう思えるのだろうか。

 朧は、理由がわからない。

 朧が、尋ねると高清は、強くうなずいた。

 推測と言うよりも、確信を得ているといったほうがいいだろう。


「光焔は、柚月から出た時は、意識があったでごぜぇやす」


「つまり、聖印に飲まれなかったってことだな」


「へい」


 高清が、朧の問いに強くうなずいた理由が、光焔は、意識を保ったまま、柚月から出てきた時だ。

 聖印に飲まれなかったからこそなのであろう。

 確かに、朧が聖印を暴走させ、収まった時、千里は、意識を失ってしまった。

 それは、聖印に飲まれたからだ。

 柚月が、聖印を暴走させずに戦えたのも、光焔が、意識を失わずにいられたのも、光焔が、柚月の中に入った途端、柚月の聖印を制御していたからではないかと考えられたようだ。


「ねぇ、朧。もう一つの聖印は、もしかしたら……」


「かも、しれないな。でも……」


「推測でしかない。ってことですかい?」


「うん」


 朧と瑠璃は、柚月のもう一つの聖印が、何かを推測しているようだ。

 「憑依」ではないとしたら、あと、一つしかない。

 だが、確信は、得られない。

 ゆえに、朧は、答えられなかった。

 もし、あの聖印だとしたら、つじつまが合わなくなる。

 柚月の出生に関しても、光焔の正体に関しても。


「光焔の正体が、わかれば、もう少し、詳しい事がわかる気がするんだけどな……」


 もし、光焔の正体が、分かれば、自ずと答えは、見えてくる。

 朧は、そう、推測しているのだろう。

 瑠璃と高清も同じことを考えているようで、うなずいている。

 だが、彼の正体は、わからずじまいだ。

 光焔自身も、わからなくなっている。

 静居に捕らえられた時から。

 朧達は、これ以上の事は、答えが出ず、ただ、考え込むばかりであった。



 九十九は、柚月の部屋に入り、柚月の様子をうかがっている。

 朧に託されたからであろう。

 柚月は、未だ、眠りについている。

 だが、表情は、穏やかだ。

 その表情を見るたびに、柚月は、すぐに目覚める。

 九十九は、そう、推測していた。

 だが、九十九は、気になることがあるようだ。

 それは、柚月の聖印についてだ。

 九十九も、柚月の神々しい姿を目の当たりにし、思うところがあるのだろう。

 推測はするが、見当もつかない。

 先ほど、朧が、瑠璃と高清に会うと言った為、柚月の事について、話すはずだ。

 朧達なら、答えを見つけるかもしれない。

 そう思った九十九は、自分は、柚月を見守ろうと決意していた。

 その時だ。

 千里が、光焔を連れて、柚月の部屋に入ってきたのは。


「おっ。来たのか」


「ああ」


「柚月は、大丈夫なのか?」


「たぶんな」


「柚月……」


 光焔は、柚月の元へ駆け寄る。

 心配しているのだろう。

 光焔は、柚月が重傷を負ったところを見ている。

 ゆえに、不安に駆られているようだ。

 怪我は、癒えたものの、柚月は、まだ、目覚めない。

 光焔は、柚月が、目覚めるのを祈るばかりであった。

 しかし……。


「ん……」


「柚月!!」


 柚月は、意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた。

 九十九達は、柚月の顔を覗き込む。

 柚月は、完全に意識を取り戻したようで、瞬きさせていた。

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