第百二十六話 神の光が流れ込む時

 柚月は、戦魔が発動した技をその身に受け、倒れてしまった。

 光焔が、慌てて駆け寄るが、柚月は、意識が朦朧としており、息が弱弱しい。

 このまま、意識を失ったら、死ぬ。

 嫌な予感が頭をよぎり、光焔は、不安に駆ら得た。


「柚月、しっかりするのだ!!柚月!!」


 光焔は、柚月の名を呼ぶ。

 だが、柚月は、返事ができない。

 呼吸をするだけで精一杯だからだ。

 柚月は、重傷を負っているということになる。

 二度も、戦魔の技を受けてしまったのだ。

 もはや、柚月は、命を落としかけていた。

 瑠璃が、柚月の元へ駆け付け、美鬼桜血酒を発動する。

 それでも、回復が間に合っていない。

 瑠璃も、限界に近づいているからだ。

 まだ、時間が立っているわけではない。

 だが、瑠璃は、戦魔と死闘を繰り広げた事により、体力を消耗してしまい、体に影響が出始めているのであろう。

 今、憑依化を解除することはできない。

 柚月を助けるためにも。

 瑠璃も、美鬼も、窮地に陥りかけていた。


「まずいぞ……」


「こうなったら、やるしかねぇでごぜぇやすよ!!」


「そうだね。はら、くくったほうがいいかも」


 柚月を守るため、戦いを繰り広げていた高清、和巳、李桜。

 だが、柚月が、重傷を負っていると悟り、不安に駆られていた。

 このままでは、全員、命を落としてしまうのではないかと。

 それでも、和巳は、逃げようとはせず構える。

 覚悟を決めたようだ。

 柚月の傷が癒えるまで、時間を稼ぐしかないと。

 そして、柚月の傷が癒えたら、すぐにでも、撤退するしかないのだと。

 今、柚月を動かしたら、命にかかわることになる。

 ゆえに、瑠璃に任せるしかなかった。


『柚月……』


 李桜は、戦魔と死闘を繰り広げながらも、柚月の身を案じる。

 だが、戦魔は、容赦なく、李桜を殺しにかかる。

 もし、ここで、李桜が、柚月の元へ行けば、高清と和巳だけで、戦魔の相手をしなければならなくなる。

 それは、自殺行為と言っても、過言ではない。

 李桜は、瑠璃が柚月を助けてくれることを信じるしかなかった。


「柚月!柚月!」


 光焔が、涙ぐみながら、柚月の名を呼ぶ。

 だが、柚月は、未だ、意識が朦朧としていた。

 瑠璃も治療を続けているが、傷は癒えない。

 相当、傷は、深いようだ。

 光焔は、無意識に、柚月の右腕に触れ、神の光を発動する。

 聖印が刻まれている右腕に。

 柚月を助けようとしたのだろう。

 その時であった。


「っ!!」


 柚月の鼓動が高鳴りだし、かっと目を見開く。

 手は震え出し、額に大量の汗をかき始める。

 まるで、発作を起こしたかのようだ。

 その様子は、尋常ではない。

 何か、異変があったとしか思えなかった。


「柚月?どうしたの!?」


「どうしたのだ!?柚月!!」


 瑠璃も、光焔も、動揺し、柚月に問いかけるが、柚月は、返事をしない。

 それどころか、きつく目を閉じ、右腕をつかむように手で抑えている。

 それも、爪が食い込むほどに。


「あ、熱い……聖印が……」


 柚月は、苦し紛れに呟いた。

 どうやら、聖印が熱を帯びているようだ。

 やけどを負ったかのような熱い痛みが、柚月を襲っている。

 柚月は、それに耐え切れず、もだえ始めた。


「聖印が?まさか……暴走してるの?」


――これは、朧の時と同じ……。


 瑠璃も、美鬼も察した。

 柚月の聖印が暴走し始めてしまったのだと。

 朧と同じように。

 朧も、かつて、自身の聖印が暴走したことがある。

 だが、それは、聖印を封印されていたが故の事であり、制御できなかったからだ。

 柚月は、完璧なまでに、聖印を制御している。

 ゆえに、暴走はあり得ない。

 瑠璃も、美鬼も、困惑していた。


「あ、あああ……」


「柚月!!」


 柚月が、うめき声を上げ始める。

 本当に、聖印が暴走しているようだ。

 このままでは、柚月が、聖印に飲まれ、命を落としてしまう。

 だが、どうすれば、聖印を鎮められるかは、瑠璃と美鬼は、わかっていない。

 制御することができるのは、柚月自身だけだ。

 その時であった。

 光焔が、神の光を無意識に発動し始めたのは。

 柚月を助けようとしたのだろう。

 その神の光と柚月の聖印が、共鳴し始めたかのように、二人は光を纏い始めた。


「光焔がっ!?」


 瑠璃は、驚愕し、戸惑っている。

 悟ってしまったからだ。

 このままでは、光焔が聖印の暴走に巻き込まれてしまう。

 瑠璃は、光焔を助けようと手を伸ばすが、光にはじかれ、どうすることもできない。

 それでも、光焔は、神の光を発動し続けた。

 光は、輝きを増し、柚月と光焔を覆い尽くし始めた。


「あああああああああっ!!!」


「ゆづきいいいいいいいっ!!!」


 柚月は、絶叫を上げた。

 声にならないほどの叫びだ。

 光焔は、それでも、彼を助けようと神の光を発動し続け、柚月の元へと飛びこんだ。

 その時だ。

 まばゆい光の柱が、天へと昇った。

 柚月と光焔を包みこんだまま。



 その光は、静居達にも見えていた。

 そして、彼らと対峙していた笠斎も。

 笠斎の体は、もう、ボロボロだ。

 当然であろう。

 たった一人で、静居、夜深、千草、村正を相手していたのだから。

 息を切らしながらも、笠斎は、その光を見上げている。

 光の柱は、どこまでも天へと昇っていく。

 静居達が、そこから、発せられる力を感じたのは、聖印でも、妖気でもなかった。


「なんだ!?」


『何が起こってるって言うの!?』


 静居も、夜深も戸惑っているようだ。

 何が起こったのかも不明と言ったところであろう。

 笠斎でさえも、理解できない。

 あの光は、一体、何なのか。


「アオイ……」


「ふぅん、面白いことになってきたね」


 千草は、「アオイ」と呟き、村正は、楽しそうに、見上げている。

 彼らも、光の正体を掴めていない。

 だが、予想外の出来事に喜んでいるようだ。

 自分達を楽しませてくれるのではないかと悟って。



 幻帥と死闘を繰り広げていた朧達も、光を見上げている。

 幻帥でさえも、戸惑っているようだ。

 怪我を負い、息を切らしながら、朧は、その光の正体が、わからず、戸惑っていた。


「あれは、なんだ?あっちって、兄さん達がいる方だよな?」


――あ、ああ……。


 朧は、気付いてしまった。

 今、柚月達は、あの光の方にいるのではないかと。

 千里も、困惑しながらも、うなずく。

 推測してしまったのだ。

 柚月達の身に何かあったのではないかと。

 その瞬間、朧は、憑依化を解除し始めた。


「お、おい、朧!!」


「千里!」


 憑依を解除され、九十九は戸惑ってしまう。

 だが、朧は、九十九に説明せず、すぐさま、千里を人型に戻し、憑依させた。

 朧は、何をしようとしているのであろうか。

 九十九も、千里も、朧の心情が読み取れず戸惑っていた。


「何してやがる!!今、憑依を解除したら……」


「九十九!お願いがあるんだ。兄さんのところに行ってほしい」


「お前、なに言って……」


「いいから!兄さんを!!」


 朧は、懇願した。

 九十九に柚月の事を託したのだ。

 なぜなら、九十九は、柚月の相棒なのだから。

 九十九は、戸惑う。

 もし、ここで、自分が、抜けてしまったら、朧達の身に危険が及ぶのではないかと。

 だが、朧が、叫ぶ。

 早く、柚月の元へ行くようにと。

 自分も、柚月の元へ行きたい。

 だが、今、自分が、抜けるわけにはいかない。

 ゆえに、九十九に託したのだ。


「ちっ。わかったよ!」


 朧に託された九十九は、背中を向ける。

 朧達の事を信じるしかないのだ。

 朧達になら、生き延びてくれると。


「ぜってぇに死ぬな。約束しろよ」


「うん……」


 九十九は、朧に約束させる。 

 絶対に死ぬなと。

 朧は、うなずくが、どこか不安げだ。

 いや、死を覚悟しているようだ。

 彼の体力も、消耗している。

 ゆえに、限界が近づいていたのだ。

 このまま、憑依を続けていれば、体に影響が出るだろう。

 それでも、今、憑依を解除できるはずもなかった。

 ゆえに、約束はしたが、生きられるかどうかは、定かではないだろう。


――案ずるな。俺が、朧を守る。


「……頼んだぜ!!」


 千里が、九十九に守ると告げた。

 まるで、朧の心情を察しているかのようだ。

 九十九は、振り向き、笑みを浮かべる。

 千里なら、朧を守ってくれるはず。 

 そう、確信しているようだ。

 九十九は、柚月達の元へと急ぐため、地面を蹴り、走り始めた。


――柚月、無事でいろよ!!


 九十九は、ただ、祈るしかなかった。

 柚月達が、無事であるようにと。



 光が止むと柚月は、姿を現す。

 だが、その姿は、誰もが予想していなかった姿であった。


「え?」


――ま、まさか……。


 瑠璃も、美鬼も、信じられんと言わんばかりの表情を浮かべる。

 柚月の姿を確認できるが、光焔の姿は見当たらない。  

 あの光に飲まれたというのであろうか。

 それとも……。


「どうなってるの?」


「わからねぇでごぜぇやす……」


『まさか、彼は……』


 高清、和巳、李桜は、柚月の姿を見て、呆然と立ち尽くしてしまう。

 だが、それは、戦魔も、同じだ。

 状況を飲みこめていない。

 信じられないようだ。


「なんで……」


――あれは、憑依?


 瑠璃達が、目にしたのは、柚月ではあるが、柚月のようには見えない。

 銀髪に、白の衣装を着用し、光を身に纏っている。

 まるで、神のように。

 瑠璃達は、予想していた。

 まさか、柚月は、光焔を憑依させたのではないかと。

 柚月は、ゆっくりと目を開ける。

 その瞳は、銀色に染まっていた。

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