第百二十七話 消滅

 光が、止むと神々しい姿で現れた柚月。

 光焔の姿はなく、傷も完全に癒えている。

 その姿は、まるで、光焔を憑依したかのようだ。

 だが、それは、断じてあり得なかった。

 なぜなら、柚月は、鳳城家出身の父・勝吏と天城家出身の母・月読の息子だ。

 鳳城家の聖印をその身に宿し、扱えるようになったのだ。

 柚月が、安城家の聖印をその身に宿していたというのであろうか。

 いや、安城家の聖印ではない気がする。

 なぜなら、光焔は、妖の姿をしているが、妖ではないと夜深も黄泉の乙女も言っていたのだから……。


『な、何なんだよ、お前は……。なんだ、その姿は……』


 戦魔は、柚月の姿を見て、戸惑い、困惑している。

 想像もしていなかったのであろう。

 まさか、柚月が、光焔を憑依させたなど。

 いや、憑依させたからと言って、神々しい姿で現れるはずもない。

 ましてや、柚月から、感じられる力は、聖印でも、妖でもなく、神のごとき力であった。


『まるで……神、みてぇじゃねぇか!!』


 戦魔は、神のようだと発言するが、まさに、その通りだ。

 瑠璃達も、同様の事を考えていた。

 憑依とは、また違うのではないかと。

 柚月は、何も答えようとしない。

 ただ、黙って、手を前に出す。

 彼の行動を見た戦魔は、気付いた。

 柚月は、自分を殺そうとしているのだと。


『このっ!!』


 戦魔は、間合いを詰めて、大剣を振り上げる。

 柚月を切り裂き、殺すつもりだ。

 自分が、殺される前に。

 大剣を振りおろそうとする戦魔。

 だが、柚月は、戦魔が、大剣を振り下ろす前に、光を発動した。

 それは、光焔だけが、発動できる「神の光」のようであった。


『が、あああああああああっ!!!』


 神の光をその身に浴びた戦魔は、絶叫し、もだえ始める。

 やはり、神の光は、戦魔に有効のようだ。

 だが、彼の戦いを目にしていた瑠璃は、恐ろしく感じている。

 柚月は、冷酷に見えるというわけではない。

 まるで、神のようだと思えて仕方がないからだ。

 柚月は、草薙の剣を手にし、戦魔へと迫る。

 戦魔は、大剣を握りしめ、とっさに、薙ぎ払うように振るったが、柚月は、その大剣をはじき、戦魔を切り裂いた。

 何度も、何度も。

 瑠璃は、柚月を止めようと、彼の元へ向かおうとした。

 しかし……。


――瑠璃、行ってはなりません!!


「でも、柚月が、もし、暴走していたら……」


 美鬼が瑠璃を止める。

 しかし、瑠璃は、不安に駆られているようだ。

 もし、柚月が、暴走していたとしたら。

 朧の時のようになってしまうのではないかと。


――彼は、暴走しているわけではなさそうです。


「え?」


 美鬼が、冷静に答える。

 なんと、美鬼は、柚月が暴走していないと感じているようだ。

 だが、先ほど、確かに、柚月の聖印は、暴走し始め、光焔は、柚月に強制的に憑依した。

 今は、どうだろうか。

 柚月は、朧の時のように、獣のように唸っているわけではない。

 冷静さを保っているように見える。

 ゆえに、美鬼は、柚月は、暴走していないと判断したのだろう。


「李桜、柚月は、どうなったの?さっぱり、わからないんだけど!!」


「ゆ、柚月は、光焔を憑依させたんじゃねぇんですかい!?」


『いいえ、違うと思います。彼は、光焔を憑依させたのではないと思います』


「じゃ、じゃあ、なんだっていうのさ!!」


『……』


 高清、和巳も戸惑いを隠せない。

 柚月が、光焔を憑依させたなど、あり得るはずがないと、困惑しているのであろう。

 だが、李桜は、柚月は、憑依を発動したのではないと推測する。

 ならば、柚月は、何をしたというのであろうか。

 和巳は、ますます、混乱し、問いただすが、李桜は、答えなかった。

 いや、答えられないのだ。

 自分が、導きだした答えが、正しいと、確証を得ていないのだから。


――そう、光焔を憑依させたのではない。でも、もし、あれだったとしたら……。彼は……。


 李桜は、柚月は、光焔を憑依させたのではないとわかっている。

 そして、別の能力を発動したのだと。

 もし、李桜の推測が、正しいのだとしたら、つじつまが合わない。

 李桜は、そう感じ、答えられなかったのだ。

 柚月は、異能・光刀を発動させ、光速移動で、戦魔を切り刻む。

 先ほどとは違って、倍以上の速さで、移動し、さすがの戦魔も、反応ができず、体を切り刻まれた。


『ふざけた事おおおおっ!!!』


 たかが、人間ごときに、劣勢を強いられ、怒りを露わにした戦魔。

 ここまで、追い詰められたのは、初めてだ。

 自分は、戦いの神だというのに。

 負けるはずがない。

 そう、高を括っていたのだろう。

 戦魔は、刀槍矛戟を発動するが、柚月は、全ての武器を一瞬にして、切り裂き、破壊する。

 そして、再び、神の光を発動した。


『ぎゃああああああああああっ!!!』


 戦魔は、絶叫を上げながら、神の光を浴びる。

 もはや、抵抗することもできない。

 戦魔は、跡形もなく、消滅してしまった。


「戦魔が……消滅した?」


――そんな、一瞬で……。


 一瞬の出来事であった。

 神の光で、戦魔は、消滅してしまったのだ。

 戦の神であるというのに。

 柚月は、何をしたのか、瑠璃も、美鬼も、理解できない。

 彼は、ただ、冷静に、見つめていたのであった。



 戦魔が、消滅したことは、静居達も、気付いている。

 信じられないと言わんばかりの表情で、呆然としていた。


「力が、消えた……。戦魔が、消滅したわ。このままじゃ、創造主の力が!!」


 夜深は、焦燥に駆られている。

 戦魔が、消滅したという事は、創造主の力が、夜深から、消えていくという事だ。

 戦魔の力と夜深の力は、つながっている。

 戦魔に力を与えたがゆえに。

 夜深は、思いもよらなかったのであろう。

 戦魔が消滅するなど。

 そのため、戦魔から力を吸収しなかったのだ。

 静居は、あたりを見回す。

 もし、創造主の力が夜深から消えていくとしたら、その力は、どうなったのだろうか。

 静居も、焦燥に駆られるが、あるものが、静居の目に留まる。

 それは、傷を負った笠斎が、力を手にした様子であった。


「残念だったな。力は、いただくぜ」


「貴様!!」


 笠斎に、創造主の力を奪われ、歯噛みをする静居。

 怒りが込み上げてきたのだ。

 計画が狂い始めた柚月達のせいで。

 怪我を負いつつも、笠斎は、笑みを浮かべる。

 自分達が勝ったのだと確信して。



 戦魔が、消滅しても、柚月は、草薙の剣を握りしめ立っている。

 まるで、遠くを見つめるかのようだ。


「柚月……」


 瑠璃は、不安に駆られ、柚月の名を呟く。

 柚月は、瑠璃の声に反応したのか、視線を瑠璃へと移した。

 瑠璃は、恐怖で、身が硬直してしまう。

 柚月は、自分に攻撃を仕掛けてくるのではないかと予想して。

 だが、その時であった。


「柚月!!」


「九十九……」


 九十九が、柚月の元へ駆け付け、瑠璃の前に出る。

 神のような姿となった柚月を目にして。


「ど、どうしたんだよ、お前……」


 九十九は、戸惑い、驚愕している。

 柚月が、今まで見たことない姿をしているからであろう。

 何がどうなっているのかは、九十九には理解できない。

 だが、それは、瑠璃達も、同じ。

 柚月の身に何があったのだろうか。

 一歩前に、近づいた柚月。

 九十九は、構える。

 だが、その時だ。

 突然、光焔が、柚月の体から出て、柚月が前のめりになって倒れ込んだのは。


「柚月!!」


「光焔!!」


 九十九達は、柚月と光焔の元へ駆け付ける。

 瑠璃は、憑依を解除させ、柚月を抱きかかえ、九十九は、光焔を抱きか開けようとするが、光焔は、立ち上がった。 

 柚月と違い、意識はあるようだ。


「わ、わらわは、大丈夫なのだ。それより、柚月の事を」


『は、はい……』


 光焔は、李桜に柚月の事を託す。

 柚月の怪我は、いつの間にか治ってはいるが、意識は、失っている。

 先ほどの影響もあるだろう。

 そう考えると、回復したとは言えない。

 李桜は、桜花爛漫を発動して、柚月を癒し始め、光焔は、ゆっくりと、前に出ようとした。


「お、おい。光焔、お前は、どうするんだよ」


「わらわは、やるべきことがあるのだ」


「そんな状態でどうやって……」


「大丈夫なのだ……」


 九十九は、戸惑いながらも、光焔を止めようとする。

 だが、光焔は、決して、歩みを止めようとしない。

 やるべきことがあるからだと言って。

 それは、夜深に操られた人々、妖達を完全に解放する為であろう。

 二度と操られないようにするために。

 だが、先ほどの戦いで、光焔にも、影響が及んでいるはずだ。

 光焔は、今にも、倒れそうになりながらも、歩こうとしている。

 それゆえに、九十九は、制止させようとしたのだ。

 彼の身を案じて。

 それでも、光焔は、歩き続けた。

 ゆっくりと……。

 そして、光焔は、立ち止まって、目を閉じ、集中し始めると光を纏い始めた。


「皆、正気に戻るのだああああああっ!!!」


 光焔は、神の光を発動する。

 神の光は、瞬く間に、広がり、深淵の門へと吸い込まれた。

 神の光を浴びた人々と妖達は、正気を取り戻す。

 やっと、静居達の支配から、解放されたのだ。



 神の光を感じ取り、夜深は、動揺し始める。

 人々と妖達が、支配から解放された事に気付いたのだ。


「静居……駒が、奪われたわ……」


「ちっ。いったん引くぞ!!」


 駒を失ったと勘付いた静居達は、すぐさま、姿を消し、逃亡する。

 死掩も、幻帥もだ。

 同じ神である戦魔が、消滅し、危機を感じたのだろう。

 先ほどまで、静居達と死闘を繰り広げていた笠斎は、荒い息を繰り返す。

 彼は、体を切り刻まれ、立っているのが、やっとだった。


「はぁ……助かった。あとは、頼んだぞ……」


 静居達が、撤退したことで、胸をなでおろす笠斎。

 だが、限界がきたのだろう。

 笠斎は、そのまま、前のめりになって倒れてしまった。



「幻帥が、撤退した……俺達は、勝ったのか?」


 幻帥が、突如、姿を消し、朧達は、推測する。

 戦魔か、死掩のどちらかが、消滅し、大戦に勝ったのだと。

 朧も、胸をなでおろし、憑依を解除する。

 だが、限界が来ていたようで、朧は、一瞬、ふらつき、前のめりになって倒れ込もうとしていた。


「っ!!」


「朧!!」


 倒れかけた朧を支える千里。

 朧は、息を繰り返しながら、千里の肩に捕まった。


「大丈夫……それより、兄さんの所に……」


「ああ……」


 朧は、千里と共に、歩き始める。

 向かう先は、柚月の所だ。

 心配していたのだろう。

 先ほどの光を見たのだから。

 柚月達は、大丈夫なのかと。

 朧と共に戦っていた綾姫達も、朧と共に柚月の元へ向かい始めた。


――兄さん……。大丈夫だよな……。無事でいてよ……。


 朧は、祈っていた。

 柚月達が、無事であるようにと。

 柚月は、まだ、意識を失ったままだ。

 光焔も、神の光を発動した直後、意識を失い倒れてしまった。

 今は、美鬼と李桜が、治療を始めている。

 柚月達を助ける為に。

 こうして、第二次聖妖大戦は、柚月達の勝利で幕を閉じた。

 柚月が、謎の力を発動し、光焔が彼の中に入った事で。

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