第九十五話 破壊衝動

 柚月達は、急ぐように廊下を走っている。

 九十九の絶叫が聞こえたからだ。

 胸騒ぎを覚えた柚月達は、九十九の元へと急ぐ。

 嫌な予感が当たっていなければと不安に駆られながら。

 念のため、柚月達は、千里、美鬼と真登の様子を見に行くために、二手に分かれた。


「こっちから、聞こえたよな!?」


「うん!!」


 柚月、朧、綾姫、夏乃、高清、和巳、和泉、光焔は、九十九と千里の元へと向かう。

 九十九の声をたどりながら。 

 だが、その時であった。


「っ!」


 柚月達が、目を見開き、立ち止まってしまう。

 目にしてしまったからだ。

 理性を失った九十九を。

 目は、ギラリと光り、歯を食いしばっている。

 まるで、獣のようだ。

 柚月達は、絶句し、呆然と立ち尽くしてしまった。


「九十九……」


「グルルルルッ!!」


「理性を失ったのか……」


 朧は、九十九の身を案じるが、九十九は、唸り声を上げ、威嚇し始める。

 柚月達を目の前にして。

 柚月は、九十九は、破壊衝動に耐え切れず、理性を失ってしまったのだと、改めて気付かされた。

 もはや、彼は、柚月達さえも、見えていないのだろう。

 我を忘れてしまっているのだ。

 九十九から殺気を感じ、宝刀を鞘から抜いて、構える柚月達。

 だが、その時だ。

 背後からも、殺気を感じ、背筋に悪寒が走ったのは。

 朧は、恐る恐る振り向くと、目を見開き、驚愕した。


「兄さん!」


 朧が柚月の名を呼び、柚月達は、振り返ると、目を見開き、驚愕した。


「うううっ!!」


「千里……」


 柚月達の背後にいたのは、千里だ。

 予想はしていたが、目にすると、どうしても、動揺を隠せない。

 千里も、九十九と同様に、破壊衝動に耐え切れず、理性を失い、唸り声を上げている。

 柚月達に襲い掛かろうとしているかのようだ。


「じゃあ、もしかしたら……」


「美鬼と真登も、理性を失ってるだろうね」


 綾姫と和泉は、察してしまう。

 九十九と千里が、理性を失ったとすれば、美鬼、真登も、同様に、破壊衝動に耐え切れず、理性を失ってしまっているだろう。

 唸り声を上げ、威嚇しながら、前と背後から挟み撃ちするように迫ってくる九十九と千里。

 柚月達は、後退していくしかなかった。

 しかし、ここで、九十九が、柚月に襲い掛かる。

 柚月は、草薙の剣で、九十九を受け止めるが、九十九は、草薙の剣をわしづかみにする。

 血が流れようとも、構わず、唸り声を上げて、柚月に迫ろうとする。

 まるで、痛みを感じていないようだ。

 千里も、朧に襲い掛かるが、朧は、回避し、千里を押さえつける。

 だが、もがこうとする千里。

 その力は、驚異的であり、朧は、押さえつけるのに困難を極めた。


「ここでは、不利だ!大広間まで、誘導するぞ!!」


「わかったわ!」


 廊下では、狭すぎて、九十九達を食い止めるには、少々、不利だ。

 ゆえに、柚月は、大広間まで、誘導し、九十九達を食い止める事を決意する。

 綾姫達も、うなずき、構えた。

 覚悟を決めて。

 まずは、この状況を打開しなければならない。

 九十九か、千里のどちらかを誘導させ、道を開くことが優先だ。

 柚月は、九十九を千里の元へ向かわせるよう誘導することを決意した。

 朧が、千里を抑え込んでいるうちに。


「九十九!千里!正気に戻れ!」


 朧は、九十九達に正気に戻るよう説得を試みる。

 だが、朧の声は届いてないらしく。

 千里は、もがくように、暴れまわり、雄たけびを上げた。

 朧は、それでも、千里を押さえつけるが、ついに、千里が、力任せに起き上がり、朧は、千里に吹き飛ばされかけた。


「っ!」


 朧は、体勢を整え、構える。

 千里を押さえつける事はできなかったようだ。

 千里は、唸り声を上げながら、真月を鞘から引き抜く。

 そして、九十九も、紅椿を鞘から引きつき構えた。

 このままでは、九十九と千里の方が圧倒的に有利だ。

 柚月達は、劣勢を強いられてしまった。

 九十九が、紅椿を振りおろし、柚月は、草薙の剣で防ぐが、九十九は、力任せに、振り下ろそうとする。

 柚月は、歯を食いしばりながら、何とか、耐えるしかなかった。


「朧、無理だ!!今は……」


「わかってる!でも……」


「朧?」


 九十九に押されながらも、朧に、説得は無理だと諭す柚月。

 朧もわかってはいる。

 だが、説得を試みたのには、理由があるようだ。

 柚月は、その事に気付くが、今は、それどころじゃない。

 九十九の刃に耐え切れず、柚月は、とっさに、異能・光刀で、かわした。


――蓮城家の聖印で何とかできるかもしれない。


 柚月の予想通り、朧は、説得を試みたのには、わけがある。

 自身の蓮城家の聖印能力で、一時的に抑えられないかと考えたようだ。

 朧は、千里、九十九と契約している。

 ゆえに、その聖印能力で、二人の破壊衝動を抑え込めないかと推測したようだ。

 だが、やはり、説得だけでは、二人の破壊衝動は抑えきれないらしい。

 とすれば、聖印能力を発動するしかないのだろう。

 そう考えた朧であったが、千里が朧に向けて、刃を振り下ろす。

 朧は、わずかに反応が遅れてしまうが、綾姫は、結界・水錬の舞を発動し、朧の前に結界を張る。

 夏乃も、時限・時留めを発動し、千里の時を止めて、朧の前に立ち、千里の刃を防いだ。


「朧様、今は、集中してください!」


「すみません!」


 夏乃は、歯を食いしばりながら、朧を叱咤する。

 朧も、集中し始め、突きを千里に向けて放つ。

 少しでも、千里をひるませるためだ。

 千里は、後退したものの、すぐさま、朧達に襲い掛かる。

 やはり、彼らを誘導するのは、至難の業のようであった。


「くそっ!」


 柚月は、苛立ちを隠せないまま、突きを放つが、九十九は、いとも簡単に、回避してしまう。

 狭い廊下の中では、誘導する事も、困難を極めるようだ。

 焦燥に駆られる柚月。

 防御や回避するだけでは、適わないのだと悟った。


――仕方がないか……。


 柚月は、息を吐き、構える。

 九十九は、再び、柚月に向けて、紅椿を振り下ろすが、柚月は、異能・光刀を発動し、一瞬のうちに、九十九の背後に回り込む。

 九十九は、気配を察知し、後ろを振り返るが、反応が遅れた。

 柚月は、その隙を逃さず、九十九に斬りかかる。

 九十九は、右腕を斬られ、絶叫を上げながら、左手で腕を押さえた。

 だが、柚月は、再び、異能・光刀を発動し、今度は、千里の右肩を斬りつけ、千里の背後に回り込む。

 千里も、絶叫し、左手で肩を押さえた。


「兄さん!」


 朧は、驚愕し、戸惑う。

 九十九と千里は、柚月をにらみつけ、唸り声を上げていた。

 柚月が、二人を傷つけたことにより、二人は、柚月を敵とみなしたようだ。

 その証拠に、朧達には、見向きもしなくなった。

 柚月は、この機会を得る為に、二人を斬りつけたのだろう。

 不本意ではあったのだが。


「こい、九十九、千里。俺が、相手だ」


 柚月は、構え、挑発する。

 そして、朧達に、背を向け走り始めると、千里は、柚月の後を追い、九十九は朧達を押しのけながら、走り始めた。

 柚月は、自分をおとりにして、誘導し始めたのだ。


「俺達も、行こう」


「う、うん」


 和巳は、朧に後を追うよう、促し、朧はうなずく。

 これで、九十九達を誘導する事は成功した。

 だが、気がかりなことがあるのだろう。

 それは、瑠璃達の事だ。

 瑠璃達も、美鬼、真登と交戦しているはず。

 もしかしたら、苦戦を強いられているかもしれない。

 そう思うと、気が気でなかった。

 そんな朧の心情を、綾姫は、読み取っていた。


「朧君、九十九と千里の事は、私達に任せて、貴方は、瑠璃の所へ」


「あ、綾姫様!?」


「いいから、行きなさい!大広間へ誘導することを伝えに行くのよ!」


 綾姫は、朧に瑠璃の元へ行くよう促す。

 戸惑う朧であったが、綾姫は、説得し始めた。

 まるで、姉が、弟を叱咤するように。

 瑠璃達に、大広間へと誘導することを伝えてほしいと頼んだのだ。

 もちろん、瑠璃達を守るために、向かわせようとしたのだが。


「は、はい!すみません!」


 朧は、謝罪しながら、綾姫達に、背中を向け、瑠璃達の元へ向かう。

 綾姫は、やれやれと内心、思いながら、九十九と千里の後を追い始めた。



 朧は、急いで瑠璃たちの元へ向かう。

 今頃、瑠璃、柘榴、景時、透馬、春日、要、初瀬姫、時雨が、美鬼、真登と交戦しているはずだ。

 だが、彼らも、劣勢を強いられているはず。

 そう思うと、朧は、焦燥に駆られた。

 すると、すぐに、瑠璃達の姿を目にする。

 だが、瑠璃は、腕に怪我を負い、腕から血が流れていた。


「瑠璃!」


「朧!」


 朧は、瑠璃の元へ駆け付け、瑠璃の前に立った。

 瑠璃は、驚くが、朧が、助けに来てくれたのだと、察した。


「大丈夫か!?」


「うん、でも……」


 朧は、瑠璃の身を案じる。

 瑠璃は、うなずくが、悲しそうな表情を浮かべて、前を見始めた。

 彼女の目に映ったのは、唸り声を上げて、威嚇する美鬼と真登の姿だ。

 やはり、美鬼と真登も、破壊衝動に耐えられず、理性を失ってしまったらしい。

 瑠璃達は、美鬼と真登を食い止めようとするが、暴れまわる二人の猛攻を防ぐのがやっとであった。


「本当、厄介なことしてくれるよね……」


「まずいでござるよ……」


 柘榴も、要も、参っているようだ。

 当然であろう。

 美鬼は瑠璃の、真登は柘榴の相棒だ。

 その相棒と戦うのは、心苦しい。

 しかも、この狭い廊下では、苦戦を強いられてしまう。

 もはや、お手上げ状態と言ったところだ。


「美鬼と真登を大広間に、誘導するんだ!兄さんも、二人を誘導させてる!!」


「なるほど、やるしかないね!」


 朧が、柚月達が、九十九と千里を誘導していると、告げると、柘榴は、覚悟を決めたかのように、構える。

 すると、霧脈を発動し、姿を消して、美鬼と真登の背後に回り込み、二人の背中を斬りつけた。

 

「柘榴!」


 瑠璃は、目を見開き、驚愕する。

 柘榴は、二人を傷つけて、自分に敵意を向けさせようとしたことに、気付いたからだ。

 二人は、絶叫を上げながら、振り返り、柘榴をにらみつけた。


「ほら、来なよ。俺は、こっちだよ」


 柘榴は、すぐさま、美鬼と真登に背中を向け、走り始める。

 美鬼と真登は、怒り任せに、柘榴を追いかけ始めた。


「……俺達も、行こう」


「……うん」


 朧達も、美鬼と真登の後を追った。

 本当に、二人は、元に戻るのかと、不安に駆られながら……。

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