第九十四話 出現し続ける赤い月

 誰も予想できない事態が起こってしまった。

 なんと、赤い月が出現したのだ。

 赤い月は、五年ごとに出現する。

 そのたびに、妖達は、破壊衝動で理性を失い、人々を襲い、聖印京は何度も壊滅しかけた。

 だが、前回から、半年も立っていないというのに、出現したのだ。

 それは、あり得ないことであった。


「ついにだ!ついに来たぞ!」


「ええ、この時を待っていたわ」


 赤い月を目の当たりにした静居と夜深は、笑みを浮かべ、喜んでいる。 

 その表情は、狂気に満ちていた。

 彼らは、赤い月が出現するのを待っていたようだ。

 死掩、戦魔、幻帥も、えみを浮かべて、赤い月を見上げている。

 血のように染まった赤い月を。


「本当に、綺麗ね。まるで、血に染まったように」


「もうすぐだ。もうすぐで、私達の願いが叶う!和ノ国が、滅びる!」


 夜深は、赤い月に惚れ惚れとしており、静居は、高らかに声を上げる。

 赤い月の出現と和ノ国の滅亡は、密接に関係しているようだ。

 静居達は、どうやって、和ノ国を滅ぼそうというのであろうか。

 妖達を操ってなのか、それとも、別の方法があるのだろうか。



 赤い月の出現から、三日たった。

 だが、赤い月は、毎日のように出現している。

 これは、異常現象だ。

 通常の赤い月とは違う事がうかがえる。

 以前は、一日で収まったはず。

 今は、毎日のように、出現し、妖達は、破壊衝動を抑えきれず、暴れまわっていた。

 柚月達は、聖印京の様子をうかがうことすらできない。

 聖印京は、赤い月が出現したのと同時に、黒い霧に覆われていたのだから。


「うう……」


 九十九は、部屋で、一人、苦しそうにうめき声を上げている。

 額に汗をかき、壁を爪で食い込ませ、胸元を手で抑えている。

 発作を繰り返しているようだ。

 おそらく、破壊衝動に耐えているのであろう。

 九十九は、復活する前は、半妖であったがために、赤い月の影響を受けにくかった。

 だが、今は、完全なる妖として復活している。

 それが、仇となってしまったようで、今は、破壊衝動を無理やり抑え込んでいるようだ。


「耐えろっての……。頼むからっ!」


 九十九は、自分に言い聞かせるように、叫ぶ。

 こぶしを握り、壁を殴りつけながら。

 その手は、傷つき血が流れていた。

 それほど、力を込めてしまったのだろう。

 破壊衝動を抑え込むために。

 だが、その時だ。

 柚月が、御簾を上げて、九十九の部屋に入ってきたのは。


「九十九……」


「柚月か……何で来たんだよ」


「……お前が、心配だからだ」


 九十九は、柚月を冷たく突き放す。

 荒い呼吸を繰り返し、苦しそうに、顔を上げながら。

 それでも、柚月は、九十九の元へと歩み寄る。 

 九十九が、心配だからだ。

 柚月は、九十九の相棒だ。

 ゆえに、彼の身を案じている。

 この三日間の夜、赤い月が出現するたびに、九十九は、破壊衝動に耐えていたのだ。

 柚月達に部屋に入ってこないよう、突き放したが、それでも、柚月は、九十九の事を心配して、部屋に入った。


「来るなって言っただろ……」


「だが……」


「いいから、行けって!」


 柚月が、部屋に入った理由は、九十九の心情を理解しているからだ。

 九十九は、柚月達の身を案じたのだ。

 もし、破壊衝動に耐えられなかった場合。

 九十九は、理性を保つことができなくなり、誰彼構わず、襲い掛かってしまうだろう。

 相棒の柚月でさえもだ。

 九十九は、それを恐れていたのだ。

 ゆえに、一人、部屋で耐え続けた。

 柚月達を守るために。

 それでも、柚月は、九十九の身を案じる。

 すると、九十九が声を荒げてしまった。

 破壊衝動に耐えながら。


「……わかった」


 柚月は、辛そうな表情を浮かべながら、九十九に背を向け、立ち去る。

 本当は、九十九の為に助けてやりたい。

 だが、今は、救う方法すら見つかっていないのだ。

 そう思うと、自分はここにいても、九十九を苦しめるだけかもしれない。

 悔しさをにじませ、こぶしを握りしめながら、柚月は、九十九から遠ざかった。


「くそっ!」


 九十九は、感情に身を任せ、こぶしを壁にたたきつける。

 柚月の為とは言え、彼を突き放してしまった事を悔やみながら。

 壁に穴が開いてしまった。

 力を制御することすら、難しくなっているようだ。

 それほど、九十九は、赤い月の影響を受けているのだろう。



 柚月は、廊下を歩いていると、朧と遭遇する。

 彼も、辛そうな表情を浮かべながら。


「兄さん、九十九、どうだった?」


 朧は、九十九の事を柚月に尋ねるが、柚月は、静かに首を横に振る。

 それだけで、九十九の状態を朧は、察し、うつむいた。

 九十九は、赤い月の影響を受け、苦しんでいるのだと。


「そうか……」


「千里の方は?」


「……同じだ。苦しそうにしてた」


 柚月は、朧に問いかける。

 千里も、九十九と同様、破壊衝動に耐え続けていたのだ。

 部屋で、たった一人。

 朧も、千里の身を案じ、千里に会ったのだが、同じように、突き放されたという。

 何もできない事を悔やんだ朧は、こぶしを握りしめた。

 傷になるかと思うほどに。


「真登も美鬼も同じらしい。今は、一人で耐えてるって」


「そうか……」


 朧は、柚月に報告する。

 柚月と会う前に、瑠璃、柘榴と会ったのだ。

 瑠璃と柘榴は、彼らの相棒である美鬼と真登の様子を見に行ったらしいが、九十九達と同様に部屋で一人耐えているらしい。

 柚月も、朧も心が痛んだ。

 たった一人で、耐えているのかと思うと。

 実の所、九十九達には、自分達を牢に閉じ込め、手足を鎖でつないでほしいと懇願したのだ。

 だが、柚月は、それを却下した。

 それが、最善の策だと思えなかったからだ。

 九十九達の言いたいこともわかるが、牢に閉じ込める事は、九十九達をより、苦しめることになる。

 そう、感じたのだ。

 かつて、自分も、同じように、牢に閉じこもり、手足をつながれ、耐えてきた時期を思い返して。

 それに、地下牢は、光焔の光の力が、あまり、行き届かないようだ。 

 ゆえに、地下よりも、部屋にいさせたほうがいいと、柚月は、判断した。

 光焔の光が、彼らの発作を和らげているようであったため。


「高清さん達は?」


「陸丸達は、大丈夫みたいだ。たぶん、聖印の力で抑え込んでるんだと思う」


「なら、いいんだが……」


 朧は、千里の元へ行く前に、高清達の様子もうかがっていたのだが、高清達は、理性を保っていたという。

 赤い月の影響をあまり受けていないように思えた。

 おそらくだが、彼らは、元は人間であり、聖印をその身に宿している。

 ゆえに、聖印の力で、抑え込むことに成功したのだろう。

 安堵した柚月であったが、高清達の身も案じていた。

 赤い月は、出現し続けているのだから。


「光焔も、大丈夫みたいだけど……どうしてなんだろうな」


「わからない。あいつは、妖と言うよりも、神に近いのかもしれない」


 朧曰く、光焔は、無事のようだ。

 赤い月の影響を受けていないらしい。

 だが、なぜなのだろうか。

 光焔も、妖のはず。

 それなのに、一切、影響を受けていないようなのだ。

 柚月は、光焔は、神から生まれた妖であるがゆえに、神に近い存在ではないかと推測し、朧も、納得した。


「だが、なぜ、赤い月が……」


「うん、しかも、ずっと……」


 柚月と朧は、赤い月を見上げて、困惑する。

 なぜ、赤い月が、ずっと、出現しているのか、未だ、解明していない。

 それゆえに、解決策も、見つかっていなかった。



 柚月と朧は、綾姫達を大広間へと呼び寄せ、赤い月の事、九十九達の状況について、話した。

 綾姫達も、心が痛んだようで、うつむき、考えてしまう。

 九十九達を助けられる術はないのかと。


「なぜ、赤い月が、現れたのかしら……」


「しかも、こんな時に……」


 やはり、綾姫も瑠璃も、困惑しているようだ。

 なぜ、赤い月が、出現したのか。

 しかも、静居に和ノ国を掌握されてしまった。

 そのような時に、赤い月が、出現のは不運としか言いようがない。


「まだ、五年も立ってないのにな……」


「静居が、何かしたってことかもしれないねぇ」


「あ奴らは、何を企んでおるのだ……」


 なぜ、五年も立たずに赤い月が出現したのかも、解明できていない。

 透馬は、思考を巡らせるが、やはり、見当もつかなかった。

 だが、和泉は、静居の何かしたのではないかと予想する。

 本来なら、会えりない話だ。

 だが、静居ならやりかねない。

 神懸りができるくらいなのだ。

 夜深の力を使って、何かしたとも考えられるが、なぜなのかは、不明だ。

 静居は、何をしようとしているのか、光焔でさえも、わからなかった。


「光焔ちゃんは、本当に、大丈夫ですの?無理していないんですの?」


「うむ、わらわは、平気だ!心配ないぞ」


「そうですか。ですが、無理は、禁物ですよ」


「うむ」


 初瀬姫は、光焔の身を案じる。

 無理をしているのではないかと、心配になったのだろう。

 だが、光焔は、いつものように、強くうなずく。

 どうやら、無理をしているわけではないらしい。

 それでも、夏乃は、彼の身を案じ、無理をしないように告げ、光焔はうなずいた。


「あっしらは、赤い月の事について、調べてみるでごぜぇやす!」


「僕も、手伝うよ」


「俺も、調べてみるよ」


「かたじけない」


 高清、春日、要は、赤い月の現象について、もう一度、調べ直そうとしているようだ。

 調べることによって、何かわかるかもしれない。

 静居の企みも、九十九達を救う方法を。

 と言っても、資料は少ない。

 それでも、調べるしかないのだ。

 景時と柘榴も、協力すると告げる。

 高清達は、ありがたいと感じ、うなずいた。


「なら、俺も……」


「柚月達は、九十九達の事を頼みたいんじゃ」


「ぼ、僕も、そう思います。九十九達の事、心配ですし……」


 柚月と朧も、協力すると告げようとするが、春日が、九十九達の事を託す。

 九十九達を疑っているわけではない。

 ただ、心配なのだ。

 時雨も、同じ気持ちであり、うなずいた。


「わかった。そっちは、任せるぞ」


「へい」


 柚月達は、赤い月の事を高清達に任せることにした。

 


 しかし……。


「ち……きしょう……」


 九十九は、破壊衝動に耐え続けている。

 しかし、鼓動が高鳴り、九十九は、目を見開いた。

 そして……。


「うっ!がああああっ!」


 九十九は、絶叫を上げる。

 体を震え上がらせながら。

 とうとう、破壊衝動に耐えられず、理性を失ってしまった。

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