第九十六話 無茶をしてでも

 柚月は、一足先に、大広間にたどり着く。

 九十九と千里の相手を一人でしていたので、腕や足に傷を負い、血を流していたが、綾姫達が、駆け付けに来たので、重傷は負っていない。

 と言っても、状況は、未だ、改善できてなどいなかった。


「何とか、誘導できたか……」


「ええ、でも……」


 誘導は、からくも成功したといった方が正しいのだろう。

 問題は、ここからだ。

 九十九達をどうやって、鎮めるか。

 方法は、見つかっていない。

 柚月達は、できるだけ、九十九と千里を傷つけたくない。

 だが、そのような甘い事は、言っていられないのだろう。


「やはり、正気には、戻らないのでしょうか……」


「わからぬ……」


 夏乃は、不安に駆られた様子で、光焔に、問いかける。

 あきらめかけているようだ

 九十九達は、強靭な精神力によって破壊衝動を抑え込んだ。

 だが、それだけでは、抑えきれなかったのも、確かだ。

 光焔が、発動している結界により、九十九達は、今まで、理性を保ってきたのだ。

 だが、もう、光焔の力でさえも、彼らの破壊衝動を抑えきれなくなった。

 光焔も、未だ、彼らを救う手立てを見つけていない。


「さて、ここから、どうするかだな……」


 柚月達は、構え、警戒する。

 九十九と千里は、目を光らせ、ぎろりと柚月達をにらみつけている。

 特に、自分達に、傷をつけた柚月に対しては、怒りを露わにしているようだ。

 真っ先に、殺そうとしているようにも感じる。

 やはり、彼らを斬り、強引に眠らせるしかない。

 柚月は、そう、覚悟を決めた。

 その時であった。


「柚月!!朧達も、来たのだ!!」


 光焔が、朧達の気配を察したのか、叫ぶ。

 すると、柘榴が先陣を切って、大広間に入り、続けて、美鬼と真登、そして、朧達が、大広間へと入った。

 柘榴へと斬りかかる美鬼と真登。

 だが、朧と高清、要が、先回りし、彼女達の攻撃を防ぎ、その間に、瑠璃達は、柘榴の元へと集まる。

 朧達も、後退し、柘榴の元へと駆け寄った。


「兄さん!」


「何とか、連れてきたよ」


「すまない」


 柘榴が、冷や汗をかきながら、柚月に告げる。

 柚月は、申し訳なさそうに謝罪した。


「いいって……でも……まずい状況だね」


「うん」


 九十九達を大広間まで誘導できたが、やはり、誰も、救う手立てを見つけていない。

 夜は、まだ長い。

 いや、夜が明けても、赤い月の影響は残る可能性も高い。

 ゆえに、九十九達の破壊衝動が収まるのを待つことすら、無謀であろう。

 九十九達と距離を保ちながら、思考を巡らせる柚月。

 しかし……。


「がああああああっ!!!」


 九十九は、雄たけびを上げる。

 もはや、正気を取り戻す事も、不可能ではないかと思えるほどだ。

 九十九は、再び、柚月に襲い掛かった。


「っ!」


「柚月!」


 柚月は、とっさに八咫鏡を九十九の前に出す。

 このまま、防御態勢に入るのだろう。

 八咫鏡は、頑丈だ。

 凶暴化したと言えど、そう簡単に、破壊されることはない。

 ゆえに、防ぎきれると柚月は、判断したようだ。

 だが、次の瞬間、柚月も、九十九も、予想外の事が起こった。

 なんと、高清が、柚月の前に立ち、九十九の腕をつかんだ。


「やめるでごぜぇやすよ!九十九!」


 高清は、九十九の動きを止めようと手に力を込め、握りしめる。

 だが、九十九の力は、高清を上回っている。

 妖人化した高清でさえも、適わないほどに。

 九十九は、強引に、腕を引きよせ、高清をふきとばした。


「陸丸!」


 高清が、畳ににたたきつけられると、続いて、千里が、高清を真月で刺そうとする。

 だが、朧が、反応し、千里に斬りかかると、千里は、後退し、距離をとった。

 九十九達は、未だ、唸り声を上げている。

 まるで、柚月達を敵とみなしているようだ。


「妖を凶暴化させるなんて、赤い月ってどんな力を持ってるんだから」


「本当にな」


 景時も透馬も、正直、気がめいっているようだ。

 致し方ないとはいえ、仲間と交戦しなければならない。

 赤い月とは、いったい何なのかと、考えてしまうほどにだ。

 なぜ、赤い月は、出現するのか。

 なぜ、妖達は、赤い月の影響を受け、凶暴化するのか。

 今まで、抱かなかった疑問が、一気に浮かび上がってくる。

 そういうものなのだと、受け入れてきたが、それは、違っていたのかもしれない。

 もっと、深く、考えるべきだったのかもしれないと。


「ところで、景時、天次の方は、大丈夫なのか?」


「うん。石に封じ込めたからね。智以君も封じ込めたから、多分」


 透馬は、気になったことがあるようで、景時に問いかける。

 それは、天次の事だ。

 天次も、妖だ。 

 ゆえに、赤い月の影響を受けやすい。

 彼は、どうしたのだろうか。

 透馬の問いに、景時は、冷静に答える。

 天次は、石に封じ込めたのだ。

 意識を封じ込めて。

 そうしなければ、天次も、九十九達と同じように、破壊衝動に駆られてしまう。

 致し方なかった。

 牡丹と共に過ごしてきた智以も同様に、石に封じ込められたらしい。

 彼は、意思を封じ込められていないため、強引に、外に出ようとするが、妖気が微弱なため、外には、出られない。

 透馬は、安堵したいところだったが、どこか複雑な心情を抱えている。

 最低限の策であり、景時達の事を思うと、心が痛んだからだ。

 九十九達は、容赦なく、柚月達に襲い掛かる。

 攻防を繰り広げる柚月達であったが、精神、身体共に限界だ。

 この戦いを終わらせる方法も、見つからないまま、傷つけ、傷つけられているのだから。


――ここなら、動きやすい。だから、やってみるしかない!


 戦いの最中、朧は、ある事を思いつく。

 廊下では、狭く、柚月達を巻き込んでしまう可能性があったが、この大広間でなら、問題ないと判断したのであろう。

 ついに、蓮城家の聖印能力を発動する事を決意したのだ。

 それが、九十九達を助ける術ではないかと考えて。

 確証はない。

 だが、もう、時間がなかった。


「来い、千里!」


 朧は、蓮城家の聖印能力を発動し、強引に、千里を神刀へと変わらせる。

 だが、千里は、妖気を発動し、それを拒絶し始めた。

 それでも、朧は、聖印を発動し続ける。

 決して、あきらめることなく。


「朧!」


「まさか、君は!!」


 朧の行動を始めは、読み取れなかった柚月達。

 だが、瑠璃と景時は、気付いてしまう。

 朧が、何をしようとしているのか。

 制止させようとするが、朧は、聖印能力を解除しようとしない。

 ついに、千里が、雄たけびを上げ、妖気を発動する。 

 その妖気に、朧は、飲まれてしまい、吹き飛ばされた。


「っ!」


「朧、何やっておるのじゃ!」


「無茶苦茶だよ、あんた!」


 朧は、畳にたたきつけられる。

 春日、和泉が、朧の元へと駆け付けた。

 朧は、息を切らしながらも、起き上がる。

 相当、無理をしたのだろう。

 当然だ。

 凶暴化した千里を無理やり、使役させようとしたのだ。

 無謀すぎると言っても過言ではない。

 体に負荷がかかったであろう。


「まだだ!まだ……」


「朧?まさか、あれを!?」


 朧は、息を切らしながらも、立ち上がり、後退する。

 体に鞭を打ちながら、できるだけ、春日、和泉から離れようと。

 春日と和泉は、なぜ、朧が、自分達から、遠ざかろうとしたのか、理解できなかったが、瑠璃は、朧は、何をしようとしているのか、見抜いてしまい、瑠璃は、朧の元へと駆け寄ろうとする。

 朧を止めるために。


「来い!九十九!」


「駄目!」


 朧は、なんと、安城家の聖印能力を発動してしまったのだ。

 瑠璃の制止も、間に合わず。

 九十九を無理やり憑依させることで、聖印の力で破壊衝動を抑え込もうとしたのであろう。

 高清達のように。

 九十九が、強引に朧に憑依されていく。

 しかし……。


「うっ!ぐっ!」


「お、朧!」


「来るな!」


 九十九に憑依された途端、朧が、顔をゆがませ、うめき声を上げながら、うずくまる。

 時雨は、慌てて、朧の元へ駆け寄ろうとするが、朧が、叫び、制止させた。

 なぜなら、朧の周りから妖気があふれ出したからだ。

 九十九が、強引に外へ出ようと暴れ始めたのだろう。

 聖印と妖気の波動が合わず、内部から焼きこがされるような痛みに朧は、聖印の力で、押さえつけようと、必死に耐えていた。


「暴れるなよ、九十九……少し、落ち着けって……」


 朧は、暴れまわる九十九を抑え込むように、話しかける。 

 額に汗をかきながら。

 だが、九十九は、予想以上に暴れまわり、ついに、大量の妖気があふれ出し、朧に襲い掛かった。


「うあああああっ!!!」


「朧!」

 

 ついに、朧は、耐えられなくなり、絶叫上げる。

 そして、九十九が、強引に朧から出てしまい、朧は、体中、切り刻まれ、血を流して倒れてしまった。


「がはっ!」


「朧君!」


「何やってますのよ!」


 朧が、血を吐き、綾姫と初瀬姫が血相を変えて、朧の元へ駆け寄り、治療を始める。

 朧は、目を開けてはいるが、意識が朦朧としていた。

 それほど、体に負荷がかかったのだろう。

 九十九は、朧の体から出ようと、妖気を放出させていた。

 体のうちを妖気で傷つけられたのだ。

 体が、耐えられるはずがなかった。

 

「ごめん……。九十九達を、助けられるかと思って……」


「朧……」


 朧は、駆けに出たのだ。

 自身の中に、取り込み、聖印の力で九十九を助けられるのではないかと。

 だが、考えが甘かったと思い知らされた朧。

 弱弱しい呼吸を繰り返し、意識が途切れかける。

 重傷を負ってしまったのだ。

 柚月は、焦燥に駆られながらも、九十九達と戦いを繰り広げていた。


――どうする?どうすればいい!!


 九十九達は、柚月達に襲い掛かるが、彼らを助ける術は、まだ、見つかっていない。 

 柚月達は、完全に窮地に陥っていた。

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