第八章 赤い月と災厄
第九十三話 黄泉の乙女との関係性
九十九達の活躍、そして、黄泉の乙女、樹海の乙女の手助けにより、柚月と朧は、目覚め、綾姫達も、柚月と朧に関する記憶を思いだすことができた。
柚月達は、椿、茜、藍、そして、黄泉の乙女に感謝しながら、光城に帰還した。
しかし、聖印京の本堂で、全てを見ていた静居と夜深は、ため息をついている。
彼らが、目覚めたことを残念がっているようだ。
「そうか。柚月と朧が目覚めたか」
「そうみたいね、残念だったわね」
「そうだな」
今までとは違い、本当に、残念がっている静居と夜深。
あの大戦時に、柚月と朧を殺そうとしていたようだ。
あがき続けていた二人であったが、神懸かりした静居に対して、手も足も出ないほどだった。
ゆえに、静居が、見切りをつけたのだろう。
彼らは、もう、どうあがいても無駄だと。
だが、彼らは、あがき続けた。
柚月と朧を魂事、消滅させることができなかった。
九十九と千里、そして、光焔が、彼らを目覚めさせてしまった。
これは、静居にとって予想外だったようだ。
――まさか、あいつが、妖に転じていたとはな……。
さらに言えば、黄泉の乙女に関しても、静居にとっては、予想外だったようだ。
彼女と静居は、どのような関係があるのだろうか。
夜深も、彼女の事を知っているようで、彼女の正体や居場所を見抜けなかったことを悔やんでいた。
しかし……。
「夜深」
「何かしら?」
「そろそろ、頃合いかもしれないな」
「そうね。とうとうこの時が来たのね」
静居は、まだ、何か企んでいるようだ。
柚月達が、目覚めたところで、計画に支障はないらしい。
しかし、この時と言うのは、何だろうか。
彼らは、何をしようとしているのだろうか。
静居と夜深は、不敵な笑みを浮かべていた。
柚月達は、光城に帰還し、彼らを出迎えてくれた撫子達に、妖の樹海で起きた事を話す。
もちろん、牡丹の娘である椿が、妖として転生していた事も……。
「そうか……椿におうたんやなぁ」
「おう」
牡丹は、穏やかな表情を見せる。
もう二度と会えないと思っていた娘に九十九が会ったのだ。
つまり、牡丹も、椿に会えるという事。
これほど、うれしいことはないだろう。
たとえ、妖に転生していたとしても、牡丹にとっては、構わない。
愛しい娘に会えるのであれば。
「妖に転生したってことは、よほど、あんさんを愛しとったのかもしれんなぁ」
椿が、妖に転生してまで、生きようとしたのは、他でもない九十九の為であろう。
九十九を助ける為に。
そうでなければ、妖に転生したいと願わなかったはずだ。
牡丹は、そう、推測した。
彼女は、牡丹の娘だ。
だから、理解できるのだろう。
椿の事を。
「九十九はん、お願いがあるんや」
「おう」
「この戦いが終わったら、椿に会わせてほしいんや、一度だけでいい」
牡丹は、九十九に懇願する。
静居との戦いが終わったら、椿に会わせてほしいと。
椿に会えるとわかった時、牡丹も、椿に会いたいと強く願ったのだ。
一度でいいから。
今度こそ、自分が椿の母親だと告げ、親子として話がしたいと。
もちろん、今は、静居を食い止めなければならない。
だからこそ、牡丹は、戦いが終わるまでは、会わないと決めたのだろう。
「一度じゃあ、物足りねぇだろ」
「え?」
「何度でも、会わせてやるよ。お前は、椿の母親なんだから、何度だって会えばいい」
「いっちょ前のこと言うてくれるなぁ」
だが、九十九は、一度だけでは、足りないと思っているようだ。
牡丹は、戸惑うが、九十九は、何度でも、椿に会わせてやりたいと思っているようだ。
牡丹は、どこまでも、不器用で、どこまでも、優しい九十九に感謝しながら、涙を流した。
柚月達も、静かに、微笑みうなずいていた。
いつの日か、椿と牡丹がが再会できる日を願って。
「なぁ、光焔」
「なんだ?」
「姉上達が、妖に転生できたのは、聖印を持っていたからなのか?」
「うむ。だが、それだけではないと思う」
「どういう意味なんだ?」
柚月は、光焔に尋ねる。
椿達が、転生できた理由を確認するかのように。
人間が妖に転生する事は、容易ではないはずだ。
ゆえに、聖印を持っていたからではないかと推測したようだ。
光焔は、うなずくが、聖印だけで、妖に転生したわけではなないらしい。
「おそらく、清き魂を持っていたのではないかと思うのだ」
「清き魂?」
「うむ。たとえ、力がある聖印一族であっても、妖に転生することができても、理性を保つことはできない。ましてや、神のような力を持つことはできぬのだ」
光焔曰く、椿達が、妖に転生できた理由は、清き魂を持っていたからだという。
椿達は、妖に転生しながらも理性を保ち、九十九達を異空間へと導き、さらには、黄泉の乙女として、樹海にとどまった。
これは、聖印一族でさえも、不可能なのだ。
神の力を授かる事も、理性を保つことも。
だが、清き魂の持ち主ならば、可能らしい。
「けど、あいつらは、できた。それは、清き魂を持っているからなのか?」
「うむ。汚れなき清き魂は、純粋な力そのものだ」
「なるほど。そういう事でごぜぇやすな」
千里が、光焔に尋ねると、光焔は、説明を続ける。
清き魂は、純粋な力であるらしい。
それを聞いた高清、春日、要は、納得した。
さすがは、研究者と言ったところだろうか。
「……なら、もう一つ聞きたいことがある」
「なんだ?」
「あの人、黄泉の乙女の事だ。彼女は、俺と深いつながりがあるって言ってた。何者なんだ?」
柚月は、もう一つ気になったことがある。
それは、黄泉の乙女と自身の関係だ。
黄泉の乙女は、自分と深いつながりがあると柚月に告げた。
だが、柚月には、心当たりがない。
「柚月とも、深いつながりあるって言ってたのか?」
「ああ」
「わらわも同じこと言われた」
「そうなのか?」
「うむ。だが、わからぬのだ。わらわにも」
「そうか……」
光焔は、目を丸くして、柚月に尋ねる。
なぜなら、光焔も同じことを言われたのだ。
自分と黄泉の乙女も、深いつながりがあると。
だが、光焔でさえも、わからない。
彼女は、何者なのか……。
「けど、いずれ、わかるって言ってたんでしょ?その時になれば、きっとわかるよ」
「……だといいんだがな」
朧は、考え込んだ柚月と光焔に語りかける。
黄泉の乙女は、今は、わからなくとも、いずれ、わかるはずだと告げたのだ。
つまり、真実を知るのは、まだ、先の事なのだと。
このまま、謎が残るわけではない。
柚月も、理解しているのだが、黄泉の乙女について、やはり、勘が混んでしまうようだ。
朧は、そんな柚月の心情を深く理解していた。
その日の夜。
三日月が、見えるころ、柚月は、自身の部屋で、物思いにふけっている。
もちろん、黄泉の乙女の事だ。
いずれ、わかる。
だが、そのいずれとは、いつなのか。
彼女と自身の関係は、何なのか、気になるのだろう。
だが、その時であった。
「兄さん、入っていいか?」
「ああ。いいぞ」
朧が、柚月に声をかけ、御簾上げ、部屋に入った。
「朧、どうした?」
「兄さんのことが気になったんだ」
「俺?」
「うん」
柚月は、朧に問いかける。
何か用があってここに来たのだろう。
柚月は、そう、推測したようだ。
朧が、ここに来た理由は、柚月の事だ。
「もしかして、あの人の事、考えてるんじゃないかって」
「……そうだな」
朧は、柚月の心情を見抜いていたようだ。
朧には、ごまかしきれないと判断した柚月は、静かにうなずいた。
どうしても、彼女の事が気になる。
彼女が、消滅する前に、語ったあの言葉や表情が、どうしても、頭から離れようとしないのだ。
「確かに、気になるよな。俺も、知りたいと思うし。でも、あの人が言ってたんだろ?いずれ、わかるって」
「ああ」
「なら、その時が来るはずだ。永遠にわからないってわけじゃない。俺は、そう思う。だから、いつか、わかるはずだ」
朧も、なぜ、柚月が、彼女の事を考えているのかは、わかる。
なぜなら、朧も、知りたいと願っているからだ。
だが、いずれ、わかると告げたという事は、わからないわけではない。
だから、心配する必要はないのだと言いたいのだろう。
「……お前の言う通りだな。今は、静居の事、何とかしなければな」
「うん」
柚月は、穏やかな表情で語る。
今は、わからなくとも、わかる時が来るのだと。
自身のことも、黄泉の乙女の事も。
朧も、穏やかな表情でうなずいた。
だが、その時だ。
朧が、空を見上げた瞬間、目を見開き、動揺し始めたのは。
「兄さん!あれ!」
「っ!」
朧は、空に向かって、指を指す。
柚月も、空を見上げるが、目を見開き、動揺し始めた。
そのころ、同じ部屋にいた九十九と千里に、異変が起こっていた。
二人は、痙攣を起こしたかのように体を震わせ始めた。
「こ、これは……」
「まさか……」
自身の状態について、察する九十九と千里は、空を見上げ始めた。
なんと、三日月だったはずの月が、満月のように見え、真っ赤に染まっていたのだ。
まるで、赤い月のように。
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