第七章 魂を導く乙女達

第八十一話 魂の共存

 九十九達は、柚月と朧を目覚めさせることを誓った。

 だが、具体的に何をすればいいかは、まだ、判明していない。

 綾姫達も、記憶を失っている以上、協力は求められない。 

 つまり、自分達だけで、彼らを目覚めさせるしかないのだ。

 光焔は、記憶を失った原因を調べる為、部屋に閉じこもる。

 瞑想することで、自分が見た記憶をより詳しく鮮明に、見ることができるようだ。

 今は、光焔に託すしかない。

 千里も、和ノ国の様子を大広間の格子から見る為に、部屋を出る。

 しばらくして、九十九は、綾姫達の様子を見る為、部屋の外に出た。

 すると、九十九は、高清、春日、要と遭遇した。


「おお、九十九殿、動けるようになったのでござるな」


「お、おう」


 要は、嬉しそうに、語りかけ、九十九は、うなずく。

 だが、どこかぎこちない。

 高清達も、朧の記憶を失っていると思うと心苦しいからだ。

 彼らは、かつて、朧と旅をし、苦楽を共にしてきた仲間。

 その彼らまで、朧の事を忘れてしまっていた。


「良かったでごぜぇやすよ」


「心配しとったんじゃぞ」


「わりぃな」


 高清も、春日も、嬉しそうだ。

 心配をかけてしまったのだろう。

 九十九は、申し訳なく思い謝罪する。

 だが、彼らは、咎めようとせず、嬉しそうに微笑んでいた。

 だからこそ、余計に、九十九は、辛かった。


「あ、あのさ」


「ん?」


「朧は……」


「朧?」


 九十九は、恐る恐る尋ねてみる。

 朧の事を。

 共に旅してきた仲間の事を。 

 だが、高清は、首をかしげる。

 やはり、朧が、誰なのか、わかっていないようだ。


「あ、いや、何でもねぇ。じゃあな」


 九十九は、思わず、話を遮ってしまい、彼らに背を向けて、分かれる。

 高清達は、九十九の様子を見て首をかしげていた。

 いつもとは、様子が違うと察して。

 それでも、九十九は、後ろを振り向くことなく、歩き始めた。


――あいつらも、忘れちまったのかよ……。


 九十九は、こぶしを握りしめた。

 わかってはいた。

 柚月と朧の事は、自分と千里と光焔しか覚えてない。

 ゆえに、高清達も、朧の事を忘れてしまったのだと。

 だが、彼らの絆は、もろくない。

 少しでも、朧の事を覚えているのではないかと期待していたのだが、やはり、覚えていなかったようだ。

 それが、九十九は、悔しかった。

 その時だ。


「九十九」


「千里」


「光焔が、話したいことがあるそうだ」


「おう」


 千里が、九十九に呼びかける。

 なんと、光焔が話したいことがあるらしい。

 二人に関する記憶が、綾姫達から、奪われた原因がわかったのだろうか。

 もし、そうだったとしたら、彼らを目覚めさせ、記憶を取り戻す方法も見つかるかもしれない。

 九十九は、期待を胸に抱き、光焔がいる部屋へと向かった。



 九十九と千里は、光焔がいる部屋に入る。

 光焔は、正座して、九十九と千里が来るのを待っていた。


「よう」


「九十九、千里、来てくれたのだな」


「おう。で、なんだ?話って」


「柚月と朧の事だ」


「あいつらの?」


 光焔が九十九と千里を呼びだした理由は、やはり、柚月と朧の事のようだ。

 千里は、光焔に尋ねる。

 彼も、知りたがっているのだろう。

 なぜ、柚月達が、目を覚まさず、綾姫達が、柚月達の事を忘れてしまったのかを。


「うむ。なぜ、皆が、二人を忘れてしまったのか、わかったぞ」


「本当か!?」


「うむ」


「それで、何があったんだ?」


「神懸りした静居は、技を発動したのだ。その名は、夜深の悲しみ」


「夜深の悲しみ?」


「うむ」


 光焔曰く、柚月と朧は、静居が夜深の悲しみと言う技を受けてしまったのが、原因らしい。

 ゆえに、綾姫達は、柚月と朧を忘れてしまったのだ。

 だが、夜深の悲しみと言うのは、一体どういう技なのだろうか。

 千里は、思考を巡らせるが、見当もつかなかった。


「その技は、相手の魂を傷つけ、存在を消す技だ」


「っ!」


 光焔の説明に、九十九も、千里も、絶句してしまう。

 夜深の悲しみとは、魂を傷つける事で、存在を消してしまうというのだ。

 つまり、柚月と朧は、魂を消されかけたという事なのだろう。

 奇跡的に助かったと言っても過言ではない。

 下手すれば、彼らは、本当に存在を消されていたのかもしれないのだから。

 魂が傷つけられた影響により、存在を消されかけ、綾姫達は、記憶を失ってしまったのだろう。


「だが、彼らは存在を消す事ができなかった」


「なんでだ?」


 光焔は、説明を続ける。

 確かに、二人は、魂を消されかけた。

 だが、それは、完全ではないようだ。

 なぜなのか見当もつかず、九十九は、光焔に尋ねる。

 すると、思考を巡らせていた千里が、ある事に気付いた。


「八尺瓊勾玉か?」


「そのようだ」


 千里が、答えを導きだし、光焔の代わりに答える。

 二人が、奇跡的に助かったのは、柚月が首にかけていた八尺瓊勾玉の力によるものだ。

 八尺瓊勾玉が、夜深の悲しみを吸収し、威力を削ったのであろう。

 だが、削れるほどの威力だったという事もである。

 聖印を発動した静居の力は、圧倒的であり、驚異的だ。

 本当に、勝てるのかと疑ってしまうほどに。


「それって、柚月が発動したってことか?朧を守るために」


「違う。無意識のうちに、発動されていたのだ」


「無意識のうちに?そんな事ができるのか?」


「わからぬ……」


 どうやら、柚月が朧を守るために、八尺瓊勾玉を発動したわけではないようだ。

 光焔曰く、無意識のうちにと言うが、光焔でさえも、わからない。

 なぜ、八尺瓊勾玉が、発動されたのか。

 誰かが、朧が発動したとも思えない。

 ゆえに、八尺瓊勾玉については、謎のままであった。


「だが、吸収しきれず、二人は、夜深の悲しみを受けてしまった。魂が、傷ついていては、目覚めることもできない。綾姫達も、柚月達を思いだすことができないのだ……」


「でも、なんで、俺達は、覚えてるんだよ?」


「おそらくだが、魂を共存したからではないだろうか」


「魂を共存?」


 八尺瓊勾玉が、夜深の悲しみを吸収しきれず、柚月と朧が、直撃を受けてしまい、魂が傷ついてしまった事はわかった。

 それが、原因で、綾姫達が、記憶を失ったことも。

 だが、九十九は、気になったことがあった。

 なぜ、自分達は、覚えていられたのかだ。

 自分達が、妖だからというわけではない。

 美鬼も、柚月と朧の事を忘れてしまっているのだ。

 光焔曰く、魂を共存したからだというのだ。

 だが、心当たりはなく、千里は、首をかしげた。


「うむ。朧は、二人を憑依させた。ゆえに、二人は、覚えていた。特に、千里は、朧の中で生きておったからな」


「確かにな」


 光焔は、説明する。

 魂の共存について。

 朧は、千里と九十九を憑依させている。

 二人が、朧の魂に触れていた事で、魂を共存させ、二人は、朧に関する記憶を失わずにいられたようだ。 

 特に、千里は、朧の中で眠り、生き続けていた。

 だからこそ、朧の事を覚えていられたのであろう。


「じゃあ、俺が柚月を覚えてるのは、柚月の中で生きてたからか?」


「それもある。だが、お前も、それ以外に、柚月と魂を共存させた形跡がある。そんな気がするのだ」


 となれば、九十九が、柚月に関する記憶を失わなかった理由は、自身が柚月の中で眠り、生きていたからなのだろう。

 だが、理由は、それだけではないようだ。

 光焔が言うには、九十九も、柚月と魂を共存していたという。

 眠っている間ではなく、共に過ごしている時にだと。

 光焔は、魂の本質を見ぬく力を持っているようだ。

 さすがは、神から生まれた妖と言ったところであろう。


「魂を共存か、心上りがねぇんだけど?」


「たとえば、柚月の聖印に触れたとか、力を借りたとか、そういう事はなかったか?」


「……そういや、あったな」


 九十九は、思考を巡らせるが、心当たりがないようだ。

 光焔は、九十九に尋ねる。

 聖印に触れたり、力を借りる事で、魂の共存となるようだ。

 聖印は、心ではなく、魂とつながっている。

 つまり、聖印に触れれば、魂に触れることとなり、魂の共存となるようだ。

 九十九は、ある事を思い出す。

 それは、五年前、天鬼と死闘を繰り広げた時の事だ。

 八雲の術により、柚月の聖印と自身の九尾の炎をたがいに分け与え、組み合わせる事によって、天鬼を殺すことを可能とした。

 その時に、九十九は、柚月の聖印に触れ、魂に触れ、魂を共存させたのだ。

 ゆえに、九十九も、柚月の事を覚えていたのであろう。


「なら、俺が、柚月を覚えているのはどう説明する?」


「柚月が愛刀・真月を持っていたからかもしれぬ。柚月は、真月と自身の聖印を組み合わせて技を発動していた。その聖印の力が、刀に残っていたのなら……」


「俺が、その刀に触れた事で、聖印にも触れた。だから、覚えているか」


「おそらくな。わらわが、なぜ、覚えているのかは、わからぬが……。」


「お前が、神から生まれた妖だからじゃないのか?」


「おそらく、な……」


 魂や聖印に触れる事で、魂を共存させたから、柚月と朧に関する記憶を失わなかったというのは、理解できたが、千里は、柚月と魂を共存させた記憶はない。

 だが、光焔は推測する。

 柚月の愛刀であった真月は、今、千里の手にわたっている。

 その間に、柚月は、真月と聖印の力を組み合わせた技を何度も発動しているはずだ。

 その聖印の力が、わずかに残っており、千里が刀に触れた事で、聖印に触れたのであれば、魂に触れたことになり、魂を共存させたということになるのではないかと、光焔は、推測しているようだ。

 これも、あくまで、推測であり、実際は、どうなのかは、わからないようだが。

 しかも、光焔は、自身が覚えている理由がわからないらしい。

 確かに、光焔は、二人の聖印や魂に触れたわけではなかった。

 おそらく、神から生まれた妖だからではないかと千里は、推測した。


「で、俺達は、どうすりゃいいんだ?」


「わからぬ。だが、必ず、見つける。見つけなければ……」


「二人の命が危ういんだな」


「うむ……」


 九十九は、光焔に尋ねる。

 原因は、わかったが、この先どうすればいいのか。 

 どうすれば、二人は、目覚め、綾姫達も記憶を取り戻すのか。

 それは、光焔も、わからないようだ。

 魂を癒すことは、容易ではない。

 だが、一刻も早く、二人を救う方法を見つけなければ、命を落としかねないであろう。

 ゆえに、光焔は、うつむてしまった。

 焦燥に駆られているのであろう。 

 そんな光焔に対して、九十九が、彼の肩に手を置いた。

 兄のように、優しく。


「俺達も探してみようぜ。たまもひめとか、知ってるかもしれねぇしな」


「そうだな。龍神王も、詳しい事を知っているかもしれない」


「ありがとう」


 九十九も、千里も、方法を探すつもりだ。

 魂については、わからない。

 だが、たまもひめや龍神王ならば、何か知っている可能性もある。 

 彼女達に、尋ねてくれるようだ。

 光焔は、うなずき、感謝した。

 九十九と千里の優しさに。


 

 そのころ、撫子は、光城の地下を訪れていた。 

 妹の牡丹と共に。

 地下は、暗く冷たい牢獄だ。

 二人は、ふと立ち止まった。


「いろいろと、聞きたいことがあるんどす。宗川濠嵐」


 彼女達が、ここを訪れた理由は、濠嵐に話を聞くためだ。

 憔悴しきった濠嵐は、ゆっくりと二人の顔を見上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る