第八十話 撤退

 光城で、柚月達が大戦に勝利し、無事に帰還してくれると信じていた光焔達は、愕然としている。

 城からでも、柚月達の戦いを見ていたからだ。

 光焔の力で。

 だが、結果は、惨敗。

 柚月達も、気を失って倒れ、神々達も、封印されてしまった。


「負けて、しもうた……」


「柚月、朧……」


 光焔も、牡丹も、絶句してしまう。

 このままでは、柚月達の命が、失われてしまうからだ。

 静居の手によって。


 

 柘榴達が、目の前で、倒れ、さらに、神々が封印されてしまったのを目にした撫子は、愕然としていた。


「こ、これでは、あてらの……」


 撫子は、地べたにへたり込んでしまう。

 柘榴達が、倒れ、神々が封印されてしまうのを目にしてしまったのもあるだろう。

 もはや、撫子軍に勝ち目はない。

 惨敗だと察してしまったからだ。

 自分は殺されてしまう。

 そう悟っていた。

 村正は、千草と共に、撫子の元へ向かっている。

 不敵な笑みを浮かべながら。

 撫子の命を奪うために。


「あっけない、終わりだったな」


――ふふ、そうね。


 意識を失った柚月達を目にした静居達は、残念そうな表情を浮かべる。

 たった、一撃で、柚月達が、倒れた事に対して、失望しているようだ。

 彼らなら、あがき、少しでも、自分に対抗してくる。

 そう思っていたのだが、思い違いのようであった。


――で、この子達、どうするの?


「殺す。もはや、私に勝つことは不可能だろうからな」


――そうよね。


 夜深は、静居に尋ねる。

 静居は、柚月達を殺すことを宣言した。

 このまま、生きていたとしても、自分に勝つことは不可能だ。

 そう判断したのだ。

 夜深も納得し、うなずく。

 彼らでは、静居に打ち勝つことは、不可能だと悟って。

 静居は、柚月に迫り、深淵を振り上げた。



「だめ、駄目なのだ……」


 光城から、柚月達の様子を見ていた光焔は、体を震わせ、首を左右に振る。

 柚月達が、静居に殺されてしまう。

 そう悟ったのだろう。

 


「さらばだ」


 だが、静居は、容赦なく、柚月に向かって、深淵を振り下ろした。

 柚月を殺すために。

 深淵の刃が、意識を失った柚月に迫った。

 しかし……。



「駄目なのだぁああああああっ!!!」


 光焔は、涙を流して、泣き叫ぶ。

 柚月が殺されると察知して。

 その時であった。

 光焔が、強い光を放ち始め、その光が、柱となって、柚月達を包みこんだのは。

 撫子、さらには、濠嵐までも包みこんで。



「っ!」


――こ、これは……!


 突然の光の出現に、静居も、夜深も驚愕し、動揺をを隠せない。

 静居は、冷静さを取り戻し、深淵を振り下ろす。

 だが、深淵は、光の柱にはじかれてしまった。

 柚月達を殺すことは、不可能となってしまったのだ。

 その光は、一瞬にして、柚月達を光城へと運んでいく。

 静居も、夜深も、その光を見上げることしかできなかった。


「何が起こった?」


――おそらく、あの坊やの仕業ね。


 静居は、夜深に尋ねる。

 すると、夜深は、光焔の仕業だと答えた。

 彼女は、察していたようだ。

 光焔が、無意識のうちに、柚月達を助けたのだと。


――妖の分際で、中々、やるじゃない。復活したら、恐ろしくなりそうね……。


 夜深は、光焔を危険視し始めた。

 光焔が、復活したらと言うが、夜深は、彼の何を知っているのだというのだろうか。


――さて、神々が復活したから、私の力も、元に戻ったわ。あれを、やってもいいかしら?


「よかろう。帝もあの城に行ってしまったようだ。ゆえに、戦を続ける意味はない。頼んだぞ」


――ええ。


 死掩達が復活した事により、夜深の力が戻ってしまったらしい。

 ゆえに、何か、発動できるようだ。

 静居に確認をとると、静居は、うなずく。

 彼は、撫子も光城に運ばれた事に気付いており、ゆえに、大戦を続ける意味はないと、吐き捨てたのだ。

 なんとも、残忍で、狡猾な男だろうか。

 静居は、神懸かりを解除し、夜深は、静居の前に立った。


『さあ、私達の下僕となりなさい!』


 夜深は、技を発動する。

 その技の名は、天衣無縫てんいむほう

 無の力で相手を操る事のできる技だ。

 死掩達が、復活したことにより、その範囲は、拡大される。

 つまり、撫子軍の隊士達、そして、和ノ国いる全ての人々が、夜深によって操られることになってしまったのだ。

 これで、和ノ国は、完全に静居に掌握されてしまった。



 光焔のおかげで、夜深の天衣無縫から免れた撫子は、光城にたどり着いた。

 気を失った柚月達と共に。

 濠嵐も、連れてこられるが、静居に利用された事に衝撃を受けているためか、呆然と立ち尽くしていた。


姉さんあねさん!」


「牡丹……」


 牡丹は、撫子の元へ駆け寄り、撫子を抱きしめる。

 姉が、無事だとわかり、安堵したのだろう。

 だが、撫子は、悔やんでいた。

 大戦に負けてしまった事に対して。


「お姉様!柚月さん達が!!」


 凛が、慌てて、牡丹を呼び寄せる。

 撫子達は、凛の元へ駆け寄る。

 凛の近くで、柚月達が、重傷を負って倒れていたのだ。

 誰も、意識を取り戻すことなく。

 保稀も、体を震わせ、手を口に当てる。

 衝撃を受けたのだろう。


「ひどい怪我どす……あてのせいで……」


「姉さん、自分を責めてる場合じゃありまへん。凛!」


「はい!」


 撫子は、後悔し、自分を責めるが、牡丹が、撫子を立ち直らせようと、叱咤する。

 そして、凛の名を呼び、告げたのだ。

 柚月達の治療に取り掛かると。

 凛は、何も言わずとも、牡丹の言いたいことを理解しており、すぐさま、治療道具を取りに部屋へ向かおうとする。

 しかし……。

 

「待つのだ」


「光焔?」


 光焔が、凛を制止させ、撫子達の前に出る。

 牡丹は、光焔が、どうしようとしているのか、わからず、戸惑っていた。


「わらわが、治す」


「ど、どうやって……」


 光焔は、自分が柚月達の傷を治すと宣言する。

 冷戦な表情で。

 だが、どうやって、彼らを治すというのであろうか。

 皆、重傷を負っている。

 すぐに、治さなければならないほどの。

 保稀は、戸惑うが、光焔は力を発動し始める。

 すると、柚月達は、宙に浮かび、光焔から発せられる光が彼らを包むと、彼らの傷を治し始めたのだ。

 光焔は、術で、柚月達全員を一度に治そうとしていた。



 柚月達の治療を終えた光焔は、倒れ込むが、撫子が部屋へ運ぶ。

 柚月達も、部屋に運ばれ、濠嵐は、自ら、牢に入った。

 しばらくして、九十九は、意識を取り戻したのか、ゆっくりと目を開け始めた。


「ん……」


「九十九……」


「こ、光焔、千里……」


 九十九は、目を何度も、瞬きさせる。

 すると、視界がはっきりとし、光焔と千里が、九十九の顔を覗きこんでいるのが目に映った。

 どうやら、彼より先に、光焔と千里は、目覚めていたようだ。


「ここは……」


「光城だ」


「光焔が、俺達をここに戻してくれたんだ。傷が治ったのも、光焔のおかげだ」


「そうか……ありがとな」


「うむ……」


 九十九は、ゆっくりと起き上がる。

 そして、あたりを見回すが、光焔が、九十九に教えた。

 自分達が、いる場所は、光城であると。

 続けて、千里が、説明を付け加える。

 光焔が、助けてくれたのだと。

 九十九は、光焔に、お礼を言うが、光焔の表情は暗い。

 何かあったのだろうか。

 九十九は、そう、悟っていた。


「あれから、どうなったんだ?」


「……負けた。撫子達は負けたのだ」


「……話、聞かせてくれるか?」


「うむ」


 光焔は、九十九に説明し始める。

 柚月達は、静居に負けた事、柘榴達も、千草と村正に負け、空巴達は、死掩達によって、封印されてしまった事。

 そして、柚月達と撫子、そして、濠嵐を光城に運んだ直後、夜深が、天衣無縫を発動し、和ノ国の人々全てを操り始めた事を……。

 九十九は、悟ってしまった。

 自分達は、敗北したのだと。


「……そうか、でも、なんで、あの裏切り者まで、ここに連れてきたんだ?」


「今回、神々を復活させたのは、将軍達だ。だから、聞かなければならない」


「そういう事か」


 九十九は、光焔に問いただす。

 疑問に感じたようだ。

 なぜ、裏切り者である濠嵐まで、助けたのかと。

 千里が、代わりに答える。

 死掩達を復活させたのは、篤丸達だ。

 ゆえに、濠嵐は、知っているはずだと。

 濠嵐も、全てを話すと約束して、自ら、牢に入ったのだ。

 彼の憔悴しきった姿を目にした千里は、勘付いた。

 濠嵐は、後悔しているのだと。

 そのため、千里は、濠嵐を咎めることもなく、殺すこともなく、濠嵐を牢に入れた。

 説明を九十九も、納得したようだ。


「柚月達は?」


「怪我は、治った。けど、柚月と朧が、目を覚まさぬのだ」


「そうか……」


 九十九は、柚月達の事を光焔に尋ねる。

 光焔曰く、綾姫達の怪我は、治ったらしい。

 だが、柚月と朧が、目を覚まさないのだ。

 九十九は、不安に駆られた。

 おそらく、柚月も、朧も、自分達以上に、深手を負ったのだろう。


「それに……」


「それに?」


 千里が、言いにくそうな表情を浮かべながら、呟く。

 九十九が、問いかけるが、それ以上の言葉が、返ってこない。

 柚月達に、何かあったとでもいうのだろうか。

 まさか、このまま、目覚めない可能性もあるとでもいいたいのだろうか。

 不安に駆らられた九十九。

 その時だ。

 御簾が上がり、綾姫と瑠璃が、部屋に入ってきたのは。


「綾姫!瑠璃!」


「良かった。目を覚ましたのね!」


 綾姫と瑠璃は、九十九の様子を見に来たのだが、九十九が目覚めたと知り、胸をなでおろしている。

 彼女達も、目覚めていたようだ。

 九十九は、申し訳なく感じていた。

 心配をかけてしまったと。

 しかし……。


「お、おう。けど、柚月と朧は……」


「柚月?」


「朧?」


「誰なの?」


「え?」


 九十九が、柚月と朧が目覚めていない事を話そうとする。

 だが、綾姫と瑠璃は、衝撃的な言葉を口にした。

 なんと、柚月と朧が、誰なのか、わかっていないようなのだ。

 九十九は困惑するが、千里と光焔は、切なそうな表情で、うつむいていた。


「誰って、お前らの大切な……」


 九十九は、困惑したまま、語り始める。

 だが、綾姫も瑠璃も、困惑し始めたのだ。

 彼女達の表情を目にした九十九は、気付いてしまった。

 彼女達が、柚月と朧の事を……愛する人とのことを忘れてしまったのだと。


「嘘だろ?」


「ごめんなさい……」


 九十九は、目を見開き、驚愕する。

 まさか、綾姫と瑠璃が、柚月と朧に関する記憶を失ってしまったのだと思ってもみなかったのであろう。

 綾姫と瑠璃は、九十九に謝罪する。

 申し訳なさそうに。

 九十九は、綾姫達を咎めるつもりなどなかった。

 だが、なんと、声をかけていいかわからず、言葉を失ってしまった。



 綾姫と瑠璃が、部屋から出た後、沈黙が続いた。

 衝撃を受けたのだろう。


「記憶を、失ってるのか……」


「そうだ」


 九十九は、重たい口を開け、千里に確認するように、尋ねる。

 千里は、静かに、うなずいた。


「けど、あいつらは、生きてるんだよな?」


「ああ。だが、このまま、目覚めなくなったら……」


「んなこと、考えてえんじゃねぇよ。俺たちで、目覚めさせりゃあいい。ただ、それだけだ」


「九十九……」


 九十九は、絶望に陥ってはいなかった。

 なぜなら、柚月と朧は、生きているからだ。

 だが、千里は、不安に駆られた様子で、呟く。 

 もし、このまま、二人が目覚めなかったらと思うと。

 九十九は、千里の言葉を遮った。

 不吉な事を考えるなと。

 自分達が、柚月達を目覚めさせれば、綾姫達も、思いだすかもしれない。

 そう考えたようだ。

 千里は、うなずいた。

 九十九と言う通りだと感じて。


「光焔、柚月達の事を覚えてるのは、誰だ?」


「わらわと九十九と千里だけなのだ。他は……」


「そうか」


 九十九は、光焔に尋ね、光焔は、答える。

 柚月と朧の事を覚えているのは、九十九、千里、光焔だけのようだ。

 彼ら以外は、記憶を失ってしまったのだろう。


「方法はあるはずだ。だから、全部取り戻してやる」


 九十九は、立ち上がる。

 柚月と朧を目覚めさせ、綾姫達の記憶を取り戻すと。

 彼の意思は、固かった。


「俺も、協力する。今度は、俺達が、あいつらを目覚めさせる番だ」


「わらわも、二人を目覚めさせるぞ!」


「おう!」


 九十九達は、決意した。

 必ず、柚月達を目覚めさせると。

 柚月達が、自分達を復活させてくれたように。

 最後まで、あきらめなかったように。

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