第八十二話 罪を償うために

 撫子は、じっと濠嵐を見下ろしている。

 特に、牡丹は、怒りを露わにして、にらんでいるようだ。

 自分の姉が、濠嵐に裏切られ、命を奪われかけたのだ。

 しかも、彼女も、濠嵐を信じ切っていた。

 彼なら、撫子の右腕として、支えてくれるであろうと。

 だからこそ、余計に許せなかったのだ。

 撫子を裏切った事を。


「いつから、あんさんは、あてらを裏切っとったんどすか?」


「……静居様……いえ、静居が、神になると宣言した後です」


 撫子の問いに、濠嵐は、申し訳なさそうに、語り始める。

 彼は、静居が神となると、つまり、聖印京を掌握した後から、裏切っていたようだ。

 静居の事を呼び捨てにしたのは、裏切ってしまった事へと後悔と、静居に対する不信や怒り、絶望によるものなのだろう。


「静居から、術で、誘われました。仲間になれと」


 濠嵐曰く、静居から、直接誘われたわけではないらしい。

 術により、声を濠嵐に送り、誘ったようだ。


「命を保証はしてやる。帝にもなれると言われて?」


「はい……」


 牡丹は、問い詰める。

 静居の事だ。

 命だけでなく、帝になれると約束したのだろう。

 濠嵐は、うつむき、うなずく。

 反論もできないほどに。


「ですが、最初は、断っておりました。これは、本当です!」


「じゃあ、なんで、裏切ったんや?」


 濠嵐は、顔を上げて、必死に訴える。

 最初は、断っていたようだ。

 と言っても、考えさせ欲しいと保留にさせていたのだろう。

 断れば、命はない。

 ゆえに、即答はしなかったようだ。

 撫子を裏切りたくないという想いが強かったのだろう。

 ならば、なぜ、彼は、裏切ったのだろうか。

 牡丹は、さらに問い詰める。

 彼の心情を理解できなかったからだ。


「状況を見て、勝ち目はないと悟りました。このまま、抵抗すれば、いずれ、死ぬと。それに、私が、帝になれば、平皇京は、守られる。そう思ったんです!」


「ほんまにか?」


 濠嵐は、自白し始める。

 聖印京の状況を把握して、考えが変わってしまったのだろう。

 抵抗し続ければ、いずれは、平皇京も静居に掌握されてしまう。

 それほど、静居は、驚異的だという事を悟ったのだ。

 ゆえに、彼は、平皇京を守るために、静居の誘いを受け入れたという。

 だが、牡丹は、問いただす。

 きれいごとのようにしか聞こえないのだろう。

 まるで、濠嵐は、自分を守っているかのように。


「すみません。本当は、欲望に負けました。生きることができる。帝にもなれる。これは、絶好の機会だと」


 追い詰められた濠嵐は、正直に話す。

 やはり、欲望に負けてしまったようだ。

 静居側に着けば、命は助かり、帝にもなれる。

 このような好条件はない。

 平皇京の頂点に立ち、いずれは、和ノ国の頂点に立つという野望を抱いてしまったのだろう。

 ゆえに、彼は、撫子を裏切ったのだ。

 真相を聞き、撫子は、ため息をつき、牡丹は、あきれ返っていた。


「あてが、篤丸に裏切り者の役をさせて、情報を流させた作戦も……」


「私が、話しました……」


「あの男に踊らされとったんどすな……。戦力が削られても、あの男は、どうってことなかったのかしれまへんなぁ……」


 撫子はある事に気付く。

 自身の命令で篤丸を裏切り者の役を演じさせ、平皇京の情報をわざと流す事で、聖印京の情報を手に入れるという作戦も、筒抜けであったのではないかと。

 撫子の予想通り、濠嵐は、静居に告げていたのだ。

 おそらく、戦力を削られることも、想定内のうち。

 一般隊士が、犠牲になろうとも、静居には、痛くもかゆくもないことなのだ。

 撫子は、静居に踊らされていた事を知り、嘆いていた。


「けど、なんで、そないな事……」


「柚月達を聖印京におびき寄せるためです。綾姫様と瑠璃が、静居に捕まっているとわざと情報を流して」


「なるほど……」


 牡丹は、気がかりなことがあった。

 なぜ、自分達の情報を流したのかだ。

 有力な情報は、相手にとっても不利なはず。

 実際、戦力は一時的に削られてしまったのだから。

 だが、濠嵐は、答える。

 綾姫と瑠璃を捕らえたという情報を流せば、柚月と朧は、必ず、聖印京へ戻ってくるはずだ。

 危険を顧みずに。

 ゆえに、柚月達を殺す絶好の機会と考え、情報を流させたのだろう。

 牡丹は、納得するが、怒りを露わにした。

 静居に卑劣なやり方に対して。


「柚月達が、九十九と千里を復活させている間に、静居と連絡を取っていました。大戦を仕掛ける準備をする為に。大戦を仕掛ける目的を聞いた私は、篤丸達を説得したのです」


「あてを裏切り、神を復活させるようにと」


「はい……。静居の元に着けば、助かると」


 柚月達が九十九と千里を復活させている間、静居が、平皇京にも、柚月達にも攻撃を仕掛けなかったのは、大戦の準備を進めていたからだ。

 深淵の囚人の封印を解き、戦力を拡大させるために。

 大戦時にて神々を復活させることと、多くの命と強い妖気を持つ妖を捧げる事によって神々は復活するという事を聞いた濠嵐は、篤丸達を説得した。

 篤丸達は、困惑したようだ。

 まさか、濠嵐が、裏切っていたとは思いもよらなかったであろう。

 だが、彼らは、うすうす気づいていたらしい。

 平皇京にいては、勝ち目はないと。

 ゆえに、彼らも、濠嵐と共に、撫子を裏切る事を決意したようだ。

 そして、共に戦ってきた妖を生贄として捧げる事も。


「ですが……」


「利用されてたんやね……」


「はい……」


 だが、結果は、篤丸達までも、失ってしまった。

 静居に、利用されていたのだ。

 篤丸達も、濠嵐も。

 それに気付いた時には、遅かった。

 篤丸達は、生贄として捧げられてしまったのだ。

 静居は、濠嵐達のことを捨て駒とした思っていなかったのであろう。

 濠嵐達は、それに気付くことなく、撫子を裏切ってしまった。

 そして、ようやく、静居の恐ろしさを知ってしまったのだ。

 

「私の身勝手な行動のせいで、篤丸達は……平皇京は……」


 濠嵐は、激しく後悔していた。

 自身の身勝手な行動のせいで、篤丸達は、命を奪われ、自分の部下までもが、操り人形と化してしまった。

 神々が復活したことにより、夜深の力も復活してしまった。

 空巴達は封印され、柚月達も、重傷を負い、柚月と朧は、目を覚まさなくなってしまったのだ。

 これは、重罪であった。


「私は、取り返しのつかない事をしました……。申し訳ございません……」


 濠嵐は、手を地面に着き、頭を下げ、謝罪する。

 だが、そんな事をしても、許されるはずはないだろう。

 篤丸達は、戻ってこないのだから。

 和ノ国は、最大の危機を迎えてしまったのだから。

 撫子は、何も言わず、無言を貫きとおした。

 濠嵐の事が、許せないからだ。


「お願いです。どうか、私を、殺してください!処罰を……」


「しまへんよ」


「帝!」


 濠嵐は、帝に懇願する。

 自分を殺してほしいと。

 処罰を与えてほしいと。

 罪を償うには、殺してもらうしかないと、考えたのだろう。

 それほど、濠嵐は、精神的に、追い詰められていたのだ。

 しかし、撫子は、それすらも、許さなかった。

 濠嵐は、涙を流して、顔を上げた。

 


「あんさんは、罪を償いなはれ。生きて。死ぬのは、逃げると同じや。あては、許しまへん」


「……」


 撫子は、濠嵐にとって、最も残酷な処罰を与えた。

 それは、生きて罪を償う事だ。

 殺してもらうというのは、逃げだ。

 濠嵐は、罪の重さから耐えられず、逃げようとしている。

 撫子は、そう、推測したのだろう。

 ゆでに、処刑するつもりは、無かったのだ。

 図星のようで、濠嵐は、うつむき、黙った。


「行きましょか。牡丹」


「へぇ」


 撫子は、濠嵐に背を向けて、牡丹と共に、彼から遠ざかった。

 咎めることすらせず。

 濠嵐は、ただ、うつむいたままだ。

 撫子は、一瞥せず、牢を出た。



 瑠璃は、美鬼と共に、朧の部屋にいる。

 朧は、未だ、眠り続けたままだ。

 自分と同じ銀色の髪。

 凛々しい顔は、何かを思いださせようとする。

 だが、瑠璃は、何一つ思い出せなかった。


「君は、ずっと、眠ったまま……。目を覚まさない」


「瑠璃……。彼の事を知っているのですか?」


「わからない。でも……彼の事を考えると、切なくなる……」


「瑠璃」


 瑠璃も、わからなかった。

 なぜ、ここへ訪れてしまうのかを。

 彼女は、いつも、朧の部屋を訪れては、彼に語りかけていたのだ。

 名前も、わからない朧の事を。

 美鬼は、常に、瑠璃と共に行動していたが、彼女が、なぜ、ここに来るのかは、わからない。

 ゆえに、聞いたのだ。

 彼を知っているのかと。

 美鬼も、気になっていたのだろう。

 知らないはずの彼の事を。

 もしかしたら、理由が知りたいのかもしれない。

 だからこそ、ここに来るのかもしれない。

 朧の事が知りたくて……。



 綾姫も、同じだ。

 知らないはずの柚月の元へいつも来てしまう。

 女性のように美しい顔。

 思わず見とれてしまうほどだ。

 だが、なぜ、彼に惹かれるのかは、わからない。


「あなたは、誰?どうして、こんなに寂しい気持ちになるの?」


 綾姫は、柚月に語りかける。

 名前も知らない彼に。

 なぜ、彼が、目を覚まさないだけで、寂しい気持ちを抱いてしまうのだろう。

 彼について、思考を巡らせても、何も思いだせない。

 まるで、心に穴が開いた気分だ。

 

「お願い……目を覚まして……」


 綾姫は、柚月の手を握り、祈る。

 どうか、目を覚ましてほしいと。

 だが、その時であった。


「大変です、綾姫様!」


「夏乃、どうしたの!?」


 夏乃が、慌てて、部屋に入ってくる。

 何かあったようだ。

 それも、ただ事ではない。

 綾姫も、察して、問いかける。

 胸騒ぎを覚えながら。


「あ、妖が、こちらに攻め入ろうとしています!」


「っ!」


 綾姫は、目を見開き、驚愕する。

 なんと、妖が、迫ってきていたのだ。

 自分達を殺すために。

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