第六十三話 罠にはめたのは……

 たまもひめは、妖達へ迫っていく。

 たまもひめが、近づくたびに、熱が妖達に襲い掛かる。

 近づいただけでも、焼かれてしまいそうだ。

 さすがは、妖狐を束ねる者。


「た、たまもひめ……」


 妖達は、声を震わせ、身を硬直させている。

 たまもひめの圧倒的な力を感じて、怖気づいてしまっているようにも見える。

 それでも、たまもひめは、容赦なく、妖達へと迫っていった。

 朧達は、たまもひめの様子をうかがうしかない。

 彼女は、一体に、何をするつもりなのだろうかと。


「さあ、どうする。小僧どもよ。我と戯れるか?」


「あ、相手が、たまもひめであろうとも、容赦はせぬ。このまま、殺してやるぞ!」


 たまもひめが、妖達を挑発する。

 不敵な笑みを浮かべて。

 白銀の炎に包まれたたまもひめは、恐ろしくも、美しさを兼ね備えている。

 一瞬にして、妖達を焼き殺してしまいそうなほどに。

 妖達は、挑発に乗ったのか、ひるむことなく、たまもひめに襲い掛かった。

 人間の味方をするのであれば、たとえ、たまもひめであっても、容赦はしないつもりなのだろう。

 ここで、たまもひめは、立ち止まる。

 妖達を迎え撃つかのように。

 たまもひめに、刃を向ける妖達。

 だが、たまもひめは、一瞬にして、妖達の間を駆け巡っていった。


「なっ!」


「暴れるでない。その炎がお前達を焼き殺してしまうぞ?」


 妖達は、あっけにとられ、身を硬直させる。

 目にもとまらぬ速さだ。

 反応することすら、できないほどに。

 だが、驚いたのは、それだけではない。

 なんと、九尾の炎が、妖達を捕らえるかのように、輪になって、燃え始めたのだ。

 抵抗すれば、その炎が妖達を焼き殺す。

 たまもひめは、脅して見せたのだ。

 これで、身動きは、取れないはず。


「……本気で、殺すつもりはないのか?」


「なぜ、そう思う?」


「この状態だと、逃げられそうだからだ」


「だが、お前達は、逃げなかった。なぜだ?」


 妖達は、意外にも、理解したようだ。

 たまもひめは、本気で、自分達を殺すつもりはないのだと。

 確かに、九尾の炎は、妖達を取り囲んでいる。

 だが、逃げられないほど、迫ってきているわけではない。

 その気になれば、妖達でさえも、逃げれるほどの距離があるのだ。

 しかし、妖達は、逃げようともせず、ただ、呆然と立ち尽くしていた。

 これもまた、意外な事だ。

 だからこそ、たまもひめは、問いかけたのだろう。


「話を聞いてみたくなったからだ。あんたは、殺そうとしなかったし」


「いいだろう。聞かせてやろう」


 妖達が、逃げなかった理由は、話を聞く気になったからだ。

 たまもひめが、本気で、彼らを殺そうとしなかったのも、理由に含まれているのだろう。

 なぜ、自分達を殺そうとはしないのか。

 人間を信じなかったたまもひめが、なぜ、人間の味方をしているのか、興味を抱いたのも事実だ。

 たまもひめは、彼らの心情を察したようで、語り始めた。


「この者たちは、我々の敵ではない。共存を願っているのだ」


「ほう。だが、なぜ、ここへ来た?私達を殺すためではないのか?」


 妖達は、半信半疑の様子で、たまもひめの言葉を受けいれる。

 だが、疑問を抱いたようだ。

 自分達との共存を願っているのであれば、なぜ、朧達は、ここへ来たというのだろうか。

 他に目的があると言いたいのだろうが、見当もつかなかった。


「ある目的の為にここへ来た。だが、お前達を殺すためではない。和ノ国は、滅びの危機に向かっておる。この者たちは、深淵の囚人を殺し、滅亡を回避させるためにここへ来たのだ」


「……本当か?」


「ああ、まちがいねぇぞ。そいつの言ってることはな」


 たまもひめの話を静かに聞いていた妖達は、戸惑いを隠せない。

 和ノ国が、滅びの危機に向かっている事も、それを人間達が深淵の囚人を殺す事で、止めようとしている事も。

 九十九は、たまもひめの言葉を肯定する。

 だが、朧は、九十九の態度を目にして、なぜか、ため息をつき、あきれたような顔をしていたのであった。


「九十九」


「なんだよ」


 朧は、九十九の名を呼ぶ。

 それも、あきれた様子でだ。

 九十九は、なぜ、朧があきれているのか、理由がわからない。

 そのため、不機嫌そうに問いただす。

 五年前とは、違い、大人びた朧が、別人のように思えた気がして。


「言葉を選びなさいってことよ」


「たまもひめは、貴方の命の恩人ですよ」


「ちっ。わかったよ」


 綾姫と美鬼が、朧の気持ちを代弁する。

 朧は、九十九が、たまもひめの事を「そいつ」と呼んだ事に対して、あきれていたのだ。

 たまもひめは、妖狐を束ねている者、つまりは、妖狐の頂点に立つ者だ。

 確かに、九十九は、妖狐の里で生まれたわけでもなく、たまもひめに守られて育ったわけではないため、たまもひめを敬うつもりはないのだろう。

 と言っても、たまもひめは、九十九に九尾の命火を分け与えている。

 そのおかげで、九十九は、復活できたのだ。

 つまり、たまもひめは、命の恩人。

 態度を改めよとでも、言いたいのだろう。

 九十九は、舌打ちをしつつ、うなずいた。


「意外と素直だな」


「……まぁな」


 たまもひめは、感心しているようだ。

 九十九は、好戦的で口が悪い。

 そのため、素直に聞くとは、思っていなかったのであろう。 

 たまもひめにとっては、九十九の言動は意外だったと言えるのかもしれない。

 九十九は、反論せず、うなずく。

 しかも、照れながら。

 それが、九十九のよさでもあるのだろうと朧は、苦笑していた。


「さて、話してやれ。お前達の言葉で」


「おう」


 たまもひめに促され、九十九は、前に出る。

 今度こそ、説得するために。

 たまもひめは、朧達に機会を与えたのだ。

 自分達の言葉で、話さなければ、伝わらない。

 それは、たまもひめも理解してる。

 かつて、柚月達が、炎尾を説得した事を思い出して。


「ま、てめぇらが、人間を信じないのもよくわかる。けどな。こいつらは、話せばわかるぜ。特に、こいつはな」


 九十九は、説得をし始める。

 端的で、短い内容だ。

 だが、言いたいことが凝縮されているようにも感じる。

 九十九は、にっと笑って、朧の肩を組み、自分の元に引き寄せる。

 親友であるからこそだ。

 朧は、少々、困惑し、迷惑がってはいたものの、強引に引き離そうとしない。

 その光景に妖達は、戸惑ってはいるが、殺意を放ってはいなかった。


「だが、あのお方は、聖印一族は、妖達を殺しに来ると言っていたぞ。だから、私達は、罠を張ったのだ。お前達を殺すために」


「あのお方?」


「誰だよ、そいつは」


 妖は、説明する。

 何者かが、柚月達が、自分達を殺そうとしていると吹き込んだようだ。 

 それゆえに、妖達は罠を仕掛け、柚月達を殺そうとした。

 しかし、妖たちが言う「あのお方」とは、誰なのだろうか。

 まさか、静居が、もう、すでに、ここに乗り込んだというのだろうか。

 不安に駆られた朧。

 彼の代わりに、九十九が、問いただす。

 妖は、答える事に躊躇したものの、ため息交じりに話し始める。

 誰が仕組んだのかを。



 光焔は、笠斎の案内で、深淵の囚人がいる最深部へとたどり着いていた。


「ここにいるぜ、深淵の囚人はな」


「うむ、かたじけない」


 笠斎は、閉ざされた門を押し始め、光焔は、息を飲む。

 まだ、柚月達とは、合流できていない。

 だが、まずは、確認しなければならないことがある。

 それは、深淵の囚人の封印が解かれていない事だ。

 光焔の推測ではあるが、静居達は、まだ、ここに到達しておらず、深淵の囚人を解放していないはずなのだが、深淵の囚人の封印が解けていないとは限らない。

 封印が弱まり、目覚めている可能性もある。

 門がゆっくりと開かれ、奥の光景が見え始める。

 光焔は、その隙間をくぐるように駆けていった。

 しかし、深淵の囚人の姿はどこにも見当たらない。

 光焔は、くまなく探したのだが、見つける事はできなかった。


「……どこにいるのだ?どこにもいないぞ?」


「そうか?」


 光焔は、焦燥に駆られた様子で、あたりを見回しながら、笠斎に問いかける。

 彼なら、知っているだろうと。

 だが、笠斎は、驚いた様子も、戸惑った様子も見せていない。

 まるで、この状況を察していたかのようだ。

 笠斎は、光焔に近づいていく。

 その時だ。

 突如、笠斎が、光焔に襲い掛かった。


「っ!」


 光焔は、殺気を感じ振り向き、目を見開いた。



「い、今、なんて?」


「お前達が私達を殺しに来ると告げたのは……深淵の番人。笠斎様だ」


 罠を仕掛けた人物の名を聞いた朧達は、目を見開き、驚きを隠せない。

 なんと、その人物は、笠斎だというのだ。

 彼は、自分達を、光焔を裏切っていたというのだろうか。


「う、うそでしょ?」


「本当なのですか?」


「……間違いない。本当だ」


 綾姫も美鬼も戸惑いを隠せない。

 信じられないのだろう。 

 笠斎が、裏切っていたなどと。

 だが、妖は、肯定する。

 深刻そうな表情を浮かべて。


「どうやら、あの男は、裏切っておったようだな」


「おう」


「あとは、頼んだぞ」


「任せろよ」


 九十九も、たまもひめも、眉をひそめる。

 笠斎の策略に対して、怒りを露わにしているのだろう。

 たまもひめは、九尾の炎に戻り、九十九の中へ返っていった。


「朧」


「うん。急ぐぞ!」


「おう!」


 朧達は、先を急いだ。

 妖達と共に。

 光焔の無事を祈りながら。



 笠斎の刃を回避した光焔。

 だが、信じられないと言わんばかりの表情で笠斎を見ている。

 冷酷な表情を浮かべる彼を。

 信じていたというのに。


「なぜだ。なぜなのだ?笠斎」


「全ては、妖の為だ。光焔」

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