第六十二話 龍神王とたまもひめ
「りゅ、龍神王が、なぜ……」
先ほどまで、千里がいたというのに、今は、龍神王が目の前にいる。
これには、妖達も、騒然としているようだ。
やはり、龍神達を束ねる者だけあって、深淵の妖達も、恐れおののいているようであった。
「怒りを鎮めなさい。彼らは、敵ではありません」
「し、しかし……」
「鎮めなさい」
妖達に、命じる龍神王。
妖達は、戸惑いつつも反論するが、龍神王は、再度、命じる。
それも、低い声で。
妖達は、龍神王には、逆らえないのだろう。
それほどの力と影響力を彼女は持っているという事だ。
妖達は、不服な顔をしながらも、龍神王の命令に従い、跪いた。
「この者達が、言っている事は、まぎれもない真実。和ノ国を守り、妖達と共に生きたいと望んでいるのです。我らも、この者達に助けられました」
「本当、に?」
「はい」
龍神王は、老婆のように、優しく、語りかける。
柚月達の意思、そして、龍神王も、柚月達に助けられたことを。
妖達は、目を見開き、龍神王に問いかける。
信じられないのだろう。
人間が、妖を助けたなどと。
だが、それは、まぎれもない事実。
龍神王は、静かにうなずいた。
「……そうですか。ならば、信じましょう」
「信じてくれるのですね」
「あなたの言葉は」
「ありがとう。彼らをよろしくお願いします」
どうやら、妖達は、信じる気になったようだ。
と言っても、信じられるのは、柚月達ではなく、龍神王だという。
未だ、柚月達を受け入れられないのだろう。
それでも、自分の言葉を信じてくれるという事は、柚月達に刃を向けることはしないはず。
龍神王は、そう察し、微笑みながら、柚月達の事を妖達に託し、千里に体を開け渡した。
「千里!」
「大丈夫?」
「あ、ああ。体を貸していただけだ」
柚月達は、千里の元へ駆け寄り、身を案じる。
だが、千里は、龍神王に体を貸していただけ。
特に、体に異常はない。
千里は、自分の体が、正常の動くことを確かめるように、手を握り、開くの動作を繰り返した。
――まさか、龍神王の声が聞けるとはな。
内心、千里は、驚きを隠せない。
龍神王の声が聞こえるとは、思ってもみなかったのであろう。
千里は、集落を出てから、一度も、帰還していない。
ゆえに、龍神王の声を聞いたのは、六百年ぶりなのだ。
だが、今にして思えば、不思議な事ではない。
龍神王は、自分の力を千里に分け与えてくれたのだ。
千里を復活させるために。
その力を通して、龍神王は、深淵の界で、具現化することができたのだろう。
「あの龍神王が、お前達に助けられていたとはな」
「これで、信用してもらえるか?」
「それは、お前達次第だ」
妖達は、半信半疑のようだ。
人間の事は、信じられない。
だが、龍神王は、柚月達に助けられたことは、間違いないのであろう。
だからこそ、柚月達の行動次第で、人間を信じるに値するか、見極める必要があると判断し、怒りを鎮めてくれたのだろう。
「それで、ここへ何しに来た」
「……奥に、深淵の囚人がいるはずだ。俺達は、そいつを殺しに来た」
妖は、問いかける。
そもそも、何の目的で、深淵の界に、入り込んだのかが、わからない。
いや、龍神王と会話を交わすまでは、柚月達は、自分達を討伐するつもりなのではないかと考えていたようだ。
笠斎も、騙されているのではないかと。
それゆえに、妖達は、柚月達に、攻撃を仕掛けたのであった。
だが、それは、間違っていたようだ。
柚月は、ここへ来た理由を明かす。
すると、妖達は、目を見開き、驚愕していた。
「いいのか?同じ人間を殺せるのか?」
「やらなければならないんだ。あいつは、危険だ」
妖達は、疑問を抱く。
深淵の囚人は、妖ではなく、人間だ。
その人間を殺せるのだろうか。
柚月は、自分の意思を告げる。
和ノ国を滅ぼさんとするものは、たとえ、人間であっても、食い止めなければならない。
罪人と罵られても。
柚月は、覚悟を決めて、ここに来た。
そう、妖達は、察した。
「いいだろう。俺達も一緒に行く。お前達の事、見極めさせてもらうぞ」
「ああ」
妖達は、共に行くことを宣言する。
本当に、彼らが、和ノ国を守ろうとしているのか、自分達、妖達を助けようとしているのか、見極める必要があるからだ。
深淵の囚人を殺す事で。
柚月達は、同行を反対することなく、承諾した。
「柚月、妖達は、私達を認めてくれた?」
「かもしれないな」
瑠璃は、小声で柚月に問う。
妖達は、本当は、認めてくれたのではないかと。
柚月の覚悟を感じ取って。
柚月も、確証はない。
だが、柚月の目からも、そのように思え、うなずいた。
「行くぞ」
柚月達は、再び、進み始める。
妖達と共に、深淵の囚人がいる最深部を目指して。
朧達も、柚月達と同様に、最深部を目指していたのが、妖達に、取り囲まれてしまい、交戦せざるおえなくなった。
と言っても、妖達を殺すつもりはない。
妖達の攻撃を防ぎ、受け流し、妖達を説得する機会をうかがっていた。
「おらあっ!」
九十九が、回転しながら豪快に紅椿を振り回す。
妖達は、とっさに、回避するが、少しでも、遅ければ、九十九の刃に刻まれていたであろう。
だが、九十九は、気にも留めず、構えた。
久々の戦いで、興奮しているらしい。
「九十九、乱暴なことはしない!」
「んなこと言ったって、こいつら、殺しに来てるんだぞ?」
朧は、九十九を制止させる。
殺すために戦っているのではない。
だが、九十九の言う事も一理ある。
刀を振るわなければ、殺されるのは、自分達だ。
もちろん、朧も、ここで、死ぬつもりはない。
かといって、妖達を傷つけることだけはしたくなかった。
「けど、私達が、危害を加えれば……」
「信じてもらえなくなりますよ」
「ちっ」
綾姫も、美鬼も、九十九を説得する。
もし、自分達が、妖達に危害を加えれば、妖達に信じてもらえなくなり、説得の機会は、失われてしまうだろう。
それだけは、なんとしても避けたい。
九十九も、事態を把握したようで、舌打ちをしながら、一歩下がった。
――話せばわかるはずだ。きっと……。
妖と言えど、自分達の意志をわかってもらえば、考えを改めるかもしれない。
人間と妖は、相容れぬ関係ではないからだ。
互いを理解し、共に歩んできた。
ここにいる妖達は、その事をまだ、知らないのだ。
「話を聞いてほしい!俺達は、お前達を殺すつもりはない!」
「黙れ!」
朧は、妖達に説得を試みる。
自分達は、敵ではないと。
だが、妖達は、朧の言葉を信じず、朧に刃を向けた。
「っ!」
「朧君!」
朧は、とっさに、後退するが、頬を斬られてしまい、頬からは、血が流れた。
妖達は、朧の話を聞くつもりはないようだ。
殺気を朧に向けていた。
「てめぇ!」
「やめろ、九十九!」
「ちっ……」
親友を傷つけられ、九十九は、怒り任せに、刀を振り上げる。
だが、朧が、九十九の腕をつかんで、制止させた。
怒りを鎮めさせるために。
我に返った九十九は、舌打ちをしながらも、刀を静かに、おろす。
だが、許すつもりはないようだ。
九十九は、妖達をにらみつけ、妖達は、恐れおののき、後退し始めた。
そこへ、朧が、一歩前に出る。
今度こそ、妖達に信じてもらうために。
「本当なんだ、嘘じゃない」
「信じられるわけないだろ!」
朧は、再度、説得を試みる。
妖達に刃を向けることなく。
妖達には、理解しかねる行動であろう。
なぜ、刃を向けないのか。
混乱し、妖達は、朧に襲い掛かろうと迫った。
「朧!」
「やめろ!!」
綾姫も、美鬼も、息を飲む。
今にも、朧は、殺されそうだと感じたからだ。
すると、九十九は、とっさに、九尾の炎を発動してしまった。
朧を守るために。
九十九は、我に返るが、時すでに遅し。
九尾の炎は、妖達を焼き殺そうとしていた。
だが、その時だ。
九尾の炎の勢いが止まり、妖狐の姿に変化したのは。
「あ、貴方は……」
「たまもひめ!」
朧達の前に現れたのは、なんと、たまもひめだ。
朧達は、あっけにとられ、目を見開いたまま、固まっている。
まさか、たまもひめが、現れるとは思ってもみなかったのであろう。
しかも、九十九が、発動した九尾の炎に宿って。
たまもひめが、九十九に九尾の命火を与えたも同然。
それゆえに、九尾の命火の力により、たまもひめが姿を現したのだろう。
「たまもひめ?」
「妖狐の始祖ですよ」
「はぁ?」
九十九は、たまもひめの存在を知らない。
ゆえに、名を聞いても、ピンと来ないようだ。
美鬼が、たまもひめについて説明するが、九十九は、ただただ、首をかしげるばかりであった。
妖狐の始祖と言われても、事態を把握できないのであろう。
「ほう、この者が、我が同胞か。いささか、生意気な顔をしておる」
「だ、誰がだ!」
「威勢がいいのも、また、生意気よの」
たまもひめが、振り返り、九十九の様子を見て、挑発し始める。
九十九は、まんまと、その挑発に乗り、反発するが、たまもひめは、動じることなく、冷静に、九十九に語りかけた。
妖の目の前にいるというのに、その様子は、余裕と言わんばかりだ。
妖達は、たまもひめを警戒し、唸り声を上げる。
それでも、たまもひめは、冷静さを保ったまま、振り返った。
「さて、我も、混ぜてもらうぞ」
たまもひめは、構えた。
朧達を守るために。
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