第六十四話 裏切り者は誰?

 笠斎は、光焔に牙をむく。

 妖の為だと告げて。

 彼を慕っていた光焔は衝撃を受けた。

 裏切られていたのかと察して。


「なぜだ?なぜ……」


 光焔は、声を震わせて、笠斎に問いかける。

 何かの間違いだと信じ込んでいるようだ。

 無理もない。

 まさか、身内が裏切っていたなどと信じたくないのだろう。

 笠斎は、答えようとしない。

 冷酷なまなざしを光焔に向けたまま。


「裏切っていたのか?わらわ達を」


「その通りだ」


 ついに、光焔は、核心に迫る。

 どうか、否定してほしいと願いながら。

 だが、笠斎の口から、残酷な言葉が返ってくる。

 笠斎は、認めたのだ。

 自分は、光焔たちを裏切っていたと。

 光焔は、動揺を隠せず、体を震わせた。


「し、信じぬ、信じぬぞ!笠斎は、そのような事をする奴ではない!きっと、操られているのだ!」


 光焔は、声を上げる。

 きつく目を閉じ、首を激しく横に振って。

 今目の前にいる笠斎は、本来の笠斎ではないと、錯覚しているのだろう。

 静居や夜深に操られてしまったのだと嘆いているようだ。

 彼は、それほど、信じたくなかった。

 笠斎、自ら、自分達を裏切っていたなどと。


「お前は、何もわかっちゃあいない」


「え?」


 現実を受け入れられない光焔に対して、笠斎は、さらに、残酷な言葉を突きつける。

 今までの彼は、本来の自分ではないと宣言しているようだ。

 光焔は、目を開け、顔を上げる。

 今も、体の震えは止まらなかった。


「お前は、わしの何を知っておる?」


「何を言って……」


 今度は、笠斎が光焔に問いただす。

 だが、光焔は、その言葉の意味が理解できない。

 光焔は、知っているからだ。

 笠斎は、深淵の番人であり、深淵の妖を束ねる者だと。

 そして、おおらかで優しき心を持っているのだと。

 それが、偽りだというのだろうか。

 今まで、騙していたとでもいいたいのだろうか。


「お前は、いつ、わしと会った?」


「せ、千年前だ。千年前に、わらわは、封印された。だから……」


 笠斎は、さらに、光焔を問い詰める。

 だが、この質問は、先ほどの質問と何の関係があるのだろうか。

 疑問を抱きながらも答える光焔。

 彼は、千年前に、笠斎と会ったことを覚えている。

 神聖山に封印されるその日まで。


「そうだな。だが、わしは、その姿では、会ってはいない」


「え?」


「お前の記憶も、姿も、偽物だって言ってるんだよ。光焔」


 笠斎は、衝撃的な言葉を吐き捨てる。

 今の光焔の姿は、偽物だと告げたのだ。

 しかも、記憶も、偽りなだと。

 それは、光焔が、笠斎と会っていないという事なのだろうか。 

 ならば、自分は、何者なのか。

 光焔は、思考を巡らし、記憶を思い返すが、やはり、真実は、見えてこない。


「だから、本当のわしをお前は知らん」


「そんな……」


 愕然とする光焔。

 笠斎に拒絶されたように感じたのだろう。

 いや、拒絶されたも同然だ。

 記憶も姿も偽りだと言われたのだから。

 絶望に陥り、呆然とする光焔。

 そんな彼に対して、笠斎は、容赦なく迫りくる。

 彼に刃を向ける為に。


「すまんな。光焔」


 光焔に、謝罪しながら、刀を鞘から抜き、光焔を斬り捨てようとする笠斎。

 光焔は、未だ、呆然と立ち尽くし、回避する気力も、反撃する気力もない。

 笠斎の刃が、光焔に迫ろうとしていた。

 その時だ。

 刀と刀がぶつかり合う音がしたのは。

 驚愕し、見上げる光焔。

 彼の目の前に立っていたのは、なんと、柚月であった。


「ゆ、柚月!?」


 光焔は、目を見開いている。

 柚月は、いつの間に、自分の前に立ったのだろうか。

 いや、考えてみれば、ありうる話だ。

 柚月は、光焔が、笠斎に斬られそうになるのを目にした途端、聖印能力を発動し、光の速さで、駆け付けたのだろう。

 光焔を守るために。

 つばぜり合いを始める柚月と笠斎。

 どちらも、動じることなく、互いをにらんでいた。


「裏切っていたのか、笠斎」


「その通りだ!」


 柚月が、笠斎に問いかける。

 怒りを宿したまま。

 笠斎は、怖気づくことなく、堂々と答える。

 その直後、笠斎は、柚月の草薙の剣をはじき返し、柚月は、後退して、ふらつきかけたが、足に力を入れ、体勢を整えた。

 千里、瑠璃も、光焔の元へ駆け付ける。

 妖達を引き連れて。

 彼を守るように。

 だが、笠斎は、依然として、余裕を見せているようだ。

 柚月達、三人ならば、楽勝で、勝てると感じているのだろう。

 しかし……。


「兄さん!」


「ちっ。来やがったか」


 朧、九十九、綾姫、美鬼も駆け付ける。

 彼らも、妖達を引き連れて。

 笠斎の本性を妖達から聞いていた朧は、本性を現した笠斎に対して、困惑すことなく、にらみつける。

 光焔を傷つけたのだと察して。


「し、深淵の囚人がいない。これは、一体……」


 柚月達も、妖達も、周辺を見回すが、深淵の囚人がいない事に気付く。

 どこを探しても、見当たらない。

 妖達は、顔が青ざめていくのを感じた。

 知っているからだ。

 深淵の囚人が、どれほど、凶悪であるかを。

 そのため、解き放ってはならない。 

 笠斎から、きつく言いつけられていたのだ。

 だが、その深淵の囚人がいない。

 なぜ、いないのか、柚月達は、思考を巡らせる。

 ふと、嫌な予感が柚月の頭をよぎった。

 まさか、深淵の囚人は、解放されてしまったのではないかと。


「もう、深淵の囚人は、いねぇよ。封印は、解かれたからな」


「遅かったか」


 柚月の問いに答えるように、笠斎は告げる。

 やはり、深淵の囚人は封印から解き放たれてしまったらしい。

 最悪の展開だ。

 柚月達が、罠にはまっていた間に静居達が、解放してしまったのだろうか。

 悔しそうな表情を浮かべる千里。

 そんな彼らに対して、笠斎は、嘲笑っていた。


「ああ、遅すぎだ。というか、お前達が情報を手にする前から、深淵の囚人の封印は、解かれてた」


「なっ!」


 笠斎は、衝撃を柚月達に突きつける。

 なんと、柚月達が深淵の囚人の情報を手にする前に、深淵の囚人は、解き放たれていたという。

 つまり、彼らは、静居の策略にはまり、ほんろうされてしまったのだ。

 柚月達は、絶句し、言葉を失った。


「静居の策略にはまってたのか……。俺達も、帝も……」


 朧は、こぶしを握りしめ呟く。

 静居の思惑通りに、動かされていたのだと気付き、悔しさを滲ませて。


「そうだな。だが、裏切り者は、わしだけではないぞ?」


「何?」

 

 笠斎は、さらなる衝撃を柚月達に突きつける。

 なんと、裏切り者は、笠斎だけではないというのだ。

 動揺する柚月達。

 笠斎は、口をゆがませて、笑っていた。



 撫子は、平皇城から外を眺めている。

 変わっていく光景に対して、悲しみを覚えながら。

 静居は、何を企んでいるのだろうかと、恐怖が押し寄せそうになる。

 撫子は、その恐怖をぬぐい払うように、一呼吸をし心を落ち着かせた。


――皆、無事で戻ってくるとええんどすけど……。


 撫子が、心配しているのは、柚月達の事だ。

 深淵の囚人を殺しに行くと聞かされていたが、深淵の囚人が、どれほど、強敵なのか、撫子でさえ、不明だ。

 しかも、封印が解かれてしまったらと思うと、気が気でない。

 撫子は、ただただ、柚月達の無事を祈り、廊下を歩いていた。

 その時であった。


「はい。柚月達は、深淵の界に入ったようです。計画通りですね」


 右へ曲がろうとする撫子。

 だが、ここで、聞き覚えのある声がした。

 どこか、低く、恐ろしい感覚を覚える。

 まるで、不敵な笑みをこぼしているかのようだ。

 撫子は、この声を知っているが、不吉な言葉を耳にしてしまった為、声をかけようとせず、誰と何の話をしているか、そっと、聞くことにし、静かに立ち止まった。


――そうだな。よくやったぞ。褒めて遣わそう。


「ありがたき幸せでございます。静居様」


 もう一人、男性の声が聞こえる。

 それは、間違いなく、静居の声だ。

 なんと、何者かが、この平皇京で静居と会話を交わしていたのだ。

 その者は、柚月達を深淵の界に向かわせるように、情報を操作したように思える。

 これは、明らかに、裏切り行為。

 撫子は、怒りに任せて、こぶしを握り、震わせていた。


「では、こちらも準備を進めてまいります。では」


 裏切り者は、静居との会話を終えたようだ。

 会話が、ここで、途切れた。


「完璧だ。これで、平皇京は、私のものになる。あのお方には、申し訳ないが、死んでもらう事にしよう」


 裏切り者は、静かに、笑いをこぼしながら呟く。

 どうやら、平皇京を支配しようとしているようだ。

 おそらく、「あのお方」と言うのは、撫子の事だろう。

 裏切り者は、撫子を殺し、自分が、平皇京の頂点に立とうとしているようだ。

 事が、計画通りに進み、口をゆがませて笑っている。

 そう思うと、撫子は、怒りを抑えきれなかった。


「何をしてるんどす?」


「っ!」


 撫子は、裏切り者を問い詰める。

 裏切り者は、驚愕し、振り返る。

 その裏切り者は、なんと、平皇京にいないはずであった濠嵐だった。



「裏切り者は、平皇京の七大将軍の一人、宗川濠嵐だ」


 笠斎は、真実を告げる。

 柚月達に衝撃が走った。

 なんと、七大将軍を取りまとめていた濠嵐が裏切り者だというのだ。

 撫子の右腕だった彼が。

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