第五十八話 止めるか?殺すか?
「し、深淵の囚人が、聖印一族?」
深淵の囚人について、柚月から聞いた朧は、愕然としてしまう。
いや、この場にいた誰もが、驚愕し、絶句してしまっていたのだ。
まさか、同じ聖印一族が、囚人と言う烙印を押され、封印されていたとは、予想外だったようだ。
「ほ、本当なの?柚月」
「ああ。何度も、母上から聞かされた。深淵の囚人は、決して解き放ってはならない。その男は、妖以上に凶悪だから、と」
綾姫は、信じられず、思わず、柚月に問いかけてしまう。
柚月は、綾姫の問いに静かに答えた。
彼は、月読に、何度も聞かされていたそうだ。
聖印一族の頂点に立つ者として、知っておくべき事項だと言われて。
柚月は、嫌と言うほど、その話を聞かされてきたのだが、今ならわかる。
彼は、解き放ってはいけない。
根拠はないが、柚月の勘が、そう告げていたのだ。
「彼は、何をしたの?」
「わからない。詳しい事は、伝わっていないらしいんだ」
瑠璃は、柚月に尋ねる。
封印されていたという事は、事件を起こした可能性がある。
だが、柚月は、首を横に振った。
どうやら、何をしたかまでは、伝わっていないらしい。
烙印一族の件と同様に、静居の思惑に巻き込まれ、隠蔽されたのかもしれない。
そう思いたいのだが、どうしても、心の中で拒否してしまう柚月であった。
「深淵の囚人の名は、なんという?」
「それも、わからない。だが、そいつを封印した名は、知ってる」
「誰なんだ?」
光焔は尋ねる。
深淵の囚人の名がわかれば、誰かが、知っているかもしれない。
そう推測したからこそ、尋ねたのだ。
だが、柚月は、それすらも、伝わっていないという。
封印した者の名は、伝えられてきたらしいが。
光焔は、誰が、封印したのか、尋ねた。
「
「あ、お、い……」
柚月は、名を伝える。
すると、光焔は、下を向き、その名を呟く。
まるで、何かを思いだしたかのように。
光焔は、葵と関わりがあったのだろうか。
葵について、聞きたいところであったが、光焔は、考え込んでしまっている。
とても、聞ける状況ではなさそうであった。
「聞いたことがないねぇ」
「うん、皇城家って言ったら、有名そうなんだけど。女性だったら、俺は、覚えてるし。ってことは、男か」
柘榴と和巳は、思考を巡らせる。
どうやら、葵の事は、彼らも知らないようだ。
しかも、なぜか、和巳は、冗談なのか、本気なのか、聞き覚えのないため、男だと推測する。
本当かよ、と突っ込みを入れたくなる朧と透馬であったが、今は、そのような事をしている場合ではないと、我に返り、心にとどめておくことにした。
「皇城葵、どこかで聞いた事、ある気がするのぅ」
「うむ、確かに、聞いたことがあるでござる」
春日と要は、葵の名を聞いたことがあるようだ。
だが、どこで聞いたかは、思い出せない。
高清も、同様の様子を見せ、思考を巡らせる。
皇城葵について。
その時だ。
高清が、何か、思いだしたような顔つきを見せたのは。
「わ、わかったでごぜぇやすよ!軍師・皇城静居の弟君でごぜぇやす!」
「ええ!?」
高清は、思いだし、大きな声で、話し始める。
なんと、皇城葵は、静居の弟だというのだ。
春日と要も、「そうだった!」と、思いだせたようだが、これには、さすがの柚月達も、驚きを隠せない。
皇城家の者であったため、静居と何らかの関わりがあったとは思っていたのだが、まさか、静居の兄弟であったとは、思いもよらなかったのであろう。
「それ、本当かよ。高清さん」
「間違いねぇでごぜぇやすよ!」
透馬は、確認するように、高清に尋ねる。
高清は、何度もうなずき、答えた。
どうやら、間違いではなさそうだ。
皇城葵は、皇城静居の弟らしい。
「でも、皇城家は、有名な一族だろ?どこかで、聞いたことくらいあるんじゃないのかい?」
「確かに、聞いたことがありませんね……」
しかし、考えてみれば、軍師・静居の弟であるならば、朧達も、名前くらいは、聞いたことはあってもおかしくない。
なにせ、聖印一族の頂点に立った者たちだ。
だが、柚月、高清、春日、要以外は、知らなかったのだ。
和泉と夏乃は、自分達が、皇城葵の名を知らない事に違和感を覚えていた。
「まぁ、皇城家の人間に関することは、あまり、残っておらんからのぅ」
「拙者達は、過去を調べていたから、偶然見つけただけでござるし」
春日と要が言うには、皇城家に関する書物は、あまり、残っていないようだ。
しかも、偶然、葵については、分かったらしい。
確かに、言われてみれば、皇城家のに関することは、柚月達も知らされていない。
知っていることと言えば、静居の事のみなのだ。
それも、今にして思えば、偽りだったのかもしれないが。
「じゃあ、もしかしたら、書庫にあるかもしれませんわね。と言っても、今は、見れそうにありませんけど」
「潜入も、難しいだろうしね……」
初瀬姫は、万城家が管理している書庫なら、皇城家に関する書物が、あるかもしれないと、予想するが、今の状態では、とてもじゃないが、手に入りそうにない。
聖印京は、静居が掌握してしまっているのだから。
景時も、潜入すら、難しいのではないかと推測し、残念そうにつぶやいていた。
「陸丸、その皇城葵は、どんな人だったんだ?」
「そこまでは、わからねぇでごぜぇやす。けど、過去の大戦において、命を落としたらしいんでごぜぇやすよ」
朧は、高清に尋ねる。
皇城葵について。
だが、高清は、あまり、詳しい事は知らないようだ。
大戦で命を落としたということぐらいしか載っていなかったらしい。
そこ過去の大戦でさえも、どのような戦いであったのか、詳細は、不明なのだ。
「そ、その人が、深淵の囚人を封印したってことは、相当、お強い方だったってことですよね?」
「けど、封印したってことは、その囚人も、相当、強いってことになるっすよ?」
「そうですね。封印したってことは、封印するしかなかったってことでしょうし」
時雨は、おどおどしつつも、葵について推測する。
凶悪な囚人を封印したのだ。
強い人間だったとみて間違いないだろう。
だが、葵が、強い人間だったのであれば、深淵の囚人も間違いなく、強かったに違いないと真登は推測する。
なにせ、封印したという事は、倒せなかったからであろう。
美鬼も、同じことを推測していたらしく、うなずいていた。
「奴が、解放されたら、厄介なことになりそうだな」
「ああ」
話を伺っていた朧も懸念し始め、柚月も深刻そうにうなずく。
深淵の囚人をどうにかしなければ、静居達の勢力が拡大してしまうだろう。
静居と夜深は、人を操り、妖を召喚できる為、ただでさえ、厄介な相手だというのに。
柚月達は、それを阻止しなければならないと、考えていた。
「けど、深淵の界ってどこにあるんだよ」
「調べるにも、探すにも時間がかかりそうだな」
だが、深淵の界と言う場所がどこにあるのかは、誰も知らないようだ。
柚月でさえも、教えてもらえなかったらしい。
おそらく、悪用されないように、伝えられていなかったのだろう。
いや、静居が、そう仕向けていた可能性もある。
自分だけが情報を手にし、いつでも、深淵の囚人を解放できるように。
柚月達は、深淵の界が、どこにあるのか、調べなければならない。
だが、そんな時間はない。
柚月達は、頭を悩ませた。
しかし……。
「いや、わかっておる」
「本当か?光焔」
「うむ、なぜかは、わからぬが……」
光焔は、深淵の界が、どこにあるのかを知っているようだ。
本人は、なぜ、知っているのかわかっていないではあるが。
それでも、柚月達にとっては、都合がいい。
静居達よりも、深淵の囚人の元へたどり着ける可能性が、見えてきたのだから。
「柚月、どうするつもりだ?」
「……静居達が、深淵の囚人を解放する前に、殺すしかない」
九十九は、柚月に尋ねる。
静居達よりも、深淵の囚人を見つけたとして、どうするかだ。
静居達が解放する前に殺すか、静居達を食い止めるか、どちらかしかない。
苦渋の選択を迫られた柚月であったが、一つの答えを出す。
それは、深淵の囚人を殺すことであった。
「やれるか?」
「不本意ではあるが、封印されているなら」
「なるほどな。今回は、その方がいいだろうな」
千里は、柚月に確認するように、問う。
相手は、相当、手ごわいはず。
殺せるかどうかも、定かではない。
何より、同じ聖印一族だ。
同胞を殺すことになる。
だが、柚月に迷いはなかった。
目覚める前に、殺そうとしているようだ。
これは、柚月達にとっては、卑劣なやり方だ。
聖印一族の誇りを捨てたも同然。
だが、もはや、ためらっている猶予はない。
「やるしかないな」
柚月達は、腹をくくった。
深淵の囚人を自分達の手で殺すことを。
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