第五十九話 深淵の番人

 静居の企みを知った柚月は、静居達よりも、先に深淵の囚人を見つけ、殺すため、深淵の界を目指す。

 朧、九十九、千里、綾姫、瑠璃、美鬼、光焔を引き連れて。


「この近くにあるんだな?」


「うむ」


 光焔は、柚月達の前に出て歩いている。

 それも、淡々とした様子で。

 周辺は、木々に囲まれており、近くには、山がそびえ立っている。

 どうやら、どこかの山の近くに深淵の界はあるようだ。

 柚月の問いにも、しっかりとうなずいて、答える光焔。

 深淵の界まで、もう少しと言ったところなのだろうか。


「まさか、獄央山の裏にあるとはな……」


「ああ、本当にな……」


 朧は、周辺を見回して、呟く。

 なんと、深淵の界は、獄央山の裏にあるようだ。

 千里も、感傷に浸りながら、呟く。

 おそらく、思い返しているのだろう。

 獄央山は、柚月達にとって、因縁の場所と言っても過言ではない。

 柚月と九十九は、かつて、獄央山の洞窟の奥にある地獄で天鬼と死闘を繰り広げ、千里は、餡里と共に、静居によって、追い詰められ、この獄央山に封印されたのだ。

 そして、静居の命令に従い、柚月を呪いにかけてしまった。

 柚月達にとって、あまり、思いだしたくない記憶であり、避けられない場所であった。


「で、本当によかったのか?」


「何がだ?」


「情報もすくねぇのに、これだけの人数で、あの深淵の囚人ってやつをぶっ殺せるのか?」


 九十九は、柚月に疑問を投げかける。

 危惧しているのだろう。

 深淵の囚人は、聖印一族でさえも、殺せず、封印するしかなかった人物だ。

 その深淵の囚人をたった八人で乗り込み、殺そうとしている。

 しかも、その者に関する情報は、少なすぎる。

 対策も練られないまま、乗り込もうとしているのだ。

 九十九が、危惧するのは、当たり前なのだろう。


「お前の言いたいこともわかる。だが、静居の罠と言う可能性もある。全員で、行けば、逆に、静居の思惑にはまる事もある」


「なるほどな」


 確かに、九十九が懸念している事も、柚月は、理解している。

 何も情報なしに、少人数で乗り込むのは、得策ではない。

 あまりにも、無防備すぎると言っても過言ではないからだ。

 だが、用心しなければならない。 

 なぜなら、相手は、静居だ。

 情報操作をし、自分達をほんろうしているかもしれない。

 もし、これが、罠だったとしたら、静居の思惑にはまり、全滅と言う事もありうる。 

 ゆえに、柚月は、少人数で深淵の界に、乗り込むことを決意したのだ。


「静居の動向も、平皇京の状況も知っておかなければなりませんからね」


「ああ」


 美鬼が、理由を付け加える。

 静居の動向や、平皇京の状況も知っておく必要があるからだ。

 他の街の事も。

 そして、光の神を復活させる手掛かりも、まだ、つかめていない。

 それゆえに、柚月は、柘榴達に光城に残ってもらったのだ。

 自分達がいなくとも、彼らが動けるようにと。

 柚月は、それほど、柘榴達を信頼しているのだ。


「ねぇ、深淵の界について聞いていいかしら?」


「うん、ずっと、気になってた」


 綾姫と瑠璃は、深淵の界について柚月に尋ねる。

 気になっていたのだ。

 深淵の界については、綾姫達でさえも、知らない。

 機密情報だったのだろう。

 それゆえに、深淵の界については、ごく一部の人間しか知らされていない。

 これから、向かう場所だ。

 少しでも、知る必要がある。

 綾姫達は、そう考えたのであろう。


「深淵の界は、元々は、妖の住処だったのだ」


「ええ!?」


「つまり、妖の巣窟」


「そうだ」


 光焔が、柚月の代わりに説明をし始める。

 深淵の界は、元々、妖達が住んでいた場所だったようだ。

 綾姫は、驚くが、瑠璃は、冷静に答える。

 反応は、両極端だ。

 おそらく、綾姫は、予想していなかったのだろう。

 だが、瑠璃は、推測していたようだ。

 深淵の界の事を。


「神々がいたという説もあるらしいな」


「うむ」


 柚月は、説明を続ける。

 なんと、神々が住んでいたという説もあるらしい。

 柚月は、この仮説に関しては、信じていなかった。

 妖と神が、共に住んでいたという事は、まず、あり得ないと思っていたからだ。

 だが、光焔の正体を聞いた時、その仮説は、正しいかもしれないと考えを改めるようになった。


「昔、深淵の門は、閉じられていた。だが、千年前、何者かが、深淵の扉を開け、妖達は、世に出てしまったのだ。再び、深淵の門は、閉じられたが、遅かった」


「その時から、俺達、聖印一族と妖の戦いが、始まったってことか」


「うむ。誰が開けたのかはわからぬが」


 光焔の話を聞いた朧は、推測する。

 何者かが、深淵の門を開けたがために、聖印一族と妖の戦いが、始まってしまったのだと。

 つまり、千年前、突如、妖が出現した原因が、深淵の門が開かれた事によるものだったのだ。

 しかし、誰が開けたのだというのだろうか。

 そのことに関しては、光焔も、知らないようであった。


「だが、どうやって、門を開けるつもりだ?静居も、門が開けられないんだろ?」


「問題ない。深淵の番人に頼めばよいのだ」


「深淵の番人?」


「うむ」


 千里は、疑問を抱く。

 深淵の門をどうやって開けるかだ。

 おそらく、静居も、どうやって門を開けるか知らないのだろう。

 それゆえに、隊士達に調べさせているのではないだろうかと推測する。

 だが、千里の問いに対して、光焔は、問題ないと答える。 

 深淵の番人に頼むようだ。

 だが、深淵の番人とは、何者なのだろうか。

 首をかしげる瑠璃に対して、光焔は、静かにうなずき、ふと、足を止めた。

 どうやら、目的の場所にたどり着いたようだ。

 と言っても、門らしきものは、何もない。

 だが、柚月達は、光焔を信じ、問いかけることなく、立ち止まっていた。


「門を開けよ」


「誰だ?」


「我が名は、光焔だ」


「……良いだろう。ほら、入んな」


 何の前触れもなく、光焔は、誰かに話しかける。

 すると、どこからか、声が聞こえたのだ。

 老人のようなしゃがれた声が。

 老人は、何者かと尋ねると光焔は、名を名乗る。

 すると、老人は、黙り込むが、声の主が、光焔だと信じたのだろう。

 老人は、柚月達が、深淵の界へ入る事を許可した。

 その時だ。

 青、白、黒が入りまじった光が出現したのは。

 その光は、天へと延び、柚月達の伸長を軽々と超えて巨大化した。


「な、なにこれ、何か、出てきたわよ?」


「これが、深淵の門だ」


「そういう事か」


「では、行くぞ」


 突然の事で、驚きを隠せない綾姫。

 そんな彼女に対して、光焔は、冷静に答える。

 この光こそが、深淵の門なのだと。

 光焔の答えを聞いた柚月は、納得した。

 深淵の門は、外側からは、決して開けられない。

 老人が、認めたものしか、入れないようにしてあるのだろう。

 光焔は、柚月達に、深淵の門へ入るよう促し、柚月達は、光焔と共に、深淵の門をくぐった。



 深淵の門をくぐると、青と黒が入りまじった洞窟が柚月達の目に入った。

 その洞窟こそが深淵の界なのだろう。

 その洞窟は、青い宝石と黒い宝石ででできているように思える。

 だが、気味悪さを一切感じない。

 本当に、神々がいたのではないかと思うほどに美しい場所だったのだ。

 深淵の界をまじまじと見つめる柚月達。

 すると、光焔より少し、背の高く、白いひげを生やした仙人のような老人の妖が、柚月達の元へと歩み寄った。


「よう、光焔。久しぶりだな」


「うむ、久しぶりだ。笠斎りゅうさい


 老人の妖と挨拶を交わす、光焔。

 どうやら、老人の妖、笠斎とは、知り合いのようだ。


「光焔、もしかして、この者が……」


「うむ、深淵の番人、笠斎だ」


 柚月は、気付いたようだ。

 いでたちや雰囲気からして察しのだろう。

 笠斎が、何者なのかを。

 光焔は、改めて、紹介する。

 笠斎が、深淵の番人なのだと。


「その通りだ。で、こいつらは?聖印一族のようだが」


「わかるのか?」


「まぁな。ここの番人だからよ」


 どうやら、笠斎も柚月達が、聖印一族だと見抜いていたらしい。

 さすが、深淵の番人をしているだけのことはある。

 しかし、彼は、本当に妖なのだろうか。

 笠斎からは、妖気を感じられない。

 光焔と同じ、神に近い力を感じるのだ。

 とすれば、彼も、光焔と同様、神から生まれた妖なのだろう。

 柚月達は、そう思えてならなかった。


「この者たちは、聖印一族と彼らと共に戦う妖達だ。わらわ達は、今の聖印寮に対抗するべく、ここへ来た」


「へぇ、あの聖印寮にねぇ。わけを聞かせな」


「うむ」


 光焔は、なぜ、柚月達は、同士である聖印寮に対抗しているのかを語り始め、笠斎は、静かに、聞いていた。


「なるほどな、いいじゃねぇか。気に入ったぜ。わしも、静居が気に入らなかったからよ。協力してやるよ」


 話を聞き終えた笠斎は、柚月達の意思に賛同する。

 静居の事を快く思っていないようだ。

 そのため、静居に対抗するべく、柚月達に協力を申し出たのであった。


「でも、ここに何のようだ?対抗する手段なんかねぇはずだぞ?」


「ここに、深淵の囚人が封印されている。静居は、その者を狙っているのだ」


「なるほどな。お前らは、そいつを殺そうってことか?」


「ああ」


 光焔は、ここに来た理由を明かす。

 笠斎は、納得したようだ。

 それほど、深淵の囚人は、凶悪なのだろう。

 柚月達が、深淵の囚人をどうするかまで、察したようだ。

 やはり、笠斎は、ただ者ではなさそうだ。


「そうかい。けどよ。お前らは、同胞を殺せるか?いや、人間を殺せるのか?」


「……覚悟の上だ。和ノ国を守るためなら、囚人を殺す。たとえ、聖印一族であってもだ」


「いい覚悟だ。了解だ。深淵の界に、案内してやるよ。ついて来な」


 柚月の意思を聞いた笠斎は、承諾する。

 和ノ国を守るためなら、同胞であっても殺す。

 それは、静居に対してもだろう。

 柚月達の覚悟を笠斎は、受け止めたようだ。

 笠斎は、柚月達に背を向け、歩き始める。

 深淵の囚人が封印されている場所へ、案内してくれるようだ。

 柚月達も、静かに、笠斎についていった。

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