第五十六話 新たな力と共に

 静かに餡里の葬儀が行われる。

 火葬が行われ、餡里の遺体は骨だけとなり、骨壺に収められた。

 本当は、今すぐにでも、墓を立て、静かに眠らせてやりたい。

 だが、それは、叶わない。

 静居が、聖印京を掌握している。

 このままでは、餡里は、静かに眠ることさえできないだろう。

 戦いが終わるまでは、高清が、餡里の骨を保管することとなった。

 朧は、部屋で、一人、空を見上げている。

 餡里と過ごした日々を思い返しながら。

 そんな時だ。

 柚月が、御簾を上げ、朧の部屋に入ってきたのは。


「朧」


「兄さん」


「大丈夫か?」


「うん」


 柚月は、朧に問いかける。

 心配しているのだ。

 朧は、友を失い、喪失感を抱いている。

 彼の死を受け入れ、立ち直るには、時間がかかるだろう。

 だが、朧は、強くうなずいた。

 柚月が、思っていた以上に、朧は、強いようだ。

 餡里の為にも、前を向き、懸命に生きようとしている。

 柚月は、そう思えた。


「千里と陸丸は、大丈夫かな……」


「さっき、様子を見てきた。大丈夫、だと思うんだがな……」


「うん」


 それどころか、朧は、千里と高清を心配しているようだ。

 自分の事よりも、彼らの事を考えていたらしい。

 確かに、千里は餡里の相棒であり、高清は餡里の父親だ。

 朧よりも、長い時間を過ごしてきた。

 だからこそ、彼らの事を心配していたのだろう。

 そんな朧に対して、柚月は、報告する。

 二人の様子を見てきたのだが、千里も高清も、朧同様、餡里の死を受け入れているように思えた。

 

「兄さん、絶対に、静居と夜深を止めよう。明枇と餡里の為にも」


「ああ、そのつもりだ」


 朧は、改めて決意を固めた。

 魂をささげ、命を賭した明枇と餡里の為にも、和ノ国を守ると。

 もちろん、柚月も、同じ意思を持っている。

 必ず、静居と夜深を止めると。

 柚月と朧は、誓いを立てたのであった。


「おい、入るぞ」


「どうぞ」


 九十九の声が部屋に響く。

 どうやら、朧の事を心配しているらしい。

 朧は、うなずき、九十九は、御簾を上げて、部屋へと入った。


「朧、大丈夫か?」


「うん。俺なら、大丈夫」


「そっか、よかった」


 九十九は、朧に声をかける。

 やはり、心配していたようだ。

 だが、朧は、強くうなずく。

 様子を見る限り、無理をしていたり、気丈に振る舞っているわけではなさそうだ。 

 本当に、餡里の死を受け入れ、前に進もうと決めたのだろう。

 柚月も、九十九も、朧の強さを改めて知ったのであった。


「そうだ。九十九に、渡したいものがあったんだ」


「なんだ?」


「これ」


 朧は、九十九にある物を差し出す。

 それは、紅椿だ。

 かつて、椿の愛刀であり、朧が、今まで借りていた刀だ。

 それを九十九に渡したいと思っていたらしい。


「これ、椿の……」


「九十九が、持っててよ」


「いや、俺は……」


 朧は、紅椿を九十九に差し出すが、九十九は、戸惑ってしまう。

 椿の愛刀を九十九に持っていて欲しいと思ったのだろう。

 九十九は、妖刀を失ってしまった。

 今後の戦いに刀は、必ず必要となってくる。

 そう考えた時、朧は、思いついたのだ。

 九十九が愛した椿の愛刀を九十九に渡そうと。

 だが、九十九は、妖だ。

 妖が、宝刀を持っていては、妖気で破壊してしまう可能性がある。

 椿の遺品である紅椿を。

 そう思うと、九十九は、受け取れず、躊躇してしまった。


「妖が宝刀を持ってはいけないなんて、俺は、聞いてない。だから、持ってて。姉さんが、九十九の事守ってくれるから」


「無茶苦茶な奴だ。けど、ありがとな」


 朧は、強引に九十九を説得する。

 確かに、妖に宝刀を持たせるなとは言われていない。

 となれば、妖が宝刀を持っていても、問題はないのではないかと朧は、推測したようだ。

 それに、椿が九十九を守ってくれる。

 そんな気がした為、朧は、九十九に紅椿を渡したのだ。

 これは、屁理屈のようにしか聞こえない。

 根拠は、どこにもないのだから。

 だが、朧が、そう言うのなら、そうなのかもしれない。

 九十九は、あきれながらも、朧から紅椿を受け取った。


「そう言えば、柚月、真月は、どうした?」


「ああ、あれか?あれなら、千里に渡した」


「千里に?」


「ああ」


 九十九は、ふと、気になることがあった。

 それは、柚月が、宝刀・真月を腰に下げていない事だ。

 真月は、柚月の愛刀でもある。 

 なぜ、それを持っていないのか。

 九十九は、違和感を覚えたのだろう。

 柚月は、九十九の問いに答える。

 柚月が、真月を腰に下げていない理由は、千里に、渡したからだ。

 なぜ、千里に渡したのか、見当もつかない九十九。

 柚月は、千里との会話を思い返しながら、説明し始めた。



 餡里の葬儀が終わり、しばらくしてからの事だ。

 柚月は、千里の事を心配し、様子をうかがうために、千里がいる部屋に入った。

 千里は、餡里の死を受け入れているようで、大丈夫だと答えた。

 柚月は、安堵はしたものの、やはり、気になってしまう。

 本当に、大丈夫なのかと。

 だが、千里は、告げたのだ。

 餡里の為に、和ノ国を守りたい。

 立ち止まってなどいられないのだと。

 それは、嘘偽りない千里の本心だ。

 千里の心情を読み取った柚月は、ある物を差し出した。

 それが、真月であった。


「これを持ってろ」


「これは、お前の……」


「ああ、俺には、草薙の剣がある」


「なんで、俺に?」


 千里は、尋ねる。

 確かに、柚月には、草薙の剣がある。

 静居と夜深を追い込んだことも、千里は、聞かされていたが、だからと言ってなぜ、真月を手放し、自分に差し出したのか、見当もつかなかった。


「朧に頼まれてな。千里は、刀がないから、それをあげてほしいって。それは、餡里を最後まで守ってくれた刀だからってな」


 柚月が、千里に真月を差し出した理由は、朧に頼まれたからだ。

 千里は刀を持っていない。

 短刀を持っているが、もう一つ必要ではないかと推測したようだ。

 それで、朧は、真月を千里に渡すことを提案した。

 真月は、餡里が命を落とす時まで、腰に下げていた。

 餡里の遺品と言っても過言ではないだろう。

 柚月も、そのことに関して、納得しており、朧の提案を受け入れたのであった。


「どこまでも、お節介な奴だ。でも、伝えておいてくれないか?ありがとうって」


「ああ」


 千里は、あきれた様子で呟く。

 お節介にもほどがあると。

 だが、ありがたい事だ。

 確かに、千里は、刀を欲していた。

 今後の戦いに備えて。

 透馬に頼もうかと思っていたのだが、その必要はなくなりそうだ。

 千里は、餡里を最後まで守った宝刀・真月を柚月から受け取り、お礼を告げた。



「そうだったのか。けど、お前は、いいのか?」


「俺は、大丈夫。千里がいてくれるし」


「だとしても、もし、千里がお前のそばにいなかったら、どうするつもりだよ」


 話を聞いた九十九は、納得したが、気がかりな事が、もう一つあった。

 それは、朧が、宝刀がない事だ。

 宝刀がなければ、自分の身を守る事はできない。

 九十九は、その事を懸念していたのだ。

 だが、朧は、心配ないと答える。

 なぜなら、千里がいてくれるからだ。

 真城家の聖印を餡里から受け取った千里は、刀へと変化できる。

 朧は、千里を手にして、戦うつもりだ。

 と言っても、万が一の事もある。

 もし、千里が近くにいなかった場合、どうするつもりなのだろうか。

 九十九は、不安に駆られてしまった。


「問題ないよ。透馬に、頼んであるから」


「透馬に?」


「うん。明日には、完成するみたいだ」


 朧は、九十九の問いに答える。

 なんと、朧は、透馬に頼んだそうだ。

 実は、朧は、自分が、聖印隊士になった時は、透馬に宝刀を作ってもらいたいと懇願したことがある。

 だが、その時は、朧の聖印能力が判明していなかったため、相性のいい宝刀が作れずじまいだったのだ。

 だが、今は、透馬は、聖印能力も把握している。

 朧と契約している妖の事も。

 そのため、あの時の約束を果たすために、透馬は、朧の宝刀を作る事を決めたのだ。

 幸い、光城には、鍛冶場が設置されている。

 そのため、透馬は、ここで、朧の宝刀を作る事が可能だ。

 明日には、宝刀も完成しているらしい。

 朧は、宝刀を待ち望んでいたのであった。



 時間が立ち、日付が変わった。

 透馬が、朧の宝刀を完成させたらしい。

 それを披露すると透馬が張りきるものだから、柚月達は、仕方なしに、大広間に集まった。


「完成したぞ!」


 透馬が、勢いよく、宝刀を畳の上に上に置く。

 闇のような漆黒の鞘と柄、燃え盛る炎のような深紅の鍔。

 まるで、炎と闇が混ざり合ったような刀のように思えた。


「名は、餡枇あんび。技の名は、餡枇ノ魔刀あんびのまとう。炎と闇の刃を飛ばすことができるんだ。どうだ?」


 透馬が、自信満々に説明し始める。

 どうやら、透馬にとって最高傑作のようだ。

 見た目通り、炎と闇の刃を発動する事ができるらしい。

 名は、餡里と明枇から付けたようだ。


「うん、すごくきれいだ。さすが、透馬」


「まぁな」


「ありがとう」


 餡枇を手に取り、鞘から引き抜く朧。

 白銀の刀身は、光り輝き、美しい。

 これで、透馬も、一人前の鍛冶職人になったと言っても過言ではないだろう。

 透馬は、誇らしげに答え、朧は、微笑みながら、餡枇を鞘に納め、腰に下げた。


「二人は、どうだ?調子は、戻ったか?」


「おう。今まで以上に、力がみなぎってくるぜ、見てみろよ」


 光焔が、九十九と千里に尋ねる。

 気になっていたのだろう。

 新たな力を得た二人であったが、体に、影響を及ぼしていないか。

 だが、その心配は、必要なかったようだ。

 九十九は、人差し指から、小さな白銀の炎を発動した。


「おおっ」


「綺麗ね……」


 九尾の炎は、美しく揺らめいている。

 まるで、命火のように。

 透馬も、綾姫もその美しさに見入ってるようだ。

 九十九は、ふっと、炎を消してみせるが、以前のように、苦しそうな表情を撃買えべる事は、なかった。


「本当に、何ともないのか?」


「おう、母さんのおかげでな」


「そうか……」


 柚月は、九十九に問いかける。

 本当に、命が削られていないかと不安に駆られたのだろう。

 だが、九十九は、堂々と答える。

 その表情から、嘘をついているように柚月は、思えない。

 九十九は、命を削ることなく、九尾の炎を発動できるようになったようだ。

 明枇のおかげで。

 柚月は、ほっと、胸をなでおろしていた。


「千里は?」


「俺もだ」


 九十九が、九尾の炎を披露した後、光焔は、千里に尋ねる。

 千里もうなずき、聖印能力を発動して、刀へと変化する。

 その刀身は、紫色の光を放っている。

 朧は、刀を手に取った。


「すごい……本当に、神刀になれたんだな」


――ああ。


 千里を手にした朧は、感じ取っていた。

 千里から発せられる力は、妖気でなく、神の力のようだと。

 それゆえに、朧は、千里が、神刀に変化できたのだと確信を得た。

 千里も、うなずき、元の姿に戻った。


「後は、光の神を復活させるだけだな」


「うん」


 これで、九十九と千里は、復活を遂げた。

 残すところは、光の神の復活のみだ。

 神を復活させることができれば、静居と夜深に対抗できる。

 柚月と朧は、そう確信していた。


「皆、やるぞ!」


 柚月は、告げ、朧達がうなずく。

 柚月達は、熾烈な戦いを乗り越え、必ず、静居と夜深を食い止めると決意を固めたのであった。


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