第四十二話 空に浮かぶ城

 柚月が発動した斬撃を、静居と夜深は、衝撃波で相殺させようとする。

 だが、それすらも、間に合わないほどの速さで、斬撃は、駆け抜け、見事、静居と夜深に命中した。


「ぐっ……」


『ま、まさか、三種の神器が、これほどの力を秘めてたなんて……』


 直撃を受けた静居と夜深は、一瞬で、重傷を負い、地に臥せる。

 二人にとっては、予想外であったのだろう。

 三種の神器が、自分達の力を上回るほどだったとは。


『我々をなめてもらっては、困るな。夜深』


『ちっ……』


 空巴は、夜深に言い放つ。

 夜深にとっては、空巴達は、夜深よりも、能力が低い神々だと思っていたようだ。

 だが、実際は、神々が生み出し、守ってきた三種の神器を使えば、夜深ですらも、圧倒してしまうほどなのだ。

 夜深は、言い返すこともできず、舌打ちし、空巴を見上げた。


「形勢逆転だな、静居」


「のぼせ上がるなよ、人間風情が!」


 柚月は、静居に迫って、彼を見下ろし、言い放つ。

 三種の神器を使いこなせたことにより、初めて、静居を打ち負かしたのだ。

 だが、静居にとっては、屈辱的であったのだろう。

 傷を負い、地に臥せ、柚月に見下ろされてしまった事に対して。

 それゆえに、静居は、感情任せに、召喚の力を発動し、柚月達を取り囲むように、妖が出現した。


「妖達を召喚したのか!」


 朧は、あたりを見回し、叫ぶ。

 まだ、静居は、召喚できるほどの力が残っていたのかと。

 妖達は、柚月達に迫ってくる。

 妖達を一層すれば、逃げられるだろうが、静居が、柚月達を簡単に逃がすとは、思えなかった。


「どうだ?これで、私達の勝ちだ。そろそろ、あきらめたらどうだ?」


 静居は、不敵な笑みを浮かべて、柚月達に、問いかける。

 これで、柚月達を追い詰められたと思っているのだろう。

 自分が、召喚できなくとも、夜深が、妖達を召喚してくれる。

 柚月達にとって、逃げることすら、許されないようであった。

 しかし……。


『ならば、ここは、一度、退散しよう』


『ええ、そうね』


『同感です』


 空巴が、逃げようと提案する。

 泉那も、李桜も、同意見のようだ。

 しかも、焦っている様子はない。 

 冷静に判断したうえで出した答えのようであった。


『逃げる?どうやって?まさか、この山を下りれると思っているの?』


『いいや、思っていない』


『はぁ?』


 夜深は、空巴達に問いただす。

 逃げると言っても、この山を下りるしか逃げ道はない。

 静居と夜深は、そうさせないために、妖を召喚したのだ。

 だが、空巴は、意外な言葉を口にする。

 山を下りて逃げれるとは思っていないようだ。 

 だが、空巴達の言葉が、全くもって理解できない夜深は、苛立った。


『だから、空へ飛んで逃げるだけだ!』


 空巴は、夜深の疑問に答えるかのように、叫び、手を上にあげて、力を発動する。

 すると、彼の力に呼応するかのように、大きな揺れが、起こり始めた。


「なっ!」


『また、地震!?今度は、なんなの!?』


 大きな揺れに対して、静居も夜深も、戸惑いを隠せない。

 今度は、いったい何が起こるというのであろうか。

 まさか、このまま、自分達を殺そうとしているのではないか。

 そう、予想していた静居であったが、その予想は、覆されることとなった。


「なんだ?何かが浮かんでるぞ?」


「あ、あれは……」


 柚月が、何かに気付き、指を指す。

 それも、空に向かって。

 一斉に、空を見上げる朧達。

 すると、朧は、口を開け、目をぱちぱちとさせていた。

 まるで、信じられないと言っているかのように。


「あ、天利堂!?」


 朧は、驚愕する。

 なんと、空に浮かんでいるのは、あの天利堂だったのだ。

 かつて、天利堂は、餡里が、幼馴染の茜と藍と過ごした場所、そして、朧と千里が、餡里を止めるために、死闘を繰り広げた場所だ。 

 餡里にとっては、いい思い出も、辛い思い出もある場所だ。

 柘榴達も、予想外の出来事だったようで、口を開け、天利堂を見上げたまま、呆然としていた。


『そう、だが、あれは、仮の姿。お前達に、真の姿を見せてやろう』


 空巴は、自慢げに答える。

 なんと、天利堂は、仮の姿だというのだ。

 何のことなのか、さっぱり、理解できず、ついていけない柚月達。

 その疑問に答えるかのように、泉那と李桜は、力を発動する。

 すると、天利堂は、光を放ち、先ほどとは、数倍以上の大きさへと変化していった。


「で、でかっ!」


「わーお、すっごーいね~」


 あまりの大きさに、透馬は、あっけにとられている。

 反対に、景時は、感心しているようだ。

 彼らの反応は、全くもって、懐かしい。

 柚月と朧は、そう感じていたのだが、天利堂が、真の姿を現した後、光の柱を放ち、柚月達を包みこんだ。


「これって、神隠しと同じ……」


 光の柱に包まれた朧は、察する。

 これは、あの神隠しの現象と同じなのではないかと。

 真相を尋ねる為に、空巴へと視線を移す朧であったが、空巴が、静かに、うなずく。

 やはり、神隠しと同じ現象のようだ。

 空巴が、何も言わなくとも、朧は、そう、理解した。

 

『どうだ?これでは、手は出せまい』


『ちっ!』


 空巴は、夜深に問いただし、夜深は、舌打ちをする。

 おそらく、夜深でさえも、手が出せないのであろう。

 だからこそ、言い返すことも、襲うこともできず、夜深は、苛立ったようだ。

 柚月達は、体が浮き上がり、天利堂へと飛び始めた。

 静居と夜深を残して。


「決着は、お預けと言ったところか……だが、いい。いずれ、お前達を殺す。必ずな!」


 柚月達を捕らえる事もできず、殺すこともできない静居は、苛立ちを隠せないまま、柚月に殺すと宣言する。

 だが、柚月は、何も言わず、そのまま、天利堂に吸い込まれた。

 そして、天利堂は、移動し始め、静居達から遠ざかっていった。

 静居と夜深は、柚月達を乗せた天利堂を見上げるしかなかった。


『逃げられたわね』


「そうだな」


『でも、まだ、彼らは、知らないわね。貴方の聖印能力を』


「その通りだ。皇城家の聖印能力は、一切明かしていない。ゆえに、私達は、勝てる」


 夜深は、静居に語りかける。

 だが、静居も夜深もどこか、冷静だ。

 悔しがっている様子はない。

 それどころか、夜深は、まだ、勝ち目はあると言っているようだ。

 なぜなら、静居は、まだ、聖印能力を発動していない。

 しかも、静居は、自身の能力を明かしていないため、聖印一族は知らないようだ。

 そのためか、静居は、柚月達に勝てると確信を得ていた。


「必ず、奴らを殺して、和ノ国を滅ぼす!」


『私も、協力するわ。貴方となら、どこまでも堕ちていける』


「堕ちる?それは、違うな、夜深。私は、天に立つ者だ」


 静居は、決意する。 

 柚月達を殺して、和ノ国を滅ぼすことを。

 夜深は、静居に寄り添う。 

 しかも、静居となら、堕ちていけると語って。

 だが、静居は、堕ちる気はないようだ。

 なぜなら、静居は、神となると宣言したからであった。


『そうだったわね』


 静居の答えを聞いた夜深は、妖艶な笑みを浮かべる。

 まるで、予想していたかのように。


 

 空に浮かぶ天利堂に吸い込まれた柚月達。

 だが、そこは、かつて、目にした天利堂とは思えないほどの広さであった。

 いくつも部屋があり、道具もそろっている。

 戦いに備えて、神が、用意したとでもいうのだろうか。


「ずいぶんと広いな」


「本堂より、広そうだぜ」


「迷ったりするなよ」


「大丈夫だって」


 大広間に集まった柚月達。

 柚月は、透馬と何気ない会話をし始める。

 久しぶりであり、懐かしい。

 そう思えたからか、柚月と透馬は、どこか、いつも以上に、うれしそうな表情を浮かべていた。


「餡里、大丈夫か?」


「陸丸……」


 餡里は、ゆっくりと、歩き始める。

 あの後、綾姫達の治療により、傷が癒えたのだ。

 だが、それでも、体調はあまりよくない。

 無理をしてしまったからであろう。

 高清は、不安に駆られた様子で、餡里に歩み寄り、彼を支えて、尋ねる。

 まだ、自分は、餡里に恨まれているかもしれないという恐れを抱きながら。

 朧も、心配になり、二人の様子を遠くから、うかがっていた。


「うん、大丈夫。ありがとう」


 餡里は、微笑んでうなずく。

 高清の事を恨んではいないようだ。

 元の関係に戻れた気がした高清は、笑みを浮かべる。

 それも、涙ぐんでだ。

 朧も、安堵し、微笑み、餡里の元へ歩み寄った。


「ここ、本当に、天利堂なの?全然、違うよ……」


「うん。空に浮かんでるとか、信じられないな……」


 朧も、餡里も、あたりを見回しながら、呟く。

 自分達が、いるところが、かつて、死闘を繰り広げた天利堂であり、尚且つ、その天利堂が、空に浮かんでいるとは、にわかに信じがたい事なのだろう。

 それは、柚月達も、同じだ。 

 外を眺めては見るが、何度も見ても、見慣れない光景であった。


「天利堂は、確か、仮の姿と言っていたな。空巴」


『そうだ。もともとは、神々の城だ。いや、光の神の城と言ったほうが正しいであろうな』


「光の神の城……」


 柚月は、空巴に尋ねる。

 天利堂のことについて。

 空巴は、柚月の問いにうなずき、説明する。

 天利堂は、元々は、光の神の城だったようだ。

 光焔は、何か、感じ取ったのか、小さな声で呟いていた。


『ようこそ、光城こうじょうへ。歓迎しよう、諸君』


 空巴、泉那、李桜は、柚月達を歓迎したのであった。

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