第三十三話 豹変

「操られてる?矢代様が?」


 光焔の発言に柚月は、未だ、信じられずにいる。

 矢代は、そのような様子を見せていないからだ。

 いつものように姉後肌であり、頼もしい。

 それゆえに、矢代が操られているとは到底思えなかった。


「何かの間違いじゃないのか?」


「間違いではない。わらわにはわかるのだ」


 朧は、光焔に問いかける。

 間違いだと否定したくて。

 だが、残酷なまでに光焔は、堂々と、間違いではないと告げた。

 神から生まれた光の妖であるがゆえに、見抜いたのであろう。

 矢代は、すでに、操られていると。


「矢代様、本当なのですか?」


 柚月は、矢代に問いかける。

 真意を確かめたくて。

 矢代は、答えようとしない。

 ただ、うつむくばかりだ。

 不安に駆られる柚月達。

 だが、その時であった。


「ふふ、ふふふ……」


 突然、矢代が、笑い始める。

 ただ、静かに、不気味に。


「あははははははっ!!」


 今度は、矢代は、顔を上げて、高笑いをし始めた。

 まるで、豹変したかのように。

 柚月、朧、餡里は、あっけにとられている。

 だが、光焔だけは、冷静に、矢代をにらみつけていた。

 柚月達は、矢代が、操られていると、気付いてしまった瞬間であった。


「残念だよ。あんた達の事を軍師様に差し出してやろうと思ったのにねぇ」


 ついに、矢代は、不敵な笑みを浮かべて、衝撃的な言葉を柚月達に、吐き捨てる。 

 本当に、矢代は、操られてしまっていたのだ。

 しかも、柚月達を静居に差し出そうとしていたらしい。


「矢代様、本当に……操られてたのか……」


「じゃあ、父さん達も……」


 柚月と朧は、愕然としてしまう。

 まるで、悪夢だ。

 懸念していた事が、実際、起こってしまったのだ。

 矢代が、操られていたとわかった事により、朧は推測してしまう。

 おそらく、矢代だけでなく、勝吏と月読も、操られているであろう。

 いや、聖印一族は、全員、操られてしまったようだ。

 静居は、完全に、聖印京を制圧してしまっていた。


「まさか、俺達をここへ案内したのも……」


「捕らえる為さ」


 矢代は、柚月の問いに、堂々と答える。

 ゆがんだ笑みのまま。

 矢代が、柚月達を見つけたのは、偶然だが、声をかけ、屋敷へ連れてきたのは、意図しての事だ。

 静居の元へ連れていき、静居に差し出すために。

 光焔が、見抜いていなければ、柚月達は、静居に捕らえられ、殺されていたであろう。

 そう思うと、柚月達は、背筋に悪寒が走り、静居に対して、怒りを募らせた。


「仕方がない。おとなしく、捕まってもらうよ!」


 矢代は、構える。

 柚月達を捕らえる為に。

 柚月と朧は、矢代を警戒し、構えた。

 だが、刀は、抜けない。

 矢代相手に、刀を使用するなど、柚月達には、到底、できないのだ。

 今、矢代は、宝刀を持ってはいないものの。

 陰陽術の使い手だ。

 油断は、禁物。

 それでも、柚月と朧は、体術や陰陽術で矢代の攻撃を防ぐしかなかった。


「光焔!」


「うむ!」


 柚月は、光焔の名を呼び、光焔は、うなずきながら、餡里の前に立つ。

 今の餡里は、とてもじゃないが、逃げれる状況ではない。

 ゆえに、光焔に、餡里を任せたのだ。

 彼を守るように。

 光焔も、自分が、何をすべきか、理解しており、餡里を守るために、前に立ったのであった。

 矢代が、すぐさま、陰陽術を発動する。

 敵を拘束させる技だ。

 だが、朧は、陰陽術を発動して、火を出現させ、相殺させる。

 その隙に、柚月が、矢代を捕らえようと前まで迫った。


「無駄だよ!」


「ちっ!」


 矢代は、陰陽術を発動して、再び、柚月を捕らえようとするが、柚月は、気付き、とっさに、後退する。

 代わりに、朧が、柚月の前に出て、再び、陰陽術を発動して、火を出現させて、相殺させた。

 だが、矢代は、次々と陰陽術を発動していく。

 柚月と朧は、それを回避し、相殺させるだけで、手いっぱいであった。


「あたしは、陰陽術の使い手だよ?あんた達に、負けるはずがないのさ!」


 矢代は、陰陽術を発動し続ける。

 確かに、矢代は、陰陽術の使い手だ。

 体術と陰陽術で、防ぎきれる相手ではない。

 柚月と朧は、次第に、ほんろうされていった。

 しかし……。


「ならば、これでどうだ!」


「っ!」


 光焔が、光を発動する。

 攻撃するためではない。 

 単なる目くらましだ。

 まばゆい光を浴びた矢代は、思わず、目を閉じ、隙を作ってしまった。


「柚月!朧!今だ!!」


「すまない!」


 光焔の援護により、柚月と朧は、地面を蹴り、矢代に向かっていく。

 朧は、陰陽術を発動し、矢代を拘束しようとするが、矢代も、陰陽術で、術を解除させる。

 だが、その間に、柚月が、間合いを詰めて、矢代の腕をつかむ。

 朧が、発動した術は、単なるおとりだったのだ。

 柚月は、矢代の動きを封じ、足払いを駆けて、矢代をうつぶせにして、押し倒し、朧が、矢代の腕を押さえつけた。。


「うあっ!」


「すみません、矢代様」


「ちっ……」


 矢代の動きを封じるとはいえ、手荒な真似をしてしまった事に対して、罪悪感を感じる柚月。

 矢代は、舌打ちをし、術で、強引に解こうとするが、それよりも、早く、朧が、明枇を鞘から引き抜き、矢代の首元に当てた。


「聞きたいことがあります。綾姫様と瑠璃は、どこにいますか?」


「……」


 朧は、矢代に問いただす。

 矢代は、知っていると判断したからだ。

 先ほど、知らない、初耳だと言ったのも、嘘であろう。

 朧の読み通りなのか、矢代は、黙っている。

 黙秘するつもりだ。

 だが、朧は、致し方なしと判断し、明枇を矢代の首に押し当て、首から、血が流れた。


「答えてください」


 朧は、再度、矢代に問いただす。

 だが、これ以上、矢代を傷つけるような真似は、したくない。

 どうか、答えてほしい。

 朧は、そればかり、願った。

 その時であった。


「あ、あの子達は……静居に、とらわれてる……。本堂の……どこかに……」


「わかりました。ありがとうございます」


 矢代は、体と声を震わせながら、答える。

 命の危機を察したからなのだろうか。

 矢代は、まるで、抵抗しているようにも見える。

 綾姫と瑠璃の居場所を知った朧は、矢代を陰陽術で拘束し、柚月と共に立ち上がった。


「行くぞ」


「うん」


 柚月と朧は、屋敷を出る事を決意する。

 だが、その前に、柚月は光焔の元へ、朧は餡里の元へと歩み寄った。

 彼らの身を案じて。


「餡里、申し訳ないんだけど……」


「はい。僕は、大丈夫です」


「ごめん」


 朧は、申し訳なさそうに、懇願しようとする。

 餡里の具合は、良くない。

 だが、ここに留まるわけにもいかず、餡里に無理をさせてしまうことになる。

 朧は、その事を悔やんでいたのだ。

 だが、餡里は、大丈夫だと答える。

 それも、無理をして。

 朧は、その事に気付いており、心が痛み、謝罪した。

 柚月達は、すぐさま、屋敷を出る。

 矢代を残して。


「ちきしょう……」


 矢代は、つぶやいた。

 光焔が、気付いていなければ、柚月達を静居の前に差し出せたのにと、悔やみながら。

 すでに、矢代は、柚月達の姿を見失ってしまった。



 柚月達は、隊士達の監視をすり抜けて、道場の裏側にたどり着く。

 安全というわけではない。

 だが、幾分か、いい方だ。

 そのため、柚月達は、道場の裏側で、体を休めることにした。


「餡里、大丈夫?」


「あ、はい……」


「ここなら、少しは、休められるはずだ。本当に、少しの間だけなんだが……」


「いえ、ありがとうございます。すみません……」


 柚月達は、餡里の身を案じる。

 餡里は、うなずくが、やはり、悔しそうだ。

 無理をさせてしまったのだろう。

 せめて、少しでも、休んでほしいと柚月達は、願っていた。

 だが、それが、餡里にとっては、辛かった。

 足手まといになってしまっているのではないかと悔やんで。

 柚月達には、悟られないように、餡里は、笑みを浮かべるしかなかった。


「なぁ、兄さん……」


「どうした?」


「矢代様が、操られてるってことは……」


「……父上も、母上も、操られてる可能性が高いな。いや、聖印一族、全員が、操られてるだろう」


 柚月達は、状況を察した。

 自分達が、逃亡している間に、聖印一族の全員が、静居に操られてしまったのだろうと。

 やはり、このまま、逃げず、残るべきだったのではないかと、柚月も、朧も後悔していた。

 勝吏達と共に、抵抗していれば、このような事には、ならなかったのではないかと考えて。


「だが、完全ではないようだ」


「え?」


 柚月は、矢代とのやり取りを思い返し、まだ、完全に操られていないのではないかと、推測する。

 それを聞いた朧は、困惑してしまう。

 なぜ、柚月は、そう思ったのだろうか。


「抵抗しているように見えた。綾姫達の居場所を告げた時は、矢代様は、静居の事を呼び捨てにしていた」


「あ……」


 柚月が、そう推測した理由は、矢代が、静居の事を呼び捨てにしていたからだ。

 それに、体を震わせていたのは、柚月達に対して、抵抗しているのではなく、静居に対して、抵抗しているのではないかと推測していた。

 だからこそ、呼び捨てにしていたのかもしれない。

 朧も、思い返して、気付いたようだ。

 つまりは、まだ、矢代達は、完全に操られていない。

 ゆえに、機会があれば、聖印一族を解放することができるのではないかと。


「さて、どうやって、本堂に乗り込むかだな……」


「うん……」


 問題は、ここからであった。

 本堂は、隊士も、聖印一族も、いるはずだ。

 今は、柚月達の正体は、気付かれていないが、一般人として、本堂に乗り込むことは、できない。

 もし、乗り込めたとして、彼らに見つからないように潜り抜けるのは、至難の業であろう。

 かといって、万が一、見つかってしまったら、戦うことができるだろうか。

 かつての仲間や一族と。

 柚月達は、それを懸念していたが、悩んでいる時間もなかった。



 静居は、廊下を静かに歩いている。

 それも、たった一人でだ。

 どこへ向かうというのであろうか。

 隊士達は、静居を目にした瞬間、頭を下げている。

 抵抗もなく。

 静居にとっては、それが、心地がいいだろう。

 自分は、あがめられていると錯覚しているようだ。

 静居は、満足そうな笑みを浮かべながら、ある部屋にたどり着く。

 その部屋は、結界が張られているようだ。

 誰かを捕らえているのだろうか。

 静居は、張られていた結界を解除すると、御簾を上げ、部屋に入った。


「気分は、どうだ?姫達よ」


 静居は、語りかける。

 なんと、部屋にいたのは、綾姫と瑠璃であった。

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