第三十四話 囚われの姫君達
静居は、不気味に微笑みながら、綾姫と瑠璃に、迫っていく。
まるで、獲物を狙っているかのようだ。
そんな静居に対して、綾姫と瑠璃は、警戒している。
結界の中に閉じ込められた二人は、強力な結界であるため、解くこともできず、部屋から出る事も不可能だ。
そのため、静居は、二人を手に入れたと思い込んでいるに違いない。
もっとも、大きな勘違いなのだが。
「……驚きました。ずいぶんと、様変わりしましたね」
静居が迫ってきたところで、綾姫は、静居の問いに答える。
それも、敵意を露わにして。
綾姫達は、何も知らなかったようだ。
聖印京が、どのような状況になってしまったのかを。
しかも、誰のせいでこうなったかを。
それゆえに、綾姫は、敵意を露わにしたのだろう。
「居心地はよいか?」
「いいえ、気分は最悪です」
それでも、静居は、綾姫の問いかける。
敵意を向けられてもお構いなしに。
今度は、綾姫は、笑みを浮かべながら、皮肉を込める。
他の聖印一族とは違って、従うつもりはなく、真っ向から、抵抗するようだ。
さすが、恐れを知らない大胆不敵な姫君と言ったところであろうか。
「勇ましい姫君だ」
皮肉を込められてしまった静居は、冷たい眼差しで、綾姫を見下ろす。
その気になれば、いつでも、殺せると脅しているかのようだ。
だが、それでも、綾姫は、屈することはない。
静居をにらんでいた。
だが、その時だ。
瑠璃が、綾姫の前に出たのは。
まるで、彼女をかばうかのように。
「姫をかばっているつもりか?安城家の娘よ」
「……そう。私は、彼女を守ると誓った。貴方から」
「そうか」
静居は、ますます、冷酷なまなざしで瑠璃を見下ろす。
彼女は、自分の思惑に反して、逃亡した者だ。
瑠璃が、命令に従っていれば、地獄の門は破壊されずに済んだだろう。
そう思うと、腹立たしさを抑えられそうにない。
だが、瑠璃は、冷静に、答える。
綾姫は、自分を軽蔑することなく、優しく接してくれた。
ゆえに、瑠璃は、綾姫を守ると誓ったのだ。
たとえ、静居が、相手でも。
怖気づくことない綾姫と瑠璃を見た静居は、まるで、興味が失せたように、ため息をついた。
「それで、なぜ、私達を捕らえたのかしら?」
「お前達は、私にとって脅威だ。神と心を通わせることができる。皇城家にしかできなかったというのに」
綾姫は、静居に問いただす。
なぜ、自分達を捕らえたというのだろうか。
静居は、その問いに答えた。
綾姫と瑠璃は、自分にとって、驚異的だ。
いずれは、自分の野望の妨げになるだろう。
なぜなら、綾姫と瑠璃は、神と心を通わせることができる。
そのような能力を持っていたのは、皇城家のみだったというのに。
「つまり、捕らえた理由は、私達を殺すため?」
瑠璃は、確認するかのように、問いかける。
自分達を殺すのかと。
だが、瑠璃の問いに、静居は、静かに首を横に振った。
「いいや。殺しはしない。なぜなら、お前達は、餌だ」
「餌?」
静居は、綾姫達の事を餌と比喩したのだ。
綾姫は、不快に感じ、静居に問いかける。
餌とはどういう意味なのだろうか。
静居は、何を企んでいるというのだろうか。
「鳳城柚月と鳳城朧が、逃亡した。妖を連れてな」
「え?」
「朧達が?」
静居は、綾姫達にとって衝撃的な言葉を発する。
なんと、柚月と朧が、妖を連れて逃亡したというのだ。
これには、さすがの二人も、驚愕し、動揺を隠せなかった。
愛する人が、聖印京から逃亡したなどと考えたくないのであろう。
だが、静居は、それ以上、詳しい事は語ろうとしない。
柚月達が、なぜ、逃亡したのか。
語るつもりなどないのであろう。
綾姫達は、衝撃を受けたのか、ただ、呆然としてしまった。
「だから、お前達が、必要なのだ。あ奴らをここに、呼び戻すためにはな。そのために、情報を流させた。戦力を削られてしまったようだが」
自分にとって、脅威となる綾姫と瑠璃を殺さずに、捕らえたのは、柚月達を聖印京に戻させるためだ。
そのために、わざと、情報を篤丸に流させたらしい。
だが、静居にとって予想外の事が起こった。
それは、平皇京へと侵攻させた際に、術で出現させた壁によって、捕らえられてしまった事だ。
戦力を削られてしまったが、静居にとっては、何の影響もないのであろう。
柚月達を捕らえることなど、造作もないと思っているからだ。
「お前達がとらえられていると知れば、必ず、あ奴らは、戻ってくる。本当は、お前達を操って、あ奴らを殺させたいところなのだが、それは、不可能らしい」
「なぜ?」
恐ろしい事に、静居は、綾姫達を操って、柚月達を殺そうとしていたようだ。
柚月達であっても、綾姫達と戦うことは、できないであろう。
ゆえに、彼女達を操ろうとしていたのだ。
なんと、非道な男であろう。
綾姫と瑠璃は、嫌悪感を露わにするが、どうやら、二人を操る事は、不可能らしい。
綾姫は、静居をにらみながら、問いただした。
「お前達は、神と心を通わせることができる。それゆえに、不可能なのだ。腹立たしい事にな」
静居が、綾姫達を操れない理由は、神と心を通わせることができるかららしい。
おそらく、二人は、何らかの形で、神とつながっているのだろう。
ゆえに、神と心を通わせ、静居の術から逃れられたのだ。
だが、それは、静居にとって腹立たしいことである。
二人は、自分の思い通りに、動かせないのだから。
「だが、聖印一族の人間、全てを手駒にした。これで、あ奴らを捕らえ、殺すことは、簡単だ。抵抗は、するだろうがな」
だが、静居は、二人を操れなくても、まだ、策はあるようだ。
静居は、一般人や一般隊士だけでなく、聖印一族まで、操る事に成功した。
ゆえに、聖印京にいる人々は、全員、静居の駒同然なのだ。
彼らに、命じれば、すぐにでも、柚月達を捕らえ、殺すことができるであろう。
静居は、そう、確信していた。
「それまで、待っているがいい」
静居は、そう言い残し、綾姫達に背を向け、部屋から去ろうとした。
「朧……」
瑠璃は、朧の身を案じて、名を呼ぶ。
自分のせいで、朧が、命を落とすのではないかと不安に駆られているようだ。
今すぐ、朧の元へ行きたいが、行くことすらもできない。
瑠璃は、己の無力さに打ちひしがれていた。
静居は、不敵な笑みを浮かべたまま、御簾を上げ、結界を解くため、結界に触れる。
すると、結界が一時的に解除された。
だが、その時であった。
「待ちなさい」
突然、綾姫が立ち上がり、待つよう、静居に、命じる。
命令された静居は、苛立ちを隠せず、振り向き、綾姫をにらんだ。
「なんだ?よもや、抵抗するわけではあるまいな?」
静居は、綾姫に問いかける。
それも笑みを浮かべたまま。
まるで、勝ち誇っているかのようだ。
だが、綾姫は、答えようとせず、ただ、静居の前まで、歩み寄った。
瑠璃は、驚き、呆然と立ち尽くしてしまう。
綾姫は、これから、何をするつもりなのだろうか。
「取引をしない?私と」
「何?」
綾姫は、交渉を持ち掛ける。
彼女が、最も、得意としてきた手段だ。
彼女の交渉力は、聖印一族の中で、抜きんでている。
あの堅物であった月読でさえも、承諾するほどの。
綾姫は、軍師である静居に対しても、交渉しようと試みたが、静居は、眉をひそめる。
まさか、自分よりも身分の低い姫君に、交渉を持ち掛けられるとは、思ってもみなかったのであろう。
綾姫の行動は、静居にとっては、屈辱的であった。
「あなたは、私を欲しているのでしょう?」
「何が言いたい?」
綾姫は、妖艶に、挑発的に、語りかける。
静居は、癪に障ったのか、目を細めて、問いただす。
苛立ちを隠すことなく。
「私は、貴方のものになるわ。だから、柚月達を解放して欲しいの。貴方が、望むなら好きにしていいわ」
「綾姫……」
綾姫は、自分と引き換えに、柚月達を解放して欲しいと懇願したのだ。
それが、綾姫の交渉であった。
自分を犠牲にしようとしているのだ。
柚月達を助ける為に。
瑠璃は、そんな綾姫を見て、心が痛んだ。
そこまでして、彼を愛し、助けたいと願っているのだと。
「くだらぬ。そのような戯言であ奴らを解放するとでも思ったのか?詰めが甘いぞ」
静居は、鼻で笑い、承諾をしなかった。
綾姫の交渉でさえも。
まるで、綾姫を見下しているようだ。
いや、実際、見下しているのであろう。
神となる自分が、そんな交渉に乗るわけがないと。
柚月達を解放するわけがないのだ。
静居は、彼らを殺そうとしているのだから。
「……ええ、思ってないわ」
「何?」
綾姫は、きっぱりと言い切る。
なんと、静居が、交渉に乗るとは、最初から、思っていなかったようだ。
静居は、目を見開き、驚愕している。
だが、その時であった。
瑠璃が、術を発動して、静居に攻撃を仕掛けてきたのだ。
不意打ちを狙って。
「っ!」
静居は、とっさに、左へと回避する。
だが、その直後、静居の足元から術が発動され、瞬く間にして、静居は、捕らえられ、畳に倒れ込んだのであった。
「綾姫!」
「ええ!!」
静居が、身動きが取れなくなった隙に綾姫と瑠璃は、部屋から脱出する。
二人は、脱出する機会をうかがっていたのだ。
そして、静居は、わずかな隙を見せる時まで、じっと、この部屋で耐えていた。
自分達が、動揺したことにより、静居は、勝ち誇ったような顔を見せ、隙を見せたのだ。
そのため、綾姫は、瑠璃が、静居の視界から入らなくなるように、交渉するふりをして、前に立った。
その後、瑠璃が、右側から静居を狙い、左によけさせたのだ。
前々から仕掛けてある術を発動させるために。
これは、前々から、二人が、練っていた作戦だ。
部屋から出る為に。
綾姫が、「交渉」と言う言葉が、部屋から脱出するという合図であった。
静居は、見事二人の策略にはまり、身動きが取れなくなってしまったのだ。
だが、静居が、術を解けないはずがない。
それも、想定していた綾姫は、時間稼ぎの為に、術を三重に、編み込ませて仕掛けたのであった。
静居は、もがき、術から逃れようとするが、絡まった糸のように術が、発動されている。
静居でさえも、術を解くのは、時間がかかりそうであった。
「おのれ……謀ったな!許さんぞ!」
静居が、怒りを露わにして、叫ぶ。
だが、すでに、綾姫達は、静居から遠ざかっていたのであった。
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