第三十二話 抵抗する女鍛冶職人

 矢代は、柚月達に歩み寄り、餡里の顔を覗き込もうとする。

 餡里の顔色が悪いことに矢代は気付いたようだ。


「大丈夫かい?その子、苦しそうだよ」


「あ、えっと……」


 矢代は、柚月達に問いかける。

 どうやら、餡里の身を案じているようだ。

 突然の出来事で柚月は、戸惑ってしまう。

 まさか、矢代と出会うとは、思ってもみなかったのであろう。

 なぜなら、聖印一族は、静居に監視されているはずだから。


「よかったら、あたしの屋敷に来なよ」


「え?」


「薬は、出せないけど、体を休ませることぐらいはできるよ」


 突然、矢代は、自分の屋敷へと誘う。

 これには、柚月も、驚きだ。

 餡里を気遣っての事なのだろう。

 これで、北聖地区に潜入できる。

 だが、矢代を騙すみたいで、心が痛む柚月なのであった。


「まぁ、無理にとは言わないけど……」


 中々、決断を下さない柚月に対して、矢代は、微笑んで告げる。

 一般人が、聖印一族の屋敷に行くなど、滅多にない事だ。

 しかも、この状況下で、うなずく者はいないだろう。

 矢代も、監視下に置かれているはず。

 今は、隊士はいないようだが、もし、知られたりしたら、処罰されるのは矢代であろう。

 それゆえに、柚月は、判断できなかったのだ。

 その事に気付いたのか矢代は、柚月達を気遣った。

 しかし……。


「いいんですか?お……わ、私達が行っても……」


「構わないさ。さあ、こっちだよ」


「……」


 柚月は、意を決して、矢代に尋ねる。

 屋敷へ行ってもよいのかと。

 もちろん、女性のふりをして。

 今は、体を休める場所が必要だ。

 しかも、北聖地区に潜入しなければならない。

 目的を同時に、達成できるのだ。

 一石二鳥と言っても過言ではないだろう。

 矢代を騙すようで、心苦しいが、今は、矢代に頼るしかなかった。

 矢代も、うなずき、柚月達を自分の屋敷へと案内した。

 だが、光焔だけは、矢代を警戒しているように、にらんでいたのであった。



 こうして、柚月達は、北聖地区への潜入に成功し、矢代の屋敷で体を休めることができたのであった。


「少しは、これで楽になるさ」


「ありがとうございます……」


 矢代は、餡里に、水を差しだし、餡里は、その水を飲み干す。

 少し、落ち着きを取り戻せたようで、顔色もよくなった。

 餡里も、具合がよくなってよかったのだが、柚月も、朧も、外の様子をうかがってしまう。

 落ち着けないのだろう。

 聖印京が、激変してしまった事を受け入れられないようで。


「驚いたかい?変わっちゃっただろ?」


「え?あ、はい……そうですね……」


 矢代は、柚月達に語りかける。

 喪失感を覚えた柚月達を目にして、何か、思うところがあったのだろう。

 柚月は、高い声で、戸惑いながらも、うなずく。

 矢代を欺くためとは言え、心が痛んだ。


「あたしら、聖印一族も、行動を制限されててね。まぁ、あたしの場合は、宝刀や宝器を作らないといけないから、まだ、自由な方なんだろうね……」


「だから、南聖地区に?」


「そうさ」


 矢代は、自身の状況について説明する。

 聖印一族は、隊士達に、監視され、行動を制限されている。

 だが、矢代には、特例措置が設けられたのだ。

 彼女は、鍛冶職人である。

 それゆえに、静居は、矢代に宝刀や宝器を作らせることを命じ、聖印京を出ることさえも、許可したのだ。

 だからこそ、矢代は監視されることなく、自由に動けたのだ。

 南聖地区にいたのも、このためである。

 と言っても、宝刀や宝器を期日までに作らなければならないため、自由とは言い切れないのだが。


「さて、気付いてないふりは、ここまでにしておこうか」


「え?」


 突然、矢代は、不可解な事を言いだす。

 気付いてないふりと言いだしたという事は、矢代は気付いているのだろうか。

 目の前に、柚月達が変装しているという事を。


「久しぶりだねぇ、柚月、朧」


「ま、まさか、気付いていたんですか!?」


 矢代は、柚月と朧に話しかける。

 案の定、気付いていたようだ。

 柚月も、驚き、目を瞬きさせる。

 誰も、気付かなかったというのに。

 どうして、矢代は、気付いたのだろうか。

 柚月は、見当もつかなかった。


「そりゃあ、そうさ。あたしは、あんた達の叔母だよ?」


 矢代は、柚月達の親戚だ。

 それゆえに、柚月達の事を見抜くことができたのだろう。

 それに、矢代は、かつて、柚月が女装をしたことも知っているのも、理由の一つであろう。


「けど、まさか、女装してる柚月に会えるなんてね。運がいいねぇ」


「この件には、あまり触れないでください……」


 矢代は、嬉しそうに、柚月の顔をまじまじと見る。

 柚月が、女装したことは、牡丹から聞かされたのみであり、実際には、目にしていない。 

 そのため、女装している柚月を目にすることができ、喜んでいるようだ。

 だが、柚月は、強引に、女装させられただけであり、本人の意思ではない。

 それゆえに、柚月は、困惑した様子で、やんわりと、触れないでほしいと伝えたのであった。


「けど、どうして、俺達を?」


「かくまうためさ。あの男から」


「静居から、ですか?」


「そうさ」


 朧は、矢代に尋ねる。

 なぜ、自分達を屋敷に招き入れてくれたのだろうか。

 もし、この事が気付かれてしまったら、矢代も処罰されてしまうだろう。

 ましてや、自分達の正体を見抜いたのなら。

 矢代は、堂々と答える。

 静居に気付かれないように、柚月達をかくまうためであった。


「あの男は、あんた達を捕らえる事に躍起になってる。見つけたら、すぐに報告しろって命じられてるんだ」


 静居は、柚月達を捕らえよと、隊士隊に命じ、隊士達は、血眼になって柚月達を探しているそうだ。

 だが、それだけでは、柚月達は、見つからない。

 ゆえに、聖印一族にも、命じたのだ。

 見つけたら、すぐに、報告するように。


「もちろん、あたしらは、一族を売るつもりはない。けど、ここの人達を人質に取られててね」


「人質?」


 矢代達は、柚月達を捕らえるつもりなど、毛頭ない。

 ゆえに、抗うつもりであったが、そうもいかなくなって、閉まったようだ。

 どうやら、聖印京の人々を人質に取られているらしい。

 だが、人質とは、どういう事なのだろうか。

 朧は、矢代に問いかけた。


「あいつは、人々を操ってるのさ。あたしら、聖印一族は、まだ、正気を保ってるけど、どうなるかは、わからない」


「そう、ですか……」


 静居は、今も、聖印京の人々を操っているようだ。

 ゆえに、人質を取られたも同然なのであろう。

 矢代曰く、聖印一族は、まだ、抵抗を続けているようであり、操られてはいない。

 だが、それも時間の問題だ。

 自分達は、いつかは、静居に操られてしまうのであろう。

 柚月は、暗い表情を浮かべる。

 今の自分達では、人々を解放することも、矢代達を助けることもできないと感じ、己の無力さを呪いながら。


「だから、承諾するふりをしなければならなかったってことさ」


 矢代は、悔しそうに語る。

 今の矢代達でも、静居には、敵わないと思い知らされたからであろう。

 だからこそ、今は、従うふりをして、反撃する機会を待つしかない。

 矢代は、覚悟を決めていたようであった。


「で、あんた達は、なんで、戻ってきたんだい?」


「はい。それが……」


 矢代は、柚月達に、尋ねる。

 柚月達は、追われた身となった。

 このような時に、危険を冒してまで、なぜ戻ってきたのか、知りたいのであろう。

 柚月は、静かに語り始める。

 平皇京の事、そして、綾姫と瑠璃が、聖印京にいる為、救出しに、戻ってきた事を。


「なるほど、そういう事かい」


「矢代様、綾姫達が、どこにいるかは、知りませんか?」


「あたしは、知らないね。綾姫達が、ここにいたなんて、初耳さ」


「そうですか……」


 柚月は、矢代に尋ねる。

 矢代なら、綾姫達が、どこにいるか知っているかもしれないと考えたからだ。

 だが、矢代でさえも、知らないようだ。

 しかも、綾姫達が、戻ってきたことさえも、知らなかったらしい。

 柚月は、残念そうな表情を浮かべた。


「けど、協力はしてあげられる。宝刀や宝器をあの男に献上しに行くんだ。その時に、聞きだしてやるさ」


「助かります」


「……」


 矢代は、柚月達に協力してくれるらしい。

 宝刀や宝器を静居の元へ持って行くときに、綾姫達の居場所を聞きだしてくれるようだ。

 確かに、矢代と共に本堂へもぐりこめば、綾姫達の居場所も聞きだせ、綾姫達が、本堂にいるなら、救出しに行ける。

 一石二鳥になるかもしれない。

 朧は、矢代にお礼を言う。

 だが、光焔だけは、矢代をじっと見ていた。

 まるで、彼女を警戒しているかのように。


「じゃあ、さっそく……」


「待て」


「え?」


 矢代が、柚月達を連れて、本堂へ向かおうとするが、光焔が止める。

 柚月は、驚愕して、振り返った。

 光焔は、矢代をにらみつけている。

 まるで、矢代は、自分達の敵だと認識しているかのように。


「光焔?」


 朧は、光焔の名を呼ぶ。

 彼は、一体どうしたというのだろうか。

 朧には、見当もつかない。

 それは、柚月達も同じだ。

 それでも、光焔は、まだ、矢代をにらみつけていた。


「皆、騙されてはいかぬぞ」


「え?」


「そのものは、すでに、操られているのだ!」


 光焔は、信じられない言葉を口にする。

 なんと、矢代は、すでに操られているというのだ。

 柚月と朧は、衝撃が走った。

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