第三十一話 潜入

 柚月達は、聖印門へと近づいていく。

 だが、二人の隊士が、柚月達の前に出てきた。 

 ここまでは、柚月達の予想通りだ。


「待て、ここは、立ち入り禁止だ」


「手形を持っていれば、別だがな」


 隊士達は、入るなら手形を見せるように告げる。

 静居が支配してから、聖印京へ入るには、手形が必要となったのだ。

 それも、静居が発行した手形しか。

 ゆえに、ここへ入れる者は、少ない。

 入れるのは、商人くらいなのだが、滞在期間も、三日だけと厳しく制限されていたのであった。

 だが、柚月達には、手形がある。

 蛍から手形をもらったのだ。

 これで、聖印京へ入れる。

 柚月は、そう、確信していた。


「手形なら……」


「ん?」


 柚月が、手形を見せようと懐へ手を入れるのだが、隊士達は、違和感を持ったのか、柚月を警戒し始める。

 そう、今の柚月の姿は、女性だ。

 それだというのに、女性にしてずいぶんと野太い声をしているからだ。

 柚月は、自分の状態に気付き、体を硬直させてしまった。


「あ、すみません。手形なら、あります」


 朧は、慌てて、手形ならあると答える。

 だが、隊士達は、警戒しているようだ。

 気付かれてしまったのだろうか。

 朧は、何事もなかったかのように、話を続けた。


「ほら、にい……じゃなかった、姉さん」


「え、ええ」


 朧は、思わず「兄さん」と呼んでしまいそうであったが、訂正して、「姉さん」と呼ぶ。

 柚月は、苛立ちを覚えたが、これも、潜入の為だと耐え、懐から、手形を取り出し、朧に手渡す。

 朧は、その手形を隊士達に見せた。


「いいだろう、入れ」


 手形が偽装ではないか確かめる隊士であったが、本物だと思い込んだらしく、隊士達は、聖印京へ入る事を許可し、柚月達は、なんとか、聖印京へ潜入する事に成功した。

 もちろん、柚月が、女装しているとは、隊士達は、気付かずに……。


「ふう、どうやら、気付かれずに済んだようだ。柚月、気をつけるのだぞ」


「はいはい」


 聖印京に入った光焔は、一呼吸し、安堵した様子を見せる。

 柚月が、野太い声を出した時は、さすがに、焦ったのだろう。

 気付かれてしまうのではないかと。

 光焔は、柚月に気をつけるように、促す。

 柚月は、いつになく、いらだった様子で、うなずいた。

 もちろん、男だと気付かれないように、高めの声で。


「にしても、よく偽装できたな」


「蛍さんってそういうの得意らしくてさ」


「敵に回したくないな……」


 柚月は、手形を見ながら呟く。

 この手形は、蛍が偽装したものなのだ。 

 それも、何枚も作ってあるらしい。

 蛍は、本物と瓜二つの手形を作る事を得意としているらしい。

 さすがと言ったところであろう。

 だが、敵に回すと厄介かもしれないと柚月は、考えたのであった。


――で、なんで、俺が、女装しないといけないんだ?朧の方が適任……ん?


 柚月は、女装しなければならない事に納得していないのか、ぶつぶつと心の中で呟く。

 女装なら、自分より、朧の方が適任ではないかと。

 そう思っていたのだが、朧を見た瞬間、柚月は、あることに気付いた。


――あれ?朧の方が……。背が高い!!


 柚月は、何度も、朧を見る。

 しかも、見上げた様子で。

 これにより、柚月は、朧の方が自分よりも、背が高くなっている事に気付いてしまったのだ。

 真実を目の当たりにした柚月は、愕然としてしまう。

 だが、柚月が気付いたのは、それだけではなかった。


――しかも、男らしくなってる!?五年前までは、まだ、幼かったはずなのに!!


 成長した朧は、男らしくなっているのだ。

 顔つきも、精悍であり、綺麗と言う言葉よりも、かっこいいという言葉の方が似合うくらいに。

 柚月は、げんなりしてしまった。

 五年前、あれほど、幼かった朧が、急成長してしまった事に。

 しかも、自分よりも、男らしくなって。


「はぁ」


「どうしたの?」


「いや、なんでもない……」


 柚月は、大きなため息をつく。

 それほど、落ち込んでしまったのだ。

 なぜ、落ち込んでいるのか、わからない朧は、柚月に問いかける。

 柚月は、げんなりした様子で、何でもないと答えるが、どう考えても、何かあったようだ。

 と言っても、女装に関しての事であろうと朧は、考え、それ以上は、問いかけなかった。


「……」


「餡里、どうしたのだ?」


「あ、すみません。なんだか、懐かしいなって……。変ですよね?始めてきたはずなのに……」


 餡里は、静かに、周辺を見回している。

 何か、思うところがあるのだろうか。

 光焔が、尋ねると、餡里は、答えた。

 聖印京を見て、懐かしく思っているようだ。

 五百年たっても、変わらないところがあるのかもしれない。

 だが、それすらも、餡里は、忘れてしまっている。

 それゆえに、違和感を覚えたようであった。


「そんなことないさ。きっと、前に来たことがあるんだよ」


「そ、そうでしょうか……」


「うん」


 朧は、優しく、餡里の違和感をぬぐうように語りかける。

 もちろん、餡里には、思いだしてほしい事もあるが、餡里にとっては、ほとんどがつらい記憶かもしれない。

 そう思うと、朧は、曖昧な言葉を使うしかなかった。

 複雑な感情を抱きながら。


「でも、みなさん、なんだか、様子がおかしい気がします」


「ああ。そのようだな」


 だが、聖印京の雰囲気に違和感を覚えたのだろうか。

 餡里は、様子がおかしいと告げる。

 それもそのはず、静居は、人間を操り、支配し始めてしまったからなのだ。

 そのため、人々は、まるで、死んだような顔つきで、街を歩いている。

 生気を失っているかのようだ。


「気をつけたほうがいいかもしれないな」


「うん」


 ここでは、静かにしたほうがいいようだ。

 万が一、不審な動きをすれば、ここにいる人々は、柚月達が潜入している事を知り、静居に知られてしまう可能性がある。

 ここは、慎重に、進まなければならないようであった。


「さて、これからどうするかだな、朧」


「うん、隊士か、聖印一族じゃないと、北聖地区には入れないしな……」


 問題は、ここからだ。

 柚月達は、聖印京には、潜入できたものの、北聖地区はそう簡単には、潜入できない。

 ゆえに、蛍も、有力な情報を得ることができなかったのであろう。

 対しか、聖印一族なら入るのは、簡単だ。

 だが、今の柚月達は、隊士でもなければ、聖印一族として見られているわけではない。

 どうやって、北聖地区に、潜入し、綾姫達を救出するか。

 柚月は、頭を悩ませていた。

 だが、その時であった。


「ごほっ、ごほっ!」


「餡里、大丈夫か?」


「あ、はい……」


 突然、餡里が咳き込む。

 それも、苦しそうだ。

 朧は、餡里の身を案じるが、餡里は、うなずく。

 だが、どう見ても、大丈夫ではない。

 餡里は、呼吸を整え、最後に、深呼吸した。


「最近、よく咳き込んでいるようだが、無理してないか?」


「だ、大丈夫ですよ?」


 柚月も、餡里の身を案ずる。

 柚月の言う通り、最近、餡里は、咳き込むことが多い。

 本人は、柚月達に隠していたつもりだったのだが、柚月達は気付いていたのだ。

 特に朧が。

 餡里は、大丈夫だと再度告げる。

 しかし……。


「ごほっ!ごほっ!」


「餡里……」


 再び、餡里が、咳き込む。

 しかも、今まで以上に苦しそうだ。

 朧は、少しでも、苦しみが和らぐようにと、餡里の背中をさすった。

 だが、餡里の顔色はよくないようだ。

 もしかしたら、病気にかかっているのかもしれない。

 そう思うと、朧は、不安に駆られていた。


「柚月」


「ああ、どこか、休める場所が欲しいな」


 光焔を餡里の身を案じ、柚月の名を呼ぶ。

 柚月なら、正確な判断をしてくれると信頼して。

 柚月は、うなずき、一度、休んだほうがいいと判断した。

 その方が、餡里にとっていい事なのだろう。

 今は、それに、自分達も、体を休ませた方がいいのかもしれない。

 柚月は、そう考えていた。


「ほ、本当に、大丈夫ですから」


「よくない。あまり、無理はしないほうがいいぞ」


 餡里は、大丈夫だと言い張るが、柚月は、餡里を気遣い、休ませるつもりだ。

 柚月達の優しさは、とても、ありがたい。

 だが、餡里にとっては、自分が、迷惑をかけているようで、心が痛んだ。

 足手まといになりたくないと願っているのに。

 やはり、ついていくべきではなかったのだろうか。

 餡里は、葛藤していた。

 その時だ。


「困ってるみたいだね」


「え?」


 柚月達の背後から女性の声が聞こえる。

 だが、その声は、聞いたことのある声だ。

 懐かしい声、と言ったほうがいいのだろうか。

 しかも、頼もしく感じるほどの。

 柚月は、驚き、困惑したままま、振り返った。


「どうしたいんだい?」


「矢代……様?」

 

 柚月達に声をかけてきたのは、なんと、透馬の母親であり、鍛冶職人、天城矢代であった。

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